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2013年11月30日 (土)

十一月二十八日は〇〇〇〇〇〇記念日

「結局はそんなものか......」


入店チェックが厳しいと思っていた某
「〇〇〇〇〇〇」で知り合った十九才のOン嬢に聞くと、
「常連のコ達と一緒なら入れるよ」などと
こともなげに言うのだった。

ウォーキングストリート内のディスコはどの店もほぼ
「タイ男子」及び「二十才未満」は入店禁止であり、某
「××××」はオープンエアであるせいもあってか、おそらく
「バー」扱いの為か十代タイガールはスルーなのだが、
階上にあるこの辺りではもっともクラブっぽい雰囲気の某
「〇〇〇〇〇〇」に関しては、昔よくセキュリティー係に
「タイ男子」に間違われたオレとしては、雰囲気の
「アウェイ」さ加減や、女子客の年齢層の高さ等が
どうも今ひとつ気に入らなかったのである。だから、
「まさか十代が居るなんて」という思いと共に、
「プロぢゃないタイガールを持ち帰れるとは」という
二重に不思議な気分を昨日の夜は味わうことができた。

そう。
意気投合して朝五時に一緒に部屋に帰ったOン嬢は、
珍しく北部のペチャブン県出身であり、パタヤ滞在
四ヶ月で十回程訪れたとは言うものの、お約束の
「セクシイダンス」で誘惑することなど一切なく、
金銭の要求もまったくないというレアケースであり
(少なくともオレにとっては)、もう二年以上通って
「ナンパに初めて」成功して性交した
記念すべき出来事だったのである。だから
「十一月二十八日は〇〇〇〇〇〇記念日」なのだ。

先日の某ディスコでの件といい、いよいよ
「パタヤもオレに心を開き始めたか」と感無量だ。

150cm53kgと例によって小柄でムッチリの彼女は、
無理矢理説明するならば元マラソン選手の
「松野明美氏が十代だった頃太っていたとしたら」
といった風情だろうか。顔はさほど好みでないが
一般的にはまあまあ可愛らしいと言える。
とてもよく喋る明るいコで、パタヤで知り合った
オカマちゃんと仲良くなって一緒に住んでいるらしく
(肉体関係はないとのこと)、大変残念なことに
まさに本日をもって
「55嬢デビュウ」を果たす、と言っていた。つまり
「素人」としては昨日が最終日だったわけであり、
「なんと運の良いことよ」と、実に
くだらないことを考えるオレだった。

「特別な関係」を避ける為に敢えて
千バーツ程お小遣いをあげようかと悩んだけれど、あまりに
「あっけらかん」とした彼女の態度を考慮すれば、
「ややこしいことにはならないだろう」と判断。ただ、
正直なところセックスのサーヴィスに関してはすでに
「プロの域」というか、かなりサボりがちであるので、
「また寝たい」かどうかと問われれば微妙なところ。

一方、Pン嬢であるが、彼女はやはり素人なりに
サーヴィスは抜群でしかも受け身体質な為
「何でもしてくれる」系であって、教育次第では
「かなりの線」までいけるかもしれない。結局は
売春目的でパタヤに来たワケでもなさそうであり、
チョンブリーの姉の家に住み、
機械関係の販売会社で働き始めたのだった。
しまったな。完全に勘違いしていた。

某「〇〇〇〇〇〇〇〇」のウェイトレス
N嬢とは相変わらずドリンクを奢って手を握るだけの関係。

以上が現状のオレの女子関連の全てだ。

ああなんと平穏で充実していることか。
本当にこれくらいが丁度良いのである。

このままずっと続けばいいのに。

まあ、そう上手く

いくはずもないが。

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2013年11月21日 (木)

郷に入っては郷に従う予定もまた未定

ただ、Cク嬢の場合は当時から相当な
大酒飲みで毎晩飲み歩いてたし、メイクも毎日
「ビッチリ」決めて朝までずっとそのままとか、
落とさずに寝たりとかしてたから、まあ、あの
「お肌の劣化」は仕方のないこと。

注意してたんだけど、ちっとも
聞かなかったからなあ。某
「ビオレクイックメイク落とし」(?)でも
渡しておけば良かったのか。

あと、彼女はかなりファンキイな性格で
酔っぱらうと手に負えなかった。一度某
「タワンデェーン」的なイサーンディスコで、
同じく酔っぱらいのおっさん捕まえて何度も
「アイヒア」(フ○ックに相当する汚い言葉)と
罵りながら掴み掛かっていくので、
警備員と共に押さえるのに必死になったのを
今でもよ~く覚えている。
もちろん追い出されたが。

軽くお尻触られたくらいであれはないわ。

相変わらずな感じで元気そうだったけど、
何だか心配だなあ.....。


さて、話は変わるが、昨日午後突然
何の脈絡もなくカレーライスが食べたくなり、某
「ココ壱」に行ってみたら、なんと閉店していた。

某「センタン」にある(った)同店はラチャダーの某
「エスプラネード」に続く国内第二号店であり、
てことはもうけっこう昔からあるのに、前を通る度
「これでよくやっていけるな」というくらい店内は
「ガラガラ」だったから、まあ、長く保った方だが。

隣接の某オイシグループ看板店
「shabushi」(開店鍋ブッフェ)がいつも
「ウハウハ」だったこともあり、その差は
「歴然」。結局のところ
「sushi」「shabushabu 」(店名由来)は
西洋人にも受け入れられたのにニッポンの
「カレーライス」はダメだったってことか。

当初タイピープルにもウケが悪かったけど、
地道に続けるうちようやく受け入れられて、
最近では店舗数を伸ばしている某
「ココ壱」のカレーがもう食べられないと思うと、
ちょっと寂しいなあ。ま、元々
そんなに利用していなかったが、
なくなられては結構困る。そもそも、
パタヤにはニッポン食の店が少ないからね。

これでもう残るニッポン食(タイ法人除く)は
「八番ラーメン」のみである。

更に隣接の安価な飲茶と中華料理の店、某
「kanton house」も閉まってしまったし、
これはいよいよ
「タイ料理にシフトせよ」ということか。


で、ついでに某センタン内の
「B2S」という文房具店に、来年の
「予定表」を買いに訪れると、去年購入した
バインダーに挟むタイプの、いわゆる
「ルーズリーフ」的システムノートの
「2013年度版」の在庫が山積みだった。

「これの来年版はいつ入荷するの?」
「さあ」
「ていうか、もうすぐ2014年でしょ」
「そーだね」

相変わらずの店員のゆる~い反応で、入荷は
来年になってからとしか思えないし。

実はコレ毎年そうなのだけれど、
スケジュール帳自体がノートになった商品にしたって
翌年になると二度と同じモノはなく、
こっちとしてはずっと揃えたいのに、一年一年で
変わっていってしまうのだから困る。

いったい何故こんな状況なのか。

答えは歴然。
「需要がないから」だ。

「その日」「その日」で予定を組むことのない
「江戸っ子」気質のタイピープルに
「予定表」など必要なはずもないし、実際
そんなモノを持ち歩いているタイガールを
一度も見たことがない。ま、それは単にオレが
「OL」とお付き合いしたことがない為かもしれぬが、
例えば、ニッポンの人妻が
「表」と「裏」の二冊持ち歩くのとはワケが違う。

だから、たかがこの程度の仕打ちでいちいち
「イラッ」とくるまでもなく、
「予定表など持ち歩くなってことね」
という風に解釈するのが正解なのだ。


そもそも、オレにだって
「予定」などない。
今持っているものに書くのだって基本
サッカーやF1の放映時間くらいのこと。
あとはVISAの期限くらいか。

「もっともっとタイに馴染め」

そう言われているような

気がしてならないのだが。

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若きタイガールの劣化現象に怯えてみたりする

「もう七年かよ......」


七年前の丁度今頃、オレは初めて旅行で
タイに訪れたのではなかったか。

「アッ」という間だったなあ。ホントに。

某「〇〇〇〇〇〇」@パタヤの
七周年イヴェントのゲストが、あの
「Joey Boy」ということで、
ファンであるオレとしては、当然のごとく
出向いたわけであるが、懐かしい懐かしい
想い出の曲を歌ってくれたのは、同じく
七年前にリリースしたことに絡めてだった
(という風におそらく彼は説明した)。

まさにあの頃ヒットして記憶に刻まれた
キャッチーなメロディーを刻む
ギターのイントロとヴァイオリンの間奏。

フツーのポップスのようなその曲を実は
タイヒップホップの大物アーティストが
歌っていることを知ったのはしばらく後の話。

ライヴをしばらく前から楽しみにしていたから、
深夜一時に登場するというその二十分前に家を出て
バイクで海沿いを走る時に、つい口ずさんだ
(タイ語の歌詞はよく分からないなりに)のも、
やはりその曲だったのである。


いつもは完全にアウェイな某
「〇〇〇〇〇〇」も、さすがに今日ばかりはタップリと
「優越感」に浸ることができた。何故ならば
同店は基本タイ男子入店禁止であり(一部を除く)、
集客はタイガールがメインで、彼女らに
連れて来られた西洋人達はおそらく
「Joey Boy」なんて知るはずもなく
「なんのこっちゃ?」って感じなのだから。

ベスト盤含めたCDを持っているオレとしては
「わははははは。お前ら知らない曲ばかりで
ちっともノレないだろ!?」とばかりに、
廻りのタイガール達と共に盛り上がる。

ま、大合唱には参加できないとしても。

客はほとんど女子ばかりの二階のV.I.Pで、
いつもと明らかに違う、おそらくは
ゲスト目当てであろう若い衆に囲まれ、
楽しいひとときを過ごしたのであった。

ただ、少しばかり
「ネガティヴ」な話もせねばなるまい。

実は入り口で本当に久しぶりに
Cク嬢と会ったのだけど、彼女の
「劣化」は相当なものであり、結構な
「ショック」を受けたのだ。

当時確か十九才だった彼女。

パタヤに遊びに来始めた頃、一時
かなり仲良くしていたあの頃から
二年程経ったとしても、まだ
二十一、二才のはず。

それなのに。あー
それなのに、それなのに......。

いったいどーしてそこまで
「老けて」しまったの?


このように、狭いタイにおいて
(必然的に)久しぶりに女子と会って
「ショック」を受けてしまう
「パターン」がいくつかある。

①「激太り」。

今は懐かしい某
「〇〇〇〇〇」の店員Tーちゃんや
元美容師のAンちゃんのケース。
「人相」まで変わるから驚きだ。

②「劣化」(というか一気に「老ける」)。

「お肌」が荒れたりとか
「シワシワ」になる系統。
先程会ったC嬢や某ゲストハウス&バービア
「〇〇〇〇〇〇〇」のGム嬢の場合。

③「激痩せ」。

原因はほぼ例外なく
「薬物」と思われ、とても心配だし
「哀れ」な気持ちにもなる。ただ、稀に元々
「ムチムチ」な若い女子が年を重ね
「しんなり」として色っぽくなるケースも
(某「T-lak」のM嬢など)。
変わり果てた姿のPーちゃんを見て受けた
「ショック」は今でもヒジョーに生々しい。

ニッポンで暮らしていた当時、同じように
「昔仲良くしていた女子と久しぶりに会う」
なんてことは結構頻繁にあったけど、只の一度も
「コイツ劣化したなあ」なんて思ったことはなく、
例えお年を召されたとしても、感想は
「艶っぽくなったなあ」がフツーだった気がする。

それともオレの勝手な
「記憶違い」だろうか。

もちろん個人差はあるにせよ、これほどの
「高確率」で再会時に何らかの
「ショック」を受けるとなると、正直
ちょっとコワい。

もし何かの間違いでもあって、この先タイで
「若い嫁」をもらったとしても
「先が思いやられる」としか
言いようがないではないか。

ま、それもこれもすべて
「アナタ次第」と言われればそれまで、
という気もしなくはないけどね。


あ、そうか!

最初から年配の女子、
というか、オレ的に
「年相応」のタイガール相手なら、何も
そんなに心配することないぢゃん!

わはははははははは。

いやいやいやいいや。
ないわ~。ないない。


何故かその件だけは
(特に根拠もないが)

自信があるのだった。

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2013年11月20日 (水)

再び訪れた平穏な日々を満喫する

「トントン」とドアをノックする音で夢から醒め、
「何事か」と出てみると見知らぬ年配のロシア男子が
「◯△%#&」とすまなそうにつぶやき
帰って行った。おそらく部屋を間違えたのだろう。

時刻は朝八時。朝方までサッカーを見ていたので
寝入りばなを起こされた格好だ。しかし、
デリケートでナイーヴなオレは、こーなるともう
完全に寝られない。幸い夢の内容はごく
他愛のないものだったから良かったけど、
「早く続きを!」といった類いならば
「イラッ」とくるところであった。

こんな時は、
「眠れないなあ」と諦めつつ、
頭の中で内容を整理した後に
日記を書くのがよろしいかと。


ここ最近、久しぶりに
「平穏な日々」が続いたため、ついつい
サボってしまっていたが、実際、
仕事もなく人と会う用事もなく
「のんびり」と独りで過ごすのは
「寂しがらない屋」さんのオレにとって
この上ない至福の時なワケであり、
「贅沢の極み」と言ってもよいくらいだ。

いろいろなことがあって書き溜めていた
「ネタ」を次々と文章にする、
ということだってもちろんできたけれど、
「書きたい話がたくさんあるのに時間がなく、
時間がたっぷりあるのに書く気がおこらない」
といういつもの
「ブログジレンマ」なのであった。

実は例の
「〇〇〇〇〇〇〇」の販売は十七日までだったのだが、
今回は販売会場が一箇所であり、
「工場長がいればだいじょーぶだろう」と、
社長夫妻がニッポンに帰った日のうちにオレも
パタヤに戻って来た。つまり、実質
五日間しかバンコクに居なかったわけであり、
当初考えていたよりも全然ラクだった。
評判も良くて順調に売り切れたみたいだし、今年は
販売のコ達も皆真面目に頑張っていたからね。

で、例によって毎日電話の掛かって来るPン嬢には
「十七日までバンコクで仕事」と嘘を吐く。だから
「独りきりの平穏な日々」を送ることができたのだ。

「ローイクラトーン」という灯籠流しのお祭りが、
今年は十七日だったから、丁度良かった。つまり、
人混みを好まずイヴェントごとにほぼ興味のない
オレからすれば、付き合わされずに
「助かった」というワケである。

ただ、当日は気になって独りで
街の様子を見には行ったのだが。

タイ人の事だからひょっとして
「ビーチに大量に灯籠を流しはしないか」と
心配になったのだ。しかし、実際ビーチでは
「コムローイ」と呼ばれる空に飛ばすヤツを
皆でやっていた。やはり通常は
川や池に流すもので、さすがに海にはねえ......。


そして十八日の夜。

預かる荷物もあるし、最終日くらいはもう一度
会場に行こうと思っていたのだが、工場長は
「わざわざいいですよ。荷物は送りますから」と
優しいことを言うのでお言葉に甘えていたら、
帰国直前に空港から電話があり、何と
「タクシーにバッグを置き忘れた」とのこと。

幸いパスポートや財布は無事と聞き
「ホッ」としたけれど、買ったばかりの
「ipad」や書類などが入っていたらしい。

「オレが一緒に居れば」と後悔しても遅いし、
バッグが戻って来る望みはかなり薄い。

「残念だけど......」と言うしかなかった。


さてこの件は、先回
「後日また」と告知した
「事件」に繋がるのだが、
長くなってしまうから、

また後日ということで。

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2013年11月10日 (日)

某有名コーヒーチェーンの出店場所にショックを受けつつも

「クタクタ」なのである。


仕事とはかくも大変で疲れるものなのか。

「無職」となって早七年。常夏の国で
「ゆるゆる」生活を送るオレにとって、
「労働」のツラさと尊さは本当に
胸に沁みるものとなってしまった。

とは言え、それは主に肉体的部分、つまり
体が上げる悲鳴を脳がキャッチするだけで、
精神的には楽しくてやりがいのある内容だし、
接客業によってタイの人達と触れ合うことは、やはり
貴重な経験であって、当然、勉強にもなる。
バンコクの中心地に居れば、今この国で
何が起こっているのか、そしてこれから
どーなっていくのかを、少なくともオレなりに
「肌で感じ」るわけで、その最新情報を
「疲れ」と引き換えにするのはやぶさかでない。


タイに興味を持って訪れるニッポン人に
「あーでもないこーでもない」と
自分の考えを伝えつつ、小さいながらも
「フル回転」するオレの脳。
弾き出した答えのひとつは
「中流化」への波、という件であろうか。

昨日の午前中、某スーパーマーケット
「〇〇〇〇〇〇〇」ラマ四世通り支店から
車で戻る時、すぐ向かい側のライバル店某
「××××」の路面側に、なんとあの某
「△△△△△△△△△△△」が
新規オープンしているのを発見し、軽く
「ショック」を受けつつも
「ついにここまで来たのか」と感慨に耽る。

六年前旅行で訪れた時や移住当初には、店内に
海外からの旅行客ばかりが目立ち、現地人には
ほとんど受け入れられていなかった
屋台のラーメン(クイティアオ)の二倍の価格の
「一杯七十バーツのコーヒー(現在は七十五)」を、
今では当たり前のように飲み、そして
「カフェで寛ぐこと」を覚えたタイピープル。
「一般庶民御用達」ローカルスーパーマーケット内に
世界的チェーンが出店したのは、タイ国民の
「中流化現象」の象徴的事例に他ならない。

一方、飲食店に従事し一時は
「喫茶店」を家業にしていたオレにとって、某
「after you」という名のデザートをウリにした
「カフェ」に大行列ができている様
(番号札自動音声呼び出しマシンを導入済)などは
「ビジネス心」を刺激されなくもないわけで、いわゆる
「あんなのオレにだってすぐできる」系の話だ。

「屋台からカフェへ」。

コーヒー内には確実に存在する
「カフェイン」の中毒性と共に、
「ダベる」ことを覚えてしまったタイピープル。元々
「合っている」と踏んではいたが、今後この
「新しい文化」がしっかりと根付くであろうことは
想像に難くない。

ま、それももちろんこのまま
「経済成長」が順調に推移するのが前提の話であり、
いつ何が起きるか分からない
「危うさ」も併せ持つのであるが。


そんな中、Tちゃんの紹介でタイ移住に関しての
「お世話(?)」を頼まれたニッポン女子
F田さんにお会いした。

「三十六才独身女子」と聞き、すわ
「大和撫子との交流戦~海外編~」かとほんの一瞬
「期待」するも、実際は、単身での
「中国生活十年」という逞しさに、オレのハートも
「萌える」ことはないわけで。さすがに
Tちゃん(カリスマ美容師?)のお客さんだけあって
大層素敵な髪型ではあったが。
ま、そもそもタイを気に入るような女子はある種
「ファンキイ」なタイプが多いのは充分承知の上、
彼女も決して例外ではなく......という話である。

「現(地)採(用)の仕事を探す」と言う彼女と、某
「CAFE COSTA」(英国資本のシアトル系カフェ)で
一緒にお茶を飲みつつ、まだ仕事モードの
「スウィッチ」を入れたばかりのオレは
「大変なことなのだろうなあ」と、しみじみ思う。

「いい時代」に生まれて本当に良かった。

J君にせよF田さんにせよ、オレが
紹介したり案内できるのはタイのごくごく
「表層的部分」でしかなく、
「ディープ」な面にはあくまでも個人個人で
「向き合って」もらうこととなるわけで。


かく言うオレも、愛するこの国に
「まだまだ見放されていないのだな」という
「事件」が実はあったのだが、その件は
また後日と

いうことで。

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2013年11月 6日 (水)

イサーンL字ライン出身女子に萌える日々

「AmiAya」いいね~。

ニッポン滞在中はまったく気付かなかったが、
「TOKYO FASHON EXPRESS」とかいう某
NHKの番組をチェックしていたら特集されていて、
「う~ん。これはいいぞ!」と、独りで
「うんうん」と頷いてしまった。

楽曲をしっかり聞いたわけではないけど、とにかく
ファッション発信の手段のひとつとしての
アーティスト活動というところがとても良い。

某AKBとは対極に位置する、ニッポンの
「期待の星」であるような気がするが如何かな。

あと、何がイイってあの
「声」が最高ではないか!
「声フェチ」のオレにとって、
「引っ掛かる」ような感じが素晴らしく萌える。
どっちがどっちか区別がつかないが、
二人とも同じようにとても良いのだ。

元元元カノジョのKリ嬢も本当にいい
「声」を持っていたけれど、負けずとも劣らない。

もう六、七年前になるのか。
彼女とはいろいろあったが、あの声で
「キツイ」ことを言われると、マヂで
「ゾクゾク」っとしたものだ。

今頃何をしているのだろうか。

あれ以来、素敵な声の持ち主に
なかなか出会わなかったものの、
「AmiAya」にはすっかりヤラレた。

益々の活躍を祈る次第である。


さて、明日からはまた
バンコクにて仕事が待っている。

二週間弱の予定だが、ひょっとすると
もう少し早く帰れるかもしれない。どちらにせよ、
パタヤの街とはしばらくお別れとなる。となれば
当然女子達とも会えなくなるわけで......。

で、今一番気になるコに、昨晩会いに行って来た。

ここで訂正せねばなるまいが、某
「〇〇〇〇〇〇」ではなく某
「△△△△△△」という店名であり、
ペイバー代金の千バーツはホステス嬢だけでなく
ダンサーもウェイトレスも同額だった。しかも
かなりの人数が在籍する
「コヨーテ嬢」はなんと千五百バーツだと言う。
「廉価」な生ビールも置いていないし、
レディースドリンクも160THBと、とにかく
「強気」の店なのだ。

しかし、二日連続で来店し、そこの
ウェイトレスの一人を気に入ってしまったオレは、
「仕事でバンコクに行くためしばらく来られない」
旨を伝えに同店を訪れた。

N嬢は二十四才。身長150cm体重43kgと小柄で、
二十歳そこそこに見えるが意外におねーさんだ。
出身県はノンカーイ。

いやいやいや。それにしてもマヂで
「ハズさない」なあ。オレの場合。
「好みのタイプ」が単純なのかどうか
よく分からないが、とにかく東北地方の
ノンカーイウドンターニーコンケンコラート
ブリラムスリンシーサケートウボンラチャターニーの
「L字」ラインを外れることが滅多になく、
カラシンローイェットの二県もごくごく近いラインだ。

出逢った場所がどこであるかに関わらず、とにかく
「このコ可愛いなあ」と、かなり本気で思った時に
「出身県」を尋ねれば、相当な高確率でこれら
「イサーンL字ライン」のどこかに該当するのである
(*ちなみに「AmiAya」はイサーン顔ではない)。

ウドンターニーコンケンブリラムは中でも
「鉄板」であり、先日ラオツアーの途中で
ウドンを訪れた時も、駅前繁華街に出たら
「うわ~カワイコちゃんだらけやん♪」と
「テンション」アガりまくりだったほどだ。

「好みの女子のタイプ」にはもちろん
個人差があるにせよ、タイ在住の読者諸氏ならばその
三都市が美人の産地であることにおそらく
異論はなかろう。

それにしてもオレはよほど単純なのか、
「あーでもないこーでもない」と話しつつ
「55バー」などをハシゴしたりと、しばらく
一緒に居るだけで好みのタイプがすぐにバレ、
「あ、あのコなんてどーっすか?」と同行者に先に
カワイコちゃんを発見されてしまうことがよくある。

「そうそう。よく分かるねえ」となり、人によって
「カブ」るかそうでないかはけっこう分かれるが、
「ロリ」系が好みの場合は、大体同意を得られる。

キイワードは
「小柄」「ムッチリ」「パッツン」。

「ショート」だったり「横分け」だったりと
髪型もけっこう重要であり、
背が高くて細くてロングの
「ストレート」や「巻き巻き」という一般的な
美人さんにはあまり萌えることがない。

そーいう意味では、150cm43kgなどという
数字からして、先述のN嬢などはまさに
「ツボ」と言えよう。ただし、髪型はかなりの
「ロング」であり、後頭部で縛って下ろしている
「チアリーダー」スタイルなのだが、
これがまた良いのだ。そしてこーいう髪型のコは
毛をひっつめる為に目が吊った感じになり
「ネコ」っぽくなるのでヤラレるパターン。

おまけに鼻が上を向いていて唇が厚め。
「ドストライク」である。
肌の色は真っ黒だけど、何ら問題ない。

レディースドリンクをご馳走すると、
お客さんが近くに座ったり仕事がある時は
「ピョン」と席を離れウェイトレス業務をこなし、
終わると席に戻って来て手を握るという繰り返し。
エアコンが効く店内で女子大生の制服的白い
「パツパツ&短め半袖」ブラウスにやはり
白とブルーの大きなプリーツスカートでは
寒いのだろう。両手が冷たい。

その服に短いソックスと白のスニーカー。
「カワイイィ~♪」と、ついつい目を細め
つぶやいてしまうのもムリはあるまい。

「名前(とその意味)」「出身県」「在籍歴」
「身長体重」「胸のサイズ」「兄妹の有無」
「ディスコへ遊びに行くのが好きか否か」等
「お約束」の質問が一通り終わると、あとは
「さわさわ」と彼女の体を撫ぜるのみ。

腕も太腿も引き締まっていて
「肌のキメ」が細かく、実に良いのだ。

「仕事はないか」とフロアやステージを
「ジッ」と眺める横顔が何とも凛々しい。

「もう一杯飲んでもいい?」と言われ、なんと
二時間も滞在してしまった。
ウェイトレスはそこそこの数居るなりに
お客さんもぼちぼち入って来るので、けっこう
忙しいのだが、合間を縫って戻って来ては
「ちょこん」と横に座って
「疑似恋人」気分を味わせてくれる。

う~ん。ダンサーより
こっちの方がいいかも。

「それにしても男ってアホだなあ」と思いつつ、
階段を降りていくN嬢のお尻を
「ぺろん」と触りながら思うのだった。

締めて四百七十バーツ。
まったく安いものだな。


ああ。明日から仕事か。

今晩も行くのかなあ。
おそらく行って

しまうのだろうなあ。

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2013年11月 5日 (火)

タイガール達の幸せを密かに願う

「パーイェン(3211)か。なるほどね」


ケバブを食べた後ドロドロになった手を拭く為、
トイレのないその店で、パックに入った
「不織布」製の、ニッポンで言う
「ウェットティッシュ」的なものを貰う時、
タイ語が分からなかったオレに対し、Sンちゃんは
何のためらいもなく店員に頼むのだった。

「パー(32布)」「イェン(11冷たい)」で、
「冷たい布」、つまり
「おしぼり」というニッポン語となるわけで、
「イェンパー」ではない。

そんな言葉を五年も知らなかったオレもどうかと思うが、
在タイ歴はほぼ同じなのに、賢い彼からそんな風にして
タイ語を教わることが結構多いのだった。

それにしてもアクティヴなSンちゃんは、その日も
「ちょっとコラートまで行って来ました」と、
片道で約五時間距離にして四百キロは
軽く超えるであろう都市まで、しかも
日帰りで往復したというのだからスゴイ。
近郊にあるカラオケ店を訪れたにもかかわらず
お目当てのコは居なくて残念だったとか何とか。

「月金」で働いている彼はそうやって週末によく
お出掛けするようで、パタヤにもしばしば訪れる。
「たまには一緒にどう?」ということで、久々に
「55バー」を何軒かハシゴしたのだ。

「〇〇〇〇」「××××××」「△△△△△△△」と、
普段ならまず訪れることのない店にJ君と共に連れられ
「さすがは<55名人>!」と唸る中、某
「××××××」では二年振り(彼女曰く)に
Fイ嬢と会い、もう四年もニッポン人のカレシが居て
「来年も桜を見に行くんだ」と嬉しそうな彼女に
「ブラック(ジョニ黒)があるから
<〇〇〇〇〇>に行こう」と誘われるも、そんな
「韓国人御用達」ディスコに興味もないし、
「ホステス嬢」(ダンサーではなく呼び込みが主)で
「ペイバー」が千バーツなどと生意気なことを言われ
「お高くとまりやがって」と思うが、そんなFイ嬢も
まだ二十四才なのだから今が稼ぎ時だよねえ。

オレがパタヤで最初に捕まったバービア嬢
Nウの友達で、彼女はとっくの昔に田舎に帰り今は
ウドンターニーで暮らしているらしい。
Fイ嬢はコンケン出身。どちらも有名な
「美人の産地」ではある。

「あれからもう二年も経つのか......」などと
懐かしさに耽っていたら、翌日、
J君を見送りにバスターミナルに行くと、相当な
カワイコちゃんを発見。
色白で細くてメイクやファッションは、いかにも
韓国ガールっぽいのだが、彼女は独りきりなので
「韓国女子が一人でパタヤには居ないよなあ」と
不思議に感じていたら、立ち上がって歩く時
「ひょこひょこ」と不自然だった。

「あ!あのコだ」

やはり二年程前。名前は忘れてしまったが、
ソイ8のバービアで働いていた彼女に何度か
ドリンクをご馳走したことがある。
事故なのか生まれつきなのか、足が悪くて
びっこを引くようにして歩く彼女を、
「可哀想だな」と思いつつも
「ペイバー」はできなかった。

しかし、かなり可愛らしい顔をしており、
やけに印象深かった当時十八才の彼女とは
その後もディスコ、某
「〇〇〇〇〇」(二十歳未満でも
常連と一緒なら入場可)で数回遭遇し、いづれも
韓国男子と一緒だった。

バス待ちの間、隣りに座って
「久しぶりだね。覚えてる?」と声を掛けると、
イヤホンを付けて電話中だった彼女。やはり
相手は韓国男子で、今から空港で落ち合って
一緒にニッポンへ旅行するとのこと。
「スカイプ」なのか、画面に映るカレシに
「my friend」とオレのことを説明。会話は
英語なのだね。

申し訳ないが、正直あまりイケてないにしろ
そんな風にカレシと一緒にニッポン旅行なんて
「素敵だね」と声を掛け「元気でね」と別れた。

理由はよく分からないけど、彼女と偶然
「バッタリ」会って近況を聞けたことが、
何だかスゴく嬉しかった。

バービアで働き、韓国に憧れて、いい相手を見付け、
一緒にニッポンに行くくらいだからおそらくすでに
本国にも旅行したことだろう。
「そのまま結婚」と、すんなり
上手くいくかどうかはさておき、そうやって
若いタイガール達の願いが叶っていくのは、
とても良い話だと心から思える。

「visaフリイ」(十五日間)で
ニッポンに行けるようになった件も含め、
彼女らの幸せが幸せを掴む機会がこれからも
どんどん増えていくことを切に願うのである。

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2013年11月 4日 (月)

「プンマー嬢」に弱いならば侍魂を持て

しかし、それでは困ってしまう。

何が困るのか。彼女の
態度や行動が重いのだ。

でも、悪いのはオレであり、
結局は先日もテーマにした
「侍魂」の件に関わってくる話。

時系列に沿った方が説明しやすかろう。


土曜日深夜一時半。日付は変わって
十一月一日から二日になったところ。

「ハイシーズン」である「乾期」に
突入したばかりの、何とな~く
「浮き足立った」雰囲気がうかがえる。少なくとも
タイ人達にとってはのことではあるとしても。
長い長い雨季もようやく終わり、観光客が増えて
「稼ぎ時」になるのだから、どーしても、自然に
期待で心が浮かれ始める時期なのだろう。きっと。

ただ、そんな彼女らの心境を察してか、
「ハメ」を外しすぎないよう、ケーサツは
「シーズン突入の洗礼」とばかりに
「パトロール」に廻る。
先程出掛けた某
「i-bar」で、何故かシーシャがなくて
「どーしたの?」と店員に聞くと
「今日はケーサツが厳しい」とのこと。
確かに、外に出てみるといつもとは違う制服の
「エリート」なのか「キャリア」なのか、とにかく
いかにも偉そうな団体が視察中なのか、かなりの数
「ウロウロ」しているではないか。
ハンチングみたいな帽子も何だかカッコいい。
当然拳銃も所持している。

「何故にシーシャがアカンの?」

タバコはいいのに水タバコはダメ、な
理由がよく分からない。けどとにかく
近くにあるアラブ人街でも、普段なら
何百本もそこかしこで吸われている
「水パイプ」が、確かに一本もない。

なるほど。
「シーズンイン」すると、こーして
「偉い人」達が見廻りにやって来るんだね。

さて、シーシャがないのなら、と移動した某
「××××」は集客もそこそこで、
トイレの逆サイドの壁際にとりあえず陣取り、
サンミゲルライト(110THB)を注文。

隣りのロシアっ娘がいいと言うJ君に
「話してみれば?」と振るも
「いやいや、ムリっす」と一蹴される。ま、実際
「シャラポア的」ではなく既に
「ムッチリ」体型の年の頃なら二十五、六の二人。
「スパシーボ」しか分からないし、個人的には
「肌質」「体臭」など、好ましくない要素多し。
「妖精」のようなコなら話は別だが、そもそも
十四、五才の娘がディスコになど居るはずない。

「オレここに居るから、とりあえず一周して
好みのコでも探してくれば」と伝えて、
逆サイドの隣りのコに話し掛ける。

ハイネケンを飲みつつハイスツールに座る彼女は
ブリラム県出身の二十歳。連れのコは
二十五才のヴィエンチャン娘だと言う。

「パタヤに来たばかりなの」

「プンマー(3222)」というその言葉、つまり
「私は田舎から出て来たばかりの
<初心>な娘よ」と言わんばかりのその
「キイワード」には滅法弱いオレ。実際問題
すでにこちらで仕事をしている姉を訪ねて
二日前に現地入りしたPン嬢は、そのまま
「ローイクラトーン」ってことは十七日まで
こっちに滞在するらしい。
姉やその仲間から話を聞いて
「観光客相手にキッチリ稼いで帰らなくては」と、
それなりの覚悟で出稼ぎにやって来たのだろう。

しかし、どう見ても
「ドスッピン」であり服装もおとなしく
「ムッチリ」を超えておデブに近い体型
(身長158cm体重54kg*後から聞いた)。

そう。よーするに
懸命なニッポン男子の諸君なら
「タダ」ならばともかく、
「◯春」目的で連れて帰ることなど、
フツーはまずないと思われる。

しかし、ムッチリ好きのオレ。顔は
「Sカちゃん似」の彼女を見て
「まあ、まったくナシ。という程でもないなあ」
くらいに感じる理由は、やはりその
「歯並びの良さ」にあるのかもしれない。

それよりも何よりも、問題なのは
「事後処理」についてであり、場合によっては
「とんでもないこと」になりかねないのである。

と、ここでやっと本題に入ってきた。
前置きが少し長過ぎるよね。マヂで。

「エロエロダンス」だけは一丁前のPン嬢。結局、
「さわさわ」といろんな箇所を刺激され、某
「〇〇〇〇〇〇」に移動してからは、なんと
「チュー」までしていた。ああ。もうすっかり
「その気」ではないか。途中で合流した姉も
「おお。最初の客がニッポン人なんて
優秀優秀」とばかりに満足気であった。

深夜四時半。
「価格交渉」は一切せず、バイクに乗せて帰宅。
連れの分も含め、すでにドリンク代で
七百バーツほど使っている。

さて、通常のケースならいい頃加減になれば
「1000でどう?」などと具体的交渉に入るはず。
しかし、彼女の場合はおそらく(少なくとも
パタヤでは)始めての客であり、すべて
「アナタまかせ」という態度。

「連れて帰って寝てみてから金額を決めよう」
というのが、一般的男子の考え方であろう。

もちろん、年齢、容姿等によって
個人差はあるにせよ、相場は大体
1000~2000THBといったところか。

「プンマーガール」であるのをよいことに、
通常プロでは考えられぬ程の
「フルサーヴィス」を強要し(大したことではない)、
こちらも一通りサーヴィスを施した結果、
内容は悪くもないが、まあ予想通り
「子持ち(娘三歳)」である以上は
「それなり」としか言えない。

夜一回朝一回の計二回分の
「◯金」を支払わなくては。

「東京三菱UFJ銀行」の封筒に
千バーツ紙幣を一枚入れ、朝、部屋を出る時に渡す。
中身を確認して、
「まあこんなものか」という表情に見えたけど
「コップンカー」とは言わなかったPン嬢。

さて、ここが問題なのだ。

チョイスはいくつもある。

タクシー代二百バーツのみを渡し
「とっとと帰れこのアマ!!」と
部屋から叩き出すことだってできなくはない。ま、
アパートの位置がバレているので実際は厳しいが、
そんな風に追い返す輩だって、タイガールの
態度によっては、いても全然おかしくはない。

しかし、かなりハードな
「キス」を交わしておきながら、
さすがにそれはないわな。
そして、このハードな
「キス」は状況によって相手を
「誤解」させかねない。つまり
「恋人気分」ではないか、とね。

だから、こーいうチョイスもある。
「お金なんて払わないよ。だってオレ最初から
君のことが好きで声掛けたんだもん」。

「色恋」バージョンだね。ただし、これは
よほど鬼にならないと、つまり
「コイツから金を取れるだけ取ってやる」と
本気で思わない限りは、逆に
「予想以上にお金を使っ」ってしまい、結局は
フツーに千バーツ(づつ)払っておいた方が良かった、
ということになりかねない。やはり、
一回一回小遣いを渡し、あくまでも
「客」であることを意識させた方が
良いのではなかろうか。もちろん
「マヂで好きになった」のなら話は別だが。

ちなみに、オレの場合
隣りに女子が寝ていると気になって寝られない。
それなのに
「送って行くから部屋帰って寝ろ」などと
冷たく(?)言い放つことがどーしても
できない性分なのだ。

そして、ここが今日の話のポイントである。

「侍魂」を持っていれば、
「オレ隣りに人が居ると寝られないんだ」と
「ハッキリ」伝えられるのではないか。

そうするべきなのではないか。と、
最近は思うのだ。

どうせすることもない(?)受け身の彼女は、
「一緒にメシ喰うか」と聞けばついてくるし、
「どこか行きたい所ある」と聞けば
「映画が観たい」と言う。

そーやって
「甘やかす」ことによって相手はつけあがる。
最初から付き合う気がないのなら、そんな
「対応」をするのは間違っている。

案の定である。

そこまでいくとさすがに
ケータイ番号を教えないわけにもいかず、翌日
夜になると電話が掛かって来る。

「今日は友達と遊ぶからね。運転中だから切るよ」

そして昨日の深夜。

「友達と一緒に居る」
「私も行っていい?」

ハタと考える。

コイツは仕事をする気がないのか。それとも
オレから手っ取り早く千バーツ取ろう、とでも
思っているのか。もしくは単純に
「会いたい」とか。

はあ。まったく困ったものだ。

しかし、これはどー考えたってオレの方が悪い。
だから、昨日は
「お前は仕事で稼ぐ為にわざわざ
田舎から出て来たんだろ?娘を育てるには
お金がいるんだろ?だったら毎日ディスコに通って、
良さそうな客を探さなきゃ。それが仕事なんだから」と、
「キッチリ」言ってやろうと思って呼んだのに、結局
言えなかった。
「オレにはお前を養う気なんてサラサラないし、
たまに呼んで一発ヤるくらいしかできないさ」とも。

「侍魂」はいったいどーした。


まったくもって
情けない

限りなのである。

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呼び覚まされた記憶と未来への期待

「分かった!Sカちゃんだ」


何のキッカケもなく突然思い出したのは、
二日前にディスコでナンパし(され)た
ブリラム出身の二十歳のタイガールPン嬢に似たコが
「いったい誰なのか?」という件。

某「×××××」というパタヤの歓楽街の
歩行者天国の通りと同じ名のディスコにて
J君と二人でサンミゲルライトを飲みながら、
右隣に居た二人連れのロシアっ娘の片方を指し
「彼女好みのタイプっすわ」と囁く彼に対して
左隣のタイガールのうちの一人を
「オレはこっちだな」と、まあ
「敢えて言うならば」レヴェルの範囲で選ぶと、
「隣りのよしみ」とばかりに、踊りつつ
「微妙なタッチ」を仕掛けてくる彼女。

二人共女子を持ち帰るつもりなど
「サラサラ」ない中で、その甘い
「刺激」に対し徐々に反応してしまう
「男の性」に戸惑うオレ。もちろん
「マヂで好みのタイプ」なら話は別だけど
「ギリギリイケる範囲」内に収まる程度だから
「う~ん。困ったなあ」となってしまうわけで。

ただ、なんとな~く
「どこかで会ったことがある」ような気がして、その
薄~い記憶を探りながらも、肉体及び精神の
「刺激」との闘いは果てしなく繰り広げられ......。

「このコ持って帰っちゃうのかなあ。オレって」と、
J君に助け舟を求めたところで、そんなの
「知ったこっちゃない」的態度の彼と共に、
営業終了の三時前には、そのコも連れて某
「〇〇〇〇〇〇」に移動。

結論を言えば持ち帰ってしまったわけだが、
一生懸命頑張って
「夜一朝一」でコトを終えた後も、まだ
彼女が誰に似ているのかは分からぬまま。

結局、翌日昼ご飯を一緒に食べてその後
タイのホラー映画を観て、某
「スタバ」でお茶を飲んでから、やっと
送っていった後数十時間経っていきなり
二十年以上前のバブル時代に通っていた
「スポーツクラブ」のプールで出逢って
仲良くなったSカちゃんの顔と水着(ビキニ)と
「トランジスタグラマー」なその肢体が
鮮明に蘇ったのであった。

なるほど。確かに彼女は典型的な
「イサーン顔」であり、弾力のある
「小麦色の肌」と共に、その
「明るい性格」はタイガールと被る。

と言っても、Sカちゃんとは正式に
「お付き合い」したわけでもなく、何度か
「寝た」だけの関係。しかし、今でも
「ハッキリ」と記憶にあるその理由は、彼女が
「ピル」の常用者だったからに他ならない。
よーするに、個人的にはほとんどない
「生挿入」の相手だった、という話だ。

頑張って口説きなんとか辿り着いた彼女の部屋の
「二段ベッド」の上の段で、まだ若かりしオレは、
いろんな理由でかなりビビりつつも、やはり実に
「アッサリ」と果ててしまう。そんな
しょっぱくもホロ苦い想い出は今も記憶に
「しっかり」と残っているのだ。

ああ。あの奔放で魅力的だったSカちゃん
(当時十九才)は、今、
どこで何をしていることやら......。

時は流れて二十数年。

様々な経験を経て、今、
パタヤという下世話な街で暮らすオレ。結局
「性衝動」に関しては何も変わっていないのだ、と、
「しみじみ」思う秋の夜長。


さてさてさてさてさて。

いったい何をどういう順番で話せばいいものか
「サッパリ」分からぬまま、今この瞬間感じるのは
「まだまだだなあ」という切ない思い。

バンコクに四年パタヤに一年住んで、本当に
いろんなことがあったものの、結局
「タイのことなんてまだ何も分かっていない」と、
あらためて自覚せざるを得ない今日此の頃なのだ。

「乾期」という名の、それはそれは素晴らしい
「ハイシーズン」に突入し、気候そのものよりも
街の雰囲気やら人々のテンションやら、何だか
「じわりじわり」と心や体を揺さぶるような
不思議なムードを味わっているのだが、結局
「一番大事な部分」はその辺りなのではないか、
ということに今更気付く。

ニッポンに四季があり、それらにまつわる行事、
旬の味覚、ファッションの変化などなどなど
「侘び寂び」のある独特なニッポン固有の文化を、
ニッポン人として永年に渡って味わってきたのと
同じようにタイにもやはりそれは当然存在する何か。

「常夏の国」だから何もかも
「単調」かといえば、果たしてそうではない部分が
オレにはまだまだ全然分かっていないのだ。

当たり前と言えば当たり前の話であるなりに、
知人に対していかにも分かったかのごとく
偉そうに得意気に説明することの
「恥ずかしさ」を、今更ながらに痛感する。

「ニュアンス」はちょっと伝えづらいのだけど、
「ネガティヴ」な話では決してなく、むしろ
「もっともっと深いタイを知りたく」なって
結構前向きな気分なのである。


読者に対する反省の念も込め、
今後の人生への期待と共に、
「現在」「過去」「未来」を
もっともっと楽しめるよう

心から願う次第だ。

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