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2013年4月 3日 (水)

まるで合宿に参加するようだった田舎のお葬式

「おいおい。今ここで博打かよ!」


通夜会場であるMト嬢の実家の庭、というか敷地内に
いつの間にかできた人集りを覗いてみると、いわゆる
「ルーレット」的な枠の描かれた紙の上に、掛け金の
二十バーツ紙幣が張られており、三つの
サイコロが振られた結果を当てる、という形式で
「賭博開帳」されていたのである。

しかも二箇所で、最終的には
朝まで行われた。

娯楽のない田舎ではおそらく
当たり前の光景なのだろう。

金額も低く、もちろん
殺伐とした雰囲気ではないにせよ、
「さすがに不謹慎なのでは?」と一瞬驚いたが、
老若男女を問わず、皆があまりにも楽しそうに
「和気あいあい」とやっているので、ある意味
タイらしい追悼の姿と言えるのかもしれない。


悩んだ末参加した葬式の内容は、ニッポンで通常
行われているものとほとんど一緒だった。ただし
「お通夜」は二晩(宗派?によっては三晩)であり、
ブリラム市街から数十キロ離れた、本当に
何もない田舎のその場所で、二泊三日の
「自然と触れ合う合宿」に参加したような、
普段なかなかできない貴重な体験となった。

庭にマンゴーパパイヤココナッツトマトの木が生え、
青くてデカいパパイヤをもいで皮を剥き、包丁で
「シャッシャッ」とカットしたかと思えば、
「サクッ」とソムタムが出来上がってしまうような、
そんな暮らしもいいかな、なんて思ったのはほんの
二、三秒のこと。
TVもネットもない環境の中で、あまりにも
ゆっくりと過ぎる時間をすぐに持て余す。

そしてとにかく暑い。

イサーンの陽射しは
「これでもか」というほど強く、
日影に居ても、場所によっては
「ジリジリ」と焼かれそうになる。

三姉妹の真ん中を失った家族と、
次々に米を持って訪れる、延べ
数百人にも及ぶ弔問客。

何度も繰り返し唱えられるお経。

朝昼晩大量にふるまわれる
イサーン料理の数々。

最後に、近所のお寺で遺体が火葬されるまで続く、
三日間に及ぶ一大イヴェントだ。

そんな中、外国人は
どー見ても変なニッポン人のオレと、
妹のカレシのデカいドイツ人Mスの二人のみ。
当然のごとく歓待を受けるわけで、普段通りの
「お調子者キャラ」そのままに、地元男子達の
延々と続く深酒にも、ケータイ画面で故人の写真を
ひたすら見続けるカレシにだって、もちろん
ちゃんと付き合う。

考え得る限り、オレの役目と言えば
「場を和ます」のが最重要であろう。

「ホンダーヤマハースズキーカワサキー」という、例の
お約束のお寒いジョークが功を奏する時もあるのだ。

心配だったのは片道六時間にも及ぶ大移動であり、
パタヤ周辺に多く住む身内の車五台と
棺桶を積んだピックアップ計六台が
高速道路にもかかわらずデコボコな道を、
飛ばしに飛ばす荒行事。

遺体が増えはしまいか、と、途中
本気で心配になる中、無事に着いた時は
「ホッ」としたものだ。

帰り道の半分はオレが運転したけれど、
初めて走る道は恐ろしいほどガタガタだし、途中
四箇所もの検問を通過するうちの二箇所で、若い衆に
「おしっこ検査」を受けさせるケーサツにはもう
ウンザリである。


「合宿」からは昨日戻って来たわけだが、幸か不幸か
事故現場はドルフィンロータリイの近くであり、ほぼ
毎日通る道。

しばらくの間はそこを通過する度に、この
一連の出来事を思い出さざるを得ないのは

言うまでもない。

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