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2012年7月 7日 (土)

プークパン

本来ならば
「友達の結婚式の話」とか、
「ウドンターニー旅行の件」について書くべきところだろう。

そんな風にして、日常生活の中で経験した出来事やエピソード、
それらについての感想などを綴って来たのがこのブログであり、
アメイジングであろうがなかろうが意見が合おうが合うまいが
「ふ〜ん」てな感じで読む人達が居る。

楽しいことがあれば喜びを読者と共に分かち合えるよう、
悲しいことがあればその思いを打ち明けた上でなるべくならば
笑いに変えられるように、と表現に工夫もしたけれど、ただの
「愚痴」に終始した日だって、やはり、
少なからずあったはず。

時には悩み、日記の中で
「答えを探ろう」と試みることもしばしば。
実際、独りで悶々とするよりは、こうして
読者の前で曝け出すことによって
「スッキリ」と気分がラクになるのは間違いないわけで、
「ブログのお陰で助かった」ケースも多々ある。

そして、現在頭の中の大部分を占めるのは
「今後どうするか」についてであり、ブログ自体の
「存続」がかかっている以上、通常のように
エピソードについて語るような状況ではないという件を、
どうかご理解いただきたい。


今、オレは岐路に立っている。

人生において、そーいうことは
何度も何度も訪れるし、今までだって
その場の自分自身の判断で
「どちらの道を行くか」を決めてきた。

今回はさほど大きな分岐点ではない。木で言えば
「小枝」程度のものであろう。
しかし、我が人生の木は、もう
随分先の方まで生えてしまっていて、今後も
「どんどん伸びていく」ということはないから、その
「小枝」にも気を抜くわけにはいかぬのだ。

そして、方向としてはヒジョーに
「危険」であることも充分承知している。
もう後戻りできない可能性がかなり高いからだ。

具体的に言えば、例えばある人はそれを
「沈没」と呼ぶかもしれない。

海外でひっそり埋もれて生きる。

表現としてはあまり好ましくないが、個人的にはさほど
「ネガティヴ」に捉えてはいない。むしろある意味
「前向き」であり、オレにとっては
「チャレンジ」でもあるのだ。


世の中はどんどん進化し、人と人との繋がりや
「コミュニケーション」の手段、内容も変化してきた。

ケータイ電話での会話やメールのやり取りなどを経て、
「インターネット」の発達で登場した
「SNS」「ブログ」「ツイッター」など、様々な
「ツール」を利用して、日夜行なわれる
「コミュニケーション」の数々。

便利になる一方で、ある種の
「違和感」や「恐怖」を憶え、
「危惧」しているのは、おそらく
オレだけではあるまい。

古い人間だから
「(時代の波に)ついていけない」ということだけではなく、
「これが果たして本当にいいことなのか」と、
戸惑う場面が増えてきたのだ。

例えば、某
「twitter」というヤツ。

「今、どこどこでなになにしてます」。

友達のいない、他人に
興味などないオレからすると、いろんな意味で
「スゴイな」と思う。そんな風に
「自己主張」できるパワーもスゴいし、
「コミュニケーション」能力もスゴい。
ただ、それによって自分の行動が
「縛られる」ような気がしないのだろうか、とか
「自由」が制限されないのか、と、不思議にも思う。

オレがもし始めたら、おそらくめちゃめちゃ
「他人のことを気にして」生活するだろうな。

ちなみに、某「mixi」にも
「今何してる?」的なのがあって、おそらく某
「twitter」と連動しているようで、いろんな人が
「つぶやいて」いる様子が分かるが、なんだかどーも
違和感があるのだ。

重要な件もくだらない件も含め、
情報が氾濫し過ぎてはいまいか。

「みんな、無理して生きてない?」と、正直感じるが、
「きっと余計なお世話なんだろうなあ」とも思う。

このブログにしてみても、ある種
「自己主張」の側面を持っており、
「現役」でもなんでもないこの怠け者のオレが、
エラそうに何かを主張するのは如何なものかと。
読者が極端に少なければまだ良いが、
ちょっと増えてきた今は、照れくさくもあり
「ビビ」ってもいる。

とにかく、オレが今
「時代の最先端」を生きているならともかく、むしろ好んで
「時代の流れ」に逆らって生きる道を選ぶのなら、そろそろ
本格的にそっちに進むべき時が来たのでは、と、
考えてしまうのである。

そもそもタイに移住したのは、もちろん
気候の良さもそうだけど、この国の
「昔のニッポン」的雰囲気が気に入ったからなのだ。
少なくともここ十数年のニッポンがイヤだったから
あの国を離れたのではあるまいか。ならばこのまま
「時代に逆行」するのもひとつの生き方。

と言っても、特に何かが変わるわけではなく、
ニッポン(及びニッポン人)との交流を減らすだけのこと。

もちろん
「ゼロ」にはできないから、
少しづつそれを実行しようと、
今は考えている。


縛られたくない。
自由でいたい。

ただ
それだけなのだ。


*「プークパン(1122)」は「縛る(束縛する)」の意。

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