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2010年5月 9日 (日)

ヤークダーイ

「マジかよ!」


タイで発行されている分厚いフリーペーパーの投稿欄を見て、
廻りに誰もいないのに思わず声が出してしまった。
独りでいる時間が長いとどうしても独り言が多くなるし、
それがだんだん気にならなくなってくるからちょっとコワイ。

とにかくそこには、去年TOKIOで購入した
「iBook OS-X10 4.11 2G」しかも
音楽を聴くのに使っただけでほぼ新品同様。という
「売ります」広告が出ていたのだ。

しかも、もしそれが本当なら
20000THBは格安ではないか。

これって偶然?
それとも運命??

数年前、ある女子がオレに向かって吐いた
「出逢いに偶然はない」という名ゼリフを思い出した。
その件はいつかここに書こうと前から考えていたのだが、
「人」と「機械」の出逢いにもそれは通用するのだろうか。

「はい。もしもし」
「あの、タイ自由ランドを見てお電話したのですが」

早速連絡してみたら、ニッポン人女性の声で
「雑誌が出た当日に売れてしまいました。
また何かありましたらよろしくお願いします」とのこと。

慣れた受け応えだったので、おそらく
相当数の電話があったのだろう。
何しろタイにはニッポン人が(大使館に登録しているだけでも)
五万人ほど住んでいるのだから。

ていうか
「また何かありましたら」って、お前まだ
オレの欲しいもの持ってるのかよ。
な〜んて言っては身もふたもないね。

やっぱりあれは
「人と人の出逢い」の話なのか。

ちぇっ。

ただ、今日は「iBook」嬢の調子が良く、しかも部屋に繋がる
「SDNL」的な有線ではなく、たまたま拾っている
「WI-FI」のおかげでスピードもちょっぴり速いし。

しかし、このタイミングであんな記事を見るなんて
いくら偶然とは言え驚きだ。だって
「五年だし、そろそろ寿命か」と、
「買い換え」を検討し始めたまさに当日だからね。


それにしても、
「物欲」というのは不思議なものだ。

ついこの間まで
「欲しいのは物欲そのもの」という
パラドックスに悩まされていたのに、
なにがきっかけかはよく分からぬが
今は山ほどあるぞ。

これは、もう少し突き詰めれば
「老いと成長の狭間現象」という、最近のオレがもっぱら
「ハマっ」ているとても重要なテーマにも関係がある。つまり
「老いていく事への恐怖」と
「年齢を経て感じる成長」という、
相反する感情に挟まれて揺れる心についてであり、オレ達
「アラフォー世代」あたりから起き始める現象なのでは、と、
個人的には推察しているのだが。

例えば、
「丸くなった」という表現は、若かりし頃「尖って」いた人間が
「(年を経ることにより)角が取れてきて温厚に」なることを指し、
それを人から言われたりふと自覚したりして
「エッジが効いていた時代を想って」胸を痛めるなどというのも、
代表的な事例だと考える。

ある意味「成長」とも捉えられるが、
「年を取ったのかなあ」とがっくりもする。
これはけっこう寂しいものだ。

あとは、
「この世に何か足跡(そくせき)を残したい」という想いとか。

ある程度の年齢になれば、今までやってきたことを活かして
「人の役に立ちたい」とか
「何かカタチを残して人々に感動を与えたい」
などといった気持ちを強く持つようになったりするもの。
そんな自分に人間としての成長も多いに感じるが、逆に
「死への恐怖」も色濃く感じる。

ひょっとしたら男女ではちょっと違うかもしれないが、とにかく
この手の感情にヒジョーに悩まされている今日此の頃なのだ。
そして、オレの場合はそこにもう一つ加わって
「自分は本当に(年齢なりに)成長しているのかどうか」という
「自信」の無さが「自己嫌悪」へと追い打ちをかけるので、更に
やっかいなのである。

「物欲」については、個人的に
年を経るごとに減っていく気がずっとしていた。
「性欲」と連動するようにだんだん欲する感覚を失っていく自分を、
なんだか寂しく感じていた。

「モノ」なんてなくたって充実した日々は送れるのだ。
そんな考えを
「成長」と捉えるかどうかは微妙なところだが、とにかく
お金がないならないなりに
「別に欲しくもない」という気持ちは、どうも
モチベーションに繋がらないので困ってしまう。

昔は欲しいものもたくさんあったし、そこそこ
手にも入れてきたのに。


若かりし頃は、後期ではあったが一時
「バブル景気」に浮かされており、今となってはとても考えられない
何十万円もの給料を、毎月一銭残らず全部使っていた。
特に父親の会社の役員だった時、車は会社名義、
ゴルフ代飲食代(接待時)などは経費扱いなので、そんな大金を
いったい何に使っていたのかよく分からないし、考えてみれば
当時もよく分かっていなかった。

やはり「ファッション」と「おねーちゃん」かな。

イタリア製の高級スーツにとんでもない(派手な)柄の
ネクタイをしてふんぞり返って片手で車を運転し、
錦のホステス嬢達と朝までカラオケとか、
ディスコのV.I.Pルームで裸同然の女子を侍らせたりとか。

ゴルフ帰りに超ウマいもの食べてそのままソープランド、
とかもよくやっていたっけな。

今書いただけで顔が真っ赤になるほど恥ずかしいが、
あれはあれで楽しかった覚えがなんとな〜くうっすらとはある。

あ、思い出した。
そーいえばギャンブルもよくやったぞ。
そしてよく負けたわ。

パチンコはほとんどしなかったが、
ゴルフの握りから麻雀競馬などなど。
中でも一番ヒドかったのはカジノかな。
例の「バカラ(破産っていう語源)」ってヤツ。
バブルの頃はもうそこら中にアングラカジノがあって、
地下にあるような大きい店はもちろん、
某有名シティ−ホテルのスウィートル−ムに
「バカラテーブル」一台のみとおにぎりやつまみや
酒などが用意されている、なんてことも。

対戦相手は皆あぶく銭でガンガン賭けてくるから、最終的には
「懐の深い者が勝つ」という法則があった。つまり
オレのような薄っぺらい輩は必ずやられる仕組み。
金持ちなんて腐るほどいる時代だったからね。

とにかくあの頃は有り余るほどの物欲があったことは
間違いないし、それが多少なりとも
「頑張ろう」という気持ちに繋がってもいた。

ところが今や
「半隠居生活」である。
もーなさけないったらありゃしない。

ただ、ここへ来てむくむくと沸いてきた「物欲」。

「iBook」「ミニ(車)」「コンドー(ミニアム*分譲マンション)」
「TITELISTのクラブ(ゴルフ)」などを始め、先日ニッポンの
「UNO」なる「モノマガジン」的な雑誌をパラパラ捲っていたら
「高級腕時計」のページに目が留まり、
「カルティエ」だの「ブルガリ」だの「パネライ」だの
聞いたことのないブランドだののカッチョいい時計が
「無性に」欲しくなった。

「もうオレも大人なんだし、タイ人はみな
金のアクセサリイが好きだし、ゴールドがいいなあ」
な〜んて妄想しつつ値段を見ればどれも
数百万以上するではないか。

ただ、タイでのTシャツジーンズ姿にそんな時計では
なんだかおかしいので現実的ではないが、そーなれば
「カッコもそれなりにパシッと決めてみようかな」な〜んて
ちょっと発展的な想いになったのは確かだったのだ。

そーいえば、店を閉める時のバタバタで無くしてしまった
「Bzero」とかいうシリーズのブルガリのリング(ホワイトゴールド)は
いったいどこへいっちゃったのだろう。
けっこう気に入ってたのにな。

そんなことを思い出して、一瞬、
ほんの一瞬だが、欲しいものを手に入れるために
「お金を稼ぐ」→「ニッポン帰国」というイメージが頭に浮かんだ。

「ニッポンに戻る」などという発想は、
タイに来てから初めてでちょっと驚いたのだが。

「タイで稼ごう」ではなくそれがニッポンだったのは
それらを身に付けても誰もわからないだろうことと、
ファッションに関してなら四季のあるニッポンの方が、
より楽しめるから、という発想だったのかな。
とにかく、一瞬の短絡的な考えには違いあるまい。

それが確か先々週のことだったろうか。
以来ちょっと物欲が復活して、今では
欲しいものがけっこうある。

きっかけは今ひとつ釈然としないが、とにかく
「欲」があるに越したことはないので、これはなかなか
「良い兆候」と捉えるべきだろう。

ちなみにタイには男子の服であまりカッコイイのがなく、
ブランド物も大したことないくせにやたらと高いので、こちらへ来てから
Tシャツやジーンズくらいしか買っていないのだが、いい加減
若作りも程々にしてもっと
「大人のファッション」をしてみようかな、とかね。


というわけで、先日久々に訪れた百貨店、某
「エンポリアム」で一目惚れしてしまった某
「オニヅカタイガー(ヴェトナム生産)」の
「メッセンジャーバッグ」を、今から買いに行こうかな。

物欲に刺激されて、
やる気がでるようになれば

いいんだけどね。


*「ヤークダーイ(111332)」は「欲しい」の意。

同じく某「エンポリ」の会場で販売していた
「コンドー」のパンフレットをもらってきた。
場所は今住むところをもう少し東に行ったバンナーの駅前で、
「スタジオタイプ(1ルーム)」で207万バーツから。
「1LDK(42.91㎡)」の部屋(写真)が欲しいな。
そして、欲しいものがあれば冷蔵庫に貼るのだ。
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