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2013年7月14日 (日)

女人に触れずの二ヶ月は過ぎ

タイの仏教は
「戒律」がヒジョーに厳しく、禁止事項も多い。例えば
「女人に触れるべからず」もそのひとつであり、
それを防ぐ為、地下鉄などに並ぶ座席の端には
「お坊さん用シート」が設けられていたりする。

種類に関わらず宗教的なものに興味などないし、
出家するつもりなどもちろんさらさらない中で
「キツいな」となんとなく思っていたわけだが、
ニッポンに戻ってからもうかれこれ二ヶ月近く
「女人に触れ」ていない状況が続いていた。と、
過去形にしたということは、つまり
そーいうことだ。

正確に言えば、現実には
「アクシデント」的な件も何度か発生はしていたし、
一緒にお茶を飲んでいる時に店のテーブルで
Mリンの手を軽く握った程度の事案はあったけれど、
そんなのはもうまったく取るに足らぬ話。

ま、細かい描写はやめておくとして、
一言で感想を述べるとするならばニッポン女子の
「ホスピタリティー」の手厚さは、あらためて
驚かされるほどハイレヴェルなものであったのだ。

彼女らに比べてタイガールの
「アッサリ」さ加減ときたら......。君らの辞書に
「情緒」という言葉は存在しないのかね。まったくもう。
いや実際問題、そこには
「愛がないから」という理由もあるやもしれぬが、
それだけではなく根本的に、大きな大きな
「差」が存在するのは事実だろし、きっと
仏教とも関係ないはずだ。


そっちの件よりも興味深かったのが禁欲による
「極限状態」に陥った人間に起こる現象であり、
「鼻血ブー」といったベタなものはなかったにせよ、
ほんのちょっとした刺激(女子の脇を生で見る等)で異常に
「興奮」してしまう自分の反応が楽しかったものだ。

あとは
「妄想」が激しかった。

過去のあらゆる記憶を頼りに頭の中を駆け巡る
「イメージ」がスゴくてなかなかオモロかった。

ただ、それも
昨日で終わり。

女人に触れて、いや
女人と触れ合っただけですっかり
元に戻ってしまった。


まだまだオレもオトコなんだなあ、
と、しみじみ思った

夏の日の午後である。

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