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2013年4月28日 (日)

「バンコクアレルギイ」に悩まされる

「どーしたらこーなるの?」


国道七号線、通称
「モーターウェイ」をパタヤに向かって走行中
前方でハザードが点滅していて、ひょっとして
「渋滞かな?」とか思ったら、走行車線で車が
見事にひっくり返っていた。と言っても、
運転席を下にして九十度の角度であり、屋根が
こちらを向いているという珍しい状況。プロの
スタントマンでも難しそうな技なのだ。

事故ったばかりの様子だったからまだ
渋滞していなかったし、夜の十一時半だから
さほどではなかろうが、これが昼間だったら
とんでもない渋滞になっているはず。

タイ人の運転はメチャクチャだし、
高速道路では飛ばしまくるし、まあ
よくあることだが。


車の定期点検のついでに、帰国に向けて
ウィークエンドマーケットで、何か
ニッポンで売れそうな雑貨でも探そうと、わざわざ
土曜日にバンコクに行って来たけれど、結果
目新しいモノなど皆無であり、自分の買い物
(帽子三つ)だけで終わった。

当初は、夜少し遊んでから、某
「ラーンドン」がリスタートしているかを
確認して一泊した後、帰りに某
「IKEA」に寄るつもりだったが、面倒になって、
夜には戻って来てしまった。

「鬼渋滞」はもちろん相変わらずであり、
どこに行っても人、人、人、のバンコクになど
「一刻も居たくない」という
「アレルギイ」はヒドくなるばかり。

しかし一方で、昨日もTちゃんとの
ミーティングでいろいろ話したけど、
「タイで何か始める」とするならば、当然
「まずはバンコクから」となるわけで、
「妄想」だけは膨らむものの、
「現実」の話になると、正直
「モチベーション」がかなり心配だ。

「今更バンコクに住めるだろうか」

ラクな方へ、ラクな方へ進もうとするオレの
基本的性質から考えても、これから先
「何かができる」とはとても思えない。

夢と希望を持って
この国にやって来たばかりの頃ならば
よかったかもしれぬが、その時はまだ
「時期尚早」であり、いよいよ
「機が熟し」てきたというタイミングでは、また
「別の問題」が発生するのだから、まったく
困ったものである。

結局、ビジネスよりも、やはり
「リタイア」するのに適した場所だということか。

まあ、理想を言えばね。

ただ、実際問題
「タイに住むことを活かした仕事」
を考えると、これからは
「タイのモノをニッポンで売る」よりは
「ニッポンのモノをタイで売る」べきであり、
「広く売る」ならばバンコクはハズせない。

パタヤなどの田舎で
「ふらふら」しながら、なんて
実際には無理なのだ。


いや。きっと何か
良い方法があるはず。

それを、ひたすら
考えるしかないのだ。

|

2013年4月24日 (水)

「金の切れ目が縁の切れ目」であり、且つ「タダより高いものはない」という事実(*ネタバレあり)

前回の続きである。


昨日の話に絡むもう一つの
「テーマ」は、55嬢の、
「お客やお金に対する考え方」がいかに
「単純」及び「短絡的」であるかという件。

今更敢えて持ち出すまでもないような気もするが、
そんな中でも、オレのような
「純真人間」にとってみれば、数少ない
「例外」について探ってみたくもなるというもの。

ほんの数日前、
「不良債権」と化してしまった
「お抱え55嬢」に対する
「損切り」を断行した際に、そのあまりにも
「冷徹」な態度に少なからずショックを受け、
「金の切れ目が......」という例の決まり文句を
頭に浮かべつつ、心では泣いていたオレ。

「ガキ」ではないのだからもちろん
「理解」はしているけれど、では
「納得」したか、と問われれば実は
そーでもないわけで。

過去の経験上、こーいう時はこーいう時なりの
「精神的ケア」が必要なのはよく分かっている。

では、いったいどーする。

そこで思い浮かんだのが、
Gイ嬢だった。

彼女を通して、
A嬢の心理面に少しばかり
「プレッシャー」をかけてみてはどうか。と、
「悪戯心」が頭をもたげたというわけだ。

題して、
「欲望とは素直なものなんだよ作戦」。


実は、A嬢がオレと寝ることに対して示した
「拒絶反応」がどーにもいたたまれなかった。

「彼女との想い出は美しいまま」
などというのはあくまでも
「キレイごと」でしかなく、実際は
「こんな輩と寝ても楽しかろうはずもない」
というのが本音だった。

正直に打ち明けてしまえば、
「ヤる気満々」で出掛けたものの、結果、
心を打ち砕かれて帰路についたのである。

勝手に兄妹関係を築いた上で
勝手に傷ついたのはオレの方。

百戦錬磨の師匠ならばおそらく、
相手の反応を見るようなそんな
「回りくどい」ことなど一切せず、
貸し付け金額を回収する分だけ
「キッチリ」ヤッて
「はい、おしまい」であろうし、それこそが
55嬢を相手にする場合本来の正しい姿だろう。

しかし、相当なワガママである上
精神的に弱く発想がオトナ気ないオレ。

指示通りうまく立ち回れなかったのは
「修行」不足のせいだけではあるまい。

「同僚同士」(元ではあるが)を絡める件も
「禁じ手」であることなど重々承知の上。

書いているうちに自分で情けなくなってくるが、
起こしてしまった行動はもう元に戻せない。


A嬢と仲良くなって以来ずっと電話に出なかった
Gイ嬢に連絡し、しばらくニッポンに戻る旨を告げて
「その前にごはんでもどう?」と誘う。

聞くところによると一時は失恋したカレシも、無事に
田舎から戻って来て復縁後現在同棲中とのこと。

彼女の都合で時間は遅れたが、昨日
久しぶりに会い話したところ、店を辞めてから
三ヶ月以上働いていないらしい。

「そろそろ働くから今から付き合って」と、某
「〇〇〇」に復職するつもりらしかったが、
「Aとは会いたくないからムリ」と断ると
「何かあったの?」としつこく聞かれる。

もちろん詳しくは触れず、
「ニッポンに戻って恋しくならないよう
会うのはもうやめた」的な説明をした上で
「お前は〇〇〇よりも△△△△の方が稼げるぞ」と、
系列店で働くことを勧めた。実際問題、
嬢のレヴェルが高く競争の激しい店より、ここ最近
落ち気味の店の方が稼げるのではなかろうか
(それでも相変わらず客はかなり入っている)。

「ぢゃあ、今から行くか」と
レストランを出たのが一時半。某
「△△△△」にはTVモニターがないので、
「チャンピオンズリーグ準決勝ファーストレグ」は
仕方なく諦めることに。

一時間ほど店で見学し、友達に
「リサーチ」した上で、結局、
明日から働くことになった。

ディスコに行くにも遅いので、
部屋に連れて帰り一緒に寝る。

前戯はもちろん
「バルサVSバイヤン」戦後半(@ドイツ)だが、
密かに恐れていた通り大量失点の末、愛する
「バルサ」が負れる結果に。

う~む。ひょっとしすると
この試合を生で見ることを
「潜在意識」下で恐れた結果、無意識のうちに
「記憶から遠ざけた」のかもしれないな。

というのが、
「老い」「気合い不足」に続く、第三の
「直前記憶欠落」事由という勝手な想像である。


さて、現在休養中とは言え、
55嬢と事前の値交渉なしに寝た場合、無論、
こちらの判断で料金を渡すことになるわけで。

それをしなければただの客ではなく
「特別な関係」と認めることとなり、
巧妙に仕組まれた彼女らの
「色恋」仕掛けにまんまとハマるのは、
過去に何度も経験済みの、ヒジョーに
「しょっぱい」話である。

文字通り
「タダより高いものはない」ことなど
百も承知であるが故、経済状況から鑑みて
「千バーツ紙幣」を一枚、某
「三菱東京UFJBK」の封筒に入れて渡す。

現時点では、
「一発千バーツ」が相場であり、
在住歴のそこそこある男子なら、おそらく
「適正価格」と言えるのではなかろうか。

容姿年齢なども当然絡むが、それ以上渡すのは
「サーヴィスに対するチップ」と考えるべきと
個人的には思うのだが、如何か。

申し訳ないが、ごくフツーのサーヴィスの
二十六才二人の子持ち嬢に追加でチップを
渡せるほど裕福な生活はしていないのでね。

とにかく、これにて
「売春婦VS客」という図式が成立したわけであり、
「ゲイバー」で働くカレシから刺される理由もない。

勝敗の結果は別として。


ま、実際
「作戦」という程大した話ではないが、今後
このことがA嬢にどう伝わるか、という件だ。

亡くなったMト嬢と結託してGイ嬢のことを
「アイツは嘘つきだからね」と言っていたけど、
「どっちもどっち」というのが見解であり、
日頃から師匠がおっしゃる通り、
「風俗嬢なんて全員ウソ吐きです」と思っておいて
ほぼ間違いはあるまい。

「自己防衛」の意味も含めてその方が良いのだ。

ただ、そんな中で
「コイツはひょっとして、
金だけが目当てぢゃないのでは」という、特に
オレのようなおっさんにとっては夢のような
「儚い」ものを、いくつになっても
どーしても追いかけてしまうのが
「人情」というもの。

そんな彼女らから、逆に
「金」を引っ張り出すホストは、ある意味
「尊敬」に値する。

いくら修行したところで、オレにはそんな
「離れ業」などできっこない。

ただ、Gイ嬢が客としてオレのことを
「嫌いぢゃない」のは昨日よく分かったし、
何もしていないにもかかわらず、
「ホンダは私のギック」と、某
「〇〇〇」で廻りに触れ回っていたのも、
「必死さ」が滲み出ていて好感が持てるではないか。

だからと言って、本当に彼女を
「世話する」など到底無理だし、
「色恋」に掛けられるのだって、いい加減
「卒業」しなくては。


まだ決まったわけではないが、
セカンドレグでひっくり返すのは無理だろう。

いい年をして、いつまでも
「アホ」なことばかりやっている
「罰」が当たったのかもしれない。

って、
バルサにはまったく

関係ないではないか。

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直前記憶の欠落現象とタイ王国との関係について

「げっ!しまった。すっかり忘れてた」


結果があまりにも悲惨だった為、今となっては
「ひょっとして潜在的に避けたのか」といった、
人間の脳が持つ機能における
「新たな説」も浮上したわけだが、基本的には
ちょっとしたことに端を発する
「直前記憶の欠落」という症状が、おそらくは
「老齢によるもの」だろうと思っていたのに、
「いや。実はこれ
<タイ人化>現象のひとつなのかも」と、その
可能性に思い当たったのである。

これを書いているタイミングと文脈から果たして
「いったい何のことか」が分かったとすれば相当な
「切れ者」に違いないが、もし仮に
(オレのことを最も良く知るであろう)オレ自身が
「読者」の立場だったとしても、おそらく
「サッパリ」分かるまい。

「キイワード」は「サッカー」と
「飲食店店員」だ。


深夜一時十五分。

A嬢と一緒によく行っていたレストラン、某
「プン何とか」(後半がどーしても覚えらない)の
TVモニターに、某
バイエルンミュンヘンの連中が映し出された瞬間、
大事な大事なサッカーの試合を生で見る、という
「ヒジョーに重要な案件」をすっ飛ばしていたのを
突然思い出したのだ。

つい先程までは当然のごとく
「最優先課題」だったのに、電話にて
Gイ嬢と話すうち、その記憶はいつの間にか
「何か」と入れ替わって居場所を失ってしまった。

これは例えば、コンビニにある物を買いに行き、
本棚に並んだ雑誌を何気なく手に取って
「パラパラ」と捲ったことにより、いざ
「本来の目的」である買い物に行動を移したところ
「あれ?オレってなに買いに来たんだっけ?」となる
「現象」と似ており、何年も前から実際、
こーいうことがままある。

「オレも惚けたものだなあ」。

そんな時は思ったものだ。

「家のTVで観るか、もしくは観客の多いバービアか」
(ドイツ人が「ギャフン」と言うところを見たい)と
考えていたにも関わらず、たかが(失礼!)55嬢と
ごはんを食べに行く時間がズレてしまったのを、
掛かってきた電話にて認知するまでの間に
忘れてしまった。

通常ならば電話を切った途端
「あ。そー言えばサッカー見なきゃ!」と
思い出すところだが、今日に限っては
約二時間後、試合開始の三十分前まで
すっかり抜けていた記憶。

話の流れ上、その時点ですでに
「優先事項」は入れ替わっており、次の目的地某
「〇〇〇〇」(という名の55バー)に向かうため
店員に会計の旨を告げる。

ところが、忙し気に動く彼らの様子を見て
「そー言えばこの<現象>って、タイ人が
ひとつのことしかできないのに似ているな」と
「ふ」と気付く。つまり、例えば
一生懸命何かを運んでいる店員に
「チェックして!」と声を掛けたところで、
皿をテーブルに置いた途端にそんなことなど
「記憶から吹き飛」んでしまい、いつまで経っても誰も
「お会計になどやって来ない」という、この国では
頻繁に起こる有名な話の件だ。

一方、ニッポン人の間では
「タイに長く住んでいるうち、彼らの
<ユルさ>が伝染してこっちまでユルくなる」件は、
「タイ人化」などと、まことしやかに呼ばれている。

もうお分かりだろう。

よーするに、
「直前記憶の欠落」とは、年齢を経ることによる
「惚け」要素の他、前述のような
「気合い不足」(?)といった要件でも
「起こりうる」ものなのかもしれないと、
思い当たったわけである。


もうひとつの、
「潜在的に避ける」云々の話はまた別であり、
説明すると長くなりそうなので、それについては某
55嬢とごはんを食べた理由を含め、
後篇で解説することとしよう。

「脳の機能」については
以前からいささか興味があり、日頃から
「不思議だな」と感じるシーンが確実にある。例えば
薬物摂取による幻覚だとか某
「バイアグラ」の効能だとか。

脳の命令が刺激となり
それに反応する各器官。

記憶というもの。


謎だらけである。

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2013年4月23日 (火)

「55嬢との別れ」をも凌ぐ、今年最も残念な出来事

「実はね、旦那。月末でクローズして、
半年掛けてメンテナンスするんですよ」
「えー!マヂで?」


日々暮らしていれば、
「残念な出来事」は常に起こりうるわけだが、
ここ最近、いや少なくとも今年に入ってから最も
「残念」でならない事実が発覚してしまった。

友達の来タイをきっかけにゴルフを再開し、
やっと発見したばかりの、貧乏なオレには
「ピッタリ」の素晴らしいゴルフ場、あの、某
「チョンブリーセンチュリイゴルフクラブ」が、
本格的にコースのメンテナンスを行うというのだ。

「このままが良いのに!」と願う理由は、確実に
料金がアップするからである。

知人の事故死、そしてその流れでの
「お抱え55嬢」との別れ、などいくつかの
「残念」を超えるくらい、生活に直接響く
「インパクト」は強い。

そもそも、どう考えたって
「グリーンフィー200THB
キャディーフィー250THB計450THB」など
まったくもって安過ぎるし、維持できる
「カラクリ」など知る限りではないにせよ、
トイレ併設のボロボロロッカー&シャワールームや、
英国人ニックファルド氏設計の、まるで
「リンクス」(自然のまま)のようなコース
(*芝生の状態が悪い件に対する皮肉)も、
「屋根付き」どころか駐車場自体がない件も、
「価格設定」をおもんぱかれば、むしろ
「愛すべき」ことに感じられるほどだったのに。

ま、さすがにオーナーが
「このままではムリ」と奮起したのだろうが、
コースや施設がキレイになって料金が上がるより、
もうしばらくあのままで辛抱して欲しかったのが、
正直な感想だ。もちろん、
良くなるのは悪くないが、それも金額次第。

もし仮に、オーナー自体が代わってしまったなら、
「大幅アップ」も考えられる。

とにかく今は、半年後に出る
答えを待つしかあるまい。


それにしても、一応ちゃんとした
ゴルフ場のプレイ代がキャディーの
チップ(相場の200)を含めて全部で
650THBとはメチャメチャ安いよね。
今のレートでも二千円強。少し前なら
千七百円だったのだから。

おそらく国内最安。いや、ひょっとしたら
「世界で最も安い」ゴルフ場かもしれない。

コースレイアウトだって悪くなく、しかも、
キャディーはマンツーマンなのに。

そう。
前回も男子のキャディーだったが、今日も
五十七才のヴェテランのおっさんであり、
ボールの行方を決して逃すことなく、
グリーンの傾斜を完璧に知り尽くす彼から、
最終ホールのティーグランドで
「旦那、もう一周しましょーぜ」と誘われれば
「うむ。では行きますか」と即答するしかない。

一日二ラウンドなど、バブル時代に
ハワイオーストラリア等
「リゾート」で廻った時以来であり、もちろん
「カート」ならば楽勝だが、歩いてとなると
結構キツいのではあるまいか。何しろ
運動不足加減はハンパぢゃないからね。

案の定、最後の三、四ホールはもう
「ヘロヘロ」状態だった。しかし、一人で
「サクサク」やっているとプレイ時間は早く、
前の組も抜かさせてくれるので、結果
午前中に終了。二ラウンドを
五時間半で廻ったことになる。

帰り道の運転中、
クラッチを踏む左足のふくらはぎに
心地良い疲れを感じた程度で、
「よし。来週も二ラウンドだな」と
心に決めたのだった(最後だからね)。

それでもプレイ代は
千三百バーツ(単純に倍)。

ただ、スコアがヒドい。

あまりにも安いので、毎回
練習のつもりでラウンドしていて、
ちっとも上達しないのだ。

せっかくなので練習場にも通って、
八十代を目指さねば。

そーすればきっともっと
楽しくなるだろう。


それにしても、来週以降は
どこへ行こうかな。

もしくは、
コースメンテナンスの

アルバイトでもするか
(日給三百バーツ*最低賃金)。

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2013年4月22日 (月)

一ヶ月で四十二万人という数字に驚く

調子に乗って昨日もC嬢を訪ね、前日と
ほぼ同じパターンで一緒に遊んでしまった。

韓国人満載ディスコ、某
「ハリウッド」で千七百バーツも使うという
「豪遊」っぷりであり、たった二日でかなりの
「散財」だ。

「ジョニ赤」(通常サイズ)を二人で半分飲んだが、
彼女は酒が強くテンションのアガり方も控え目な為
「ノリノリ」なのはオレだけだった。ま、基本的に
大勢で行った方が楽しいハコなのだけどね。

ひさしぶりに
「キッチリ」遊んでみて、あらためて感じたのは
「ヒップホップ」という音楽がどうにも
「体に馴染まぬ」件。ただ聞くだけならまだしも
「踊る」というシチュエーションにおいて、あの
「ゆったり」リズムに、いったいどうやって
体の動きを合わせれば良いのか分からず、
ヒジョーに不自然な感じになってしまう。

独特のファッションもさほど悪くないとは思うが、
自分にはまったく似合わないし。

好みを言えばハードハウス、テクノで、系統はやはり
「ラテン」かな。ドーピング状況によっては
トランスももちろんオッケーで、その場合
「ロック」系(ギターのサンプリング)でも、かなり
「アガる」ことが可能だ。と言っても、そんな
「ジャンル」の曲が掛かるディスコなど、残念ながら
パタヤには皆無なのだが......。

とにかく、間違いなく言えるのは
「夜遊び」すればある程度お金は使うし、
「遊び方」さえミスらなければ、それが
「楽しい」のは万国共通ということだね。


さて、先程ニッポンの友達Kちゃんから連絡があり、
「イズミさーん。タイ行きチケット取りました!」
とのこと。

GW後半の五月四日から五日間らしく、二日程
師匠と日程がカブるが、まあ、問題はあるまい。

前回、某
「〇〇〇」でバッタリ会って以来、数日間
パタヤを一通り案内したところ、どうやら
すっかり気に入ってしまったらしく、今回も
「パタヤ直行直帰で!」とハリキっていて、
「(彼の大好きなバンコクの援助交際カフェ)
テーメーも覗いた方がいいんぢゃないの?」と振っても
「いやいやパタヤが楽しいです♪」と聞かない。

年に数回は多少まとまった休みが取れるらしく、
「タイラヴ♪」歴の長い彼の場合、やはり
「訪タイ一択」なのだろうか。しかし、昨今の
「円安」は旅行者にとって厳しいに違いないから
「よほど好きなのだろうな」と思う。

実は、その昔約束したように
「もしこっちでビジネスやることになったら、
Kちゃんを呼んで手伝ってもらうから」という件が
現実になればよいのだが、果たしてどーだろう。


今日読んだ、某ビジネス系フリイペーパーに
二月の旅行者のデータが載っていて、それによると
「ニッポンを訪れた外国人は前年同月比
33.1%増の72万9500人、内訳は一位から
韓国台湾中国香港米国豪州に続きタイ人は七位で
1万9900人」(*日本政府観光局JNTO)
「タイを訪れた外国人は前年同月比
25.6%増の232万8000人、内訳は一位から
中国(41.7万人)マレーシア(24)ロシア(19.3)
ニッポン(13.7)韓国(11.5)」(*タイ観光スポーツ省)
らしいが、まず驚いたのは
「来タイチャイニーズ」の異常な多さである。

「旧正月」とは言え、いくら何でも
スゴ過ぎはしないか。だって、実際
全訪日人数の半分以上だからね。

ニッポンに訪れた8万900人の四倍越えとは、
「反日ムード」の影響が如実に出ている。

41万7000人のうち、パタヤにいったい
どれだけ来たのか知らぬが、現実問題、
街全体が中国人で溢れ返って
「恐ろしいこと」になっていた件は間違いない。

あとは、ニッポンへの観光客
(だけではなかろうが)は
「案外少ないものだな」と。
タイの三分の一以下か。まあ、実際
「魅力」もそんなものだからね。

そして、そんな中来日タイ人が
七位というのもスゴい気がする。中流以上の
「小金持ち」が増えたのだろうね、おそらく。

もうひとつ感じたのは、
来タイニッポン人が増えている(17.2%増)
ことについてちょっと意外だった。
もっと減っていると思ったわけだが、まだ
「円安」がそこまで進行していなかったとは言え
「増えている」とはね。

ま、これからはもっと減るだろう。
いや、Kちゃんみたいな
「ファン」もいるから、
「為替レート」なんて、さほど
関係ないのかも。

いずれにせよ、こういった
「データ」というものはヒジョーに興味深く、
日常生活と照らし合わせて
「あーでもないこーでもない」と、いろいろ
考えを巡らせるのはなかなか楽しいものである。

そして、五月にタイを訪れるであろう
十数万人のニッポン人のうち、三人は
オレの友達であり、ニッポンを訪れる
数十万人の外国人のうち一人はオレだ。

いや、違うわ。


そーいえば、一応

ニッポン人だった。

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2013年4月21日 (日)

経済的理由により兄妹関係解消の巻 

ついにこの日が来たか......。


彼女と知り合って約四ヶ月。今までとは少し
異なるパターンで接してみたものの、やはり
長続きしないことに変わりはなかったようだ。

「無担保」の融資がついに一万バーツを超え、
返済能力を推し量った末
「これ以上の追加はムリ」という結論。当然、
一緒に居れば甘えられるのは必至であり、
こうなればもう、身を引くしかない状況。

残念だが仕方あるまい。

債権回収の為、通常ならばいわゆる
「体で払って下さい」的な話になるわけだが、
「う~む。どーしたものか」と、正直悩んだ。

当初から、お互いに
「兄妹関係の方がいいよな」(長続きするはず)と、
「考え」が一致していた以上、今更急に
「兄妹はやめだ。ヤらせろ!」と迫るのも
いかがなものかと......。

「売春婦と客」という単純な
「カタチ」ではなく、精神的繋がりに
「情緒的」何かを求めてきた結果、彼女とはずっと
「寝ない」まま今まできたし、そこが今回の
「こだわり」でもあった。もちろん、
二人がやっているのはただの
「色恋」である件は充分承知の上で。

昨日最後に会い、彼女の反応を見つつ
「兄貴として、経済的にこれ以上お前の
面倒は看られない。残念だがお別れだ」と、
結局何もせずサヨナラした。
「お金はちゃんと返すから」と言われ、一応
口座番号は教えたが、返ってはこないだろう。

彼女はいいコだし、少なくともオレの中では
「可愛い妹」のように思えた時間もあった。

まったくもって
「ユル~い」話だけど、今回はこれで
「手仕舞い」にしよう。

「55嬢ごときにそんな真剣にならずとも」と
笑われそうだが、
「たかが55嬢、されど......」なのである。


「傷心」など一刻も早く忘れるに限る。というわけで、
長い長~いソンクラーンが終わったパタヤの繁華街へ。
「ソイLK」と呼ばれる、個人的には未開拓の
「55ゾーン」にチャレンジしてみることに。

「ウォーキングストリート」とは少し離れた場所にあり、
それでも十軒ほどの55とバービアが何軒か並ぶ
直角に曲がった路地であり、どこもだいたい
「ドラフトビール60THB」のボードを持った
「呼び込み嬢」が居て、雰囲気はさほど変わらない。

「どんなことがあっても、今日は
ゼッタイに誰かと一緒に寝るのだ」
と心に誓う一方、
「初見」で入った店でお気に入りの
「55嬢」と出会える可能性など相当低いし、まして
「予算」的に厳しい件も重々承知の上、最終的には
「esso裏」に向かうであろうと予想していたのだが。

どちらにせよ多くを望むのは無理なので、今回は唯一
「胸が大きいコ」という条件に絞って
相手を探すことに決定(無論、ホンモノ限定!)。

案の定、嬢のレヴェルはかなり低く
ステージを見るよりもライヴで放送している
「アーセナル戦」の方に興味は集中。

土曜ではあるが、客の数も嬢の数も
「まあ、こんなものだろう」と納得しつつ
「フラッ」と入った四軒目。某
「〇〇〇〇〇」というベタな名の店、もちろん
「△△」とまではいかなくとも嬢の数と質が
見る限りではさほど悪くない。そして、
「垂れ具合」から想像するに、おそらくは
「ホンモノ」と思われる巨乳の持ち主数名を発見。

うち一人はブラのままだったが、まあ、
「とんでもない容貌」の他の二人に比べてかなり
「マシ」だったので席に呼んでみることに。

タイではブラのカップサイズがよく分からず
「28」「30」「32」「34」「36」「38」がだいたい
「A」「B」「C」「D」「E」「F」にそれぞれ
「該当」するものだという勝手な判断でいくと、
「34だけどキツい」と宣うC嬢はおそらく
「E寄りのD」といったところか。
二十一才ブリラム出身(またかよ!)らしく、
「お腹廻り」はたしかにかなり立派だが、身長
160cmとデカいせいか足や腕はさほどでもない。

踊る姿を見る限り好きそうではなかったけど、一応
「ディスコは好き?」と尋ねると「好き」とのこと。
「ホントかなあ」、つまり
「仕事したくないだけ」ではあるまいか、と、
「セクシイダンス」に期待はできないものの、まあ、
「パーッといきたい」気分だったし、せっかくなので
一緒に遊びに行くことに。

いつものごとく
「ペイバーしてディスコ行くだけで
エッチなしでもいい?」と聞くと、
「今、お金ないからチップ欲しいな」と言う。
ディスコ行って飲み代払って一緒に踊るだけで
チップ払うのイヤなので、一応確認。
「ぢゃあ、ショート込みでいくら?」
「う~ん。千バーツ」

おいおい、マヂかよ!

物価高の昨今、
千五百~二千五百がショートの相場と聞くが、
千ポッキリならばバービア価格ではないか!
「ソイLK」おそるべし。いや、ひょっとしたら
彼女がたまたまなのか。実際、
子供も居なくて週に二日程度
「お小遣い稼ぎ」に来ているような感じだしな。

某「ルシファー」某「インソムニア」と
ハシゴするも、予想通り
「セクシイ」どころかほぼ踊らないC嬢。
カクテルとテキーラ飲んでも酔わないし、その後
コーラでお茶を濁される始末。

土曜日の二時過ぎ。客はどちらも
「パンパン」であり、そーいう日
(女子を連れている)に限って、若くて可愛いコが
「チラホラ」。中でも、某
「インソムニア」のV.I.Pでは、明らかに
「逆ナン」狙いの嬢二人にピッタリマークされ、
「ノリの悪いそんなコやめてウチらと踊ろうよ!」
という視線(想像だが)で誘われる。

いつもならニッポン人なんて完全
「アウェイ」なのに、彼女らは珍しく
「アジア嗜好」であり、いかにも
「それ風」の出で立ちだったのだ。

後ろ髪(ないけど)引かれつつ
三時には店を出て、徒歩数分の
「ヤり部屋」で骨抜きにされた。

というわけで、
飲み代とホテル代(350THB)は使ったが、
総額三千バーツなら、まあ、安い遊びかな。

C嬢を母と同居の部屋まで送った後、某
「インソムニア」に戻って朝まで踊るほどの

「気力」は、さすがになかった。

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2013年4月19日 (金)

思春期の姪っ子に説明するべき、現在、自分が置かれている立場について

「いいよ!しばくしばく!!」


人妻からメールで返事が帰って来た。

いやいやいやいや。
「しばく」のはもちろん、娘ではなくて
「茶」である。


何を思ったか、今日突然、
パソコンの受信履歴を順に辿って、
ニッポン在住の友達五人に帰国を知らせたのだ。

最初はヤンチャな人妻。つい前日、
「別名保存シリイズ」に登場させたばかりの彼女から
「いきてる?」と確認されてしまった。
連続の二通目には
「姪っ子何年生? うちのお嬢は
中二だぴょーん」とあり、何故か
「ノリノリ」なのである。

それを見てオレは思わず首を捻る。

(あれ?Mホちんって今何年生だっけ)

たしか彼女の娘より何学年か下だったから、
小五くらいか。

ありゃま。
「思春期」真っ只中ではないか。

う~む。これはマズいぞ。
帰って彼女にいったい
何を話す?オレの立場を
どう説明すれば良いのだ??

次は、A子。

岐阜在住の彼女は、去年七月に戻った時
一緒にごはん食べた唯一の女子。
メールの返事によると、
息子が今年から幼稚園児らしい。

H美嬢は、ぶっちゃけた話昔の
「セフレ」であり、なんと彼女まさに
「本日入籍」したらしく、
「スゴいタイミング!」と驚いていた。
結婚式は〇〇〇だと?
なかなか素敵やんけ。

C香からの最後のメールは数年前の洪水の時で
「だいじょーぶ?生きてるよね??」というタイトル。
その少し前に、友達と一緒に旅行で
バンコクにやって来たのを何とな~く覚えている。
ちなみにまだ結婚していないらしい。

M子もやはり、洪水の時
心配して送って来たメールが最後。
「おそらくアドレスが変わっているだろう」という
予想通りすぐに、届かなかったという通知があった。

マイミクのTミックスにはメッセージを。
ひょっとして彼女、予定通り
「ワーホリ」で豪州に居るのか。
今のところ、消息不明である。

とりあえず、連絡できるのはここまでか。

おそらく帰国を知っているはずの
Rカ嬢からは未だ反応がないから、
こちらから何か言う必要はあるまい。
何しろ、オレに
「会いたい」という人ばかりでは、
決してはないはずだからな。

今、ヒジョーに微妙な立場なのだ。

Sバ君に会うのだって、
落ち着いてからの方が良いだろう。

そして人妻への返信は、
「夜はやめた方がよい」件くらい、
さすがに分かっている。


「オカルト」など信じない。

この世の中にあるのは
「現実」と「非現実」のみ。

その狭間に、もし仮に
「仮想現実」があるのだとすれば、
覗いてみたい気もするけど。

時計が止まった。

一つ目は
十四日の午後四時三十二分三十秒。
二つ目は
十八日の午前八時四十四分零五秒。

何年か前、同じタイミングで
電池を替えたから連続して止まったのだ。

もちろん、ただの
「寿命」に違いあるまい。

ただ、これが何かの
「終わりを告げる」のだとしたら。

それに乗っかるのも、
悪くはないかな、と。


決して偶然ではない

「現実」の話として。

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2013年4月 6日 (土)

適当な交換条件が思い浮かばなかったことに悔やみつつも

「来月ニッポンに帰ることになったんだ」


A嬢を病院に送る途中、神妙な顔で言うオレ。

ついさっき電話でチケットを予約したばかりの
「最新情報」だが、伝える相手は助手席に座る
彼女くらいしか居ないのである。

「ふ~ん。で、いつ戻ってくるの?」
「それがさ......。すまない。実はもう
戻って来られないんだ。向こうで問題があってね」
「......(絶句)。本当に?本当なの??」
「フフフフ。冗談冗談。二ヶ月で戻るよ」

一瞬真顔でガン見後、
「寸止め顔面パンチ」の仕草で怒られた。

ま、普段から言うことの三割くらいは
「ジョーク」だからね。

あの瞬間、彼女はいったい
何を思ったのだろうか。

「金ヅルが居なくなる。ピ~ンチ!」
「今のうちにできるだけ......」ってところかな。

でもね、現実ってのは
そーいうものなんだよ。

「一瞬先は闇」。

親友を失くした君のそばで、オレも
それを学んだのさ。


葬式から戻って、数日が経つ。

どう対処していいか分からず、
当たり障りのない電話でのやり取りの後、今朝、
足の怪我の診断書を取る為病院に連れて行った。
事故などで怪我をした時、場合によっては
「公傷」扱いで有休がもらえるらしいのである。

「55嬢をしている」と医者に伝えると、
「ああ、それなら五日は休んで下さい」
とのことだったが、まあ、妥当な線か。

「どーせなら十日くらいお願いすれば?」と言うオレに
「私を(おサボりさんの)Gイと一緒にしないでよ!
もう二週間も休んでいて、退屈過ぎて
仕事行きたくてしょーがないんだから」と彼女は反論。
「ま、そーだよな。友達(同僚)にも会いたいだろ?
皆、心配してだぞ」
「うん。ケータイ番号変えちゃったしね」

そう。実は、例の
Mトのギックから毎日のように電話があり、
あまりにうっとーしいからシム交換したらしい。

分かるよ。よ~く分かる。決して
悪いヤツではないんだけどねえ......。

それよりも今日はお金の件について話さねば。

「援助」するこっちの立場からも、この際
「ハッキリ」伝えておくことがあるのだ。

「あ~あ。今日給料日だけど、家賃が払えないな~」

フフフフ。来た来た。

「ふ~ん。いくらなの?」
「七千八百バーツ」
「高っ。今月も電気代二千越えかよ!」
「だって暑いんだもん」

ちなみにオレの部屋の電気使用料金は月々
だいたい二、三百バーツ(エアコン未使用)。
しかし、部屋に居る間エアコンつけっ放しでは
そのくらいの数字になってもおかしくはない。

(何故援助する側の部屋代の方が安いのだ!)と、
「プンプン」しながらも、今日は徹底的に
突っ込んだ話をするつもりであり、
病院のベンチで待たされる間に詳しく聞くと、
おおよそこんな感じだった。

・収入は二、三万バーツ程度(かなり波がある)。
・実家(母親)にはランダムにお金を送る。
・貯金はない(ATMで見た時、残高が本当になかった)。
・たまに元カレがお小遣いをくれるが小額(*結局、
Rトとは数年前に付き合っていたと発覚)。

隠し口座などがない限り、
ほぼ、事実に近いのでは。

だとしたら、ニッポンや韓国に
「お抱えスポンサー」が居ない限り
彼女らの暮らしは本当に大変だ。

まあ、一応乗りかかった船だし、
「ケチケチ」で冷たいオレなりに
「できる限り」のことはしようと、
覚悟は決めていた。

度々いただく師匠からの
「ご指導」を元にオレなりに考えた内容は
・時間があればペイバーして食事には付き合う。
・臨時に発生した出費で、仕方のない場合は援助する。
・それ以外は全て借金として加算。という、ごく
「シンプル」なもの。よーするに、
病気などで店に出られないようなケースの
「ペイバー」代金は自分で払え、ってこと。
代わりにオレが払いに行ってもいいけれど、
あくまでも貸すだけ。

ま、オレのできる限界はその程度。借金も、
踏み倒されればそれで仕方がない額までだ。

というわけで、今日は
「事故に関する費用はオレが出そう」と、
治療費の一千百六十バーツを払った後、借金として
家賃に該当する八千バーツを渡した。

貸したお金は計一万バーツ。支払いは、
売春代金発生時に約五割を渡してもらう。つまり、
ショート(相場2500)なら千バーツ、
ロング(4000)で二千バーツって感じ。

金利はなしだ。甘いかな。

師匠ならおそらく、この
「条件」を提示する時に
「交換で何かを要求すべき」とおしゃるだろう。
「恩」など感じない彼女らに、ちゃんと
「意識させる」必要があると。

しかし、結局何も浮かばなかったので、
「ほっぺにチュー」で済ませる情けないオレ。

すんません。師匠。


悩みに悩んだ末に購入した
29490THBのエアチケット。

復路は一応二ヶ月後で予約したが、
180日のオープンFIXなので、最大
半年間までニッポンに滞在できる。

急遽そんな気になったのは、例の
「アベノミクス」効果と、
Mトの事故死が主な原因だろうか。

A嬢に渡したお金とトータルで
四万バーツ近く使ったわけだが、
A.T.Mでは、一度に
二万バーツまでしかおろせず、
一回十五バーツかかる手数料を
二度も払うことにガックリする
(*バンコクでなら無料)。


いずれにせよ、間もなく
タイ在住五年目に突入するオレに、
転機が訪れたのは

間違いないだろう。

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2013年4月 4日 (木)

一週間前とはまったく異なる状況の中で

さて、この数日間で
A嬢との関係が良くなったかと言えば、むしろ
逆だったような気がしている。


事故で両足に怪我を負った彼女。特に
左足首から先は挫傷で腫れ上がっており、
まともに歩くこともままならない状況だ。

そんな中、常に彼女に
「ピッタリ」と寄り添い世話をする男の子が居て、
Mトのこともよく知る昔からの友達のようで
(詳しくは聞いていない)、二十七才の彼は例の
「ゲイクラブ」で働いている。

「ゲイ」なのか「バイ」なのか、もしくは
「ストレート」なのか分からないが、少なくとも
嫉妬するような対象ではなさそうで、おそらくは
Gイ嬢の言っていた、A嬢のカレシに当たる人物。

当人はオレにカノジョが居るかどうか聞いて来て、
「居ないしいらない」と答えた後、
同じ質問を返すと、やはり
「居ない」とのことだったが、真相は定かでない。

実は一度彼の働く店に行った時、ショウタイムで
全裸姿を見ているはずなのだが、残念なことに(?)
まったく記憶にない。

名前をRトといい、おとなしいがいいヤツだ。

彼のお陰で、ブリラムに居る間
A嬢とは適度な距離を保つことができた。すなわち、
基本付かず離れずで、ある程度放っておいても特に
問題はなかった。

何しろこんなの初めてであり、
「親友を事故で失ったばかりの女子との接し方」
などという項目は、オレの辞書のどこにも
載っていないのである。だから
なるべく普段通りに、まるで
「何事もなかった」かのごとく振る舞っていた。

それよりも気を遣ったのはカレシの方で、
心のネジが数本抜けているオレには羨ましいほど
「分かりやすい」反応を示す彼に対しては、
Mトとの想い出を語ったり、敢えて
哀しみを煽るようなことを言ってみたりと、結構
対処に苦慮したものだ。

元々A嬢に対しては、実に
「回りくどい」好意の伝え方をしており、
「嫉妬し合う関係にはなりたくない」だの
「長く続けるために少しづつ知り合いたい」だの、
「駆け引き」ではなく「本音」の部分を伝えつつも
「君の好きなものはオレも好きになるし、
君の嫌いなものはオレも嫌いになる」とか、
「本当に触れられたいと君が思うまで、
君に触れることは一切しない」とか、ちょっぴり
「口説きモード」に入ったりもしたし、周辺には
「彼女のことを好きだけどアイツはオレに興味がない」
などと漏らしてみたり、まるで針治療のように
「チクチク」と少しづつ刺激を与え続けたのだ。

実際、当初の宣言通り
「少しづつ」知り合ってきた末に
分かってきたのは、彼女が相当に
「保守的」であるという件。

ディスコに遊びにも行かず、
流行りモノにも飛びつかず、日々
「淡々」と暮らすA嬢は、合宿中、オレが
失意のカレシや地元男子連中に付き合って
ビールやウィスキイを痛飲したり、
しつこく勧められるままにタバコをとても
「ウマそう」に(一年に一度のタバコは
何ともウマいものなのだ)吸ったりする姿を
冷た~い表情で見ていたし、たまに繰り出す
下品なジョークや下ネタ関連には、かなり
「ドン引き」していた様子でもあった。特に、
「ドラッグ」関連や、ケーサツの
「コラプション」などに対する考え方が
「理解できない」といった風にも見えた。

まあそもそも、彼女が本当に
「保守的」であるならば、ニッポン人を含めた
「外国人との(本気の)恋愛」などハナから
「想定外」だろうし、仮に
「色恋」にかけるとしても、かなり
「苦手」か、もしくは、逆に
「メチャメチャ上手い」かのどちらかだろう。

できれば、ただの
「色恋」ではなく、こちらとしては
「情緒」的部分も、いくらかは求めたいのだ。

ただ、今回の二泊三日の
「葬式合宿」で長い時間一緒に居る中、
お互いに感じたのは、こと
「恋愛」という部分に関してはおそらく
「ネガティヴ要素」の方が強かった。
「さらけ出し合った」ところ、うまく
「噛み合わ」なかったというか......。


ま、どちらにせよ
「葬式」に参加したことで、多少なりともこっちの
「本気度」は伝わったはずであり、関係が少し
進展したことだけは確かかな。

とにかく、一週間前とは
まったく異なる状況であり、今後
どーなるか想像もつかない。

彼女の中で
「何か」が大きく変わったはずだし、
それがいったい
「何」なのか見てみたい気はする。

一旦店を辞めて(もしくは長期休暇を取って)、
しばらく実家に帰るような予感もするが、
果たしてどーだろう。


動向を見守る

ことにしよう。

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2013年4月 3日 (水)

まるで合宿に参加するようだった田舎のお葬式

「おいおい。今ここで博打かよ!」


通夜会場であるMト嬢の実家の庭、というか敷地内に
いつの間にかできた人集りを覗いてみると、いわゆる
「ルーレット」的な枠の描かれた紙の上に、掛け金の
二十バーツ紙幣が張られており、三つの
サイコロが振られた結果を当てる、という形式で
「賭博開帳」されていたのである。

しかも二箇所で、最終的には
朝まで行われた。

娯楽のない田舎ではおそらく
当たり前の光景なのだろう。

金額も低く、もちろん
殺伐とした雰囲気ではないにせよ、
「さすがに不謹慎なのでは?」と一瞬驚いたが、
老若男女を問わず、皆があまりにも楽しそうに
「和気あいあい」とやっているので、ある意味
タイらしい追悼の姿と言えるのかもしれない。


悩んだ末参加した葬式の内容は、ニッポンで通常
行われているものとほとんど一緒だった。ただし
「お通夜」は二晩(宗派?によっては三晩)であり、
ブリラム市街から数十キロ離れた、本当に
何もない田舎のその場所で、二泊三日の
「自然と触れ合う合宿」に参加したような、
普段なかなかできない貴重な体験となった。

庭にマンゴーパパイヤココナッツトマトの木が生え、
青くてデカいパパイヤをもいで皮を剥き、包丁で
「シャッシャッ」とカットしたかと思えば、
「サクッ」とソムタムが出来上がってしまうような、
そんな暮らしもいいかな、なんて思ったのはほんの
二、三秒のこと。
TVもネットもない環境の中で、あまりにも
ゆっくりと過ぎる時間をすぐに持て余す。

そしてとにかく暑い。

イサーンの陽射しは
「これでもか」というほど強く、
日影に居ても、場所によっては
「ジリジリ」と焼かれそうになる。

三姉妹の真ん中を失った家族と、
次々に米を持って訪れる、延べ
数百人にも及ぶ弔問客。

何度も繰り返し唱えられるお経。

朝昼晩大量にふるまわれる
イサーン料理の数々。

最後に、近所のお寺で遺体が火葬されるまで続く、
三日間に及ぶ一大イヴェントだ。

そんな中、外国人は
どー見ても変なニッポン人のオレと、
妹のカレシのデカいドイツ人Mスの二人のみ。
当然のごとく歓待を受けるわけで、普段通りの
「お調子者キャラ」そのままに、地元男子達の
延々と続く深酒にも、ケータイ画面で故人の写真を
ひたすら見続けるカレシにだって、もちろん
ちゃんと付き合う。

考え得る限り、オレの役目と言えば
「場を和ます」のが最重要であろう。

「ホンダーヤマハースズキーカワサキー」という、例の
お約束のお寒いジョークが功を奏する時もあるのだ。

心配だったのは片道六時間にも及ぶ大移動であり、
パタヤ周辺に多く住む身内の車五台と
棺桶を積んだピックアップ計六台が
高速道路にもかかわらずデコボコな道を、
飛ばしに飛ばす荒行事。

遺体が増えはしまいか、と、途中
本気で心配になる中、無事に着いた時は
「ホッ」としたものだ。

帰り道の半分はオレが運転したけれど、
初めて走る道は恐ろしいほどガタガタだし、途中
四箇所もの検問を通過するうちの二箇所で、若い衆に
「おしっこ検査」を受けさせるケーサツにはもう
ウンザリである。


「合宿」からは昨日戻って来たわけだが、幸か不幸か
事故現場はドルフィンロータリイの近くであり、ほぼ
毎日通る道。

しばらくの間はそこを通過する度に、この
一連の出来事を思い出さざるを得ないのは

言うまでもない。

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