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2013年5月 4日 (土)

某「はるやま」のスーツだけは、どーしても着たくないのです

「よくそんなこと思い付くね!」


「esso裏」を散歩(?)中、
とんでもないことを言い出す師匠。

「悪魔道」においてはまだまだ
「ヒヨッコ」のオレからしてみれば
「その発想はないわ~。マヂで」と、
まったく畏れ入るばかりである。

いずれにせよ、日頃完全に
「お一人様」行動のオレにとって、気のおける
「仲間」と共に過ごす時間はかなり
「レア」であり楽しくもあるわけで。

例えば、昨日
「シーシャ」を吸いに行ったアラブ人街なんかも
普段一人で出掛ける気にはなかなかならないけど、
あの一種独特なエスニックムードを味わう度
「これはこれでアリだなあ」と、一酸化炭素
「吸入効果」で「ふわふわ」しつつ思ったり。

しかし、あの店のオカマちゃんにはビックリだ。

たまたまTV中継でステージ上に勢揃いしていた
「ミスユニバース」候補のキレイどころの方が
よほどオカマっぽく見えるくらい、フツーの
女子にしか見えなかった。ところどころ
「ゴツ」い体型と、いかにも
「作られた」ような不自然な美しさが特徴の
タイのオカマちゃんの中にも、あーいった
華奢で小柄な分かりにくいタイプがたまに
混ざっているから、こっちとしては困ってしまう。

ただ、
「行けるか」と言われれば、実際
「ムリ」なわけで、師匠もそこは
同意見だったが......。


さて、仕事柄現役大学生と絡みのある師匠から
「イマドキの若いコ達」の噂は兼ね兼ね聞いていて、
「接し方」「扱い方」が難しそうなイメージを、確かに
なんとな~く持ってはいた。

しかし、今回、某
「〇〇〇〇」のテコ入れの為、現場の
学生アルバイト達に対する
「教育戦略」について相談しつつ
「げんなり」してしまった。

十四年前に某カフェを作ってから
「ナゴヤを盛り上げよう!」などと
若い衆達に勇ましいことを言い続けて来たが、
あの頃はまだまだ(オレが見る限り)
「元気の良い」コがたくさん居たし、
店を使って彼らと共にやってきた様々な
「取り組み」はとても楽しかったものだ。

ただ、結局は
「打っても打っても響かない」ことに業を煮やし
深~い挫折を味わったわけで、まあそれはそれで
今となってはいい想い出でもある。

では、いったい何故
そんなことをしていたかと言えば、ナゴヤが
「(TOKIOなど)他の地域に比べてダサい」という
「イメージ」をなんとか払拭したかったからで、
例えば、大物アーティストによる
「ナゴヤ飛ばし」がどーにも気に入らなかった。
がしかし、所詮
「田舎」は「田舎」であり、背伸びをしたところで
どーしようもないという事実を噛み締める一方、
「少なくとも自分だけはカッコよくありたい」と、
当時は思っていたのだ。

ところで、
「カッコいい」って何?
「ダサい」って何??という話である。

それが一昨日、チムヂュム鍋をつつきながら
「げんなり」としてしまった原因なわけだが、
昭和四十年生まれのオレが感じる
「カッコいい」と、現代の若者の
「カッコいい」がとんでもなく
「乖離」してしまっている現状を知り、
「愕然」とする。だって、実際オレの
「カッコいい」は彼らにとってむしろ
「ダサい」というのだから、これはもう
とんでもなく恐ろしいことではないか。

もう五年も店を放ったらかしておいて、
スタッフの顔もほぼ知らぬ中、某
「イーパラ」にオーナーの一人として登場する際、
「相応しい」服装をしていかねばならないわけで、
「<はるやま>の二つボタンのスーツがいいですね」
などと、師匠はおっしゃる。

「いやいやいやムリムリムリ。スーツなら
ポールスミスかキャサリンハムネットか、とにかく
英国ブランドぢゃないと......」と反抗するオレを制し、
彼が言う意味はつまりこーいうことだ。

「フツー」からはみ出て突出することを、
「イマドキ」の若いコは好ましく思わず、むしろ
「逆効果」である。

オレが勝手に
「カッコいい」と思っている、スリムな
「英国製三つ釦スーツ」を着て、買ったばかりの
「BMW1シリイズ」を従業員用の駐車場に停めて、
「私が東南アジア地区担当の専務ホンダです」と、
耳にピアスを光らせてニコリと挨拶したら、即刻
大学生スタッフ達の
「Facebook」が大変な騒ぎになり
「Twitter」が炎上する(大袈裟?)らしいのだ。

「ウチのオーナー怪し過ぎる~wwwwwww」
「とんでもない勘違い系登場!乙wwwwwww」
「二ヶ月も居るらしいよ。どーする????」
てな感じか。

う~む。困ったなあ。
どーしたら良いのか。

師匠の言う通り、某
「はるやま」の二つ釦のネズミ色のスーツに白シャツで
ごくフツーの人を演じスタッフから共感を得て、
彼らの心を上手く掴み、仕事に対する
「モチヴェーション」をアップせるべきか、それとも、
ナメられて笑われてスゴスゴと引き下がるか。

いや。もちろんよく分かっている。
「サーキットの狼」世代のオレが
「エンジン音のしない車なんて車ぢゃない!」などと
いくら力説したところで、今が
「そんな時代ではない」という件なんて。
ただ、
「他人と違うこと」が個性であり、
「無難」や「普通」でないことが
「カッコいい」と信じて生きてきた以上、それを
「ダサい」と思われてはもう
どーしようもないではないか。

なんだか、ニッポンの将来を憂うのが
アホらしくなってきた。いくらその
「責任」がオレ達オトナ側の
「教育」に起因するとは言え、
「それならそれで勝手にやれば」と言いたくなる。

オレはめちゃめちゃ楽しい人生のまま死んでいく。

お前らはお前らで好きに生きればいいさ。

それを
「いいね!」と思うのならば
それでいいのだ。

ヴァーチャルな仲間達と、このまま
ヴァーチャルな人生を暮らすがよい。


でも、まあ仕方がない。

仕事だから、今回は某

「アオキ」のスーツにしよう。

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