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2012年6月15日 (金)

トゥラキットゥ

訂正しなければならない。


先日の日記で、お気に入りのカフェ某
「BON CAFE」について
「B.G.Mがなくてよろしい」なんて書いたが、実は
ちゃんとあった。
どうやら、音が小さくて
気がつかなかっただけだったようだ。

敢えてお詫びするほどの話でもないと思われるが、
謹んで訂正させていただく。

ちなみにスタッフに尋ねてみたら
経営母体はスイスの会社とのこと。

へえ。そーなんだ、と、ちょっと
意外だったけど、たしかに、店内には
スイス製のエスプレッソマシンも展示(販売)されているから、
ひょっとしてその件と関係があるのかもしれない。例えば、
メーカーが販促の為に始めたショップとかね。

こーなるともっと詳しく知りたくなってくる。

・「BON」の由来は何か。
・使っている豆の産地は。
・本国スイスには何店舗あるのか。
・アイドル的スタッフのスリーサイズは。
・カレシはいるのか。などなどなど。

これぞまさしく
「ファン真理」というヤツか。

かつてオレがやっていた店某
「n.v.cafe*」にも
「ファン」はいたのだろうか。

もしも、某
「スタバ」のように
「マニア」がいたとするならば、それはきっと
「オレ自身」だったに違いない。


ところで、最近気に入っているのは、
カフェでまったりと過ごす何気ない時間だ。

本を読んだり、外の景色を眺めたり、ただ
「ボーッ」と空想に耽ったり、具体的に
スタッフの私生活を妄想してみたり......。

クルン(グ)テープに居た頃は、渋滞がイヤで
外出自体億劫だったし、中毒になりかかっていた
「コーヒー」を飲みに行くことだけが
目的だったような気がする。

そんな風にカフェでのんびり過ごしていると、
自分が働いていた頃のことを、時々思い出す。

あの六年間はいったい何だったのだろう。

今となっては、まるで
幻のようだ。

最終的にハッキリ分かったのは、自分に
「ビジネスの才覚はない」という件。

夢と希望と大いなる目的を持って始めたわけだが、あくまでも
「趣味の店」としてしか成り立たずに終わった。
オーナーであり店長であり従業員でもあったオレ自身は、もちろん
楽しくて仕方がなかった。それはそうだ。何しろ
「趣味」なのだから。

かと言って
「コーヒーが好き」だったわけでもない。むしろ
「体に悪い」とさえ思って、避けていたほどだ。

そんなこのオレが、
「カフェ」を辞めてから何年も経って
「カフェイン中毒」になった末、
「カフェでまったり」するなんて、なんだか
皮肉な話ではないか。

あの頃の想い出を語り始めたらきっと止まらないし、
本の二、三冊くらい軽く書けそうだ。
「小説」はちっとも書けないけれど、
「ノンフィクション」ならいくらでもいける気がする。
出版社から話がこないのが残念でならない。

ま、売れるとはとても思えぬが。


新しく何かを始めれば、必ず
「得るものと失うもの」がある。

例えば結婚するとしよう。

「新生活」が始まれば、普通、おそらくは
「二人で居る幸せ」が得られるが替わりに
「独りで居る時間」を失う。そして何より
「自由」を奪われるのである。

「自由」。

ああ、なんという
素晴らしい響きだろう。

そんなものを失ってまで......
あかんあかん。そーいえば
近々結婚する人がいたんだっけ。

逆に何かを止めれば、やはり
「得るものと失うもの」があるわけで、
失うものはもちろんその
「何か」であり、得るものは案外
「自由」だったりする。

店を閉める時、オレは当然
「愛する店」を失ったが、同時に
「自由」も得た。

しばらくの間は、胸に
「ポッカリ」と穴が空いたようだった。
しかし、時間と共にそれはいつの間にか塞がり、今ではその
「自由」を、しっかりと満喫している。

多少の収入があるからと言ってキッチリ
「リタイア生活」を決め込み、いつまで経っても
「新たな何か」を始めようとしないのは、
「得るもの」と「失うもの」を計りにかけた時、どう考えたって
「失うもの」の方が重いからだ。

それは
「自由」であり
「時間」である。

某カフェを始める時も始めてからも、
「得るもの」はものすごく大きかったけど、
「失うもの」なんてたかが知れていた。
「お金」と「意味のないプライド」程度の
些細なものだったのだ。

よく言われる通り
「時間はお金では買えない」し、オレには
「ビジネスの才覚がない」のであるからして、
結論は自ずと出ている。

「タイでビジネスを始めるなら」
「パタヤーで何か店を開くなら」等等、常に
いろいろと考えてはいるけど、それは
「ボケ防止」の頭の体操といったところだろうか。

「自由」な「時間」とは、
それくらい堪えられない
「極上の麻薬」のようなものなのであり、
この年で味わってしまったら、簡単に
やめられるものではない。


そりゃ、
「カフェでまったり」もするわ。

という、

お話だ。


*「トゥラキットゥ(2211)」は「ビジネス」の意。

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