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2013年3月30日 (土)

故人を偲ぶことくらいしかできない

個人的には何の宗教にも属さないので、いわゆる
「喪に服す」という、具体的方法をよく知らない。

ただ、よく言われる
「故人を偲ぶ」ことくらいならできるので、まあ、
オレなりにやってみようか。


A嬢の同僚で同郷出身でもある為か、とても仲良しで
アパートの同じ階に住んでもいたMトは、今年三十才。
八才になる息子を持つごくフツーの女子だった。
本人は、小さい目と胸にやや
「コンプレックス」を感じていたようだが、
気にするほどでもなく、容姿も人並みだと思う。

A嬢のことを気に入って二度目にペイバーした時、
一緒についてきてごはんを食べて以来店でもよく
話すようになり、タイミングさえ合えば、三人で
いつものレストランに行ったものだ。

ある日、何だか元気がなくて、どうやら
カレシとなかなか会えないのが原因らしく、
「妻子持ちだから仕方ないよね」と嘆く彼女に
「愛人と割り切って言いたいことは言えばいい」と
アドヴァイスしたら、いったいどう受け取ったのか、
それ以来会う回数が劇的に増えた様子。

そのうち四人で食事を共にし、ヴァレンタインデイには
カレシの車でダブルデートをした。

彼は四十二才で、主に不動産関連のインスタレーション
(物件案内のグラフィックデザイン等?)の
仕事をしているらしく、例のごとく(二人に話すままに)
年齢及び仕事を偽るオレが、ちょっと調子を合わせて
「いつかはタイでカフェをやってみたい」と漏らすと、
具体的な話をいくつも出して盛り上げてくれて、ついには
チェンカーンという自らの生まれ故郷の、
ラオスとの国境の町で店を出すといいと勧め始め、
「今度是非一緒に行こう!」とアツく迫られる。

まあ、基本いい人だとは思うが、
記念撮影をしたデヂタルカメラを見せてもらったら、
Mトの姿と共に家族の写真もたくさん収まっていて、
「これってどーなのよ(まさか家族公認?)」と、やや
行動を疑うような部分もあり、A嬢に言わせると
「正直、私は薦めない」とのことでもあった。

しかし、その愛人がスポンサーとなり、某
「BIGーC」のプロムナード内において、四月から
「洋服と雑貨の店を始める」と、本人はハリキっていた。
「55バーを辞められる」と、当初大喜びだったが、結局
「掛け持ちしないと厳しい」という話になり、少し
残念な様子だったな。

彼女の意向なのか頻度は増し続けて、ほぼ
毎日のように会っていると聞き、心配して
「あまり会い過ぎるのも良くない」と自制を促したが、
恋する乙女が聞く耳を持つはずもない。

ずっと一緒に暮らしていた息子を、
「忙しくなるから」と、実家に預ける為に十日ほど
ブリラムに帰っていた彼女が、
パタヤに戻って来た矢先の出来事だった。


七才年下のA嬢だが、姉貴分というよりは
対等な友達として付き合っている印象であり、
(気を使ってフェーン*恋人と呼んでいるが)
ギックとの仲を心配したり、会っている間は
子供を預かったりと、奔放なタイプの
Mトよりも、むしろA嬢の方が
おねーさんっぽかったな。

ただ、オレとの関係については
「Mトがそう言うから」と、彼女が
ことあるごとに漏らしていたように、どうやら
「遠慮せずホンダに甘えればいい」的な
アドヴァイスを常に受けていたようだ。

いずれにせよ、
プライヴェートではいつも一緒だった
Mトが居なくなってしまった今、
Aはいったい何を思うのだろう。

カレシからは、昨日電話で
「ブリラムで葬儀があるから一緒に行こう」
と誘われたが、正直、どーしようか悩んでいる。
参加したいのは山々だけど、実際、
かなり遠いのも事実だからねえ。


遺品の財布には、カレシの写真と
息子の写真が入っていて、現金は
二十バーツ紙幣数枚だった。

それを見て、何故だか
無性に

悲しくなってしまった。

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2013年3月29日 (金)

人の命など、本当にあっけないものなのである

Mトが死んだ。


昼前にA嬢から電話があり、
「バイクで事故ったから、すぐに病院に来て」とのこと。

家から五分ほどの距離の病院に着くと、
何度か会ったことのあるカレシから、
その事実を聞かされた。

彼女とは少なくとも五回以上一緒にごはんを食べに行き、
八才になる息子とも会ったことがあり、特に
子供の気持ちを考えると胸が痛む思いである。

後ろに乗っていたAは、左足を
包帯で巻かれた状態で、車椅子に乗っていた。
レントゲン写真を見たところ骨折はしておらず、
幸いなことにごく軽い怪我で済んだようだ。ただ、
治療室には、診療台の上で苦しみに叫ぶ患者が数名居て、
事故の生々しさを思い起こさせられた。

タイで直接の知人が亡くなったのは初めてだ。

しかし、いつかはこーいうこともあるだろう、と、
想像はついていた。それくらい交通事故は多いし、
バイクの場合、死につながるケースも少なくない。

実際、オレ自身もほぼ毎日運転しているが、
事故及び事故後の目撃など日常茶飯事であり、
路上に突っ伏して動かない人間を見たのだって
一度や二度ではなく、現実問題、この国の
「ルール無用」の運転マナーには相当
ビビってもいるわけで。

ただ、日頃いくら気を付けていたとしても
「もらい事故」だって当然起こりうるわけで、
その辺りの覚悟なしに運転はできない。

ぶつかったのはバイク同士で、
ヘルメットは被っていたが、かなり
スピードを出していたらしい。

Mトには申し訳ないけど
逆ぢゃなくて、もしくは
二人とも死ななくてまだ良かった。

どちらにしても相手がバイクでは
保険もほとんどおりない可能性が高く、
ご両親や息子のことを思うと
ツラいものがある。

しかし、これこそがタイの
「現実」であるのは間違いない。


謹んで、
冥福を祈るのみだ。

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2013年3月27日 (水)

カップ麺の蓋の恐るべき情報量

「案外この手のが一番ウマいんだよね~」


山のように積まれた
カップ麺の中から、その名も
「しょうゆラーメン」を選ぶ。

メーカーを見ると
「トップバリュウ」という、某
「ジャスコ(マックスバリュウ)」系の
「プライヴェートブランド」の商品だ。

パッケージにはいろんなことが書かれていて、例えば
「ノンフライ麺使用。一食当たり230kcal」とか、
「必要なお湯の目安量:350ml」などの他
「やけどに注意」「電子レンヂ調理不可」と、
「ピクトグラム」付きの表示の最後に
「移り香注意」の文字を発見。どんぶりの外から、
地面と平行に右から三本の
「→」が器の中に向かっている。

三本の矢!
なんとこんな所にも、流行りの
「アベノミクス」が!?

とは思わなかったが、そんな絵を見せられても
「移り香」の意味がまったく分からない。

そんなわけの分からないものに惑わされるはずもなく
ま、いっか。と、
馬鹿正直に(どこまで開けたってええやんけ!)
「ここまで開けてください。」と言われる位置まで
蓋を破った後、中のアルミを取り出してそれも破り
麺の上に粉スープをかける。

「スパッ」と、いとも簡単に裂ける袋。

ああ。ニッポンのパッケージはなんて
破りやすいのだろう。

海外に住むと感じる
「ニッポンの素晴らしさ」のひとつである。

ところが、再び蓋に書いてある文字を読み、
「ん?」と首をかしげてしまうことになる。

「<!>”安さ”のポイント 具とスープをひとつの
袋に入れることで、コストを下げました。」

まあ、そー言われてみればたしかに
「別々」である理由はそれほどないのかも。

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。

例えもしそーであったとしても、わざわざ蓋の中央に
「!」マークまで入れて、ことさら注意を促してまで
消費者に伝えるべき話かね。

もちろん、某企業のブランド
「トップバリュウ」がいろんなものを省いて
商品価格を抑える的なコンセプトで作られた
「流通系自社生産メーカー」なのは承知の上で、そんな
「企業努力」を自慢気にアピイルされても困るし、
自分が買ったわけでもなくおみやげでもらっておいて
文句を言う筋合いはないかもだが、そんな風にして
「安さ」を全面に出されてはちょっと引いてしまう。

買っている自分が、何だか
情けなくなってはこないか。

これが
「デフレ」の行く末なのか。

それとも......。


こんな時、いつも思うのは
「ああ。タイに住んでいて本当に良かった」
ってこと。つまり、
「ニッポンに居たら、いつもいつもこんな
つまらないことでイライラするのだろうな」
と、この国のユルさ加減に心底
「ホッ」とするのだ。

たかが
「カップ麺」の蓋ごときにこれだけ多くの
「情報」を詰め込まれては、
「窮屈」で仕方がない。

なんぢゃ
「移り香注意」って。

ま、実際問題、タイに移住する半年くらい前から
精神的にかなりおかしくなっていたのも、おそらく
その辺りのことが原因だと考える。
タイに来てすっかり良くなったし、仮にあのまま
ニッポンに住み続けていたら、かなりの高確率で
「どーにかなって」しまっていただろう。

今思えば
「ゾッ」とする。

押し付けがましくて冗談の通じない、
何にも増して保身が優先される恐ろしい国。

そんなイメージが拭えない。

いや。
悪口はこれくらいにしておこう。

ニッポンのことは大好きだし、
愛してもいる。ただ、
タイガールに聞かれていつも答える通り、
「今のニッポンはつまらないから
戻りたくないし帰るつもりもない。
タイの方がよほど楽しいよ」と、心から思う。そして、
こんな暮らしができる自分が幸せだとも。


冷静に考えてみれば、ひょっとして
「薬味」と「スープ」をまとめて
「ひとつの袋」にすることを開発した研究者が、
あまりの嬉しさに
「この偉業を是非消費者にも共有して欲しい」と
販促部門に訴えたのかもしれない。

まあ、そうやってメーカーと共に
「成功」を分かち合うのも悪くないか。

そんな風に思えば、別に
「イラッ」とすることもない。

ああ。
オレもオトナになったものだなあ。


ちなみに
「しょうゆラーメン」は、
とてもとても

おいしかった。

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2013年3月26日 (火)

自覚する変態などおそらくホンモノではなかろう

「ホントなんだってば!」


プロのタイガールは、仲の良いコを、よく
おねーちゃんとか妹と客に紹介する。特に
同居している場合はほぼ例外なくそうであり、
血は繋がっていないけれど
姉貴分だとか妹分だという意味なのだが、
タイに来たばかりの頃はよく混乱したものだ。

間もなく理解したが、(義理も含め)たまに
「本物の姉妹」も当然いるわけで、
「面倒だなあ」と感じる
「タイルール」のひとつである。


某「〇〇〇」に向かう時にいつも通る抜け道で
「ソイダイヤモンド」という名の
ウォーキングストリートに対して垂直の路地があり、
55バーやバービアが密集する中、いつもなら
呼び込みをかいくぐって足早に去るその道中
「ちょこん」と座るカワイコちゃんの姿を、オレの優秀な
「レーダー」は見逃さなかった。

「おお。ダイヤモンドにホンモノのダイヤか!?」

しかし、ご承知の通りパタヤのオープンバーに
カワイコちゃんが居ることなど滅多になく、しかも
「ロリータ嗜好」の強いオレが見つけるのは、主に
「たまたま手伝っているママの姪っ子」だったりして
「春を売る」わけではない子供であることがほとんど。

一瞬立ち止まったものの、まあ
「今回もおそらくそうだろう」と一度は通り過ぎたが、
二度目にはちょっと気になって、一応年の為に確認を。

店先で客に声を掛ける女性に
「あのコはまさか仕事してないよね」と尋ねると、
「はははは。私の娘よ」と笑う彼女。

「ウソだー。全然顔似てないぢゃん」
「父親似なのよ」
「だって年齢的に......」
「ぢゃあ、あのコいくつだと思う?」

そこで
「ふ」と考える。

道路より一段上がったテーブルの
ハイスツールに腰掛けるそのコは、確かに
「おかっぱ頭」を少し伸ばしたような
「ボブ」ヘアーであり、一般的
女子小中学生の髪型と言えなくもない。

ただ、ボーダー柄のTシャツとタイトな
ジーンズに包まれるその姿はもう充分に
「オトナ」でもある。

「十六才かな」
「残念。十四才よ。ところであなたは何才?」
「三十六だよ」
「そーなんだ。私は一つ下の三十五。彼女は
四人兄弟(姉妹)の一番おねーさんなのよ」
「マヂか......」

至近距離で見ても全然イケる娘。神さえ許すなら
「速攻」で持ち帰りたいそのコは、例によってオレを
「蔑む」ような暗い目でこちらを見ている。

「そもそもここはレストランで、あなたが
想像しているような類いの店ぢゃないしね」

メイクはキツいが、よく見れば目立った
小ジワもなくキレイな顔をしている母親。

「まあ、一杯飲んでいけば」と誘われるまま、
サンミゲルライトを空けるまで、彼女の軽い
「身の上話」に付き合わされることとなった。

妹だ姉だと身内のフリをして心情に訴えかける
手口(?)もどうかと思うが、
娘だか姪っ子だか知らぬけど、明らかな
「ガキ」ならまだしも、(少なくともオレにとって)
「妙齢」の女子をあのような場所に座らせておくのは
ヒジョーにマズくはないか!?

ま、ひと回り年齢をサバ読むこっちもっちだが。

「今、学校が休みで一緒に来てるのよ」

確かにそーかもしれぬ。しかし、
オレのように引っ掛かってくる輩を狙った
「確信犯」であるならばヒドい話だ。

「四年も付き合ったベルギー人に捨てられて
どーのこーの」

雇われ店長をしていたらしいが、二日後には
娘と共に田舎に帰るとのこと。
だんだん可哀想になってきて、そのうち、つい
「まあ、母親でもいいか」と思ってしまう自分が
何とも情けない。

「オレみたいに勘違いして引っ掛かる客は多いのか?」

よほどそう聞こうかと思ったけどやめておいた。

考えてみれば、こんな
「変態」がそうそういるはずもないし、彼女だって
悪気があってやっているのではなく、おそらく
「部屋に居てもつまんないから私も店に行く」と、
娘が勝手についてきたのだろう。

ああ。最低だな。


帰り際。

おつりの二十バーツ紙幣をチップで渡しつつ
「バイバーイ」と努めて明るく手を振るも、
「獣を見る目つき」で無表情のままの娘。

そしてそんな
「シチュエーション」に甚く萌えるオレ。

これもタイならではだなあ、と、

つくづく思うのだった。

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2013年3月25日 (月)

これを恋と呼ぶのならば

近頃、身の廻りに結構
いろんなことが起こっているのに、
ここに書く優先順位が
「ダントツ」なのは、何故か
A嬢絡みの件。

ま、
「色恋」にまつわる話はもちろん嫌いぢゃないし、
いくつになったって、そーいう
「心」を持ち続けたいと願うからこそ、
「異性」に対しても
「興味」を失わずにいられるし、そして、そんな
「自分自身」にもスゴく興味がある。

オレはいったいどーしたいのか。

どこに向かおうとしているのか。

気のせいか、いつの間にかだんだん
「ネジれ」ていっているような気のする自らの
「恋愛観」の行く末とはどこなのか。

自分のことが自分ではよく分からないからこそ、
どーしても追求してみたくなるのである。


近頃はもう、二日に一度の
「ペース」で呼び出されている。

「ホンダはAをペイバーするのが好きなのね」などと
同僚にからかわれるが、否定もできず
「ホントに好きだよね~。ハハハ」と
照れ笑いをするしかないわけで。

「昨日はラスト(四時)までお客さんが付かずに、
あーでこーで、帰ってからごはん食べて六時に寝て、
あーでこーでこーなって、すったもんでころんだりして、
死にそうだから、今日はもう(仕事するの)ムリ」

「店に来て!早く!!」という
電話を受けてから約三十分。

何をしていたって一目散に駆けつける姿は
「リボンの騎士」(??)を彷彿とさせる。

昨日だって、
「明日から三日間はミュージックフェスティヴァルで
道がめちゃくちゃ混むからオレを呼ばないでくれ。
三日間だけ何とか頑張って欲しい!」と
祈るように頼んだその二日後、メインステージで
「国際音楽祭」の名にふさわしい(皮肉ね!)韓国の
アイドルグループ(?)スカーフのサムいライヴ見学中に
「早く来て!」と呼び出され、やや
「ホッ」としつつ会場を出て二十分後、疲れきった表情の
A嬢とご対面だ。

いつものレストランのいつもの席に座った途端、オレが
全ての言葉を理解しているかどーかなんて
まったくお構いなしの
「早口」さ加減で、いろんな話題について
一気に喋りまくる彼女。

なるほど。いわゆるある種の
「ストレス発散」ってわけね。

「分かりやすいようにもっとゆっくり喋ってくれ」などと
「水を差す」ような野暮な真似はせず、ここはやはり
「うんうん。そーだね、その通り。君は正しいよ」と、
ニコニコ笑って頷いておくのが一番。と、笑う
タイミングだけ間違えないようにしつつ、話の
「要所要所」を注意深く聞き取る。

話が落ち着いてきて、全体の大まかな
内容が掴めてきたら、そこに関連づけて
話題を振ってみる。例えば昨日なら
「嘘」について。

彼女はどうやら
「嘘」が大嫌いのようで、その手の件にはすぐに
「アツく」なる。そこでさらに盛り上げる為にも
「嘘も方便」という、逆説をぶつけてみたりとか。

タイ語のヒアリングがそこまでできない代わりに、
ある部分ではキッチリと相手の考えを理解したい、と、
思い続けるうちにいつの間にかある種の
「技」的なものを習得しつつあるようなのだ。

「嘘つきのパラドックス」を説明するのは、さすがに
難しくて諦め、話題を変えて、珍しくちょっと
「突っ込ん」でみることに。

「オレ達の関係を廻りはどー見ているか」だ。

彼女曰く、
「親しいコ達にはホンダのことを<ペイバーしてもらって
一緒にごはんを食べに行くだけの関係>で
おにーちゃんみたいな存在、と、正直に説明してるけど
信じているかどうかは知らない。でも、Bーみたいに
一緒にごはんを食べに来ればすぐ分かるんぢゃないかな。
あとのコ達はフツーに
<デキてる>と思ってるはず」とのこと。

そして、もう一つの件は
「とにかく、前提として、皆
<ホンダは元々Gイ(元〇〇〇番)のカレシ>と思ってて、
実際私もそうで。ほら、覚えてるでしょ。最初私があなたに
<今日はGイに電話してないの?>って聞いたこと。つまり、
彼女の大嘘を私だって皆だってすっかり真に受けていたのよ」
という、例の話。

「子供二人」のはずが、実は
「三人」だったとか、
タイ人のカレシと一年も付き合ってて
「肉体関係がない」とか、
「あの客は私の客」だとか、別に
どーでもいい嘘ばかりだし、例え
どーでも良くない嘘だとして、そんな
「水商売の世界の常識」が、どーやら
A嬢にはお気に召さぬようで......。

そこで禁断の質問。

「オレ達はこのままでいいのか?」

「何よ。あなたが言ったんでしょ!
<嫉妬し合わない、縛り合わない関係がいい>って。
私も同じ考えだからうまくいってるんぢゃない」

はい。まったくおっしゃる通り。
でも。

「ぢゃあ、もしオレに好きなコができたらどーする?」
「そうね。仕方がないわ。そして、そーなればきっと
そのコが嫌がるから、私は電話できなくなる」
「それでもいいと?」
「だって、しょーがないぢゃない」
「そーなのか。う~む。オレは違うな。もし君に
新しく好きな男ができたら、とても悲しい」

実はこの、
「シアヂャイ(悲しい)」というタイ語に、大抵の
タイガールは滅法弱いのだ。

「え。そうなの?うーん。
そりゃそーよね。ホンダは私のこと
好きなんだから......」

いい年して(五十才目前)、
四半世紀も年下のタイガールに向かって、いったいオレは
何を言っているんだろう。そして、この先いったい
どーしたいのだろうか。

正直、自分でもよく分からない。

これを
「恋」と呼ぶのならば、このネタで
「ラブストーリイ」がひとつ書けそうな勢いだ。そして、
「ハッピイエンド」ではないんだよなあ。残念ながら......。


帰り道。

今までは、一度も家まで送らせなかったA嬢が
(オレの家とは逆方向だから、と言い訳していたが、実は
<家バレ>したくないからに違いないとオレは踏んでいる。
*いつもはMト嬢のバイクもしくはバイクタクシーに乗って
単独で帰って行った)、ついにオレに、バイクで
アパートの近くまで送り届けさせたのだった。

十回以上ごはんを食べて初めてのこと。

「だからどーした」という、ほんのちょっとした
「出来事」ではあるが、実際、彼女の中で何か
「変化」があったのは確実だ。


彼女が住んでいたのは、壁が
ピンク色に塗られた、可愛い
三階建てのアパート。

ドラえもんに囲まれて

暮らしているのだろう。

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2013年3月21日 (木)

常に存在する、今、その時の価値

「あれ、おかしいな」


バンコクから戻った翌朝、起きて早速
いつものように体重計に乗ってみたところ数字は
52.5kgであり、少なくとも
1~2kg増は確実だろうという予測に反し、通常よりも
0.5kgしか増えていなかった。

毎朝ホテルで、夢のような朝食ヴァイキング(実際、某
ウェスティンのそれはものすごくレヴェルが高かった)、
それに加え夕食もしっかり食べていたのだから、普段
一日一食(+お菓子)のオレとしてはかなり
ビビっていたのだ。ただ、普段とは違い
早起きして夜までビッシリ行動していたのは事実であり、
ゴルフにも三回行ったので、まあ、つまりは
「消費カロリイ」が多かったわけか。逆に言えば日頃いかに
「運動不足」であるかということ。

やはり健康の為には
「たくさん食べてたくさん動く」のが良いのだろう。

半ば仕事含みだった今回のバンコク行き。

いろいろ勉強になったのも事実だが、まだ
「コレ」といった収入源や
ビジネスンチャンスは見えて来ない。
お金を稼ぐには当然それなりの動きや苦労が必要であり、
具体的になればなるほどリスクも増すわけで。だから、
「休養(?)中」のオレからすれば、できる限り
「避けたい道」がそこには待っていることとなる。

ただ、タイのインテリア業界は想像以上に
成熟している部分もあり(ごく一部だが)、主に
「木」及び「ファブリック」に関しての魅力は侮れない。
しかし、価格面等で入り込む余地はすでになさそうなので、
その辺り予想通り決して甘くはない。

ま、今はあまり考えたくないので
その件はまたあらためて。


それにしても暑い。

今はまだ少し風があるからマシだが、
いよいよ夏の到来を感じさせられる。

いつもだいたい
30℃前後を指す洗面所の温度計の数字も
33℃を超えることが増えて来た。こーなると
最上階三方角部屋(東南西)のこの部屋は、昼間
かなりの暑さだ。

しかしながら、自宅では
「エアコン不使用」がポリシイ故、汗をかきつつ
日常生活を暮らしている。

暑いのはさほど苦痛でないが、困るのは
「汗疹」である。
要所要所で肌にプツプツができて何とも
「不快」なのだ。
「PRICKLY HEAT」という名の
「天花粉」的粉をふりかけつつしのいでいるが、まあ、
この時期は毎度なので仕方あるまい。

もうすぐタイの正月
「ソンクラーン」がやってくるが、例の
「水掛祭り」を避けて部屋で引き蘢れるよう、
ニッポンからおみやげにカップラーメン系を
大量に持って来てもらったので、問題ないだろう。

そーいえば、最近
タイガールの間でかなり流行っているらしい
「ファービイ」なる動いて喋る人形も、二個
買って来てもらった。
http://blog.livedoor.jp/fuku_bangkok/archives/51856838.
html#more

A嬢とFン嬢にあげるつもりだったのだが、うち一個は
情報源であるTちゃんから(聞くまでまったく知らず)
「(女子大生の)カノジョがスゴく欲しがるので......」
と頼まれ、仕方なく彼に譲った。
三千バーツはちょっとお高いと思ったが、まあ、
流行真っ最中の今ならそのくらいの
「価値」はあるだろうと踏んだのだ。

実際、タイトなスケジュールの中、
Tちゃんに商品を渡すため裸で持ったまま(袋がなかった)
街を歩いていたら、一緒に歩いていたK氏に
「イズミちゃん。ファービイ、皆にガン見されてるよ」
と言われ、確かにシーロム界隈の屋台の売人からすれば
「あれが例のファービイか!」てなもので、皆
「興味津々」のようだった。
「それなら」と思って試しにタニヤを歩いてみたら、
何故だかほとんど無反応で、聞いてみるとカラオケ嬢は
「持ってる」と、冷たいものだった。

で、先日。

例のごとく某
「〇〇〇」にわざわざ持って行ったら、やはり
「ファービイぢゃん!」と、廻りはすぐに反応。
プレゼントした本人も確かに喜んでいたが、早速値段を聞き
「そんな高いものくれなくても......」と遠慮がちだった。
実際、彼女よりも、いつも
「Facebook」やりっ放しのFン嬢の方がより
喜んだろうと想像される。

まあ、どちらにせよ、例え数ヶ月後には
「ただの置物」になろうと、
「今、それが持つ価値」というのは確かにある。

ミーハーなタイ人にとっては尚更であり、
「ファービイ」を持って歩いた数日間で
「ハッキリ」と感じたのであった。


さて、明日から三日間
「パタヤミュージックフェスティヴァル」が開催される。

去年はわざわざこれ目当てにパタヤに来ていたが、
現金なもので、住んでいるとさほどの価値を感じない。
実際問題アーティストの面子もあまり代わり映えせず
目新しさもさほどないし、正直なところ
「タイポップ」に以前ほどの興味を持てない件もある。

ただ、ライヴというのはやはり良いものだし、
せっかくなのでできる限り見に行こうと思っているが。

前回は、二日目に止まっていたゲストハウスの受付嬢
Gムをペイバーして一緒に会場をグルグル廻ったっけ。
あれはあれで結構楽しかったなあ......。

彼女も今ではすっかり劣化して見る影もない
(ふた廻り程太った)が、パタヤに来るのが
楽しくて仕方ない時期の終わりの、
象徴的イヴェントだった。


住み始めて間もなく一年。

あの頃と気持ちは多少違うけれど、
たまにバンコクに行ったりしつつ、
いろんな意味で、パタヤの価値を
あらためて感じる

今日此の頃なのだ。

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2013年3月 5日 (火)

一歩一歩進んで行くその先には

「ごはん食べた?」


午後五時半。珍しく
出勤前に誘ってくるA嬢。

不審に思いつついつもの場所で待っていると、
遅刻もせずやって来て(55嬢にしてはマトモ)
バッグからおもむろにドラえもんの財布を取り出し
千バーツ紙幣を渡される。

「あれ、給料日明日ぢゃないの?」
「まあいろいろあってね。フフフ」

何があろうとお金が返ってくれば問題はない。

「よしよし。ぢゃあ、次回は
二千バーツまで貸してやろう」
「ホント?ありがとう」

どうやら機嫌の良い彼女は饒舌だったが、内容は主に
友達とのお金の貸し借りや、いい加減な性格について。
あとは、カレシができるとそっちばかりという
例のアレだ。

そのまま出勤して仕事するのだろう、と、
勝手に思っていたら何のことはない、結局
「ペイバーしてね!」と同伴させられ700THB払った。

「どこかへ行く?」と振られたが、元々
遊びに行きたがるコではないので
「アナタシダイ」(最近流行り)と言うと、
「そんなこと言ったら帰るの分かってるでしょ」となり、
いつものようにバイタクに乗せて家に帰す。

実際問題、ごはん食べて二時間も一緒に居れば
話すこともなくなり、間が保たない。もちろん
ニッポン女子とならばいつまでだって話せるが、
政治社会芸能教養の話を
タイガールとすることはあまりないし(だから、
タイガールと同棲しているニッポン男子なんて、
本当にスゴイと思う)。

確かに可愛らしいし妹(娘?)みたいに思えて
「何かしてあげたい」という感覚は一応あるが、
だからといってこんなことでは、正直
「いったい何をやっているのだ」とも思う。本人にも
「ピーノーンガン(兄妹同士)」と説明して手も出さず
そーいった関係を望んできたクセに、
「こなれて」くるにつれ微妙な気持ちにもなるわけで。


ただ、期限までに借金を返済したのは
とりあえず合格だ。

確実に
「一歩」進んだ気がする。

「費用対効果」は相当低いけど、まあ
もうしばらくはこのまま行ってみるか。

「色恋」に掛けられている感じはないが、
どちらにしろオレのような輩が
「プロ」のタイガールの心を掴むのに
多少の投資が必要なのは分かっている。

まあ、きっとそのうち
「なるようになる」だろう。


この関係がいったいいつまで続くのか。

自分でもかなり

興味があるのだ。

|

2013年3月 4日 (月)

物価上昇をきっかけにタイの将来を憂う

「私、来週ウボンに帰るんだ」


某「esso裏」のJ嬢に言われ、軽く
ショックを受ける。

「一時的帰省ではない」とのことで、半年強の間に
そこそこ稼いだからしばらくはだいじょーぶだろう、
という話だと思われるが、まあ、実際
子供がいない場合の出稼ぎならば
そんなものなのかもしれない。
友達のFン嬢はまだ居るらしく、金額も目的も
人それぞれだしね。

先日も
「昨日は十人を相手にしてクタクタだった。もう限界」
などと漏らしていた通り、特に若い女子達にとって
肉体的にも精神的にも相当しんどい仕事である件は
間違いあるまい。そしてそれは、仮に
客が少なくても同じことであろうと想像がつくし、
「一刻も早く辞めたい」気持ちだってよ~く分かる。

ようやくこなれてきたところだったのにな。
残念だが、まあ、仕方あるまい。

お金が尽きればまた戻って来る
「パターン」もよくあるので、それまで待つか。


さて、三月に入りあちこちで起こっている
「現象」がある。

「値上げ」だ。

普段、飲食関係のサーヴィス以外ほとんど使わないから
詳しいことはよく分からぬが、少なくとも、某
「マクドナルド」が各商品につき数バーツ、某
「au bon pain cafe」のコーヒーが5THB、そして某55
「◯◯◯」のドラフトビールが6THB。
「ペイバー」料金に至っては100THB上がってしまった。

いやいやいやいや。
コレは実際結構痛いわけで。

某「マック」の場合価格改定などしょっちゅうであるが、
他に関してはそーでもなく、例えば55バーでも、確かに
女子に払うチップ相場の額は上昇傾向にあったけど、
ドリンクやペイバーなどの基本料金まで上げられるのは、
正直かなり抵抗があるなあ。

「お抱え55嬢」が居る今は、特にね。

この状況だと、もう十数年来上がっていない
「タクシイの初乗り」料金35THBのアップも、いよいよ
「禁断」とは言えないのかもしれない。

まあ、タイの経済発展の流れを考えればある程度は
「仕方のない」部分もあるとは言え、現実問題
海外から移住してきている立場からすると、
「コストパフォーマンス」の計算を、そろそろ
「キッチリ」やり直さねばならない時期にきている。

ニッポン人からすれば、為替の件も含め
「なんでもかんでも安くてお値打ち」などと
余裕で言える状態ではとてもない。

「タイ永住希望」がかなり本気なオレは、まだ
他の国への移動を具体的に検討してはいないが、
ラオスカンボジアインドネシアマレーシアなど、
周辺諸国へ移るケースは増えるだろうし、知識として
「リスクヘッジ」は常に頭に入れて置きたいところだ。

ただ、個人的に気になるのは、この国の経済発展が
「実質的中身」をしっかりと伴ったものかどうかについて
考えた時、ヒジョーに不安になる件である。

中国のように、安い人権費と地の利から
諸外国の生産拠点として工場などを誘致し
発展してきたのは良いとして、いったいそれが
いつまで続くのか。車その他の工業製品はある程度
安定しているとして、それ以外も含め果たしてこの先
伸び続けられるかどうかは疑問だ。

では、他にどんな要素があるか。

タイの主要産業とはいったい何なのだ。

農業国としては確かに素晴らしいかもしれない。しかし、
昨年来のコメ輸出の問題もそうだが、野菜、フルーツ等
農産物全般において、品質、価格で
「他国に確実に勝てる」ものがどれほどあるか。

パパイヤ?マンゴー?バナナ?パイナップル?
普段スーパーで買い物をしつつ実際に食べていて
「コレ」といったものが正直思い当たらない。
フルーツなどは安いがそこまでおいしくもないし、
国産野菜なんてけっこういい値段がついているし。

「コメ」は確かに安いけど、あんな
「パサパサ」のマズい米よりも、もっと
「ジャポニカ米」を積極的に作ればいいのに、と思う。
そうなった場合、仮に、将来
TPPで除外されないことにでもなれば、おそらく
価格、品質でニッポン産に負けはしないのでは
(土壌の関係からか「コシヒカリ」はできないらしいが、
現状の「ササニシキ」「秋田小町」でも充分にウマい)。

とにかく、いつも思うのは、タイって
「オリジナリティー」がないってこと。

発展途上国がそうなるのは仕方ないとしても基本
「コピイ」ばかりで、例えば
「絵」にしても模写技術はスゴいのに、本当の
「アーティスト」が育たないとか、あとは
ミュージシャンなんかも、もう少し頑張ればいけそうな
「雰囲気」はあるけど、ニッポン人からすれば
「昔のニッポン」(フォーク、ポップス、演歌)に
似ている感じはどーしても拭えない。まだ
「ルークトゥン」「モーラム」の方が可能性はあるかも。

中国のようにコピイならコピイと割り切って、
「車」「家電」などのメーカーがどんどんできて
国内で商品が流通するわけでもないし、とにかく
「自分たちで何か作ろう」という意識に欠けるというか。

ちなみに、今使っているDVDプレイヤーは、某
「ACONATIC」というタイのメーカー製だが、
他の家電にまではなかなか手が廻らないようだ
(最近ではTVも作っているみたいだが)。

中国だってマレーシアだってインドだって、ちゃんと
車のメーカーがあって、おそらく国内では
そこそこ売れているはず。タイにこれだけ
車(完成品)や部品の工場があれば、そろそろ
「作れるのではないか」と思うが、中国のように
「技術流出」(盗む)がないのだろう。
あと、デザイナーも居なさそうだしね。

農作物にしたって、例えば
「品種改良」でもっともっとウマくて安いもの作るとか、
そーいう発想がなければ発展もしないはずで、どうやら
その辺りをサボっているのでは、と、ついつい
勘ぐってしまう。

来週、ニッポンから知人の
「インテリアデザイナー」がチームでやって来るが、
彼らに紹介するタイオリジナルのプロダクト商品など、
まったく思い付かない。例えば
エスニックブームだった頃のインドネシアの
バリ島の家具や雑貨などに該当するような、
具体的なものがなくて困っている。

ファブリックならなんとなくイメージが湧くけど、今更
「ジムトンプソン」に連れて行ったところでねえ。

話を戻すと、とにかくタイの経済発展の
「実態」が今ひとつよく分からないのだ。

このまま、賃金や物価や土地が上がっていったとして、
中国の二の舞になるまいか。

ひとつ言えるのは、おそらく今後の絵として
「先進国並みに」という発想がそもそもないのでは。
理由はよく分からぬが、
「南国気質」と言うか、よーするに、明日のことは
「なるようになる」的なふわ〜とした感覚が常にあって、
「生き馬の目を抜く」ような中国人とは感覚が違うのか。
中華系タイ人は多くビジネスの中心を担っているようだが、
彼らのアイデンティティーはすでにタイ人なのだろうしね。

同じ南国でも、せめて
シンガポール、マレーシア程度までは行って欲しいが、
難しいかもしれないなあ。

ま、経済の知識もないオレが
いくら考えても答えは出ないが、このままでは
すぐに頭打ちのような気がして、何とな~く
「不安」なことは間違いない。


いずれにせよ少なくとも今後しばらくの間、
お金の使い方には充分注意せねばなるまい。

置屋嬢の帰省なんて

どーでもいい話なのだ。

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