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2013年8月20日 (火)

ジェネレーションギャップの深さに悩み続けて

某「facebook」にて、十年前に現役だった女子友達と
「イマドキ」の女子大生についてやり取りをしていて、
若いコ達の生態への疑問が解消されつつあるのを
なんとな~く感じた。


ニッポンへ戻る前師匠に散々脅かされて以来、某
「〇〇〇〇」の若い世代のスタッフの扱い方に
ずーっと悩まされ続けているわけだが、
明るい未来が上手く描けず、将来に
夢も希望も持てないような時代背景の中、子供の頃から
「出る杭は打たれる」的教育を受けてきた若者達が、
いったいどーいう気持ちで日々暮らしているのか、
どんな気概を持って飲食店で働いているのかが
サッパリ理解できないまま、ただ時間だけが過ぎるのみ。

一方的に上から押し付けるのではなく、彼らが
「なるほど。そーいうことか」と納得した上で
ひとつひとつ細かい事柄やルールを変えようと、
時間を掛けてそれなりにやって来たつもりだが、
根本的考え方や発想自体があまりにも違い過ぎて、その
「温度差」に驚かされつつもかなり
苦労しているのが実情である。

値打ちに提供しているサーヴィス品を
「お値打ちですので是非どうぞ」と、オレが
一人一人のお客様にいちいち奨めている姿を見て
「あれって押し売りっぽくないすか」と言われたり、
「常に、お客様が何を求めているか先読みして行動する」
「例えば<お水下さい>と呼ばれたら<負け>だ」
などと偉そうに言ってみたところで
「いやいや。オレなら別に<お水下さい>と
店員を呼ぶことに何のためらいもないっすよ」と
一蹴される。

そんな彼らに、
「もし自分がお客さんだったら......」と
考えさせてみたところであまり意味がないのでは。

そーなるともう
「パラドックス」に陥ってしまう。

ただ、最近少しづつ分かってきたのは、オレが彼らを
「扱いにくい」と感じる以上に、彼らはもっとオレを
「扱いにくい」と思っているのではないかということ。

実際問題、タイから戻って来ていきなり
「この店をテコ入れします」と言われても困るだろうし、
そもそも、店の集客が落ちて売上げが下がっていようが
給料は毎月定額振り込まれるし、最悪、店が
「潰れた」としても、どこかに
「再就職」すれば良いだけの話で、
「危機感」なんてあろうはずもないのだから。

仮にオレが店に立っていて、
募集から面接から教育まで全てやっていれば
少なくともこんなことにはなっていまい。だとしても
「この店が好きだから働きたいのです」という意識が
「希薄」過ぎてビビる。せめてもう少し
「愛」があればマシだと思うのだが......。

とにかく、そんな彼らにオレなんかが何を言ったって
「聞く耳」など持たないのは当たり前の話なのである。

頭では分かっていても、どうも納得できず
「そんなはずはない」「そんなはずはない」と
心の片隅では願い続けた。


で、先日。

「ガールズバー」で計七名ほどの
「現役女子大生」達と話してみて
「ふ」と思ったのは、
「ああ。コイツらには、先輩を
<立てる>とか、目上の人を
<敬う>気持ちとかがまったく欠けているな」
ということ。

これは店で働く若いスタッフ達にも
共通して言えるわけで、つまり、例えば
「この人は店の経営者で、しかも
十年以上前にナゴヤカフェブームの
火付け役となったあの伝説の店
<n.v.cafe*>をやっていた人なんだ」などという
「尊敬の念」など1ナノもないどころか
「三十才近く年上の人生の先輩であり、
飲食店スタッフとしても大先輩なのだ」的な
気持ちすらほとんどないのだろう。

仮にもしあったとしても、彼らの認識は
「考え方が古くて頭の固い頑固親父」
くらいのものなのだ。

そこはもうとやかく言っても仕方がないし、
ある意味事実なのだから別によい。問題は、
そもそも彼らが、おそらく
「年長者は敬わなければならない」ということを
「誰からも教わっていない」件である。
父親母親祖父母学校の先生近所のおじさんおばさん、
廻りから甘やかされて育ってきたに違いない。

そのことにようやく気付いた。

「高級クラブ」「ラウンジ」「スナック」の
「ホステス」や「キャバ嬢」らの接客とは違い、
「ガールズバー」の女子店員が、まるで
友達とフツーに話すがごとくオレ達を相手にするのは、
「目上の人」を「目上の人だから」と意識して話す
「経験」がほとんどないからなのではあるまいか。

そーだそーだ
そーに決まった。

だとすれば、特に二十歳前後の従業員の
オレへの態度があんな感じなのも納得だ。

そんな風に考えたら、何だか
「スッキリ」とした気分になった。

がしかし。

どーすれば彼らに
「思いが上手く伝わるか」
という問題は解決しない。

だとしても
「糸口」くらいは掴めたかも。と、

自分を慰めるのであった。

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