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2013年9月21日 (土)

公共交通機関症候群?

地下鉄に乗る度、何だか
「いや~」な気分になる。

実家の大須と合宿先と店とを行き来する際、
「足」のないオレは市バスと地下鉄を使って
移動するしかないのだが、ここ数ヶ月間結構
頻繁に乗っているにも関わらず、いつまで経っても
どーにも慣れないし、とにかく
「居心地が悪い」ことこの上ないのである。

で、今朝も実家を九時半に出て、
出勤する地下鉄の車内で座席を確保した後、
いつものように本を読むのをやめて
理由をじっくりと考えてみた。

この公共交通機関のいったい何がオレを
こんなにイヤな気分にさせるのだろうか。


ニッポンに住んでいた頃、
物心ついた頃からずーっと常に自分の車なり
バイクに乗っていたから、当初は、おそらく
「公共交通機関を利用する自分自身」が
「イヤ」なのではないだろうかと思っていた。
よーするに、
「オレは本来地下鉄なんかを利用する人種ぢゃない」
といったような、自ら移動する手段、つまり
「マシン」的なものを持たない人に対する勝手な
「線引き」というかなんというか、
「地下鉄で移動する人≒庶民(経済力がない)」的な
穿った見方をしていたのではないか。
学生なら分かるが、そうではない
(制服を着ていないオトナな)のに
公共交通機関を利用するのが恥ずかしいのでは、と。

いやいやいや。オレだってもちろん
「庶民」の一人なのだが、それでも
一応車やバイクは持ってるし、例え
「趣味」の問題だとしても、
「イマドキ」の若者(の主流?)のように
「維持費がかかって環境を破壊する車で移動なんて
<スマート>ぢゃない」と考える人種とは
「一緒にしないで欲しい」などと、
心のどこかで思っているのではないか。

正直、それは本心だ。

バリバリの
「サーキットの狼」世代で、若い頃かなり
「バブっ」ていたオレからすれば、当時は
「ステータス」の象徴として所有していた
「車」自体が好きだし、運転自体もやはり
「楽しい」と思う。

しかし、どうやら
「いや~」な気分になる理由は違うぞ。

今日ようやく分かった。

「人」だ。

待っている間や、一緒に車両に乗り込む
「他人」を見て、色んなことを想像して
「気持ち悪く」なってしまうのだ。

そーだそーだ。
そーに決まった。

「超スーパー我が儘利己主義」なオレは、
「自分以外の人間」が好きぢゃない。いやむしろ
「嫌い」なのであって、それなのに
見ず知らずの興味ない人々と
「接近遭遇」しなくてはならない状況がどーやら
アカンのではないかと。

だって、車やバイクの運転中なら
同乗者は通常知人に決まってるし、
「お、あのコ可愛いやんけ」とか、
自分が興味を引かれる人間以外
「視界」になど入らないからね。

もちろん、
「女子高生のカワイコちゃん」でも車両内にいれば
「ガン見」して彼女の私生活を妄想して楽しめるが、
「ジロジロ」見ていては通報されそうだしそもそも
そんなのは滅多に居ないわけで、通常は
「疲れ果てたサラリーマン」など、私生活を
「妄想」などすれば暗くなってしまうような
「輩」(スマン)ばかりなのだから。

地下鉄に乗る人間を
「輩」呼ばわりするのもどうかと思うが、つまりは
そーいうことなのだ。

ただ、それがもし事実だとしたら、オレって相当
「病んでる」よね。

ニッポンに居るとおかしくなるのか。

いや、バンコクの
「B.T.S」でも一緒だ。

昔は、女子大生のカワイコちゃん達に
「興味津々」だったが、最近はやたらと混むし、
女子大生も近くで見ると皆
「ヒゲ」が生えてて引くし。

とにかく、
「自由でいたい」
「誰にも縛られたくない」が
「エスカレート」して
「他人の生活と一切関わりたくない」
になってるとしたら、それってやっぱり
フツーぢゃないよな。

ま、
フツーぢゃなくても

全然いいんだけどさ。

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