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2011年6月22日 (水)

グルムヂャイ

少し時間があるので続きを書くことにする。

ここしばらく、いわゆる
「シロート」のタイガールと接触する機会がなかったのだが、
昼間からごはん食べて映画観て買い物してお茶を飲むという、
たった一日ごく普通の健全なデートをしただけで、別れ際には
「またか」と思ってしまう、といったような件について、ちょっと
検証してみたい。


基本アナログ人間でインターネットがあまり得意、というか
好きぢゃなく決してマメでもないオレとしては、タイで流行っている
某「出逢い系S.N.S」「Tagged」「HI5」などを
どーしてもやる気がしないのだが、
活用しているニッポン男子の話によると、どうも
「シロートが釣れまくる」とのことらしいし、実際に何度か
知り合ったコを紹介してもらったりもした。

確かになかなかレヴェルも高い。

彼らのようにできればなあ。と思ったりもするが、
ナマの出会いでしか勝負できない、しかもかなり
「シャイ」なタイプのオレでも知り合えるシロート娘も、
まったく居ないわけではない。ただ、
「ウロウロ」している範囲が狭いためなのか、どうも
「境目」を彷徨う女子が多いような気がする。

だから、テーマとしては
「シロートとクロートの境目」といった内容になるわけだが、
「わざわざそんな境目をつける必要があるのか」
というご意見はさておき、とりあえず
気付いたことを記してみる。

Aル嬢は今年二十六才。出身地はナコーンサワン(222212)。
某日系企業のOL(派遣的な仕事)を経て、しばらくは
ラチャダーで美容師をしていたが、その仕事も辞めて間もない。
一緒に暮らすおねーさん(年上の元同僚)に連れられて、某
「援(助)交(際)カフェ」に見学に来てはみたものの、やはり
「私にはとてもムリ」と、ソファーの奥に隠れて
「しらばっくれ」ていた。

そんな場所に居るのだから、
「境目を彷徨って」いることは明らかなのだが、たまたま
その席に座って事情を聞いたオレは、店が終わってから、結局
「客を引け」なかったおねーさんとKスケ君と四人で
隣の屋台でチムヂュム(イサーン鍋)をつつきながら
「売春が目的でないのならば」と、
ケータイ番号を交換したわけだ。

で、昨日ラチャダーで一緒に映画を観た後、
「今から友達と会う」(このパターンがヒジョーに多い)ということで、
近くのマーケットで洋服などの買い物に付き合ったのだが、
やはり同居しているその友達(29才)は、ウドムスクの
「ローカルカラオケ」に勤めていると言う。

仕事に出掛ける彼女を送る車中、Aン嬢から
「こんな私がカラオケ店で勤められるだろうか」と相談を受ける。

色は黒いがスリムでスタイルはまずまず、顔は人並み。ただ、
話していればわかるがかなり真面目なタイプであり、
「(おっさんに)体を触られるのはイヤ」などと言うくらいだから
「(その系統の仕事には)向いていないと思うよ」と、友達の
「カラオケ嬢」と共通の意見を述べるしかなかった。

話の流れ上、念のため(?)
「毎月いくら位必要なのか」と尋ねれば
「家賃と食費と実家への仕送りとあれやこれやで......」と、
ハッキリは言わぬが、だいたい10000THB弱のことであり、それが
「一般的相場」でもある。

オトコってのは本当に単純でアホなので、
「もしオレが面倒をみるとしたら......」
などと妄想してしまうものなのだが、どう考えたって
10000THBで済むはずはないし、今の自分の状況で
そんなことが可能なはずもないのにね。

結局、Aン嬢は別の友達を訪ねるはずなのに、何故か
ウドムスクのカラオケ店前で二人共降りる。
おそらく、店の見学がてら面接でも受けたのだろう。

実際周りが、というか同居中のおねーさん達がいずれも
「プロ」もしくは「セミプロ」という状況の中、
「そんなに稼げるのなら」と彼女が思うのは当然の流れ。
美容師時代は、休みもなく働き詰めで
「給料が安かった」わけだから、次の仕事を探すとなれば、
まあ、ね。

そして、そっちの世界に入り、流されるまま
いつしか慣れていき......。

まあ、こんなことは世界中どこにでもあり、きっと
パターンは似たりよったりなのであろうが、タイに居ると、少なくとも
オレの活動範囲の中ではこーいうのを
「間近に見る」ことがとても多く、その度に毎回
「なんとかならないものか」と思ってしまうのである。

特に、相手がマメに連絡をしてきたりと積極的な時は
「ひょっとしてオレに何か期待している?」などと、
「お金目当て」であることを勘ぐるわけであって、実際
ほとんどの場合それは結局間違っていない。

ま、そりゃそーだよね。

「ヂャイロォーン(アツくなりやすい)」「キーフン(グ、嫉妬深い)」
「ヘンゲートゥア(自分勝手)」そして「O型」という、タイガールの
「典型的なタイプ」と、このオレがうまくやっていけるわけがない。


というようなことを、たった一回
デートしただけで考える自分が
とても哀しい。

今回の件も、そして今後も
そうやってタイガール達が
「境目」を跨いでいく姿を
見届けるべきか、否か。

悩むところなのである。


*「グルムヂャイ(23222)は「悩む」の意。

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ワーイナーム

「タイはいいよ〜♪」


もう何年も前にそう教えてくれたのは、今思えば
Kスケ君だった。

ゆる〜い彼から、その
ゆる〜い南の国の話を聞いてから間もなく、
Sバ君、Hカセと共に野郎三人で旅行に出掛け、速攻で
「魅せられて」しまったオレは、
「この国に住むぞ!」と、心に誓ったのだ。

自分と同じようなタイプのオレの性質を見抜いてのことか、それとも
全ての男子に対して薦めているのかは定かでないが、とにかく彼が
ある意味恩人なのは間違いない事実。

だから、いよいよこっちに遊びに来たとなれば
思い切り歓待せねばなるまい。

滞在日数は三十日間。まだまだ時間は
たっぷりある。


昭和三十九年生まれのKスケ君とは、育った環境は違えど
同じ時代を行きて来ただけに昔話のネタは尽きない。例え
「旧人類」と「新人類」の壁はあったとしてもだ(ウソ)。

「十年前と随分変わったけど、何も変わってないね」

B.T.Sが開通し空き地にビルは建ち物価は上がった。でも、
街の雰囲気はきっと昔のままなのだろう。

ニッポンから友達が遊びに来た場合、相手に合わせて
ベタな観光スポットからディープなエリアまで
様々な場所にご案内することになるのだが、正直
お寺や遺跡的なものに興味ほぼゼロだから、どちらにしろ
夜の街を一緒に徘徊することになる。

「もうすっかり飽きた」とは言え、久しぶりに覗いてみれば
「やっぱりオモロイなあ」と思うし、新しい発見もあったりして、
「タイってスゴイ国だわ」ってことを再認識するわけで、しかも
ニッポンを脱出して来た友達から
「暗い寂しいつまらない」といった現状を聞くと、余計に
「ありがたさ」が身に滲みて、感無量となってしまう。

「ゴーゴーバー」でビールを飲みながら、
十代のタイガールにチ○コを
「さわさわ」されながらも、もうなんだか
「泣きそうな気分」なのである。

独りだとなかなか遊びに出掛ける気にもならないので、
こういった機会は刺激になってヒジョーにありがたい。
自然、お金も遣うことになるが、よくよく考えてみれば
大した金額ではなく、あらためて
「コス(ト)パ(フォーマンス)」の良さもわかるしね。

ただ、Kスケ君が来た十年前と比べて、
物価は随分上がったみたいだけど、それはまあ
仕方がないよね。

ところでこれを読んでいるニッポン在住の皆さんは、タイとの
「差」というか「違い」って「何」だと思うんだろう。

もちろん様々な要素がある中でひとつ言えるのは、
「明るさ」とか「温かさ」なんぢゃないかな。

まぁ〜タイピープルはとりあえずひたすら明るいし元気だし、
それが街の雰囲気にもあらわれているような気がする。
自然に温かみも出てくるわけで、ニッポンの
「都会」や「若者の考え方」のように
「クール」では決してなく、冷めてもいない。

分かりやすい例を挙げれば、タイガールは日常的に
「ジョーク」を言うが(くだらないものも含めて)、ニッポン女子に
そんな気の効いた習慣はないよね。多分。

「ナマエワナンデスカ?」と聞かれて、オレが
「ホンダー」と答えれば、ほぼ100%
「ワタシ、ヤマハー」「ワタシ、スズキ」「ワタシ、カワサキ」
「ワタシ、トヨター」「ワタシ、マツダ」「ワタシ、ミツビシ」
と返ってくる。

たまたま昨日デートした26才のごくフツーのコ
(遊びに行けば出会いもあるのだ)なんて、かなりセンスもよく、某
「エスプラネード」の地下の噴水がある浅い
「池的なもの」の横を通り過ぎる時に、オレが
「ワーイナームゴダーイ(3322333332泳いでもいいよ)!」
とくだらないことを言ったら、急に
池に向かって手を合わせて拝むので
「何してるの」と尋ねると、
「ワーイ(332拝む)ナーム(233水)」つまり、
「水を拝んでるのよ」と言うではないか。

「なるほど。オモロイ」
思わず感心してしまった。だって、
「シアン(112アクセント)」もちゃんと合ってるし、
なかなか素敵なジョークやん♪

ちなみに、ニッポンで四十数年間暮らして来たが、
「私の名前はホンダです」と自己紹介をして、相手に
「私トヨタ」「私日産」とジョークで切り返されたことなど一度もないし、
初対面で気の効いたシャレを会話に挟めるコになんて
会った試しがない。

そして、こっちが繰り出すくだらないネタにも
無条件で笑ってくれる優しさもあるし、
「シモネタ」だってもちろんオッケー。むしろ、
タイガールのジョークはシモネタが多いくらいだ。

それに比べてニッポン女子ときたら、例えば
飲食店のスタッフにしたって、オレ達のくだらないギャグには
「キ○ガイ」を見るような目で、
「冷た〜い反応」ではないか。

いやいや別に責めているわけではなく、ちょっと
「寂しいな〜」って思うだけだからね。

まあ、そんな話をしたりしながら、おっさん二人で、
「バンコクナイトライフ」を楽しんでいるというわけだ。

援(助)交(際)カフェ、某
「テーメー」にも毎日出勤(?)して、
「ナゴヤにもあるよね<ナナカフェ>。あれってタイの
ナーナー(地名)と関係あるのかな」とか、某
「ラーンドン」で十代のタイガールがブラまで外して
上半身裸で踊るのを眺めつつ、
「ローカルディスコはオモロイよ〜。ケーサツはほぼ毎日来るし
ケンカとかしょっちゅうだし」などと説明したしばらく後に
タイガール同士が叫びながら髪の毛つかみ合いの
大喧嘩を始めて、それきっかけで店が終了したりとかね。


さて、今日はいったい
何があるのかな。

楽しみ楽しみ。


*「ワーイナーム(332233)」は「泳ぐ」、もしくは
「水を拝む」の意。

ソイカ近くのバービアにて。
Img_2263

Img_2260

某カフェで一生懸命オシャレをして客待ちをするタイガール。
Img_2266

ていうか、肩に彫ったタトゥーが
「熊」って......。
Img_2265

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2011年6月14日 (火)

サバーイヂャイ

「グーグーグー」
「あ〜あ。もう寝ちゃったよ」


マッサージを受け始めてから数分で、
隣のI氏が寝息をたて始めた。

二日連続のゴルフの後、ビールや焼酎を
しこたま飲んでいたし、しかもやはり
二日連続で若い女子とキッチリ
「遊ん」だわけだから、多少疲れたのだろう。

そうやってマッサージ中に寝てしまう人をたまに見かけるが、
あれは果たして気持ちいいものなのか否か。

普通に考えれば、寝てしまっては
「揉まれる感覚」がなくなるわけだから、
マッサージの意味があまりないようにも思えるが、しかし
「スーッ」と眠りに堕ちる感じはきっと
「格別」なのだろうし、おそらくはその
「浅い眠り」が誘発する夢の中で、現実では味わえない
「心地良い体験」ができるのではないか、
とも考えられる。

できれば一度
「寝てみたい」のだが、いくら頑張ってみても
あの状況ではどうしても眠ることができない。
神経が細いのかな。

とにかく、
「何事も経験」と常日頃考えるオレとしては、是非とも近々
「実現してみたい」と思ったわけである。


それにしても
「団塊の世代」の人達は皆元気だな。

某ロータリークラブの諸先輩方に二日半キッチリお付き合いしたが、
十二名のメンバーのほとんどが六十代前半で、
「そろそろおじーちゃんの仲間入りかな」くらいに考えていたら、
とんでもない勘違いだった。
ビール焼酎ウィスキイワインと、とんでもない勢いで酒は飲むわ、
声はやたらデカイわ、しかもひとりひとりが
「チョー我が儘」なので、まとめるのがとにかく大変なのだ。

二日目の晩はシーロムでタイ料理の後、薬局で
「そっち系」の薬を仕入れてからタニヤのカラオケに突入。

「女のコをひとりづつ選んで下さいね〜」
「で、どーすればえーんだね」
「はい。気に入れば600バーツで店から連れ出せます。
その後は内容によってお小遣いをあげて下さ〜い」
「だで、いくらでヤれるんだて」
「ショートは2500バーツです。あとは、
帰りのタクシー代もお願いします。もしいいコだったら
チップもあげて下さいね〜♪」
「ほんで2500バーツっていくらなんだね」
「ニッポン円で7000円くらいっすかねえ」
「なんだー。安いもんだがね。わかったわかった。行こ行こ!」

その店のシステムは700バーツで
「一時間飲み放題歌い放題」なのだが、なんと十分くらいで
「おい。早よ行くで」とほとんどの人が店を出ようとする。
若干二名は歌いたい様子で、仕方なく彼らを
「すみません。ぢゃあ後はお願いします」とそこに残し
「買い物買い物〜♪」と、総勢十七名で
パッポン(グ)通りを歩くことに。

パッポン(グ)と言えば、よーするに観光客相手の屋台街であり、
「ありとあらゆるロクデモナイもの」が果てしなく売っていて、
「アナタアナタ!」と手を引っ張る客引きと
「まけてくれ!」という客とのせめぎ合いが
ひたすら繰り広げられるスポット。

そんな所をそんなメンバーで歩けば、いったい
どういうことになるかは想像がつくだろう。
それでも何とか、目的の
「エイの皮の財布」をふたつ2000バーツで手に入れ、
やっと出口に着いた頃にはもうヘトヘトだ。

「まさか二日連続でエッチするメンバーは少ないはず」と、
当たり前のように思っていたのだがとんでもない。
その日もほぼ全員が、高級ホテル某
「ミレニアムヒルトン」にカラオケ嬢を連れて帰ってしまい、結局
「ゴーゴーバー見学」に行ったのはたった二人だった。
一晩目の某「ポセイドン」で、女のコ二人呼んだツワモノも
何人かいたみたいだし。

「う〜ん。恐るべし団塊の世代」である。

もう一つ驚いたのは、メンバーのうちの一人が
「手弁当(女子を連れて来る)」というか、現地に
「ニッポンで知り合った」らしいタイガールのカノジョ(?)がいて、
「二日間ベッタリ」だったこと。
「ゴルフの遠征ツアー」に来たにもかかわらず、結局その人は
「二日ともゴルフをしなかった」のである。

なんとまあ、
わがままな。

で、三日目は結局
「キャンセルするくらいなら......」と、オレがタダで
コンペに参加させてもらった。そして、その後の
マッサージまでお付き合いしたというわけだ。


いやあ、それにしても
皆さんお元気なことで。

ちなみにロータリークラブと言えば、
「地域貢献」や「社会奉仕」をボランティアで行なう団体である。
そのことについてちょっと話を振ってみたら、
「いやいや、普段は真面目な活動をちゃんとしとるんだよ。
だからこそ、遊びの時も徹底的にやるんだがね。ガハハハハハ」
とのことだった。

なるほど。

まあ、皆さんがそれだけお元気なら、
ニッポンもしばらくは安泰でしょう。

というわけでちょっと安心しました。

これからもますますのご活躍

お祈り申し上げます。


さて、今日からヴィザ取りのため
「ラオツアー」に行き、土曜日には
ナゴヤから友達が来る予定。

彼はしばらく滞在する(30日)ので、きっとまた
いろいろなことがあるはずだ。

楽しみ楽しみ♪


*「サバーイヂャイ(222222)」は「元気」の意。

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2011年6月11日 (土)

コンウワン

昨日、不動産業界時代の先輩N氏が、某
ロータリークラブのメンバーによる
恒例のゴルフ遠征で再びタイにやって来て、
「夜のアテンド」を頼まれたので、ご一緒させていただいた。

今までの行き先はずっと中国だったそうだが、例の
「尖閣諸島事件」が起きてから
「あんな国に金を落とすことはない」と、
タイに変更したらしい。

グッドチョイスである。

「さて、どこにお連れしたものか」と悩んだが、オレよりも
ひと回り年上の大先輩を筆頭にご年配の方ばかりで、しかも
ゴルフのスタート時間が早いので、一晩目はシンプルに、某
「ポセイドン」というお店にした。

「お風呂系」、つまりは
「ソープランド」であり、ニッポンではイマドキ
あまり耳にしない類いの風俗。そんな
「古き良き時代」の懐かしさを感じられるのが、
タイという国の良さなのだ。

その昔は、お付き合いでよく行ったものだった。
「大門」というナゴヤ駅西地区から、有名所で岐阜の
「金津園」、琵琶湖沿岸の「雄琴」、札幌の
「ススキノ」など、やはり主に不動産時代のゴルフ遠征で、各地の
「阿波娘」達の艶技を見せてもらった。

断っておくがオレは個人的にその手の
「性風俗」関連の遊びが好きではなく、実際、
タイにもう三年近く居るのに、過去には某
「ナタリー」という店に一度行ったきりだ。

理由は、女子とのエッチに
「精神性を求める」からであり、ただ単に
「金を払えば誰とでもヤる女子」とヤることに
「喜びを感じない」というだけの話で、別に
そういったことを目的にタイに来たわけでもない。

とは言っても、行けば行ったで
ヤることだけはきっちりヤるのだが。

とにかく、タイには今でもそんな
「お風呂系」の店がいっぱいあって、
そこら中で鎬を削っているようだ。
そして、各店揃えている女子の頭数も多く、
大人数に対応するのも問題ないと思っただけのこと。


さて、今日のテーマは
「風俗に関するシモネタ」というわけではなく、
オレの女子の趣味が、なんだかだんだんと
「おかしな方向」にいっているのではないか、という件。いや、
「方向」としては決しておかしくないとは思うのだが、その
「度合い」がちょっと尋常ではなくなってきた件について。

キャロライン・ヴォズニアキ嬢をご存知だろうか。

そう。
実力も兼ね備えた美人テニスプレイヤーで、最近よく
スポーツチャンネルなどでお目にかかるのだが、何故か
彼女のことが気になってしょーがないのである。

デンマーク生まれの、まだ二十歳そこそこの金髪のお嬢さんで、
顔の作りは間違いなく美形。しかし、
オレの目を惹くのはそこではなく、二の腕や太ももなどの
「ムチムチ加減」に、ひたすら萌えてしまう。

昔はもっと痩せていたみたいだが、今はそうでもなく
「かなりいい感じ」になってきているようで、先日
ロシアのシャラポア嬢と対戦した試合を観ていて、その
スタイルの対比と共に、ショットを打つ度に例の
お下品な大声を出すシャラポアに対し、
ただひたすら黙々と打ち続ける姿にも
「グッ」ときてしまった。

結果試合に負けてしまい、
「あんなお下劣なヤツに......」と、
悔しくて仕方がなかった(ファンの方ごめんなさい)。

それにしても、元々
金髪娘にはまったく興味などなかったし、どちらかと言えば
「ムッチリ系」が好きではあったのだが、例えば彼女のように
「ムッチリ」とした有名人に対して萌えるようなことはなく、しかも
「その部分」だけに注目する、というのはちょっとおかしい。

近頃はディスコでも、
「ムチムチ」というよりは、もう
「おデブちゃん」というレヴェルの女子に妙に惹かれるし
(ローカルディスコにはその手がけっこういるのだ)、実際問題
持ち帰ったり持ち帰られたりした過去何人かの女子は、考えてみれば
そんなタイプばかり。

そして昨日。

二階は普通のコ。
三階は昼間にモデルなどの仕事をしているという、タイでは
「プリティー」と呼ばれる、いわゆる
「キャンギャル」的なコばかりですよ。値段は
2000バーツ2500バーツ3000バーツ3600バーツ。
などと説明を受けるが、金額による違いがよく分からない。
おそらく年齢とかルックスによる人気度なのだろうが、
それよりもなによりも、皆が皆
「細過ぎ」て、全然よくない。

確かにスタイルは良いが、
魅力的には感じないのだ。

「ムチムチ」のコはほとんど居なくて、選ぶのに
もの凄く苦労してしまった。
店としては優秀なのだろうが、オレとしては
まったくもって不満だったわけだ。

で、ごく普通の容姿のコとコトを終えた後、
やはり物足りなさを覚え、
「いよいよマズいなあ」となる。

「デブ専」という言葉が頭をチラつく。

う〜む。
いったいどうなってしまったのか。

ついこの間まで、
「二の腕」と「ふくらはぎ」の太(細)さは、やはり
「タイガールが最高」とずーっと思ってたのに。

いや、それは今でも変わらないのだが、そんな
「見た目の美しさ」に、いわゆる色気とか
セックスアピールを感じないというのは、結局
「性癖」の問題なのだろうか。

もしそうだとすれば......。


というわけで、今晩はきっと
「ゴーゴーバー」に行くことになるが、
ポールダンスをするゴーゴー嬢達を眺めながら、
もう一度じっくり、

検証してみよう。


*「コンウワン(22332)」は「太った人」の意。

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2011年6月 8日 (水)

ゲーレーオ

中森明菜松本伊代柏原よしえ堀ちえみ、
尾崎豊吉川晃司奥田民生YOSHIKI(元X-JAPAN)、
モッ君フッ君(元シブがき隊)爆笑問題の二人。


では、問題です。

彼(女)らの共通点は
いったい何でしょう。

若い読者の方々にとっては、ひょっとして
知らない名前があるのかもしれない。
いや、そんなことはないな。
彼らの名を知らぬほど若い世代の読者など、
おそらくは皆無であろう。

先日、アルバイト先のバーのお客さんに
昭和三十九年(1964年)生まれの人がいて、
「東京オリンピック、新幹線開通の年ですよね」
と、いつものように話を振った。

オレの生まれた年、
昭和四十年(1965)にはこれといった大きなイヴェントもなく、翌
昭和四十一年(1966)ならば、六十年に一度の
「丙午(ひのえうま)」年生まれであり、この年に生まれる女子は
「気性が激しく、オトコを喰う」という、江戸時代のわけのわからない
「都市伝説(?)」を信じる人が多かったため、
出生人数が極端に少なく受験は有利(ほとんど定員割れ)で、
駆け込みのため、前年のオレ達同級生はやたらと人数が多くて、
受験倍率も当然高く、苦労したものだ。

だからある程度年齢を経てから、それらの人と会った際には、
「羨ましい」とか「悔しい」という思いを込めて、必ず
その話題を持ち出すわけだ。

もうお分かりだろうが、冒頭の芸能人達は全員
昭和四十年生まれの方々であり、つまりは今までずっと
オレと同じ思いをして来たであろう面々(故人は除く)なのである。
(*同級生なので敬称略ね)。

最近は人と会うこと自体かなり少なくそんな機会も滅多にないが、
この年(四十六才)になって同世代の人と会うと、結構
ビックリする。

皆、普通におっさんなのだ。

いやいやいや。そんなこと当たり前だし、
もちろんオレだって普通におっさんなのであるが、
高校生や大学生の娘息子がいて、デカい会社の
部長とか次長とか支店長とかで、恰幅もよく貫禄がある
彼ら(だいたいは男子)と面と向かうと、
引け目を感じてしまうというか、とても
同世代とは思えないというか、とにかく、いかに自分が
「ちゃんとしていないか」をあらためて思い知らされる。

都合良く時が止まり、自分があたかもまだ
「三十代前半」のような気分でいるが、実際はもう少しで
「五十代」に突入するという、世代で言えば
「中年」から「初老」に差し掛かるお年頃なのに。

先日もそう。
外見も地位も態度も随分立派な方を目の前に、
数万バーツの支払いのカードを通しながら、
「こんなんでいいのかな、オレ」と、
ちょっと複雑な気分に。

まあいい。別に
どのおっさんが良くてどのおっさんが悪い
などという決まりなどないし、
人生楽しければそれでいいのだ。

そーだそーだ。
そーに決まった。


さて、ここ数年来
「ゆとり」だ「ヲタク」だ「草食系」だなんだかんだと、
「近頃の若いもん」について
「頼りない」だの「夢がない」だの言われて久しいが、
よくよく考えてみれば、そんなこと
「まったく心配する必要はない」という話を。

例の一学年上のお客さんとの会話で、
「自分の若い頃は<新人類>と呼ばれて、
上司や先輩から気味悪がられてました」
などと説明しながら、当時のことを
久しぶりに思い返してみた。

服飾の販売員を経て、二十代前半の
「(サラ)リーマン」時代、一番最初は、某
「損(害)保(険会社)」の免許を取るため、数ヶ月
営業マンをしたのだが、その時の支店長に
「君君。なんだねいったいそのブカブカのスーツは」とか、
「近頃の若いもんは付き合いというものを知らん」などと、
呆れたような表情で言われたのを今でもよ〜く覚えている。

昭和六十年代と言えば、あの懐かしい
「バブル期」であり、少し前に流行り始めた
「D.C.ブランド」が全盛期を迎えようとしていて、ブランド物の
「ソフトスーツ」と呼ばれる、肩幅や身ごろがゆったりとして、
襟の幅が広めのスタイルが主流だった。
体にフィットして深いスリットの入った
「おっさんスーツはダサい」ということで、某
「メンズ・ビギ」や「ムッシュ・ニコル」など国内ブランドから
「アルマーニ」や「ヴェルサーチ」などのイタリアブランドまで、
ネコも杓子も、そんなスーツを着て仕事をする時代が続いたのだ。

しかし、最初の頃は
「変な格好で仕事に来」たり、
「仕事が終わるとサッサと帰」ってしまう
オレ達のことが珍しかったようで、
「<新人類>だからしょーがない」と、上司達は
あきらめ顔で皮肉混じりによく言っていた。

「団塊世代」と「団塊ジュニア」の間のごく僅かな年数であるが、
当時オレの中では、都合良く
「昭和四十年生まれ以前と以降」に線引きして、自分(達)は
「新人類の旗手だ」などと勝手に思っていたのだ。

その後、バブル全盛期に突入し、
ほぼ全員がおかしくなっていく。

今考えればめちゃめちゃ気持ち悪いが、当時はとんでもなく
派手なスーツやネクタイ姿で、ニューヨークのビジネスマン
「ヤッピー」の真似をして、昼間からシティーホテルなどで
「パワーランチ」なる商談(?)をしたりとか。

朝、天気が良ければゴルフ。
後うまいもん喰ってクラブ。
デカいケータイ電話を持って
「あれはもう売れたわ。ははは」
競馬麻雀パチンコカジノ。
金銭感覚は麻痺していた。

そんなことはどーでもいい。

何が言いたいかというと、よーするに
「イマドキの若いもんは......」などというセリフは
いつの時代でも語られ続けて来たことであり、つまり
「若いもんはいつでも突飛な行動をする」ものなのであって、
「ブランド物や高級車を欲しがらな」かったり、
「将来が不安だから節約する」のだって、
「老後のために貯金する」のだって
(本当かどうかは知らぬが)、オレ達からしてみれば
突飛に見えても、不思議に思えても、別に
「おかしな話ではない」ということなのだ。

それもこれも、
時勢時流を反映してのこと。となれば、当然
こーなるに決まっている。

不景気になってからいったい何年経つ。

だから、別に大きな問題などではない。
「新人類」だからスゴイ資質を持った
「エッジ」な人間がたくさん排出されたかと言えば、特に
そーいうわけでもなく、その後だって
才能ある優秀な人達がたくさん出て来ているではないか。

タイでもごくたまに、ニッポンの
「イマドキの若い衆」と出くわす時があるけど、彼らは皆
「ファンキイ」で「パワフル」で、行動のあまりの突飛さに
「コイツマヂでスゴイな〜」と呆れるほど。でも、それはそれで
「全然問題ない」と個人的には思うし、正直なところ
羨ましい限りだ。

その調子で人生を楽しみたまえ。
ニッポンの若人よ。


と、呼びかけてみたところで、
若い衆には届かないんだろうなあ、きっと。

ま、オレはオレで、
「新人類」の一員として、これからも

精進していくつもりでございます。はい。


*「ゲーレーオ(11233)」は「おっさんまたは、じじい」の意。

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2011年6月 2日 (木)

ミトゥナーヨン

暑い。とにかく
暑いのである。


アツはナツい、いや
ナツはアツいのだからしょーがない。

というか、個人的にはタイのこの
「暑さ」が決して嫌いではなく、むしろ
「歓迎」なくらいだ。

呆れてしまうほど強い陽射しも、
何をしていても体から滲みだす汗も、
自然現象として普通に受け入れられるし、
そこまで極端に不快と感じるわけではなく、
何らかの方法で避ける、というか
かわせばいいだけの話。

日陰に入るとか日傘をさすとか、体の要所要所に
「天花粉」的なものを振りかけるとか、扇風機に加えてたま〜に
エアコンを点けてみるとか、その程度のことで済むのだから
別に大した問題ではない、ということ。

ただ、そんな風に思えるようになったのも、考えてみれば
タイで暮らすようになってからだ。

その昔、ニッポンでは真夏になる度に
「ああ暑い。これならば真冬の寒さの方がよほどマシだ」
などと文句を言い、真冬になったらなったで
「ああ寒い。これならば真夏の暑さの方がよほどマシだ」
と、なんだか訳の分からない
ループを繰り返して来たわけだが、ずっと暮らしていた
ナゴヤで、周りを山に囲まれた平地、つまり盆地特有の
「夏は暑く冬は寒い」という(文字にすると当たり前なのだが)、
「両極端な気候」に悩まされ続けたのは
「紛れもない事実」なわけで、実際問題ナゴヤの真夏の蒸し暑さによる
「不快指数」と言ったら、もし計測器があったならば余裕で針が
「レッドゾーンを振り切る」くらいの恐ろしさであった。

いやいや本当なのだ。ウソだと思うのなら
ナゴヤの知り合いに尋ねてみなさい。知り合いがいなければ某
「Wikipedia」とかいうヤツで調べればすぐにわかるはず。

とにかく、ナゴヤのそれに比べればタイの暑さなんて本当に
「カワイイもの」なのであり、何度も何度も何度も繰り返すが、
少なくともオレにとってタイの(気候的)
「過ごしやすさ」は、(夏や冬の厳しさがあってこそ感じる)春や秋の
「ありがたみ」であったり、四季が巡ることによって生じる
「ワビサビ」や「風情」といったものを全て失っても充分に余りあるほど
「素晴らしい価値」なのである。

と、言葉でいくら説明したところで
分かってもらえないのかもしれない。

それでも(ニッポンで暮らす)読者諸氏には
何とかしてお伝えしたいので、こうして季節が変わる度に
「タイの暮らしやすさネタ」を挟まずにはいられない。

「常夏の国」タイにだってちゃんと季節はあるし(三季だが)、
それぞれが持つ特徴や魅力について、もっと知って欲しいのだ。

「何故(タイという国が)そんなにいいのか」

みたいなことに対する
「オレなりの答え」を用意するのも、このブログの
「趣旨」のひとつなのだから。


六月になった。

六月って聞くと昔は、なんとな〜く
「もの悲しい」というか「切ない」ようなイメージがあり、
「梅雨」のジメジメした空気も相まって
「憂鬱」な気分に陥りがちだったものだ。

例えば子供の頃は、一ヶ月の中で臨時の休み、いわゆる
「祝日」が「一日もない」という事実が、心に重くのしかかったし、
オトナになってからは、サッカーのプロリーグが続々と
「シーズンオフ」に突入して、まあ二年に一度は
「ワールドカップ」なり「UERO」なりの国際イヴェントがあるにはあるが、
それでもひいきのチーム(FCバルセロナ!)が優勝争いをしていると、
優勝の喜びと同時にけっこうな寂しさを感じてしまうのも、やはり
この時期なのである。

タイで六月と言えば、季節的には一年を通してもっとも暑い
「暑期」(三四五月)が終わりに近づき、本格的な
「雨季」(七八九月)へと移行する
「端境期」であり、強い陽射しが照りつける日は徐々に少なくなり、
曇りがちで、いつ雨が降ってもおかしくないような日が増えてくる。

タイ語では、その名の通り一般的に
「ルドゥーフォン(雨の季節)」と呼ばれるが、どちらかと言うと
「ルドゥーメーク(雲の季節)」と呼んだ方がいいんぢゃないか、
と思うくらい毎日毎日空は厚く黒い雲に覆われて、出掛ける時は
「雨に降られてもいい準備」が必要だし、降ればかなりの量だし。

ただ、この
「スコール」というヤツは、慣れてくればある種の
「イヴェント」のように思えるわけで、時間が許す限り避けて
「雨宿り」をしたり、どーしようもなければ諦めて
「強行突破」で、まるで滝のような雨の中、カッパを被って
バイクで突っ込んだりするのも、ある意味楽しめなくもない。

ま、それは日々特に
「重要な用事もない」オレだからそう思えるだけの話で、ちゃんと
仕事をしている人々にとっては、移動の手段など
大変なことも多いのだろうが。

だから雨季になっても別にどーということはないのだが、
敢えて問題を探すとするならば、ゴルフの時くらいかな。

たまたま運が良いのか、今までゴルフのプレイ中
スコールにヤラレたことは一度もないが、もしそうなったとしても、
近くの茶店で雨宿りでもするか、状況によっては
途中でやめればすむことで、全然大した問題ではない。

な〜んだ。それだけの話か。

で終わってしまってはなんなので要点に入るが、よーするに
ニッポンに居た頃とタイに住んでからの最も大きな差とは
「いったい何なのか」という件である。

気候など環境の変化ももちろんあるのだが、それはズバリ
「緊張感」なのだ。

ひと言で説明すれば、広〜い意味で
「常に緊張していなければならない」のがニッポン、逆に
「緊張する場面や必要性を感じない」のがタイ。

例えば、
「雨が降るからお気に入りの洋服は着たくないけれど、
この間買ったレインコートにはあのシャツが合うしなあ。
どうせ崩れるからヘアスタイルも決めたくないし(オレには関係ないが)
はあ。出掛けるのイヤだな」
と、
「どーせ雨で濡れるんだし、Tシャツなんてどれでもいーや。
ていうか別に遅れたっていいんだから、雨が止んでから出掛けるか」
の差、みたいなことか。

ちなみにシンガポールでも、
やはり緊張感はあったなあ。

一歩外に出れば、考えることは
「こんな小汚いスニーカー履いてるヤツなんて一人もいないよな。
パンツの丈も気になるし。っていうか、みんなやってるからとりあえず
<i-pod>首からぶら下げておこうかな、別に音楽聞かなくても」
みたいな感じだし、もちろん立場上
「遅刻なんてゼッタイにできない」し、仕事中だってとにかく
「細かいミスもしないように」と、常に気を張っていた。

でもタイに戻ったら、そんな緊張感など一気にふっ飛び、
「めちゃめちゃ解放された気分」に満たされたわけで、
いつものアルバイトにも何日か行ったが、正直な話、
仕事中に気を張るようなシーンもほとんどない。

いやいやいや、よくないよくない、よくないぞ。
いくらアルバイトだって、例え満足のいく
日当をもらっていないとは言え(ナイショね♪)、お客さんは本当に
「パラパラ」としか来なくてやることがなくヒマだとしても、
仕事なんだからちゃんと緊張感を持って挑まねば。

そう思ったところで、置かれている環境が環境だけに、
物理的にどーしてもムリがあるのだ。

だから、たまに悩む。

「オレは果たしてこのままでだいじょーぶなのか」と。

よーするに、緊張感のまったくない
「骨抜き生活」をずーっとしていたら、
精神や肉体がすっかりナマってしまって、
緊張感のあるフィールドに出た時に、
「ついていける」のか、ということ。

それを考えると、すご〜くコワくなる。

このままタイで働かずに一生暮らしていければ
まったく問題はない。ただ、決して
そんなにうまくはいかないだろう。

いつの日かニッポンに戻るかもしれないし、
タイにいたとしても、もしかしたら近い将来
「緊張感の必要な生活」が始まることだってある。つまり、例えば
「就職をする」といったような場合だ。

「緊張感のない国タイ」において、
「緊張感のある暮らし」をする事。

それってひょっとして、
「とんでもない苦痛」なのではなかろうか。

その件については、移住した当初から
「うっすら」と考えてはいた。よーするに、タイで働きだして、
「ローカルタイピープル」に囲まれて仕事をする上で、
「いったいどんなことが問題なのだろう」と。

「問題だらけ」なのである。

廻りの経験者の話を聞けばすぐにわかる。
ゆる〜い国タイのゆる〜い人々と共に利益を追求していくことが、
「いかに大変」なのかという現実がだ。

仮に勤め人になるならば、速攻で
「上司と部下の板挟み」になることは必至だし、
経営陣に加わるならば、それは尚更だろう。

あ〜コワいコワい。
マヂでコワいよう。


とまあ、気候の話からちょっと飛躍してしまったが、あくまでも
「テーマ」は六月。

「一年も、もうすぐ半分を終える」ということで、つい
「いろいろと考えてしまう」時期。それが
六月なのだ。

しかし、憂鬱になってはいけない。

何も恐れることなどない。
恐れることなどないのですよ。

わはははははははははははは。

はあ。


*「ミトゥナーヨン(211111)」は「六月」の意。

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2011年6月 1日 (水)

ヌア

「これはアカンやろ。ニッポンなら即
<JARO>に電話だな」


震災以降一世を風靡した、例の
「AC」ではなく
「JARO(日本広告審査機構)」、つまり
「大袈裟」だったり「紛らわしい」広告に対する消費者からの
「苦情」を受け、指導を行なう団体である。

「Japanese No.1 GYUDON」
の文字を見てすぐにそう思ったのは、何事にも厳しい
ニッポンで知らず知らずのうちに刷り込まれた
「タブー」に対する「条件反射」なのだろうか。

よーするに
「No.1」の根拠はいったい何か。という話であり、
「年間売上げ杯数」なのか、または
「国内出店店舗数」なのか、もしどちらかだったにせよそれならば
「年間売上げ杯数No.1(○○年)」なり
「国内出店店舗数No.1(○○年)」と明記せねばならず、ただ
「No.1」と謳っただけでは、いかにも
「味が一番ウマい」とか、全てにおいて
「ナンバーワン」といったような誤解を招くではないか。

ちなみに、某「吉野家」の
「早〜や〜い〜ウマい安いの三拍子ぃ〜♪」
これはまったく問題あるまい。
どれも決してウソではないし、
紛らわしくもないからだ。

とにかく、昔から
「広告を出す」時、又は
「チラシなどを撒く」際には
「No.1」「一番」などと明記するのは避けるべき、というのが
ニッポンでの一般的な常識なのである。

でも、だいじょーぶ。
ここはタイだからね。

実はそんな細かいことなどどーでもいい。それよりも
「ついに来たか」という事実の方がよほど重要なのだ。


ゴルフの帰り、たまたま立ち寄った某ローカルショッピングセンター
「シーコンスクエア」の四階フードエリアで
「なんだかどこかで見たような懐かしい景色」に遭遇。

「おお。これはこれは<すき屋>ではないか」

どうやら先週の土曜日に
オープンしたばかりらしい。
*カメラを持っていなかったので撮影できなかったが、
チラシを拝借。
Img_2219

先述の某
「吉野家」は十数年前にタイに出店後、軌道に乗らず
一度は撤退したものの、最近、満を持して
「再出店するらしい」という噂があった。
しかし、いつまで経っても実現せず、某
「すき屋」に先を越されてしまったのか。

それともオレが知らないだけで、ひょっとしたらもうすでに
どこかにオープンしたのだろうか。そして某
「すき屋」にしてもこの店が初店舗ではなく、いつの間にか
「牛丼戦争@タイ」が勃発しているのかもしれない。

そうではなくてもしあの店が最初だとしたら、個人的には
「(初店舗を)いい所に出したね♪」と、褒めてあげたい。
何故ならば某「シーコンスクエア」のような
「タイローカルショッピングセンターの殿堂」とも言える場所で
勝負してこそ、(ローカルタイピープルに)
「一杯69THB」の牛丼を売る価値がハッキリわかるから。

そう。
「牛丼(並)」が一杯69THB(*カレーライスも)だから
今の相場で約186円。
ということはおそらくニッポンよりやや安い値段であり、
これが実現できたのだからタイに進出したわけだ。

午前十一時半。
店内は制服を着た学生達でいっぱいだった。

「なるほど。そーいうことか」

香港にもシンガポールにもあって
「ブイブイ」言わしている、某
「吉野家」がタイでうまくいかなかったワケ。
それはおそらく当時、主に宗教上の理由で
「牛の肉を食べない」タイピープルが多かったから。

しかし、時代は変わった。

イマドキの若いコ達は、どうやら
「牛?全然食べるよ〜。だっておいしいぢゃん」
って感じで、あまり気にしないようなのだ。

ところで、
シンガポールに行ってみてあらためて認識したことだが、
タイで飲食店を成功させる王道として、やはり
「薄利多売」という原則は動かしがたい事実のようだ。

もちろん、ハイソサエティー層を狙った
「高級店」だって決して悪くはないのだろうが、正直
「人材教育」という高い壁が大きな難問であり、現実的に
最も広いマーケットである一般的国民の収入を考えれば
答えは明らかなのだ。

そういう意味で
「牛丼」なんかは、大きな可能性を感じる。

米国産ならば、関税率は知らないが、多分
ニッポンと大差ない価格で仕入れられるのでは。
いや、ひょっとしたらタイ産牛肉かも。
バラ肉なら味的になんとかなるのかな。

今日実際に食べて来たが、味は
さほど変わらない気がしたけど。

それにしても安いなあ。

「温玉ネギ牛丼(並)」と「キムチ」と「緑茶(アイス)」で
119THBってことは約321円か(各89、20、10)。

「みそ汁+サラダ+緑茶」のセット(30THB)を注文したら
「ゴメナサイ。ナベコワレタ。ミソシルデナイ」って言われた。

おいおい。
オープン五日目で、もう
「湯せん器」壊れちゃったのかい。

まあいい。とにかく、
「タイ外食産業界」にとって、これは
大きな明るい未来であるはず。

某「すき屋」さん。
是非頑張って下さい。


というわけで、ぶっちゃけ
「サボって」ました。はい。

久しぶりに(少しだけ)働いた後で、敢えて
「可能な限り怠惰な生活」を送ってみてこそ、その
「違い」がわかるのだろう、と。つまり
「どちらが楽しい」のかが。

だって、この間読んだニッポンの新聞広告に、
「仕事をする」「仕事をしない」。
「あなたはどちらが楽しいですか?」
「仕事をする」「仕事をする」「仕事をする」「仕事をする」
「仕事をする」「仕事をする」「仕事をする」「仕事をする」
みたいなのがあったから。

「誇大広告」とは言わないが、
「ホントかなあ」と、ちょっと思ったのだ。

目が覚めたら起きて、お腹が減ったらごはんを食べて、
眠くなったら寝て、見たいだけTVを見て、ヤりたくなったらヤる。
「欲」にまかせて過ごしてみる。

ダラダラと。
ひたすらに。

書きたくもならなかったから、日記も
書かず......。


さて、どちらが楽しいか。

果たしてどうでしょうね。


*「ヌア(23)」は「牛、牛肉」の意。

最近買ったものシリイズ。
シンガポール最後の日に。
某「コンバースオールスター」(69S$)。
Img_7621

底が薄くて、先端が布地なのだ。
Img_7622

今日買ったスニーカー(280THB)。
Img_7620_2

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