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2010年1月31日 (日)

サーオペンティーソォーング

「ストロベリイ(222232)♪」

招き猫のようなポーズで肉球(?)をこちらに向け、手首を
クネクネさせながらTットゥちゃんはそう言って笑うのだ。

語尾が「イ(ー)」と伸びて終わる英語の場合直前の音、つまり
「リ」で一度上がって「イ」で下がるという、例の
「タイ風外来語アクセント」である。

なんのことやら分からぬオレの???な反応を見て
「ローレンローレン(2233冗談)」と付け加える彼女(?)。

よーするに隠語というかスラングのようなものであり、詳しく聞くと
「ゴーホック(嘘)とローレン(冗談)の中間よ」と説明するので、
勝手に解釈させてもらえば、おそらく
ブラックジョーク的な意味でその言葉を使うようだ。

「でも、オンナのコは言っちゃダメなのよ」

「おかまちゃんはオッケーなのかい!?」
とツッコみたくなるが、おかまちゃんに面と向かって
ガトゥーイとかレディーボーイなどと言ってはどうやらマズいようで、
「サーオペンティーソォーング(112223212第二の女子)」という
失礼でない呼び方があるのだそーだ。

ややこしいなあもう。

とにかくこのように
「若いコ達の間で頻繁に使われる独特の表現や言い回し」や、
流行語などはどこの国にもあるものだが、タイにおいては
スラング的な汚い言葉や悪い意味の言葉がたくさんあって、
仲の良いコ達の間では女子同士でもそれらをわざと使ったりするし、
当然のごとくタロガン(2322喧嘩する)時には、
気性の激しいタイピープルのことだから、かなりの勢いで
タイ風罵詈雑言が飛び交うに違いない。

そして、オレが知りたいのはまさにそのような言葉なのだ。

おかまちゃん達は特にその手が好きみたいで、
彼女(?)らと一緒にいると勉強になるし、
生態的にもなかなか興味深いものがある。

例えばどこかの店などで尿意もしくは便意をもよおした時、
「ねえねえホンダー。トイレ行きたくない?」と毎回誘ってくるので、
「いいよ。行こうか」と付き合うのだが、二人で一緒に
トイレまで歩いて行って扉の前で
「♂」「♀」に別れるのであり、つまりオレは
そこまでエスコートする騎士(ナイト)代わりなわけだね。

Tットゥ嬢のように、見た目は普通の男子が、
(けっこうキッチリ)メイクをして女子(風?)の格好をして、
仕草などは完全に女子のそれであるようなタイプの
「サーオペンティーソォーング」の場合は、
女子友達と一緒にトイレに入ったりひとりで行くのは
ちょっぴり照れくさいのかもしれない。

その感覚はまさに乙女ではないか。
実際下手な(?)女子よりも彼らの方がよっぽど
オンナらしかったりするのである。

だから、彼女らを扱う時は普通の女性と同じようにするのがよい。

もちろん好きなのは男子に決まっておりイケメンを見れば思わず
「うっふぅ〜ん♪」ってなる。

それを見たオレは思わず
「おぇ〜」ってなるのだが。


ところで「ストロベリイ」と言えば、某
「Berryz工房」なるニッポンのアイドルグループがどうやら
タイでライヴを行うらしく、メンバーのうちの三人が
プロモーションで来タイしており何度かTVで見掛けた。

その名も「ストロベリイなんちゃら」という、
素人タイガールが集合して進行を勤めるバラエティー番組でも、
インタヴューを受ける形で登場していたが、正直な話
インタヴュアーの方がよほど可愛いかったし、
三人のうち一人はまあまあだが残りの二人は
「は?これがアイドルなの??」というルックスであり、もし仮にその
「ストロベリイなんちゃら」のオーディションを受けたなら、おそらく
落選必至だろう。

オレがプロデューサーなら申し訳ないが見向きもしない。
彼女らのファンがこれを読めば激怒するかもだが、
「どうか目を覚まして欲しい」と言いたいくらいだ。

確かに服装やメイク技術などは可愛らしいから、
「ニッポンのアイドルがやって来る!!」となれば当然
注目されるし大騒ぎなのだが、だからこそ
ニッポン人のオレとしては恥ずかしいのだ。

「こんなんニッポンのトップアイドルとちゃうで〜!!」と、
声を大にして言いたいが、当然その声は誰にも届かない。

では、誰ならよいのか。う〜ん。よく分からない。

たしかに、芸能人タイガールのほとんどは
「鼻シリコン入り(なんと10000THB以下!)」らしいし、
一般タイガールはチークの塗り方がよくわかっていない上、
ノーズシャドウすら入れられないし、
コスメティックショップに勤めるTットゥ嬢は
「これすご〜い♪」と、中国から仕入れたという
電動ヴァイブ機能付マスカラをヴィーーンとB地区や股に当てて遊んでいるし、
とにかくレヴェルが低くまだまだこれからなのだろうが、そんな
彼女らを奮起させるためにも、どうかニッポンのアイドル達に
「お手本を見せてあげて欲しい」と、切に願うばかりだ。


さて、ラオツアーの話の続きね。

ゲストハウスから歩いて行けるその、某
「future」なるディスコに、セキュリティーすらノーチェックで入ると、
けっこうな人の数で、一見盛り上がっている風ではある。
キャパは百名程度の小バコなのだが、奥に入っていくと
裏口がありそこを抜けた所に、なんともう一軒の
「future2」が登場。

チャージが20000KIP(≒80THB*1ドリンク付き)らしく、
「こっちの方がよさそうだな」と入ると同じような店で、
客層がやや若いのかもというくらいしか差がなかった。

どちらも旅行者っぽいファランはほとんど見かけず、
完全ローカルなのだが、当然のことながらかかる曲は
タイポップラオポップばかりでDJのつなぎも何もない。

タイと違うのはテーブル上にはウィスキイソーダではなく、
「beerLAO」もしくは「Tiger beer」という地元産の安いビールを
ロックグラスに氷入りで飲んでいるところ。
価格は中瓶で19000KIP(≒77THB)とメチャ安なのだが、それを
何本も並べて乾杯を繰り返すのがラオルールなのだ。

「2」で差額(20000KIP)を払ってバカルディーの
「ブリーザーストロベリイ」を一本飲んだ後、
若者のノリについて行けず「1」に戻り、オレもルールに習って
好きでもないビールを飲んでみる。もちろん氷はなしで。

まずい。が、一本飲んだらそこそこ酔ってきて多少気分が良くはなった。

あまりにも可愛いコが少ないので、隣のテーブルの若い衆に
「キレイなラオガールはどこにいるの」と聞くと
「いっぱいいるぢゃーん!」と指差す先はどー見てみも
「おかまちゃん軍団」であり、中に一人いたまともなコ(女子)は
廻りのラオボーイが奪い合いなのである。

ディスコでは珍しく、1ナノも踊らず
スツールに腰掛けたまま人間ウォッチングしていると、
閉店の一時が近づくにつれ徐々に人が捌けていく。
某「ドンチャン」のディスコにでも流れるのだろうか。

唯一声を掛けてきたのは近くのテーブルのおばちゃんで、
「バイクで来てるから一緒に帰ろう」と言うが、見た目
4点位の彼女を見て、そーいえば一年前
「ドンチャン」で8点位のラオガールに持ち帰られたのを
思い出してしまった。25点程度の某
「ベリイズ工房ガール」がどれだけマシなことか。

眠かったので部屋までとぼとぼと歩いて帰って、
ベッドに横になり二秒で寝た。


で、翌朝大使館にパスポートを取りに行き、
Mック嬢に挨拶してから午後二時発のバスでウドンタ−ニーへ。

「受け取り」は午後一時からであり、
前日申請を出した人々が列を作って並ぶので、
先にチケットを買ってから、試しに一時間半前の
十一時半に行ってみたら一番乗りだった。

いつも取りに行くのが遅く、
並んでいると受け取るまでに樹間を費やし、
結局二時発のバスには間に合わず、次の便の
午後四時までバスターミナルで待たねばならないからだ。

そーなると今度はウドン発が午後八時を過ぎてしまい、
クルングテープに戻ってくるのが深夜四時過ぎとなる。

結果的にはトップでサクッとパスポートを受け取り、
ウドンに着いたのが午後五時。
六時半発のチケットを買い、ウドンターニー唯一の某
「セントラルワールド」系列の百貨店内の某
「Sizzler」でサラダバーのみ注文。

肉大好き♪タイピープルに人気のステーキハウスで、
ブュッフェ(食べ放題)のサラダバー(149THB)と
ドリンクだけではさすがにやや気が引けるが、サラダバーの
内容はなかなか素敵だし、ルール違反でもないから
「ボーペーニャン(だいじょーぶ)」なのだ。

そう。
ラオ語はタイのイサーン語、ニッポンで言えば
東北弁によく似ており、マイに当たる疑問詞と否定語の
「ボー」「ボー」ばかり言っているイメージで、
「イサーンっ娘」同士が話している時もそんな感じ。そして、
「大規模な田舎」ナゴヤを彷彿とさせるウドンターニーの町は、
その昔三戸、仙台と並び「三大ブサイク産地」と揶揄された
ナゴヤと同じく、やはり驚くほど可愛いコが少ないのだった。
一番最初にラオツアーに出掛けた時、帰りにわざわざ一泊して
ディスコにも遊びに行ったし、かなりふらふらしたから
分かるのである。

ナゴヤの悪口を言うつもりはないが、そんな
「中途半端な都会」の雰囲気がどうしても好きになれない。
田舎ならもっともっと何もない田舎の方が良いし、
せっかく祖国を離れたのに地元と似たような雰囲気を感じると、
なんだか暗〜い気持ちになってしまう。

このブログの愛読者ならご存知かと思うが、
今まで好きになったコはほぼ全員イサーンっ娘であり、
オレ好みの女子の出身地として有名な(?)
コーンケーンとかブリラムを一度ゆっくり訪れてみたい。
ウドンとは違うことを期待したいけど、ひょっとしたら大差ないのかも。

てなわけで、早々にウドンを離れサクッと一寝入りしたら
モーチットのバス停に着いていた。

結局な〜んにも起こらなかったわけだ。

たまたま同じ日付になっただけの、ただの偶然。それだけの話か。

ちぇっ。

つまんないの。

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2010年1月30日 (土)

マイミーアライ

水曜の夜からヴィザ取得のためラオに行ってきた。

本来なら先々週のはずだったが、日にちを勘違いしたため
仕方なく一旦一番近い隣国のカンボジアに出たいきさつは、
この日記に書いた通り。

以前なら国外に出て戻れば30日間はヴィザ無しで滞在できたが、
政策の変更で「陸路」の場合は15日間に短縮されてしまった。

つまり、それまでは月に一度往復を繰り返していれば
「ずーっとタイに居られる」という素晴らしいシステムだったのに、
そうやっていつまでもいつまでもフラフラしている
「不良外国人(もちろんオレのことではない)対策」のためだろう。

都合が悪くなるとそんな感じでいきなりルールを変更して
「即実行」してしまうのがタイの「とてもコワイ」所でもある。

ニッポンでならそういったことは慎重に検討され、
討議協議審議を重ね決定し様々な手続きを経た後、少なくとも
半年もしくは一年前から予告するであろう事柄であっても
「オッケー。んぢゃ明日からね♪」みたいなノリだから
まったく困ってしまうのだ。

これはタイに限らず、外国人が母国以外で暮らす場合には
ある程度覚悟せねばならぬことであろうが、仮に中国ならば
「重要な法律」すら「サクッ」と変えられてしまいそうだから、
まだマシなのかもしれぬが。

ただ、そのかわりに
「観光ヴィザはフリー(無料)」というキャンペーンをやっており、元々
期限が去年一杯だったのに、更に一年延長されたということで、
結果的には恩恵を受けている人も少なくないはずだ。

「観光立国タイ」ならではの販促政策だが、延長されたのは
実際に効果があっての話だろうし、ニッポンも最重要課題の
「不景気対策」の一環で「観光客誘致(増加)」を掲げているならば
このくらい思い切ったことをやればいいのに、
政治家が○○だから無理だろうな。

とにかく、この国に「住まわせてもらっている」のだからもちろん
文句を言うわけではないが、あらゆる面でこれだけ貢献している
ニッポン人がノーヴィザで許される滞在期間が
「30日間」なのに対して、韓国人が
「90日間」なのがどうも納得いかない。

「ソウルとクルングテープが姉妹都市だからなのでは」
などという憶測もあるが、もしそういう影響があるならば
「ナゴヤとクルングテープの姉妹提携締結」を目標に掲げている
オレとしてはもっともっと頑張らねばなるまい。


ペナン島(マレーシア)やシンガポールでも取れるらしいが、
やはり最も近場で簡単なラオのヴィエンチャンに
「ヴィザ取りツアー」に出掛けるのは今回で五回目。

「そーいえば去年もちょうど今頃だったなあ」と、
スケジュール帳を見れば、なんと出発日がまったく同じ
「一月二十八日」であった。

「先々週うっかりしていたこと」「曜日の関係」
「30日が15日に短縮されたこと」など、
「様々な要因」が重なったからこそであり、そもそも
昨年その日に出掛けたのも、
「enter before 28/Jan/2009」という記述を勘違いして、一日
「オーヴァーステイ」してしまったのだから、これはもう
「偶然」では済まされない
「何か」を感じたのは言うまでもない。

つまり、例の
「うっかり」も実は「うっかり」などではなく、オレの脳内が
勝手に操作されていたわけで、別に
「おっちょこちょい」さ加減が原因ではなかったのか。
そして、今回のラオツアーでは、
「西暦二千十年一月二十八日出発」だからこその、何か
「とんでもない事件」が起きるに違いない。

そう考えたオレは、いつもとは少し違いちょっとした
「ワクワク」を胸に部屋を出たのだ。

しかし。

結果的には
「な〜んにも」起こらなかった。

それどころかあまりにもスムーズ過ぎて
「ほんのちょっとした」事件すらなく、まったく拍子抜けである。
過去二回は友達と一緒だったのだが、それなりに
「ドキドキ」するような楽しい出来事もあったのに、
今回は皆無だった。

唯一あったのは、泊まったゲストハウスに、オレが
この世の生き物の中で最も嫌いな例のアレ、文字にするのもイヤな
「○リ公」が突如現われた事件。しかもけっこうなデカさの。

普段は「殺意」など微塵も感じないオレだが、殺してしまわないと
安心して寝られないので、手許にあった折りたたみの
「ヴィエンチャンの地図」を細長い棒状にして、
「一発で仕留めるのだ。必ず一発で」と思いながらも、ヤツが
コーナー付近にいたため案の定狙いをはずしてしまい、
結局とり逃がしたのだが。

ただ、もし殺したとしてもその死骸の処理が困るので、ちょっと
「ホッ」としたりもした。なにしろティッシュやロールペ−パーを
どれだけグルグル巻きにしようが、アイツに
「触れる感触」を想像しただけで卒倒寸前なのである。

とまあ、いかに「何も起こらなかったか」を証明するため、
ツアーの内容を記述しよう。


モーチットバスターミナル発(二階で発券)の
「V.I.P.BUS」(横一列三席。412THB)にてクルングテープを出発。
中継地点であるウドンターニーまでおよそ八、九時間かかるので、
「ウドン→ヴィエンチャン」の国境越え(80THB)バスの
始発がAM8:00であることを考えると逆算して
モーチット出発は午後十時くらいがよろしい。
*キップを買う為AM7:00には到着したいので。

国境の町ノーンカーイまで行く「V.I.P.BUS」は
席の広さ、価格共に手頃なものがないし、
「ウドン経由の方がいいよ」と、以前隣に座った
よく往復するらしいタイ人が教えてくれた。

高速バスではなく夜行寝台列車を利用する手もあるが、
時間が余計に掛かる上あまりアテにならぬので
(出発到着共に遅れるのは必至)、
「大使館に午前中必着」ということを考えると、
往路で使うのはリスキイだし、逆に朝早く着き過ぎても
町が稼働しないためやることが無さすぎて困る。

それでなくともこの時期の朝方は寒く、バスにしろ寝台車にしろ、
エアコンが効き過ぎて凍え死にそうになるので上着が必要だ。
ただ、陽が昇れば暑く日射しもキツいので、女子の場合
日焼け止めも持参した方がよい。

「ウドン→ヴィエンチャン」は二時間程度。
タイのイミグレ通過後メコン川にかかる国境の橋を渡り、
ラオのイミグレ通過の時間を含むが、朝方は比較的空いている。

ヴィエンチャンボーコーソー(バスターミナル)到着は
朝十時から十時半くらいであり、大使館の受付が
十時〜十二時であることを考えると、このルートが
最も効率的と思われる。

そこから大使館までは歩いて十〜十五分程度。
トゥクトゥクのおっさんは最初60THBと吹っかけてくるが
40THBまではまけてくれるかな(*バーツが使える)。
でも、歩く。

最近、在タイ歴の長いニッポン人の知人から、
「観光ヴィザはあまり何度も使うとそのうち断られる」とか、
「今後は制限を設けるみたいだね」などという噂を聞いていたので、
すでに五回目のオレは若干ビビっていたが、今までと変わりなく
すんなりと引換券をもらう。

で、パスポートは翌日の午後一時渡しとなるのだが、
エンバシーは土日が休みなので困るのだ。つまり
金曜日に受け付けると月曜まで待たねばならず、まさしく
「マイミーアライ(何もない)」なヴィエンチャンの町で
三泊もせねばならぬことになる。

とりあえずいつものゲストハウス某
「Sihom」(一泊400THB)にチェックインし、
「餃子館」か「スウェーデンピザハウス」か迷った挙げ句、
ランチにはピザを食べることに。

これが非常にウマいのだ。

イタリア風の生地はやや薄めだが
「もっちり食感」がなんとも言えずチーズも美味。
「マッシュルーム入りピザ」(39500KIP≒160THB)と
アイスコーヒー(11000KIP≒44THB)でランチ。

さて、やることがないぞ。

仕方なく散歩がてらボーコーソーの売店嬢
Mックちゃんに会いに。
今年18才になるという彼女は、
ちょっとだけオトナっぽくなっていた。

その後そこら中を散歩しまくった後、
お風呂に入ってからマッサージ。

そう。
このゲストハウスにはバスタブがあるのだ。
湯船に浸かるのはやはり気持ちが良いね。

で、夜はディスコに。

いつも行く某「ドンチャン(ホテル内のディスコ)」は飽きたので、
地元の人々にいろいろとリサーチした結果、某
「future」へ出掛けてみることに。
そこは午前一時に閉まると言うので、何もなくて元気なら
三時までやっているドンチャンへ流れればよかろう。


あかん。
そろそろ仕事へ行かねば。

続きは後ほど。

と言っても何もないけどね。
なにしろ一番の事出来事が

「○リ公」事件なのだから。

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2010年1月26日 (火)

スカパープディーマーク

どうも今ひとつ冴えない日々が続く。

すっかり免疫ができたのか、少々のことでは
驚かなくなってしまったせいもあり、
「アメージングな出来事」があまり起こらないのが
不満と言えば不満なのだ。

刺激に飢えているというかなんというか。

ただ、よくよく考えてみれば
「アメージング満載」なこの国にやって来て、一通り
「アメージング」を経験したことにより、一般的には
「アメージング!」と感じるはずがもはや
「アメージング」ではなくなったから、もっともっと
「アメージングをよこせ!」と要求するのは
理不尽なのかもしれない。

いくらアメージングな国とはいえ、そこら中に
「アメージング」が無尽蔵に転がっているはずもないし、そもそも
オレがタイに移住したのはそれだけが目的ではない。

そう考える一方で、
「いやいやまだまだたくさんあるはず」と
期待してしまっている自分もいて、
「もっともっと」と欲が出るところが人間の浅ましさでもあるが、
それを単純に否定してはなんの発展もないだろう。

とにかく、オレはタイのことをもっと知りたいのだ。

一年とちょっとで何もわかるはずなどないのに、
すっかり馴染んできてしまっている部分もあり、
ともすればそれに満足してしまいそうでコワイ。

実際、「ひとり鍋セット」を購入してからは
野菜をたくさん食べるようになり、元々睡眠はたっぷり取っているし、
おまけにゴルフなどの運動も適度にしていれば、これはもう
「スカパープディーマーク(2233222332めちゃめちゃ健康)」
としか言いようがないわけで、このままでは
「500才くらいまで生きられるのではないか」と、
心配になるくらいなのだ。

ゴルフ帰りにマッサージしてもらいながら
「う〜む。極楽極楽♪」などという生活をしていると、文字通り
「ふにゃふにゃ」になってしまいそうだ。

ただ、普通に考えれば
「すっかり満たされてしてしまいそうな」そんな状況で、
「なんだか冴えないなあ」と感じるのは、ひょっとして
まだ救いがあるということなのか。
「刺激に飢えている」のは、タイにやって来た頃の
「初心」を忘れていないからなのかもしれない。

この国のもっと深い部分を見るため、未だ知らぬ
「アメージング体験」をするためには、
「ふにゃふにゃ」してなどいられないのである。


そんな中、先日CM撮影で三日間一緒だった
Tー君がアルバイトしているバーに行ってきた。

若干26才なのにもう四年もタイに住んでいる彼は、
年齢のわりにけっこうしっかりしていて、
「只今求職中。飲食店希望」と話すオレに、
他にも仕事をしつつ、週二日ほど手伝っているという
「女性オーナーのバーはどうですか?」と紹介してくれたので、
早速寄ってみたのだ。

プロンポンという、ニッポン人生活者の多いエリアの
かなりいい場所にあるそのバーは、看板もなく
「一元さんお断り」という雰囲気の店。
内装はお金をかけてしっかり造り込んであり、ボトル棚には
数多くの焼酎とウィスキイがズラッと並んでいる。
ハイスツールではなく普通のイスのカウンター席には、
日曜の夜なのにけっこうな数のお客さんが座っていた。

Tー君はマスターらしき人と共に作務衣を着てカウンター内に、
オーナー女史はお客さんの横に座って接待をしている。
パッと見、オレより少し上くらいの年齢だろうか。

おそらく駐在員であろう年配のお客さんばかりで、
店の趣旨は一目でわかる感じ。
よーするに、こちらに住んでいるもしくは旅行で訪れる
オーナー女史の知り合いが、
「ゆっくり飲みたい時」に、知人を連れて来る店。
もちろん一人で来ても大丈夫。

「経済的に余裕があるニッポン人」がターゲットであり、
聞いてみたところやはりそれなりの料金を取っている。

(なるほど。これはこれでありなんだろうな)

マスターと一緒にバンド活動(ブルースロック)もしているという
オーナー女史は未だ結婚経験がないらしく、いささか
破天荒なイメージのお方。

「ニッポンではかくかくしかじか」と簡単に自己紹介し、
「店ではたまにライヴも」などと話すと
「へえ。あなたも音楽好きなのね♪」「まあ一応は」。
ジミヘンとかジャニスジョップリンとか言われても
「聞いたことがなくもない」程度だが、
世代が近いせいもあってかなんとなく盛り上がって、
某「ジェイムソン12年」を四、五杯御馳走になる。

相当酒好きのようで、見たこともないような
シングルモルトウィスキイもたくさんあった。

話の流れ上、用事があるというTー君の替わりに
今週の土曜日から働くことになったが、まあ、週二日程度なら
「リハビリ」には丁度いいかもしれない。

ただその店に、オレが飢えている類いの
「刺激」はこれっぽっちもないだろうし、
「アメージング」には一切期待できまい。

値段が高過ぎて友達も呼びにくいし、
駐在のおじさま方の相手ばかりではあまり楽しくないかもだが、
とりあえずはやってみることにするか。


ちなみに女子関係についても、相変わらずというか完全に
「受け身体勢」であり、積極的に連絡してきて勝手に(?)
部屋に遊びにやって来るコとしか会っていない。

昨日もそうやって勝手にやって来たL嬢と一緒に、
お寺に行ったりごはんを食べたりしたのだが、渋滞の中、
バイクの後ろにタイガールを乗っけて車の間を縫うように
「スイスイ」走っていると、道もけっこう憶えたし、運転にも
「随分慣れてきたものだなあ」と実感する。

最初の頃は、そんなことさえ楽しくてしょーがなかったし、運転中
ムチムチタイガールに、チ○コやB地区を
「さわさわ」されたりするのがやたらと気持ちよかったりしたものだが、
今ではあまり刺激を感じなくなってしまった。

う〜ん。よくないなあ。
なんだかよくな〜い感じがするんすけど。


とにかく、オレのタイライフが
「第二段階」に入りつつあることは間違いあるまい。

何をするにもまずは「気力」「体力」であるから、
「スカパープ(健康)」にはくれぐれも気を配って、
この国のもっともっと「深〜い」部分の
「アメージング」に期待しつつ、
妙に落ち着いてしまうのではなく、
積極的に行動していこうと、

心に誓うのであった。


*鍋の締めは「おじや」とかね。
Img_6587

ちょっと「パスタ(リングイネ)」っぽい食感の、
「卵練り込み麺」も良い。
Img_6616

Img_6618

さんまを直火で焼いてみるという暴挙に出たり。
といっても塩焼きしてあるのを温めるだけだが。
Img_6588

チョコレート系のお菓子は欠かせない。
某「euro」のチョコパイがうまい(6個入り38THB)。
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最近発見した某「グリコ」のチョコクッキー(4枚入り10THB)。
某「アルフォート」のタイヴァ−ジョンである。
Img_6617

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2010年1月21日 (木)

サヌックディーマーク

「THE PINE GOLF&LODGE」は、
クルングテープにあるゴルフ場で、
中心地から一時間とちょっとで着く。

地図を見てみるとクルンテープ内には二十近くのゴルフ場があり、
いずれも一時間圏内の距離なので、それだけでもタイがいかに
「ゴルフ天国」かということがわかる。

「THE PINE」は、ほとんどのホールで左右どちらかに
「池(ウォーターハザード)」が干渉しており、スコアカードの
レイアウトを見る限りとても難しそうに見えたが、実際は
アップダウンが全くなくほぼフラットなコースで、
フェアウェイも広く、池も全て1ペナルティーなので
さほどでもなかった。

などとエラそうなことを言ったものの、十五年振りのプレイはなんと
「106」も打ってしまい、ブランクの長さを感じさせられた。

買ったばかりのドライバー含め、ショットは問題ないのだが、
あまりに久しぶり過ぎてアプローチとパットの距離感が
まったく掴めず、最後までショートゲームが散々だったので、
スコアがまとまるはずもない。

特にパットがヒドくて、まるで初心者のように「カップ」の廻りを
「行ったり来たり」してしまい、4パット二回も含め合計なんと
「42」パットである。

まあスコアはともかく、湿気がなく風が涼しくて
とても気持ち良かったし、爽やかな青空の下
芝生を踏みしめて歩いているだけで
「運動している」という実感があり、自分が健康であることを
心からありがたく思えるのだ。

やっぱりスポーツはいいね。
そして、この年になるとゴルフくらいがちょうど良い。

とにかく
「サヌックディーマーク(21122322とても楽しい)」
な一日だった。


到着すると、車からバッグを降ろしてキャディーが持った時点で
「担当が決まる」というルールのようで、それを知っているY君は
早速行動を起こし、自分のバッグをババアから無理矢理取り上げ、
なかなか「スゥワイ(213綺麗)」な女子に渡していた。

ゴルフ場によっては敷地内に
「19番ホール(?)」が備えられているところもあるらしく、
「ズラーッ」と並ぶ中から選ぶパターンもあるようだが、通常は
バッグを持っていったキャディーがそのままカートに括り付けて
スタートホールで待機するみたいだ。

そう。
タイでは一人づつキャディーがつくので、
半日一緒にいるパートナーはとても重要であり、できれば
「感じが良く」て「コースを熟知」しており、その上
「若くてスゥワイ」なら言うことはないわけである。

実際、Y君についたキャディーはムチムチボディ−の24才。
子持ちだがかなりキレイな顔立ちをしていたのに対して、
オレの担当は完全におばーちゃんであり、しかも我が強く、
自分が言ったことを決して曲げない頑固さには苦労させられた。

だって、「残り距離」とか「パットのライン」とか聞いても、
実際はけっこう違ったりするし、ツッコんでも
「わしゃ知らん」みたいな態度だし。

やっぱりキャディーは重要だ。
同じ200THB払うならね。

プレイフィーは1000THB。
キャディーへのチップが200THB。
足代は運転手付きのワンボックスカーレンタル代
2000THBを頭割りして400THB。

交通費あわせて全部で1600THB(4320円)なら、
日曜日にしては安いのでは。

平日の「スポーツデイ」なら、場所によってはグリーンフィーが
600THB程度らしい。

いくら安くなったとは言え、ニッポンでならそうはいかないだろう。
ゴルフ場に着くまでも結構大変だしね。

これなら毎週行けるな。
とにかく運動不足だし、ゴルフ仲間を作って
しばらく励むことにしよう。

今週の土曜日にY君が参加するコンペがあるらしく、
一緒に行くことにした。
会場は少し「山」の方のゴルフ場だそうで、
多少はアップダウンもあるようだ。

次回こそキッチリ「100」を切らなくては。


そーいえば、年をとったせいなのか
アイアンの飛距離が結構落ちたな。
「7番」で150yardくらいは飛んでいたのに、
「ビシッ」と当たっても130〜140くらいしかいかないのだ。
そして、「3番」「4番」アイアンなんて
ほとんどまともに当たらない。

ところが、ニッポンで買ってきた「ユーティリティー」という
「ウッドとアイアンの中間」のようなクラブは短くて振りやすく、しかも
「15度」のロフトで200yard近くは飛ぶので、
「これはいいな」ということで、次回に備え、昨日
「21度」の「4番」を買ってきた。

某「ダンロップ」の新品が安売りをしていて990THBだった。
これで170〜80yardはカヴァーできるのでは。

ゴルフクラブはほとんどが輸入品なのでやはり高価いのだ。
本当は15年以上前のアイアンセットも換えたいところだが、
中古で安くても20000THB近くするのでとても手が出ない。

まあ、仕方がないな。


今の季節は「乾期」であり、
空気は乾燥していてまったく雨が降らないので、
ゴルフをやるには最高の環境と言える。

ゆる〜い国のタイらしく、ゴルフ場でも
「うるさいこと」はあまり言われないようだし、先日は
五人で一緒に廻ったのだが、最高六人までいけるらしい。
ただし五人ではやはり人が多過ぎて、かなり
周りに気を使わねばならないし、
プレイが遅くなるのでリズムが崩れるが。

逆に午後の遅い時間はなんと一人でも廻れるらしく、
後ろは一人だったのでかなりイライラしたことだろう。

とにかく、あらゆる面においてタイが
「ゴルフ天国」であることは間違いあるまい。

今回一緒にプレイしたメンバーの中に、年齢が60才で、
毎年、ニッポンが寒い時期の三ヶ月だけ
「タイに住んでゴルフ三昧」という方がみえたが、
「寒いのが苦手」な「ゴルフ好き」にとっては、まさに
「理想的な生活」なのではないだろうか。

タイに移住してから一年三ヶ月経って初めてゴルフをやったのだが、
この国の新たな魅力を知ってなんだかとても嬉しかった。

健康のことも考えてこれからも続け、いつかは
「70台」で廻れるようになりたいものだ。


ま、「目標は高く」

と、いうことで。

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2010年1月19日 (火)

ナックジャイ

やっとプレッシャーから解放された。


十五十六十八日の三日間アルバイトをしたのだが、
ずっと自由な生活を続けてきたオレにとって、それは
なかなかの緊迫に満ちた時間だったのである。

しかも初めて経験する仕事で余計に精神的重圧を感じたし、
「自分には向いていないな」というのが、
終わってみてハッキリわかった。

「守秘義務がある」とのことで詳しい内容は書けぬが、実は
TVCMのエキストラ撮影をしてきたのだ。

集合時間は毎回朝四時半。
いつもなら寝る前でありまず完全にリズムを崩したし、
慣れない衣装やメイクで自由に身動きが取れないし、
拘束時間がやたらと長いわりに出番はほとんどなく
「待ち」ばかりだったので、とにかく
精神的疲労が激しかった。

エキストラとは言え一応ちゃんとした「役」があり、
出番がやってくれば、カメラに映っていようがいまいが
「カット」の声が掛かるまでキッチリと演技をせねばならず、
かなりの集中力が必要なのに、素直というか
「その気になりやすい」オレとしては、待っている間も
自分がだんだんその役のつもりになってきて、
妄想がどんどん膨らんでしまい、収拾がつかなくなる。

指示はコロコロ変わるし、同じことを何度も何度もさせられて
イライラしてくるのだが、それでもサボったらすぐにバレるので
毎回気合いを入れても、自分がいくら上手くできていようが
誰かがダメならまたやり直し。

そしておそらくほとんどは映っていないし、どうせ
「サクッ」とカットされるに決まっている。

そう考えるとまったくやりきれない。

だからと言って
「主役」とか「脇役」なんてもっと無理だ。

「役者ってスゴイんだな〜」と、
あらためて思った。


しかし、いろいろと勉強になったな。
これもタイだからこそできた経験に違いない。

タイにはモデルみたいなスタイル抜群のコがたくさんいるから、昔
ちょっとだけやっていたキャスティング系の仕事に興味はあったが、
「そんなに簡単なものではない」ことがよ〜くわかったし。

「やり甲斐を感じる仕事が一番」だってことも。

ま、仕事というか、たった三日間の
「お手伝い」程度のものだったけど、こうして少しづつ
「リハビリ」をしながら、徐々に社会復帰を目指すしかないのだ。


それにしても、
「好きな時に寝て好きな時に起きる」ということが
どれだけ素晴らしいことか。

目覚ましを三種類もかけて「ビビり」ながら寝たところで、
ちっとも熟睡なんてできやしない。
ただでさえ寝付きが悪いのに。

「毎朝九時出勤」のサラリーマンには、
もう二度となれないだろうな。

理想は寝る前に
「明日○時に起きなきゃ!」と、考えなくて良い生活。
てことは
「朝方寝て昼過ぎに起きて夕方(もしくは夜)出勤」という
「夜の商売」が、やっぱりいいのかな。

たかが
「朝起きること」に「プレッシャーを感じる」なんてどうかと思うが、
「しまったやっちゃった!!」という場面を想像すると、どーしても
「ゾッ」としてしまう。

昔から、とにかく
「プレッシャーに弱い」のだ。

「自らを追い込んで空回りして自滅」するタイプのオレは、
「廻りに迷惑を掛ける」のを極端に嫌い、
「周囲の期待」に「答えねば」と、肩に力が入る。

考え方の原点に
「遅刻しない」というのがあるのは、
サラリーマン時代に何度も何度も、
寝坊の末遅刻したからだ。

それはそれは
「苦〜い記憶」なのである。

寝不足の時の「二度寝」って
マジで気持ちいいからねえ。


とにかく今日は久しぶりに
「眠くなったら自然に寝る」ことにする。

「薬」なんて飲まずに寝られるようにならなければ、
「社会復帰」なんてできっこないぞ。

そう考えると
ちょっぴり

「ナックヂャイ(1122気が重い)」だなあ。

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2010年1月16日 (土)

レンゴーフ

「オモロイ出来事がたくさんあると書く時間がない」
「書く時間がたくさんある時はオモロイ出来事がない」

このブログを書くにあたって陥るジレンマである。


ちなみにカテゴリーのチョイスは
「日記・コラム・つぶやき」にしてあるが、まさにその通りであり
「ただの日記」ではなく三つの要素を全て含んでいる、一種の
「エンターテインメント」なのである。と、
自分で勝手に捉えている。

だから当然、読んで
「オモロイもの」でなければならず、そうでないと読者は
「ガッカリする」わけで、直前の日記のように
「まったくオモロくない」ものを読み返してみた時、そのことを思い
「ガックリ」ときてしまう。

考えるに、起こった出来事になるべく
「テーマ性」を持たせて、それについての
「オレなりの考察」を述べることで「コラム」的な要素が加わり、
明らかに一方的で勝手な意見であるからして
「つぶやき」とも捉えられるわけで、その辺りが
「オモロさ」のポイントなのではなかろうか。

もちろん文章力も必要であるが、もっとも大切なのは
「出来事」つまり「ネタ」であり、あくまでも
「日記」である以上、どこからか勝手に
「テーマ」を持ってくるわけにはいかず、つまりはオレの身の廻りに
「オモロイ出来事」が起こって、それを「いいタイミング」で、
「いいテンション」をもってして書き上げてこそ、読み物として
「オモロイもの」となるのだ。

「作品」と呼んでもいいほど「デキの良い」時もあれば、
「全然アカン」時もあり、後者の場合
せっかく読みに来てくれた方々に大変申し訳なく思う。

そして、そうなってしまうのは多くの場合
「テーマを絞らずつらつらと」書き綴るのが原因であり、前回のように
「オモロイことがたくさん」あって、ひとつひとつに
「テーマ」が存在するのに、ああしてまとめてしまうと、どうも
「つまらなく」なるような気がする。

日数が経ち、
「更新せねば」と焦る中で書けばそうなるし、かといって逆に、
書くタイミングを失い、温めていた「ネタ」を
「ヒマで時間を持て余しているから」といって、何の脈絡もなく
唐突にもってくるわけにもいかない。

その辺りが悩ましいところである、
というわけだ。


とまあ、これはいわゆる
「つぶやき」というか「ボヤキ」に近いね。

今週はどうもバタバタしていて、なかなか
「書く時間がない」わけであるが、実際今日も、
「何を書こうかな」と、最近の出来事を振り返り、
「カンボジアツアーとビザの件」なのか
「アルバイトと仕事の話」なのか、
「28才OLPン嬢の話」なのか、もしくは
「おかまちゃんの言葉遣い」についてなのか、と悩むうちに、
だんだんイライラしてきて、結局は
冒頭のような書き出しとなってしまった。

こうして「ネタ」はどんどん溜まっていき、鮮度を失い、
日の目をみることもなくなるのだろうか。

ま、仕方がないよね。


そして、明日はゴルフなのである。

「ゴルフ天国」のタイにやって来てから初めてだし、
ていうかどうだろう、十五年振りくらいではないか。

当時のクラブをわざわざニッポンから持って来て、一度だけ
「打ちっ放し」に行ってみたが、
アイアンのヘッドも錆びてたし、腕の方ももちろん
「錆び錆び」だった。

「ゴルフをする」ことをタイ語では
「レンゴーフ(32233)」と言い、「レン」は「遊ぶ」という意味で、
外来語である「ゴルフ」は、タイピープル独特の発音で
「語尾が上がる(もしくは上がって下がる)」ことになる。

「ウィスキー(2232)」「テクスゥィー(2232タクシー)」
「ストロベリー(222232)」はまだマシだとしても、
「チャーリー(2232さくらんぼ)」「アッポン(2232りんご)」などは
初めて聞くと何のことやらさっぱりわからないが、基本的に
「外来語は語尾を上げる」のがタイルールのようなのだ。

あと、
「central warld」を「センタンワーン(2222222)」とか
「foot ball」を「フットゥボーン(3222)」とか、
「L」や「R」を「ン」にしちゃうこともあるみたい。


などと
「つらつら」書いてるからアカンのだ。

どーせ後日これを読み返してまた、
「ちぇっ。まったくオモロくないやんけ」
と、嘆くに決まっている。

あーあ。

参ったなあ。もう。


*最近買ったものシリイズ。
急遽ゴルフシューズを購入(1800THB)。
Img_6612

ロストボールも(12個入りで250THB)。
Img_6613

ゴルフ用のポロシャツ(200THB)。
Img_6610

ゴルフとは関係ないが、ポーチ風キャンバスバッグ(399THB)。
タイへ来てからずっと肩掛けバッグばかりだったが、
こんなの持ち歩いたら、また
どこかに忘れて大騒ぎするに違いない。
Img_6632

モノを入れるとこんな感じ。
なんか可愛くない?
Img_6636

アイマスクコレクションにまた仲間が( 79THB)。
Img_6634

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2010年1月14日 (木)

ルークラーン

「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


おっちょこちょいのオレは、少なくとも
年に一度は「大ポカ」をする。

場合によっては取り返しのつかないことだったりするし、
「つかない内容」も「大」「小」さまざまであり、例えば
車をバックさせる時、おしゃべりに夢中で注意力散漫になり、
後ろにある自転車に「コツン」と当てるとか、気付いたら
「バッグがない!」とか。

そーいえば、一昨年友達と「中国ツアー」に行った時、
香港の屋台街でごはん(焼きそば肉まんなど)を食べた後、
しばらく歩いてタクシーに乗ってから、思いっきり
「バッグがない」ことに気付き、しかも中には
「パスポート他全財産」が入っていたので、真っ青になって、
すぐさまタクシーを降り、方向感覚も定まらない中必死で走り、
なんとかその屋台街を発見して席に戻ってみたら、
たまたまそこにはまだ人が座っていなくて、奥のイスに
ちょこんと乗っている「迷彩の肩掛けバッグ」を見付けた瞬間は、
全身から一気に力が抜けたのをよ〜く憶えている。

「中身が全てなかった」
というオチではなく、何も無くなってはいなかったのだが、
もし、次の客が座っていたとしたら
1000%ヤラレていたに違いない。

何しろ中国だからね。

屋台のおじちゃんおばちゃん達にめちゃめちゃ感謝してから、
「よ〜し。ここにいる全員に一杯づつ奢るぞ〜!!」と
言いたいところかったが、よく見たらけっこうな人数(五十人以上)
で、全財産でも足りなそうだったからやめておいた。

このように、運がいいのか、現実は
「戻って来る」ことがほとんどであり、
電話ボックスの電話の上に置き忘れた財布が、
「中身もそのままで」交番に届けられていたり、一度なんか
けっこう大きめの財布を車の屋根に置いたまま、すっかり忘れて
走り出してしまったのを、三十分ほどしてから掛かってきた
ケーサツの電話で気付いたことすらある。

そんな感じで何故かいつも無事なので、香港でも
実際かなり焦ってはいたが、心の底では
「あるに決まってるもんね〜♪」という気持ちだった。

考えてみれば
「取りかえしのつかない」ところまでは、
「なかなかいかないのかな」とも思う。


ちなみに、今回の件は完全な「勘違い」である。

間もなくビザが切れるので、ラオのヴィエンチャンまで
「ビザ取りツアー」に出掛ける予定だったのだが、
出発日を一日間違えていて、気付いた時には
「あとの祭り」だった。

「取り返しがつかない」ことは確かだが、規模としては
「小」の「小」くらいのものだ。

実は金曜日から三日間、ちょっとしたアルバイトをするのだが、
そのため一日だけ日程を前にズラさねばならなくなり、
「木曜日夜出発」が「水曜日夜出発」になると思っていたら、実は
「火曜日夜出発」だったことに気付いたのは水曜日の明け方。

「どう計算しても間に合わない」のが分かり、とりあえず
「カンボジアへ脱出」することを思い付いたが、それでもまた
15日後には結局ラオに行かねばならず、そのまた
90日後に再び国外に出なければならないことを思うと、
おそらく一番近場のカンボジアであろうから、
何度も同じ場所を訪れる面倒臭さを考えて、
「げんなりして」しまったというわけだ。

最悪の場合、ビザの期日から二日遅れで
「タイを出国する」ことも考えたが、これは
「罰金が一日500THB」というのはまだいいとして、過去に一度
「オーヴァーステイ」していることを考慮すると、やや
「リスクの大きな」選択には違いない。

クルングテープから一番近いカンボジアの町
「ポイペト」との往復はバスで八時間ほどは掛かるし、ビザ代含めて
2000THBの費用も決して馬鹿にはならないので、
たった数時間(気付くのが遅かっただけ)のことで、
そんなハメになってしまったのを悔やんだが、
「超ポジティヴシンカー」のオレとしては
なんとか前向きに考えようと、可能性を探ってみる。

元々はビサの切れる当日(16日)出発の予定であり、
大使館が「土日休み」である関係上、もし仮に昨日出発していたら、
当初より五日間早くスタンプが押されることとなるはずだった。
ところが出発しなかったため、そのギャップは埋まり、結果的には
十日遅く在ヴィエンチャンタイ大使館のスタンプが押されるわけで、
そこから更に90日間は国外に出なくて良いわけだ。

そして90日後の四月二十八日は水曜日であり、
「ラオツアー」も一泊で済む。

当初の予定だとヴィエンチャンに三泊せねばならず、それを思えば
「次回」「その次」と二回連続で「一泊」で済むのなら
そんなありがたい話はない。
だから、15日間を
「八時間の手間と2000THBのお金で買う」以上の価値がある。
ということになるし、ま、よーするに、結果的には
「良かった」のだ。

そーだそーだ。そーに決まった。

なんだかよくわからないが、とにかく何でも理由をつけて
「得したような気分」になっておけば良いのである。


さて、ここ数日の行動を。

十日の日曜日。
Tがニッポンから戻って来て早速連絡があり、とりあえず
シーロム辺りで待ち合わせ、午後十時頃
スリウォンのバービアで飲みつつ、
脂取り紙のど飴ローションなどのお土産をもらう。

どれもニッポン製は性能が良いのだ。

人気者のTに色んな女子から電話が掛かってくる中、
「とりあえずゴーゴーでも覗くか!?」とナーナーへ。

ニッポンが連休のせいかお客さんがすごくたくさんいて、
タニヤでもナーナーでも、タイガールがどんどん
「売れていく」のを見て、オレ達は微笑ましく感じ
「頑張ってガンガン稼ぐんだよ〜♪」などと、
陰からエールを送る。

店を二軒ほど廻るがメンバーは特に代わり映えもせず、
「そろそろディスコの時間だな」と、ちょうど電話が掛かってきた
「タニっ娘」と待ち合わせて、某「Schrach Dog」へ。

深夜一時過ぎに店の前のソファーで待っていると、
かなり可愛いコが入ってきて、
「このコ達だったらいいな♪」と思ってたら、実際
そうだったのには驚いた。

Nンちゃんは色白で小柄でスタイルも歯並びも良く、
マジで相当可愛いのだ。
今まで一緒に遊んだタイガールの中でも五本の指には入るな。
人気カラオケ店勤務のコなので、間違いなく
「かなりの稼ぎ」に違いあるまい。

友達のEちゃんとその妹は、どー見ても引き立て役。

そして、いつのもごとく、そんな
可愛いコはオレのことなんて
まったく目にもくれないのである。

またまた例によって誕生日で盛り上がってるタ二っ娘がいたり、
いつも来ている某「レインボー」軍団がいたりして、
本当は他のテーブルにも行きたかったのだが、
一緒に店に入った手前、彼女らに気を遣って、
「乾杯!」「乾杯!」と繰り返しウィスキイを飲みつつ
そこを動かず例のごとく「お約束の曲」でひたすら踊る。

ボトルは「ジョニ黒」だが、
「赤」との味の差が1ナノもわからない。

Nン嬢はクールにウィスキイに少しだけ水を入れて
「ぐいぐい」飲むがほとんど表情を変えず、
E嬢の妹がかなり酔っぱらって、一緒にくねくね踊っているうち、
こっちも酔いが廻ってきて、いつの間にか閉店の四時半に。

かなりいい気分で家に帰り、
ベッドに倒れた瞬間に寝る。


「やっぱりウコンはいいなあ」

そう。
酒を飲む前にTからもらったウコンを飲んだら、いつもなら
「う〜。気持ち悪ぅ〜い気持ち悪いよ〜」となるはずが、非常に
「爽快な目覚め」であった。
しかし警備保障会社の健康食品って、
なんだかイメージがちょっとなあ。
Img_6627_2

「つれないカワイコちゃんになんて一切興味ないのだ」

な〜んてのはただの強がりであって、
Nン嬢はマジで「上玉」だったなあ。

で、月曜日は前にも一緒に遊んだTのお気に入りの
31才コスメティック嬢Fンちゃんと飲みに行くことに。

「19才の妹を連れてくるみたいですよ」と聞いていたが、
そんなことには「ピクリ」とも反応しない。
今年のオレはちょっと違うよ。
若いコのお尻ばっかり追いかけるのはもうヤメにしたのだ。

「やっぱり女子は25オーヴァーいやむしろ30オーヴァーやね」

Tともそんな話をしつつ、とりあえず
「月に一人づつ素人のオトナノオンナと(深く)知り合う」のを、
「今年の目標」として掲げることに決定(レヴェル低っ!)。

「<モルディヴ>っていう店らしいです」
「ほほう。それはなかなか期待できるな」

「高級リゾート」をイメージしてそう答えたが、
店に着いてみたら看板には
「Mao Deep」と書いてある。

「マオ(22)」とはタイ語で「酔う」の意味であり、よーするに
「深く酔っぱらう」というタイ語&英語ミックスの店名なのだ。

なるほど。ありがちな間違いだな。

タイピープルは英語の読み方がかなり独特であり、
この手の勘違いはけっこうよくあること。
逆に、英語のできないタイガールに対して、店名などを
「普通の発音」で伝えても全く通じないしね。

ただ、フアイクワングにあるその店は、
かなり広いオープンエアの素敵な感じで、座敷みたいなところに
「ゴロン」となれる席もあったりして、
風が心地良い今の季節にはピッタリの、ちょっと
「リゾートっぽい」雰囲気である。

「店の名前モルディヴでもいいよな〜」などと言いつつ、
座敷席でまったりしつつ、Tが「お土産に」と買ってきた
赤ワインを四人で二本ほどいただく。

そう。
タイってどんな店でもだいたい、お酒は
「持ち込みオッケー」であり、氷ソーダコーラ水などの、いわゆる
「ミキサー代」さえ払えば、特に
「持ち込み料」を取られることもないのだ。

このルールは非常に良くて、例えば食堂みたいな店に、
コンビニで売ってる200THB位の安いタイウィスキイを持って行けば、
タイフードをつまみに、めちゃめちゃお値打ちに飲めるというわけで、
「ニッポンでは考えらない」とても便利なシステム。

ま、ディスコに「そこにある銘柄のウィスキイ」を持ち込むのは
さすがにムリだろうどね。

「軟骨唐揚げ」「シーフードの酸っぱ辛いスープ」
「豚の臓物系入りサラダ」などを食べつつ、
「三角枕付きの座布団(?)」でゴロゴロしていると、
一時半頃に三人の娘がやって来る。

結局Fンの妹は来なくて、一緒に住んでるオカマちゃんのTと、
後からやって来た娘達はどうやら「タニっ娘」の様子。
一人はいきなり
「アンタ達昨日スクラッチドッグに居たわよね」と言い、
もう一人はどこかで会った顔だった。

「クルングテープは狭い」というか、オレ達がいかに
「同じような場所ばかりで遊んでいるか」ということが
よ〜くわかる。

「憶えてる憶えてる。Nちゃんやろ」
と、Rイ嬢の名前を思いっきり間違えてしまったが、
どこで会ったのかがなかなか思い出せない。

三人とも25オーヴァーではあったが、
残念ながら「素人」ではなかった。

しばらくしてから、同じ敷地内にある
「ディスコエリア」に移動し、ウィスキイに切り替える。
月曜日だけに集客も少なく、タイポップスばかりを流す
DJも驚くほど下手で、なかなか「ノリ」切れぬまま
三時半に店は終了。

「マオディープ」自体は朝四時まで開いており、
客もけっこうたくさんいたなあ。
なにしろなかなかいい店だった。

Rイ嬢はどうやらオレがお気に入りの様子で、決して
「ピンピン」とはならないのだが、オレが見ていないと
「視線を感じる」という具合で、
「キーアーイ(恥ずかしがり屋)」な感じがなかなかよろしい。
そういういかにもタイガールっぽいアピールには、個人的にとても
「好感が持てる」のである。

ただし、色白でごく普通のルックスの彼女、
オレの好みのタイプとはまったくかけ離れており、
そこが残念で仕方がない。

ま、気に入られているというのはオレの勘違いかもしれないが、
前日のNン嬢の「全くつれない態度」といい、
世の中とは得てしてそういうものなのだ。

「お腹が空いた」というタニっ娘達とは別れ、
例のごとく、Fン嬢の部屋に泊めてもらう。

「酒豪」の彼女はまだまだ飲み足りなさそうだったが、
オレ達はもうすっかり
「いい感じ」だったので、順番にシャワーを借りて
「サクッ」と寝た。

どうやらFン嬢は「潔癖性」のようで、
「そのままでは寝かせないわよ」と、なかなか厳しいのだ。

そーいえばいつの間にか「チェック」が終わっており、結局
全て御馳走になってしまった。
いつも甘えてばかりはいられないが、
「奢ってもらって当たり前」みたいな態度で
「お礼も言わない」ような若いコ達と比べ
「オトナ」の「ハイソー」な女子達は、やはり素敵だ。

で、昨日は昼頃起きて近所のタイ料理屋さんで、
クイティアオカノムジンルクチン(魚のすり身)手羽先唐揚げ
アイスクリイム各種を食べて、帰った。

一月末から四日間
「メーホーソン(北の端の方)へキャンプに行こう」と誘われたが、
おそらくその頃は仕事をしているから無理だろうな。
メンバーは女子ばかりらしいし、
「山でテント生活」なんていう「タイっぽくないこと」もしてみたいし、
とても魅力的は話なのだが。

そして、ついうっかりDVDを借りて、夕方から
「笑ってはいけないホテル」を見ていたら、
いつの間にか朝がやって来て、ふと予定表を見てみると、なんと
「一日ズレて」いたのに気付いたわけだ。

「はあ」

などと落ちていても仕方ないので、今日は
早起きしてまたまたTと一緒に買い物に。

「一年間通話料無料!」というケータイがあると聞き、
それを使っているコに案内してもらったのだ。

「true move」がやっているそのプロモーションは、
「ハードを買えば、クルングテープ内ならどこに掛けても無料」
という素晴らしいもの。
ただし番号は通常より多い11桁であり、
普通のケータイとしても使えるが、それは通常料金である。

つまり一台で番号が二つあるわけで、
掛ける場所によって使い分けることになる。

ま、二台目として持つにはちょうど良いし、
デザインもさほど悪くないので購入してみた。
価格は3600THBで、一年後からは通話料が
毎月定額(300THB)となるらしい。

「ひょっとして途中解約のペナルティーがあるのでは」
などと詳しいことを聞こうにも、いかんせん
意思の疎通がイマイチだし、店がかなり混んでいたので、
「まあなんとかなるやろ」と腹をくくった。

色は「ガンメタ(リック)」をチョイス。
Img_6625

早速色々掛けてみたが、どうも繋がりにくい。
同じ番号にしばらく掛けているとイケルようになるのだが、
なんだかちょっとイヤな予感がするな。
ま、繋がってしまえば電波の状況は悪くないんだけど、
おそらくアンテナの数が少ないのではないだろうか。

普段ほとんど電話など掛けないオレだが、頑張れば
タイガールと一時間ぐらい話すのは平気なのだ。

これからはケータイでもタイ語のレッスンだな。


ところで、一緒に買い物にやって来た、
Tの友達のタイガールの姉貴(お父さん違い)が、まるで昔の
「コギャル」みたいな格好で驚いたが、
年齢を聞いてもっと驚いた。

「いくつに見える?」
「う〜ん。25かな。」
「はははは。マジで〜?」
「ぢゃあ26?」「27??」「28???」「29???」
「ブー!35だよ」
「ええええええええええええ」

お前、35でその格好
(金髪を頭のてっぺんで結びバサバサ睫毛の真っ黒お目目)
はアカンやろ。

「子供いる?」「二人いるよ」
「年いくつ?」「上は18かな」
「親父は?」「どっか行っちゃった」

なるほど。ありがちな話だ。

今は妹の方と一緒に住んでいるらしく、
彼女がケータイの写真を見せてくれたが、オレは思わず
某「八番らーめん」の餃子を吹き出しそうになった。

「ええええええええええええええええ!
もー子供いるのおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

そう。
まだあどけないその少女の隣には、
一才くらいの女の子の顔が写っていたのだ。

てことはなにか。

お前も娘も17才で子供産んで、つまり
お前はすでに「孫」がいるおばーちゃんかい。

「タイ人はみんな若いうちに子供生むのよ。
よくある話ぢゃん。はははははは」

ま、たしかにそうかもしれないが。

「コギャルのおばーちゃん」

これにはさすがにオレも
ちょっとショックを受けた。

「孫ねえ....。
タイ語でなんて言うの?」
「ルークラーン(322122)」
「ふ〜ん」

見た目のままやたらと明るいコで、血液型は
「AB」らしい。
ほとんどが「0型」というタイ人の中では
かなり珍しいはず。

とにかく、
「30オーヴァーの素人(今は仕事をしていない)」
であることには間違いないので、一応
ケータイ番号を聞いておいたが。

きっと、十五年後には孫娘もまた
子供を産んでしまうことだろう。

「血」は争えないものなのね。


それを考えたら、
オレの「ポカ」なんて
「小さなことなのだなあ」
と、

しみじみ思うのであった。


*香港で「無くならなかった」バッグ。
今はあまり使っていないなあ。
Img_6626

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2010年1月 9日 (土)

ターイ

かくして、映画「レオン」を
「究極の純愛のカタチ」と捉えたオレは、その世界観に憧れ、
「命を救う」まではいかないにしろ、とにかく
「純愛」というものにひとかたならぬ興味を抱くこととなる。

そして、現実の
「薄汚れ」「爛れた」「不純な」男女の関係を
目の当たりにすればするほど、心は
どんどんどんどんそっちの方向へと向かい、結果
「少女幼女嗜好」へ傾いていくことと相成ったというわけだ。

しかし、よくよく考えてみれば
どちらかと言えば「究極」の部分の方、つまり
「死んぢゃう」ことによって「叶わぬ愛」となることこそが、
「憧れる対象」なのではないか、という気もしてくる。

「成就しない愛こそロマンティック」なのである。

「アダムとイヴ」から始まり、
「ロミオとジュリエット」然り、
「ボニー&クライド」然りだ。

自らの歴史を振り返れば、もっとも心に残るのは
「事情によりお別れせざるを得なかった女性との愛」であり、
「どちらかが死んだ」というわけでもない以上、ひょっとして
「まだ終わっていないのではないか」という
「うっすら」とした「なにか」が、未だに
「片隅に引っ掛かって」いる感じがするくらいだ。

「いつかはこの話を小説に」と、その
「美しい想い出」をカタチにしようしようとしてきたが、
いつまで経っても完結しないのは、そもそも現実に
「終わっていない」からなのか。

どちらかが死んでしまわなければダメなのか。

「そんなものどーせ創作なんだから、
(話の中で)殺してしまえばよいではないか」とは、
すんなり思えないのがオレの性質であり、
「妄想大好き♪」のくせに、物語にはとにかく
「リアリティーを求める」という妙なこだわり故、
実話が元となっている以上、そこから大きくかけ離れることを
どうしても受け入れられない。

タイに移住する直前、
「どーせもう最後だから」と、ニッポンに残る想いを断ち切るため、
彼女が嫁いで行った北陸の街を訪ねてみた。

持っていたのが古い住所だったため、
結果的に会うことは叶わなかったが、
少しは気持ちもスッキリしただろうか。

ま、「想い出」は美しいまま
記憶に留めておいた方がいいということなのかな。


とにかくだ。

「成就しない愛」にいくら憧れたところで、それはまさに
「成就しない」のだからどうしようもない。

方法としては、
「心中」なども考えられるが、それが
「必然」であるシチュエーションなんてなかなかないし、
そこに少しでも
「無理」があっては美しくも何ともない。

どちらにしても、
「相手の死」もしくは「自らの死」をもって、美しい姿のまま
「愛」を完結させる、な〜んて話に
「憧れる」ことはあっても、現実にそれが
自分の身に降り掛かるのを、何の疑いもなく
素直に受け入れることは至難の業であろう。

ところが、タイピープルはどうもそうではないようで、
とにかくすぐに
「死ぬ」し「殺す」。

いやいやいや。
決して嘘でもなんでもなく、実際にニュースを見ていると、
「男女の痴情の縺れ」の事件はハンパな数ではないし、
そのほとんどが、相手を
「死」に追いやったり、自らも
「死」を選ぶ、といった究極の結末に向かっており、例え
「未遂」で終わったとしても、その最中は確実に
「本気」なのである。

もちろん、本人達に直接確かめたわけではないが、
事件の顛末を見ていれば簡単にわかるし、現実に
「亡くなって」しまう比率もけっこう多い。

では、彼らが皆
「ロマンティック」であるか、といえば
決してそうではない。

そのほとんどが「短絡的」なものであり、
「カレシにフラレたから死ぬ」
「オレのオンナを奪ったからぶっ殺す」
「オレを無視したから硫酸を浴びせる」
「浮気したからチ○コ切る」などなどなど。

「あなたには奥さんも子供もいる」し、
「君にも永年連れ添った旦那がい」て、
「こうしてめぐり逢ったのは遅過ぎ」たけど、
「今はとても幸せだからいっそこのまま」、
「ふたりで一緒に天国へ行きましょう♡」といった、
美しいものではないのだ。

ん?
ちょっと待てよ。

「美しい」なんて誰が決めた。

ちょっと視点をずらせば、結局はただ
「ドロドロ」なだけやん。

「鴨とクレソンの鍋」とか食べてるから
「美しく」見えるだけやん。

やはりそう考えると、
「純愛」しかないのだ。

そーだそーだ。そーに決まった。


話がよく分からなくなってきたが、なにしろ
「成就しない究極の純愛」に憧れるオレが、もし
「恋愛」において満足できることがあるとしたなら、それはきっと
「死ぬ時」なのだろう。

「死ぬ」はタイ語で「ターイ(222)」。
「タイ王国」のタイは「thai」であり、死ぬは
「taai」であるが、よく似ている。

ことあるごとに
「タイで一生暮らしたい」と言っているオレは、つまり、
「タイで死ぬ覚悟」なわけであり、
タイガールとの純愛が本当に心の底から叶った時、
「彼女を守る為に死ぬこと」など厭わない。

「君のためなら死ねる」というわけだ。

ただ、本人に
「チ○コ切られる」のだけは
「死んでも」イヤだ。

「サクッ」と死んだ方がよほど
「マシ」だという意味である。

「直情型」が多いタイピープルは、別れ話になると
「死ぬぅー!」とか「殺してやるー!」とか
「あなたを殺して私も死ぬぅー!!」
みたいな感じになるイメージが強いから、むしろ
そうなる前に死にたい。

てことは、
「純粋ガールとの鮮烈な出逢い」→
「二人は必然的に愛し合うことに」→
「突然二人を襲う悲劇」→「愛する女子を守って」→
「ひとり死んでいく」という形が理想的ってことか。

で、その話を小説に書くのだ。

なるほど。
って、

おいおい。


*鍋と言えば、昨日の鍋はこんな感じだった。
Img_6602

「締め」は緑麺。「焼きそば」の麺っぽい感じかな。
Img_6604

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2010年1月 8日 (金)

チョープティースットゥ

「小豆色のジャージにギンガムチェックのジャケットって(笑)」

閉店後に出掛けた中華料理店で、
バーのマスターにそうツッコまれる。

一緒に来たあと二人のお客さん(三十代男子)も、
「確かにそれはちょっと普通ぢゃないな」といった表情だ。

ともすれば自分のことを
「見失いがち」になってしまうオレからすれば、そーいった
「助言」や「ダメ出し」は実にありがたく、相手のことを想っての
「愛ある言葉」であることが感じられるからこそ、実は
「感謝すべき」場面であることをわかってはいながらも、
「照れ隠し」で、つい反抗的なことを言ってしまう。

曰く、
「これはタイの中学生へのオマージュである」というわけで、つまり
よく見掛ける学生の制服として
「ポロシャツ×ジャージ(ポロシャツのカラーと同色のライン入り)」
というパターンはありがちで、実際に
「黄色のポロ」+「茶色地に黄色のラインのジャージ」
「ピンクのポロ」+「紺地にピンクのポロのジャージ」姿の
「オカッパ頭」の女子学生がその辺をウロウロしている。

元々「ジャージ大好き」なオレであるが、とにかく暑いこの国では
「ジャージの上着を羽織る」機会がかなり少ないこともあり、
こちらに住み始めた当初から、ラインの入った
「ジャージのパンツ」にこだわって
積極的にファッションに取り入れて来たのだ。

これがそのコレクションだが、特に
「チャトゥーチャック」のマーケットで見つけた、
「職人のおじいちゃん手縫いの逸品」(230THB)を
ひじょーに気に入っていて、それらをかなりの
「ヘヴィイローテンション」で履き回している(右の三本)。
Img_6608

ただ、そのジャージこそまさに、例の
「中学生の制服」のイメージであり、タイピープルにもよく
「    〃   っぽいねえ」などと、
ツッコまれたりもするのであるが、
「でも可愛いやろ!?」と、特に気にもしていなかった。

ただ、いい年をしたオトナがそんな格好をしているのは
「みっともない」と感じる人間もきっと多いはずで、実際
タイピープルは基本的に、だらしない感じよりは
「キチッとした」身なりの人を好むし信用する、
といった傾向にあることは確かで、例えば
「サンダル履き」<「スニーカー」<「革靴」であったり、
「ショートパンツ」<「デニムジーンズ」<「スラックス」だとか、
「Tシャツ」<「ポロシャツ」<「ブラウス」みたいな構図が、
(男子の場合特に)成り立つことはわかっている。

もちろんわかってはいるが、そこを敢えてチャレンジしていくのが
「オトコの美学(?)」であるのではないか。

という話ではなく、無理矢理こじつけたのは、オレが
「ロリ(ータコンプレックス)」であるが故に、少しでも
「彼女達に近づきたい」という気持ちでもって
「中学生制服ファッション」を取り入れているのだと。

どちらにしても、それはただの言い訳でしかなく、
「そんな格好をしていて恥ずかしくないのか」と廻りのオトナ達が
感じるているのは充分承知の上であり、冒頭のごとく
「愛あるご指摘」に素直に従えばよいものを、
どーしてもやめられないのは如何なものだろうか。

実際、「上下揃い」はまず問題外として、
「ジャージの上着のみ」ならまだしも「ジャージのパンツのみ」を
ファッションに取り入れるのはひじょーに難しい。何故なら普通に
「パジャマっぽく」見えてしまうから。
「カジュアル」という域を超えて、どーしても
「だらしない」印象となるのだ。

昔、一度思い切って某クラブのイヴェントに
某「アディダス」の黒地に白の三本ラインのジャージパンツに、
黒のヴイネックTシャツ黒無地のブルゾン、という姿で出掛けたら、
「ホンダさん今日は寝起きなんですか?」
「どうして寝間着で来ちゃったんすか?」など、
「ジョーク」とも「本気」とも取れぬツッコミを繰り返し受けた。

「やっぱり保守的な街だなナゴヤ」とがっかりし、
「もう二度と」と、固く心に誓ったものだったな。

ま、そーいう問題ではない気もするが。

とにかく
「敢えてやっているんだ」というイメージを強調するため、例えば
「ジャケットを羽織った」りしているのだが、それが更に
「突拍子もないもの」に映っているのだとしたら、
やはりマズいのかなあ。

なにしろそれが「上級編」であることを承知の上やっているが、仮に、
「スタイル及びルックスのよい若い衆」ならまだよくても、
「齢四十五のヘッピリ腰のおっさん」では、ムリがあるという現実に
いい加減気付かねばならぬということなのね。きっと。

ただ一方で、
「中学生タイガールへのオマージュ」というのもまんざら嘘でもなく、
その見事なオカッパ頭の可愛らしい少女達を見ていると、ついつい
「マチルダ」のことを思い出してしまうのだ。

そう。
オレが「ロリ」になった「決定的要因」であると思われる、映画
「LEON」に登場するヒロインである。
「大尉」のことではないので悪しからず。


先日、知人のミクシィの日記で
「好きな映画ベスト3」というテーマがあって、
「映画好き」のオレとしては素通りするわけにもいかず、
しばらく考えた末、
「レオン」「天井桟敷の人々」「アパートメント」
と、コメントを残したわけである。

「天井桟敷の人々」は、初めて観た時の
「衝撃」と「感動」を忘れられないからずっと一番だったのだが、何故
「LEON」が抜いてしまったのだろう。

そう思って、昨日
久しぶりにDVDを観てみた。

「なるほどな」

もう十回以上は観ているが、やはり、
「設定」「プロット」「センス」「キャスト」「俳優の演技」「音楽」
どれをとっても文句のつけようがないし、それは
「オレの好みにバッチリ嵌る」ということに他ならず、
「今でもまったく色褪せない」のだ。

「ノーマル版」「特別編」どちらもよいが、やはり
「インパクト」としては当初のものの方が強いし、
「追加シーンの是非」を問うのは難しいところ。

ムリにジャンル分けする必要もないのだが、あれを
「アクションもの」ではなく「恋愛映画」と捉えて、
「二人の純粋さに胸打たれる」ことを主眼を置けば、
「そういう恋愛に憧れている」オレにとっての、
「ベスト1」に挙げる理由も納得できるというもの。

タイ語で言えば
「チョープティースットゥ(3223322最も好き)」である。

オープニングのシーンから始まり、
「お気に入りのセリフ」やら、オレなりの解釈などを含めて
とことん解説しても良いが、とてつもなく長くなりそうなので、
又の機会にしておこう。

ちなみに、「リトルイタリー」にあるトニーのレストランは
「SUPREME MACARONI.CO」が経営する
「GIUDO'S RESTAURANT」であり、電話番号は244-9314。
物語はそこから始まるのだ。

米国は好きぢゃないので生涯行くことはないと思うが、もし
「NY」に訪れることがあれば、なんとかロケ地を探して、
自分の目で見てみたいものである。

もっとも好きなシーンは、マチルダが
「おもしろいゲームをしましょう」と、ロシアンルーレットを持ちかけ、
「(彼女が死んでも)何も感じない」というレオンの返事を聞き、
「ものすごく哀しげな目をする」ところだ。

そしてエンディンング。

レオンの大事にしていた鉢植えの植物を大地に植え、
「これでもう大丈夫ねレオン」とマチルダが言ったところで、
オレの好きなアーティスト「スティング」の
「Shape Of My Heart」がかかる。

そのあまりの「ハマり」具合に
「ぞわぞわー」っと鳥肌がたったものだ。

歌詞の内容も含め、あれほど
「ピタリ」とくるエンディング曲を他に知らない。まるで
「映画を観てからスティング氏が作ったのではないか」
と思えるほど。

そーいえば設定では12才のマチルダだが、当時
ナタリーポートマンはまだ9才だったそうで、
「若過ぎるのでは」という声もある中、彼女をひと目で気に入った
リュックベッソン監督が、その意見を一蹴したとかしないとか。

昨日の夜、久しぶりにSーと会って、
「サワディーピーマイ」と挨拶したあとしばらく話したが、
「熱があるのよ」と、オレの左手を自分の喉に持っていく彼女を、
どーしてもマチルダの姿に重ねてしまい、肌に触れただけで
なんだかドキドキした。

15才のSーは「少女」というよりも、見た目は
「立派な大人(?)」なのでそんな感じはしないが、
あの時のレオンには
「触れてはイケナイものに触れる」ような感触が、
確実にあったはずなのだ。

それを勝手に「オーヴァーラップ」させて
「ドキドキ」してしまっただけの話だが、あらためて
「LEON」を観なおしてから彼女と会ったら、とにかく
「新鮮な感じ」がしたのは明らかだった。


とまあ、「麻婆豆腐」と「焼きそば」と「春巻き」を食べつつ、
「ジャージ」と「少女」についての想いを少し話したのだが、
タイ歴の永いI氏はそれを聞いてマジ顔で、
「(淫行は)麻薬なんかよりもよほど罪が重いですからね」と、
オレを脅すのだ。

「廻りから変な知恵つけられたらどーなるかわかりませんよ」

確かにこっちが「何も」していなくとも、
本人の言い方ひとつでどーにでもなるわけだし、
「プリクラ撮って渡したでしょ。アレは完全な証拠になるな」と、
Y君にも真顔で指摘されて、
「そーいえばそーだわ」な〜んて、
今更ながらコワくなってきた。

「(いざとなったら)結婚するしかないな」

もちろんそのくらいの覚悟はできている。

ただ、そういった
「助言」や「ダメ出し」を、
「キチンと受け止めなくては」と、
あらためて心から

思うのだった。


*冒頭の格好がコレ。
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オープニングも秀逸だ。
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冷蔵庫には今でもマチルダの写真が。
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2010年1月 7日 (木)

ヌングロォーイカーオスィップペァーラーン

「シーセェーンメットゥ(111123)っていうと、
40万錠ってことか」


夕方のニュースを見ながら独り言をつぶやく。

画面では、銃を持った警察隊が
険しい山の中を歩く姿が映し出されていた。
チァングマイとパーマー(2232ミヤンマー)の国境付近らしいが、
派手な銃撃戦でも繰り広げられたのだろうか。

そう。
例によって「悪い薬系」の報道があり、今回は
「ヤーバー(2232覚醒剤の錠剤)」40万錠及び
ヘロイン50kgが押収されたようで、毎度のごとく
テーブルの上にパッキングされた「ブツ」が置かれていた。

メコン川を挟んでタイ、パーマー、ラオの三国が交わる
「ゴールデントライアングル」での事件であろう。

「末端価格にして約三億バーツか」などと勝手に計算し、
「相変わらずスゴイなあ」と、その数の多さに驚きつつ、
ブログを書こうと思いパソコンを立ち上げ、ネットを繋ぐ。

「バンコク週報」というニュース画面が出てくるのだが、今度は
「バンコクでヤーバー198万錠押収」というのが載っていた。
どうやら、年末に荒稼ぎしようと大量に仕入れた
かなりの大物が検挙されたようだ。

「おとり捜査」が許されているタイでは、そういった
「薬物絡み」の事件も結構解決しやすいのかもしれない。
それにしても198万錠とはまたスゴイ数だな。
同時に押収されたヘロイン3.5kgなど全く霞んでしまう。

ちなみに、数字の単位はタイ語で
「スィップ(11)」「ロォーイ(233)」「パン(22)」「ムーン(111)」
「セェーン(112)」「ラーン(233)」「スィップラーン(11233)」
「ロォーイラーン(233233)」であり、各
「十」「百」「千」「万」「十万」「百万」「千万」「一億」となる。

つまり198万錠は、
「ヌングロォーイカーオスィップペァーラーンメットゥ」、末端価格約
「スウィップサームロォーイラーンバーツ」というわけだ。

「この記録はしばらく破られないだろう」と思ったら大間違いで、
きっとすぐに超えられてしまったりするところが、まさしくタイの
「アメージング」さ加減なのだろう。

まったくスゴイ国である。


さて、一昨日は丸一日掛けて
じっくりと仕事のことについて考えてみた。

実はしばらく前に、よく飲みに行っているバーのマスターから
「(この店を)折半でやりませんか」と持ちかけられたことがあり、
そもそも元を辿れば、オレの方から
「手伝わせて欲しい」とお願いしたのを受けての話だったのだが、
その時は何故かまったく自信がなくて、
「ふにゃふにゃ」と曖昧な返事で誤魔化してしまった。

知り合いはまだまだ少ないし、こっちで暮らしているある意味
「一風変わった」ニッポン人の(主に)おっさん達を相手に、
「彼らを楽しませるような接客が果たしてできるのか」と考えたら、
「自分自身が楽しみながら」それをすんなりと実行できるとは
とても思えなかったのだ。

しかも共同経営ともなれば、当然ある程度の
「リスク」が発生するわけであり、そうではなく
「普通に勤めて毎月決まった給料をもらう」方が精神的には
「ラク」に決まっているから、正直言えばビビった部分もある。

そして、「共同経営」において自分の意見が反映されないことの
「やり切れなさ」をすでに痛いほど経験済みのオレとしては、
「チャキチャキの博多っコ」であるマスターと、
「どれだけ本気で意見をぶつけ合うことができるか」に関しても、
やはり自信が持てなかった。

ただ、いざどこかの飲食店に勤めてみたとしても、色々な面で
苦労するであろうことは明らかなわけであり、どうせ
「収入とのバランス」で「イラッ」とくるに決まっており、そう考えたら
「結局は一緒か」という思いに至ったわけである。

様々な事情があって、マスターはその店の他にも
「やらねばならぬこと山積」な様子だし、前向きに捉えればそれは
オレにとって良いチャンスなのかもしれない。

「それならば」と、急に思い立ち
「もし自分がやるならばこういう風に」という考えをまとめ上げ、
ごく簡単な手書きではあるが一応「企画書」も作ってみた。

オレの基本的な考え方をわかってもらい、お互い
うまい具合に接点を見つけられれば、ひょっとして
この話は成立するかもしれない。

マスターの持っている「ハコ」と「人脈」、
オレの持つ「時間」と「接客スキル」を合わせれば、
単純に「×2」ではなく「+α」の部分が出てくるかもしれぬ、
ということだ。

「全てにおいてキッチリ折半」なら話はハッキリしているし、
もし仮にうまくいかなくとも
「恨みっこなし」なのはお互い様だ。

そう思ったら気が楽になって、考えもまとまったので、
昨日、その企画書を持って話をしに行って来た。

果たしてどうなるかはわからないが、
「うまくいけばいいな」と、
今は思っている。


「アメージング」と言えば、しばらく前に
ちょっと面白いことがあった。

家に戻って来て、いつものようにパンツのポケットの中身を出すと、
1バーツのコインに混ざって、何故か突然
「百円硬貨」が一個出てきたのである。

いやいやいやいや。
今持っているごく僅かしかないニッポン円はしまってあるし、
その日にお金を使った状況を思い返してみたところで、当然
「百円玉が登場するシチュエーション」なんてありっこない。

「え。どーいうこと??」

ま、ちょっと大袈裟かもしれないが、
本人にとってはけっこうな
「アメージングな出来事」だったのだ。

おそらく、どこかの店のレジに
紛れ込んでいただけのことなのだろう。
描かれている「柄」はともかくとして、たしかに
「大きさ」も「色」も「重さ」も似ているし、店員とオレ双方が
気付かなくともさほど不思議な話ではない。

もし間違えて渡されたとすれば、金額的には
「2.7円」と「100円」であるからなんと、約
「四十倍」の差がある。

「シースィップタオ(111132)」だ。

なんだかちょっと嬉しかった。


とまあ、ただ

それだけのことなんだけど。

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2010年1月 6日 (水)

プレークヂャイ

「おかしいなあ。ないぞないぞ」

クローゼットの中を覗き、某「コム・デ・ギャルソン」の
白いブルゾン(綿の薄手の生地)を必死で探しているのだが、
確かにあったはずのその服がどうしても見つからないのだ。

気に入ってたのに。
二十二万円もしたのに。

ん?
二十二万?

某「コム・デ・ギャルソン」の綿素材のブルゾンなら、
高くたってせいぜい六〜七万円くらいのものだろう。

(あれ。よく見たらこれウチのクローゼットぢゃないぞ)

気付いた時にはもう、薄々わかっている。

(ははーん。これはひょっとして夢なのだな)

こうなるともう覚めるのは時間の問題だ。

目覚めてもしばらくの間は、ひょっとしてそのブルゾンが
クローゼットに入ってるんぢゃないか、という感覚が残っているが、
現実にはそんなものあるはずもなく、そもそも
「汚れやすい」白い服なんてほとんど持っていないではないか。

ただ、そのブルゾン自体のイメージはハッキリしているし
(ややアイボリーがかった、いわゆる「オフホワイト」で無地。
キャンバスよりも少し薄く、軽くしわが入っている感じの生地の
「MAー1」タイプの前ファスナーでごくシンプルなデザイン)、
「二十二万円」という数字もちゃんと憶えている。

では、過去に遡って実際にそんな服を持っていたかといえば、
定かではないがそんな記憶はない。確かに若かりし頃は
某「コム・デ・ギャルソン」の服が好きだったし、二十歳の頃、
某「名鉄セブン」の「ムッシュニコル」で働きつつも、隣の店
某「コム・デ・ギャルソン・オム」の商品をよく
「プロパー(定価)」で購入していた。

自社ブランドなら「35%掛」で買えるのに。

今から二十五年前。
「DCブランドブーム」のハシリの時代だ。

バブル時代は不動産会社勤務で、なかなか
良い給料をいただいていたし、「貯金」なんて感覚はなく
毎月そのほとんどをキッチリ使い果たしていた。
だから高い服も「ポンポン」買えたし、別に
「汚れたら捨てればいい」のだから、
真っ白な服だってたくさん持っていた。

「白い服は汚れが目立つから」と避けるようになったのは、
バブルが崩壊して貧乏になってからのこと。

しかし、いくら記憶を辿ってもそんなブルゾンは出てこないぞ。
ちなみに今持っている某「コム・デ・ギャルソン」のアイテムは、
紺色のポロシャツ一枚とビニイル製のバッグがひとつだけだ。

見たけど買わなかったとか。
欲しかったのに購入しなかったことを後悔して、
今頃になって夢に出てきた?

わからないなあ。
夢って、過去の記憶だけぢゃないのかな。
仮に「見たこともないもの」をあんなに
「鮮明にイメージ」できるのだとしたら、
一体全体どういうカラクリなのだろう。

あと、たまに夢の中で
「ものすごくいいアイディア」を思い付くことがある。
少なくともその瞬間はそう思っているのだが、
目覚めて記憶を辿ってみるとなんだかハッキリしなかったり、
「そうでもないやん」と冷めた気分になってみたり。

「なんとかものにならないか」と、十年ほど前に一時期
「夢日記」なるものをつけていたこともある。
目覚めるとおもむろに枕元に置いてあるノートを開き、
憶えている限りの内容を記すのだ。
「ちんぷんかんぷん」なのだが、とにかく思い出しつつ書く。

「まったく役に立たない」ことがだんだんわかってきて、
結局はやめてしまったが。

それにしても、
「ニッポン人デザイナーの服」とか「二十二万円」とか、
相変わらずニッポン寄りの夢を見ているではないか。

早く「バーツ」の夢ばかり見るようにならなくては。


目覚めたら外は雨が降っていた。
この時期に降るなんてかなり珍しいことだ。

そーいえば年末にも一度軽く降った日があったな。
最近はまたちょっと蒸し暑くなってきたし、
「異常気象なのでは」と心配になってしまう。

最近は朝方寝て、本当は一気に七〜八時間眠りたいのに、
そううまくはいかず三時間くらいで起きてしまうことが多い。

で、昼寝をするのだが、
これがなかなか気持ちよいのだ。

「ソファーでうとうと」だったり「ベッドでちゃんと」だったりだが、この
「午睡」で見る夢の内容をけっこう憶えている。
浅い眠りだからなのかな。

それにしても「夢」とは不思議なものだ。

「もっと有効に使えないか」といつも思うのだが、
そのためにはかなりの研究が必要だろう。

もし今度人間に生まれ変わったら、
「夢の研究」に人生を捧げてもいい。
ある程度コントロールできるようになれば、それはきっと
「素晴らしい世界」に違いないし、逆に
「夢から何かを学ぶこと」だってできるはずなのだ。


そして、
ブルゾンはやっぱり

見つからなかった。


*「プレークヂャイ(211122)」≒「不思議」
ナゴヤ限定「シャチホコバッグ」(?)。
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タイにはこの手のニセモノがいっぱいあるのだ。
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2010年1月 5日 (火)

サターントゥートゥ

午後五時四十分。

「チャーンチャーンチャッチャカチャッチャッ
チャッチャッチャッチャッチャッ」

「軍艦マーチ」のイントロが流れ、しばらくしてから
「ヌンソーングサームシーハーホックジェットゥぺァー
ソーングソーングサームシーハーホックジェットゥ、プリアン」
という子供の声(録音)による掛け声がひたすら続く。

屋根があるので様子は見えないが、おそらく
「気功」的なものかもしくは「ラジオ体操」的な運動が
繰り広げられているのであろう。

平日は毎日であり、ほぼ例外なく家に居るオレも
これを聞くのが日課であるわけだ。

テラスの窓は昼夜問わず開けっ放しで、すぐ裏にある
中国のお寺の音が筒抜けなのであるが、たまに
爆竹の派手な破裂音で叩き起こされたりするし、
旧正月などは朝から晩まで大騒ぎなので、
迷惑と言えば迷惑だが、仕方がないと言えば仕方がない。

それにしても何故「軍艦マーチ」なのだろう。
あのメロディーを聞いたところで、思い出したくもない
「パチンコ店」のイメージしか浮かんで来ないから、
できればもっと中国っぽい、例えば
「チャカチャカチャッチャッチャッチャッチャー(分かるかな?)」
「ゴォーーーーーーン(銅鑼の音)」
みたいなのがいいんだけどね。

まあいっか。


さて、昨日の昼間は
「バイカップキ−(2211111運転免許証)」の更新に行ってきた。
タイの免許を取って二月の頭で一年になるのだが、
「期限の90日前から」更新可能だと聞いていたので。

「プラカノング」の陸運局(兼運転免許試験場?)は
アパートのすぐ近くにあるので、軽〜い気持ちで出掛けたら受付で
「大使館で書類取ってきてね」と、あっさり門前払い。

ウィッタユー通りにあるニッポン大使館に久しぶりに行き、
住民票代わりのような「在住証明書」の用紙に記入し、受付で
「運転免許証の更新をしたいんですけど何が必要ですかね」
そう尋ねると、ニッポン人のおっさんに
「最初と一緒なんぢゃないの?健康診断書とか。ていうか
誰でもいいって訳ぢゃないんだよ。はい。パスポート見せて!」
と、めちゃめちゃエラそうに言われた。

(ははーん。コイツだな噂の主は)

以前、バー「M」のマスターとKちゃんが、
「大使館にメチャメチャエラそうなおっさんが居て超ムカつく」
という話で盛り上がっていたのを思い出したのだ。

確かに彼はいきなり完全に上から目線で話し、まるで
「オレはなあ、天下の大使館職員で、あんたらみたいに
タイで暮らしたり困ったりしてるニッポン人のためにいろいろと
世話をしてやってるんだぜ。お」みたいな態度だった。

たかが受付のくせに。

「ああ。ダメだね。観光ヴィザでは在住証明は出せないよ」
「ペラペラ」とオレのパスポートを捲りそう言い放つ彼に、
オレは努めて優しく喰い下がる。

「以前はEDヴィザだったんですけど、観光ヴィザの
無料キャンペーンをやっていたので切り替えたんです。
在留届は提出してありますし、もう一年三ヶ月以上
こちらに住んでいますので、何とかなりませんかね」
「ほぉーん。ホントにこっちに住んでる?アパート借りてるわけ?
だったらアパートの賃貸契約書のコピーか何か持って来た?」
「いえ。今は持っていませんが」
「しょーがないなあ。ぢゃあとりあえず受け付けるから、
持って来てよ契約書のコピー」
「後からでいいんですか」「ちょっと待ってよ」

おっさんは裏へ行き、少し経ってから
パスポートのコピーを持って戻って来る。

「やっぱりムリだわ。(記入した申請書とパスポートを渡しつつ)
これ返すから書類持ってもう一度来てくれる?四時までに来てよ!」
「わかりました。出直します」
「本当はダメなんだけどねえ」
「ありがとうございます」
「ふむ」

「ふむ」とハッキリ言ったわけではないかもだが、彼が
「感謝の意」を受けたかっただろうことはあからさまであり、
「相手に合わせることなどお手のもの」であるオレは、特に
「ことを荒立てる」つもりもなく、素直にお礼を述べたまでだ。

ただ、もしオレが忙しく仕事をしていて時間がないだとか、加えて
「腹の虫の居所」でも悪ければ話は違ったかもしれない。

「おいコラちょっと待て。本当はダメだけど、とはどーいうことだ。
ダメならダメ。特別のケースで良いなら良い。
どちらかハッキリしろよ。そもそもテメエは
自分が何様のつもりか知らぬが、わざわざ足を運んで
書類を取りにきているオレ達に向かってその態度はないだろう。
敬語を使えとは言わぬが、せめて丁寧語で話すのが当然やんけ。
ま、もっとも貴様ごときに敬語と丁寧語と区別なんて
つくはずがないけどな。この腐れ○×△□めが」

実際、更新手続きを取るにあたり、
「ノンイミグラントヴィザ」つまり「就労ヴィザ」もしくは
「ED(エデュケーション)ヴィザ」が必要ということは、
知識としてわかってはいた。

ただ、こっちで暮らしていて、仕事はしていないし
学校にも通っていないとは言え、現実問題として
「運転免許証が必要」なのだから、その辺りは
「何とかなるのでは」と、心の片隅で思ってもいた。

タイって、実際にそういう
「懐の深い」ところがある国なのだ。

とにかく、バイオリズムは平均値よりやや上といった感じで、
機嫌が悪いわけでなく、そんなやり取りの末にも
まったくイライラもしなかったオレは、鼻歌混じりに
一度家までバイクで戻り、大使館の昼休みの時間
(12:00〜13:30)を避けるためソファーで横になり、一時間後に
アパートの賃貸契約書を持って再び出掛け、近くの
写真店でコピーしてからウィッタユー通りへ向かう。

受付にはさきほどのおっさんではなく、
もう少し若い担当者が座っていて、経緯を説明すると、
「特別ですからね」と念押しして書類を通してくれた。

特に横柄ではなかったが、
「毅然とした態度」は共通しており、あれはきっと
「大使館ならでは」の独特の雰囲気なのだろうと
オレは勝手に解釈した。

それにしても、「本当はダメ」とか「特別」と言うが、実際
今回のオレのようなケースは山ほど存在するはずであり、
そんなに恩着せがましくせずとも、例えば
「ノンイミグラントヴィザがない場合の特別措置」として、
「長期滞在していることが分かる書類
(*賃貸住宅の契約書のコピー等)が必要です」と、
ハッキリすればいいではないか。

ま、そうはいかぬ事情があることもわからぬではないが
(お役所とはそうしたものなのだろうね)。


で、その足で再び陸運局に戻る。

いや違った。通り道だったので途中、いつもの中国料理店に寄り
「水餃子(50THB)」と「小龍包(70THB)」をいただいてからだった。

ちょっとイヤな予感はしたが、案の定
「まだ××××××がいるよ」と言われ、
その単語に聞き覚えはなかったから知らないフリをして、
「は?は?マイカオヂャイ」などと必死に誤魔化そうとしたが、
「健康診断書」が必要なことは明らかであり、隣のおばちゃんに
「ダマされちゃアカンよ。このおっさんタイ語ウマいから」などと
口添えされてしまっては仕方がない。

よーするに、最初に免許をもらった時と
まったく同じ手続きをせねばならぬようだ。

「500THB払って許してもらおうか」と一瞬考えたが、
やはりそれは失礼なことのように思えたし、雰囲気からして
実際無理っぽかったので諦め、再び外に出て近くの病院へ。
一年前にも来たので場所は憶えていた。

検査といっても、血圧を測って
「120ー70。ポカティ(221普通)ナ」と言われたあとは、
腕と足が動くかどうかをチェックする程度のもの。

150THBを払って書類を受け取り、
「これでようやくオッケーか」と安心して三たび受付へ。

「ヌアイマックマーク(11122332めちゃ疲れた)」などと、
肩で息をするフリをしていると、おばちゃん達も笑いながら、
「はいはい。ぢゃあこれとこれコピーして来てね」と、
さすがに大使館とはムードもまったく違い、隣では
ファランがやや怒り気味にしつこく喰い下がっていたが、
「このニッポン人なんて今日もう三回目よ〜」と、
書類が足りないことも明るく伝えるので、オレもニコニコして
「まったく面倒で参っちゃうよね〜。ハハハハハ」と協力する。

当然のごとく、
「あれ。ノンイミグラントヴィザぢゃないわねえ」
とチェックされたので、オレは正直に答えた。

「だって、観光ヴィザがフリーだったからさあ。ていうか
オレすぐそこのアパートに住んでるんだ。タイを愛してるから
ずーっとこっちで暮らすつもりだよ。だって気候は最高だし、
食べ物はおいしくて安いし、女子はみんな可愛いからね♪」
「ホントね。soi97っていったらすぐ裏ぢゃない。
名前はホンダっていうのね〜」
「そうそう。ヤマハぢゃないよ!」「ははははは」

これで終了だ。
「まさかのために」と、そのままアパートの契約書も持っていたが
当然のごとくそんなものは必要ではなかった。

同じ受付でも雰囲気のいかに違うことか。

ま、「陸運局」と「大使館」では当たり前かもしれないが、
それはそのままタイとニッポンの人間性の違いと、
考えられなくもない。

その後、やはり一年前にもやった
「色盲検査」「視野検査」「反応検査」「位置関係検査(?)」と、
時間が遅くオレひとりだったので、五分ほどで一通りこなして
受付に戻り番号の書いた紙をもらう。

去年と違ったのは、言葉だけだった。

「デェーン(222赤)」「ルアン(112黄)」「キアオ(112緑)」
という、三色の判断をして一瞬で答えねばならず、
まだ自信がなかった一年前は英語だったが、昨日は
タイ語にてまったく問題なくクリアしたというわけだ。

「オレも少しだけ成長したのかな」と、
なんだか感慨深かった。

結局、例の「在住証明書」は有効期限が一年らしく、
毎年書類を持って来ないといけないが、まあ
外国人なのでそれくらいは仕方あるまい。
本当は五年間有効のはずなんだけど。

更新の手数料は360THB。
大使館の書類は700THB。

おいおい。ちょっと高いんぢゃないの。
A4コピー用紙一枚に2000円弱とは。


とにもかくにも、これでまた一年は
タイで運転ができるということだ。

よかったよかった。

機嫌が悪くて、大使館で
「一暴れ」することがなかったのも

含めてね。

*「サターントゥートゥ(212322)」とは大使館のことである。

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キーアーイ

「ハロー。トゥルルルルルハロー。トゥルルルルル」

「キャッチ(フォン)」ではなく会話の最中に
明からな呼び出し音がしたので、
「何だろなあ」と思って一応着信ボタンを押してみると、なんと
もう一人の人物が会話に加わって来た。

とは言っても、トランシーバーみたいに
「一人が喋っている間二人は聞くだけ」って感じで、正確には
「A」と「B」が繋がっている時「C」は話せないが聞こえて、
「A」と「C」が繋がると今度は「B」は聞こえるだけになるのかな。

とにかく、やや違和感はあるものの
「三人同時通話」ができるのだ。

「アメージング!」は大袈裟かもだが、これには驚いた。

現場は某「M」という知人のバーであり、
在タイ歴四年のマスターY君に聞いても
「そんなの知らなかった」と言う。

ところがスタッフのタイガール達(一人はおかまちゃん)は
「うん。できるできる」みたいな反応であり、
ケータイ会社のオプション契約なのか、それともひょっとして
誰でもそんなことが可能なのか。

ま、使う場面がそうそうあるとは思わぬが、なにしろ
昨日のシチュエーションでは間違いなくそれが
「バッチリハマった」のである。


一ヶ月程前、例の「M」という店でいつものように飲んでいると、
マスターの友達のタイガールKン嬢が、たまたま
友達を一人連れて遊びに来た。

三十才のKン嬢はハッキリ言ってルックスも十人並みで、
オレとの間にひとつ席を空けて座ったこともあり、こっちにも
「連れ」がいたので特に会話を交わすでもなかったのだが、
一緒に来た女子がなかなか可愛らしいコだったので、一応
そのことをマスターに「チラッ」と伝えてはあったのだ。

一般のタイガールは基本的に
「シャイ」なコが多い。

もちろん個人差はあるだろうが、宗教の影響なのか、
「慎み深い」印象だし、それは行動にも表れるようだ。
例えとしてどうかとは思うが、エッチの時などは明らかである。

「恥ずかしい」ことをタイ語で「アーイ(222)」と言い、
「キーアーイ(32222)」で「恥ずかしがり屋」となるのだが、
今までオレが接してきたコ達はほぼ例外なくそんな感じ。

「真っ直ぐ」だったり「頑固」だったりする部分とうまく同居して、
オレの中で勝手に描いている
「タイガール像」が浮かび上がるのである。

とにかく、彼女らとほとんど言葉も交わさぬまま二人は先に帰り、
オレ達も帰って独り部屋に戻った後、マスターのY君から電話が。

「腹立つんすけど〜、Kンの友達のコがイズミさんのこと
<カッコいい>って言ってたらしいんすよね〜」
「え。マジで!?」
「後から電話があったんで、一応伝えておきますね」
「ちょっとちょっと。ぢゃあセットしてよ。四人でメシ喰いにいこうぜ」
「めんどくさいからムリっす」
「なんやそれ!」
「カノジョいるのか聞かれたので<いない>とだけ言っておきました」
「そっかわかったよ。わざわざありがとね〜♪」

タイに来てからそんなこと初めてだし、
オレのルックスから考えたって滅多にある話ではないし、
素人のコと知り合う機会もなかなかないので、当然
「これはチャンス」と密かに思っていた。

で、その件以来初ではないが、2010年の
「営業初日」ということもあって、昨日久しぶりに、
新年の挨拶がてら某「M」に飲みに出掛け、
「ねーねー。そー言えばこの間のコ何とかしてよ!」と、
しつこく頼んでいたら、マスターも仕方なく
その場でKン嬢に電話してからオレに替わってくれた。

友達の名はFンといい、今
チァングライの実家に帰っているらしい。

そう。
「チァングライ」と言えばタイで「第二の都市」と言われる北の街
「チァングマイ」よりも更に北に行ったラオスに近いところで、珍しく
「イサーンっ娘」でないということは、正直それほど
「好みのタイプ」でもないのだが、Fン嬢はいかにも
「普通っぽくて可愛らしい」感じのコで、実際問題
街を歩いている女子達を見ていると、特に繁華街やディスコでなら
「このコもいい。あのコもいい。あーもうどれでもいいや」と思うくらい
タイガールそのもののルックス自体が、オレにとって
「素敵♪」と感じるのだから、こればかりはもうどーしようもない。

だから「出逢いなんていつでもどこでもある」と常々思ってるし、
こっちさえその気になればカノジョだって速攻でできるし、
「結婚」さえ「いつでもできる」とタカを括っているのだ。

ニッポンではそんなことあり得ない。
ハッキリ言って、外見がオレ好みのコなんて、
スタイル歯並びスッピンなど細かい点を考慮したら、おそらく
「一ヶ月街を歩き回って一人か二人見つかるかどうか」
くらいのものだろうから、まさに
「桁違い」である。

例えば中国でも、「広州」「深セン」「香港」あたりでは、
「あー可愛いコがいない可愛いコがいない」と
「ボヤキ」まくっていたっけ。

そう考えると、オレにとってタイはまさに天国だ。

先程話に出た、性格性質の部分における
「タイガール像」の意味も含めて、とにかく
「とても好ましく魅力的な女子」が多過ぎるくらいなのだから。

*ちなみに、チァングマイは「チェンマイ」ではなく、文字通り
「チァングマイ」だということを憶えておいていただきたい。


話が逸れたが、とにかく本人は
「来週こっちに帰って来る」と言うので、
「ぢゃあ戻ってきたら連絡してよ」と、ケータイ番号を教えたら
程なくしてKン嬢から着信があり、冒頭の
「三方向通話」と相成ったわけである。

おそらくKン嬢が電話で早速その件を伝えたら
「私もホンダと話したい」となったのであろう。

つまりは
「クルングテープ→クルングテープ→チァングライ」
「チァングライ→クルングテープ→クルングテープ」
という、かなり先の尖った三角形が、
電波によって形成されたという訳か。

う〜ん。
なんともロマンティックではないか。

「キーアーイ」にしては積極的なので、ひょっとしたら
Fン嬢に関してはそうでもないかもしれぬが、実際に
彼女とロマンティックな関係になれるかどうかは、
定かでない。

ただし、「期待するな」と言われても、それはさすがに
無理な話なのである。

やはり、事件は現場で起こっているのだ。


さて、「マイミーフェーン(恋人がいない)」と言えば、
Pン嬢の件である。

一昨日、少しだけ会った時、最近
一切連絡していなかったことを理由に
「もう別れたいんでしょ」と言われ、
「マイルゥー(3223知らない)」と誤魔化していたら、
今日再び電話で、ややキツい口調で責められたので
「わかった。会って話そう」となった。

そもそも、オレの認識では
「正式にお付き合いしている」という感覚はなく、
双方の態度から考慮して、そうだなあ、数字で言えば
「47%恋人」「53%友達」といったところなのだが、
彼女の認識では「お付き合いしている」ようであり、
オレの曖昧な態度がどうも気に喰わないらしい。

だからこっちからすれば「別れるも何も」ないのだが、
気持ちを伝えようと試みた内容は
「お前がオレのことを本気で好きとは到底思えない」
「何故なら興味を示しているフシが感じられないから」
「だってチュウにも全然気合いが入っていないやんけ」
「今は金銭的にもさほど援助はできない」
「お前の興味はむしろそっちの方なのでは」
「(まるで愛人のような)そんな関係はイヤなのだ」
といったようなこと。

「ホントに好きなのよ」
「口で言うだけなら簡単だ」
「チュウもエッチも好きぢゃないの」
「相手のことを想っていれば変わってくるはずだ」
「私はまだ子供だし会ってからまだ間もないし」

「オレはオトナだから態度でわかるんだよ」

言葉ではそう返したが、最後の言い分は
(もっともだな)と思ったのも事実。

一緒にナー(おばさん≒母親の妹)が居たこともあるが、
「明日から実家に戻る」と言うPンと一時間ほど話し、
ハッキリとした結論を出すことなく、もちろん
「一緒にブリラムに行こう」との申し出は丁重にお断りして
仕事に出掛ける彼女を見送った。

タイガールにしては珍しく、とても
「サバサバ」しているPン嬢。

ケータイチェックもせず電話もあまり掛けてこないし、
「今オンナといるんでしょ!?」も、本気度は5%程度。
「燃費が悪い」ことを除けば、付き合うのに
さほど問題はないと思われる。

では、「どーしてもずっと一緒に居たい」かと言えば
そーでもない。

ものすごく中途半端な気持ちのままなのだ。

ただ、もし「別れる」となっても、今ならまったく
「トラブる」ことはなかろう。

ちょっと触れにくいが、実は今友達のKちゃんが
結構長く付き合って一緒に住んでいたカノジョと
「別れる寸前」なのだ。

昨日も例のバーで会ったが、
「数日後にここで(決定的な)別れ話をしよう」と、
まるでイヴェントのように、半ば冗談半ば本気で話していたが、
今までの流れから考えてもそれは決して不自然ではなく、
一ヶ月半ほど前にやはりその店で二人が大喧嘩をして、
マスターやオレ(は火に油を注いだらしい)が仲裁に入ったが、
二人共かなり激しい性格のため、そうやって
立会人がいないと大変なことになりそうな予感なのである。

その時は結局最後まで、カノジョの方は
決して自分の非を認めることなく
「コートートゥ(12332ごめんなさい)」のひと言を
絶対に口には出さなかった。

タイピープルはオレ達の常識からすると
「異常にプライドが高」く、決して簡単に謝ったりしない。
「謝ることは自分を貶める行為であり許されない」と、まるで
そんな風に教育を受けているのではないかと思えるほど
見事に謝らない。

ニッポン人がいとも簡単に謝るのを見て、タイピープルは
いったいどう思っているのだろう。
あっさりと自分の非を認めてしまう姿は、彼らにしてみれば
「誇りの欠片もない民族なのだなあ」と映るのだろうか。

実際タイピープルがそのセリフを口にするのは
「よほどのことである」と考えざるを得ない。

逆にオレなどはその言葉をしょっちゅう口にする。
例えば人に何かを尋ねるときだって、最初に
「すいませーん」みたいな感じで必ず言うし、
自分が悪いと思えば、すぐに
「すまない」と謝る。
 
別にプライドが低いわけではなく、人間同士の
コミュニケーションにおける大切な手段だと考えているからだ。
タイピープルにどう思われようと変える気などさらさらない。
「決して時間に遅れない」ことなどと同じく
「郷に従わない」部分のひとつなのだ。

しかし、タイピープルのそういった意識は尊重するし、
価値観を押し付けるつもりもない。

何が言いたいのかというと、よーするに
「タイピープルと揉めるのはややこしい」わけであり、
「できる限り避けたい」ってこと。

ニッポン男子とタイガールの喧嘩に出くわしても、
「頑固やなあ」「なんて強情なんだ」「嫉妬深過ぎる」
「悪いところを認めないと話が先に進まないぞ」と、
端から見ていてもとてもまともな話し合いには思えないし、
「自分だったらどうだろう」と想像する度に
「ゾッ」としてしまうくらいだ。

そして終まいには必ず
「手が出る」し「モノは飛ぶ」し、もう
「コワイ」としか言いようがなく、仮に
「酒」でも入っていようものなら始末に負えない。

「恥ずかしがり屋」のくせに、
「激情家」でもあるのだ。

「このギャップがたまらない」などと言っている場合ではなく、マジで
「洒落にならない」からね。

Kちゃん達の件に関しても、オレがその場にいたら余計
「ことが大きく」なりそうな予感もするが、できれば
最後まで見届けたいような気もする。

どちらにしろ別れることに変わりはないのだからね。

「素人の方がもっとコワイっすから」と、
Y君にも脅かされたが、よーするに
「真っ直ぐさ」や「嫉妬深さ加減」を指して
そう言っているのだろう。

気をつけようっと。


ニッポンにいた頃は、付き合う前からすでに
「別れること」を想定していたオレ。

何度女子とお付き合いしてもことごとく別れてきたわけだから、
「出逢いがあれば別れもあるのだ」などと、
自然にそうなってしまうのもわからなくはないが、そんな
「ロマンティック」の欠片もないような冷めた考え方では
まったく相手に失礼極まりない話である。

ごめんなさい。

でも、今はそうでもない。

将来的には「結婚」「出産」も視野に入れているし、
年齢的にそんなに遠い未来ではなかろうし、
こっちではすぐ家族や母親に会わされるから、
いざ決まれば早いだろうと予想もつく。

「本当に心を通い合わせられる」恋人さえできれば
別れる気なんて一切ないし、揉めることにだって
「ビビ」ってなどいられない。

「悪いことは認める」ように、たとえどれだけ時間が掛かっても
いつかは分かってもらえるように話し続けるしかないだろう。

読者諸氏は大袈裟に思うかもしれないが、
これはけっこう切実な問題なのだ。

外見だけなら
「あーもうどれでもいいや」だとしても、
大事なのはむしろ内面の方だから、現実には決して
「タイが天国」なわけではなく、状況によっては
「地獄」になる可能性も充分秘めている。

そして、
「どうなるかは自分次第」
であることは、もちろん

言うまでもない。

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2010年1月 3日 (日)

ヂャイラーイ

「ヂャイラーイヂャイラーイヂャイラーイ(22233)」

久しぶりにPン嬢からの電話に出てみたらいきなりそう言われた。

別に続けて使うような言葉ではなく意味は「意地悪」であるから、
「いぢわるいぢわるいぢわるぅ〜」ということになるが、
もしニッポンで19才のカワイコちゃんから
眼鏡越しに上目遣いでそう言われたらかなり萌えるだろう。

しかしここはタイであり言語はタイ語、そして
「目の前で甘えるように」ではなく「電話越しに責めるように」しかも
相手は眼鏡もかけていないし上目遣いでもなければ、
萌えることなどなく、笑って誤魔化すくらいしかないのだった。

そもそも彼女はそんなキャラぢゃないし、
ちょっと距離を置きたくてしばらく電話しなかったことを
そんな風に言われても困るというものだ。

ん。ちょっと待てよ。考えてみれば
「いぢわる三連発」もごもっともという状況か。
まあたしかにね。

でもさ、若いコに振り回されるのには
なんだか疲れちゃったんだよね。

やっぱりオトナノオンナがいいのかな。
そして頭の良い知性的な女子がいい。

そうだ。
すっかり忘れていたぞ。
元々オレはそーいう女子が好きだったのだ。

そーだそーだ。そーに決まった。

というわけで、今日からはパートナーとして
「IQディー(頭の良い)」なコを探すことにしよう。


ところで、初夢を見たがいつものごとく変な内容だったな。

何か事務的な仕事をしている会社で、一度使った液晶TVを
「競り」というか「入札」で手に入れて
(しかもとんでもなく高い金額で)、それを家まで
「どうやって運ぶのか」とかなんとか。

ごく一部しか憶えていないが、
設定はニッポンだったし登場人物もやはりそう。

何を暗示しているのだろう。
事務的な仕事をしたいわけでもないし、液晶TVなんて
こっちに来て早々購入済みだし、
「もっとデカイのが欲しい」なんて
思ってるわけでもないのだが。

考えてみれば、タイに移住してからもう随分経つのに、見る夢は
未だにほとんどがニッポンが舞台とはいったいどういうことか。
これだけいろんな出来事があり、興味があるのはもちろん
ニッポンよりもタイの方に決まっているのに。

アカン。アカンぞこれは。

初夢で見るのがニッポンのことなんて、しかも
お得意の電化製品についてとは、なんとも情けない。

もうこっちで暮らしているのだし、
「骨を埋める」覚悟で来ているのだから、
夢の内容も早くタイ一色に染めなくては。

夢で交わす会話だって、タイ語オンリーでよいのだ。

そうなるために一体どうしたらよいのかはよくわからないが、
今この時点で、オレの記憶の容量が圧倒的に
「ニッポンでの出来事」だというのは仕方がないとして、
こっちでもっと印象深い記憶を増やしていけば、おそらく
見る夢もタイが舞台になっていくのだろうから、
「引き蘢っていてはダメなのだ」ということに間違いはないはず。

家に居たってタイのことなんてわかりっこない。

「事件は現場で起きている」のだ。


というわけで、
早速出掛けようと思う。

とりあえずは仕事だ。仕事。
仕事場でいろんな人達と知り合って見識を広めるのだ。
「賢い女子との出逢い」も、そうなれば必然なのである。

十代のタイガールに
「いぢわるぅ〜」なんて言われている場合ではない。


ただ、今日の夜見る夢に関しては、
別にそんな感じでも

いいんだけどね。

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2010年1月 2日 (土)

サワディーピーマイ

突然ネットが繋がらなくなる、というトラブルで
大晦日に書いた日記をアップするのが年を跨いでしまった。

以下がその文章である。


今日は満月なのか。

てことはカウントダウンとフルムーンが重なるわけで、
パンガン島は相当盛り上がることだろう。

な〜んてことを考えてみても
「行ってみよう」という気はこれっぽっちもおきない。
「チァングマイかパタヤに行こうかな」とも考えたが、
年末はバスのチケットが取りにくいとか聞くとすぐに
億劫になってしまい、結局昨年同様どこにも出掛けず、
部屋でおとなしく年を越すことにした。

帰省ラッシュはタイでも一緒で、年末年始の
大勢の人が移動する時期にわざわざ行く必要はないだろう。
という発想にどうしてもなってしまう。

元々「お祭り好き」ではないし、
TVを見ていればだいたい雰囲気はわかるが、
カウントダウンのイヴェントと言えば、よーするに
「歌って」「踊って」「大騒ぎ」という構図であり、
タイでのスタンダードが今ひとつわからないオレにとっては、
タイピープルと共に心から盛り上がれるわけではない。

「ディスコでカウントダウン」も楽しそうだけど、そーいえば
某「サンティカ」の店内で打ち上げ花火をした挙げ句
火事になって大勢死んぢゃった事件もあったっけ。
まったくもう、やることが目茶苦茶だからなあ。

無事に新年を迎えられるのは素晴らしいことだが、
誰かとそれを分かち合うわけでもなく
独りで喜びを噛み締めたところで特に問題はなかろう。

もちろんちっとも寂しくない。
寂しくなんてないんだもーん。


去年の日記を読んでみたら今年の抱負が書いてあったが、
果たして実行できたのかどうかよくわからない話だ。
とにかく何もしていなかったからなあ、この一年は。

タイ語の勉強だけは一所懸命やったけど
読み書きで挫折してしまったし、どれくらい上達したのかが
非常にわかりにくい段階なのだ。
自らの意思を伝えることはある程度できるが、相手によっては
「何を喋っているのかさっぱりわからない」という具合で、
TVでニュースなどを見ていても、要所要所の
簡単な言葉以外はまったく理解不能である。

タイの生活には随分慣れたけど、飽きてしまった面も多いかな。
それでも充分に魅力的なところであるし、この国を
「愛している」ことに変わりはないのだが。
まあちょっとした倦怠期みたいなものかな。
オレとタイの。

倦怠期と言えば「コスプレ」である(?)。
マンネリ解消のためには「刺激」が必要なのだ。
だから来年はもっと刺激的な一年にしたい。
抱負というほどでもないが、なんだか今は
そんな気持ちなのである。


と、ここまで書いて、
「そろそろアップしようかな」と思い、操作してみたら
なんとネットが繋がらなくなってしまった。というわけだ。

去年とか今年とか来年とかややこしいことになっているが、
今日は2010年の1月2日であり、タイの仏歴では
2553年ということになる。

新年の挨拶は
「サワディ−ピーマイ(22222211)」で、直訳すると
「こんにちは新年」って感じか。
「おめでとう」はタイ語で
「コーサデェーンクワームインディー(12222222222222)」
と、何故かとても長い言葉であり、これまた直訳すると
「喜びを表させて下さい」などという回りくどい表現なのだ。

ま、意味は間違っていないが。

ちなみに、クリ○○ス頃からすでに挨拶は普通に
「サワディーピーマイ」であり、ニッポンでは年内の別れ際に交わす
「良いお年を」と近い感じがして、まだ新しい年がやってきていないのに
「こんにちは新年」ではおかしいような気がしないでもないのだが、
新年の挨拶が「コーサデェーンクワームインディーピーマイ」では、
明らかに長過ぎるからなあ。

鍋を購入したので、
「年越し蕎麦」も「雑煮」も自分で作っていただいたが、
正月という気がまったくしない。

久しぶりに部屋を出てコンビニまで買い物に出掛けても、
市場もちゃんとやっていたし、うちの近所はもうすでに
普段と変わらない景色だったな。

まあ良い。
特別なことはしなくとも一日は一日だし、
一年は一年なのだ。


とにかく
「今年も楽しく過ごせればいいな」と思う。

「ワクワクする」ような
「刺激的な出来事」がたくさん起これば、

言うことはないのだが。

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