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2014年2月11日 (火)

「なんとか細胞」はどうやらとんでもない発見のようで

「黄昏れ」るには、やっぱり海がいい。

賑やかなパタヤビーチではそうもいかぬが、
部屋からバイクで五分のナクルアビーチは人気も少なく、
夕陽の沈む時間に一人で佇めば孤独な自分を演出できる。

毎日楽しいのだけれどなんだか少し物足りない気がして
いろいろ考えてみた。
何をしたいのか。どーいう方向に行きたいのか。

タイに来た当初は、徐々に悟りを開いてまるで
「仙人」のようになってしまうのでは、などと
危惧したものだが、やがてそんな時期も過ぎて、ただ
自堕落な日々を送るのみの生活。
「なんとか細胞」が発見されて、そのうち人が
「不老不死」にでもなったらどーするのだ。とか。
でもまあ、結論は
「元気なうちにもっと遊んだ方がいいな」
程度のものだった。


「遊ぶ」と言ったって別段
目新しい思い付きもなく、とりあえず
「55バー」へ行ってみる。いつものようにただの
「暇つぶし」ではなくちょっと真剣に
「遊び相手」を探そう、というわけだ。

「守備範囲」の広いオレだからすぐに候補が見付かる。
席に呼んで話をしてみればだいたいのタイプは分かり、
一人はかなり可愛いけどまったくやる気のないヤツで、
一人はさほど可愛くないけど素直でいいコそうだった。
年齢はいずれも十九才で身長体重の数値もほぼ同じ。
出身地はスリンとコンケンであり、当然のごとく
「イサーンL字ライン」をハズしてはいない。

それにしてもオレの好みのタイプは本当に分かり易いな。
せっかくハリキって遊ぼうというのだから、たまには
「長身スレンダー美人」とか「グラマー熟女」とか
「<いかにも>って感じのオカマちゃん」などを
選べんでみればいいのに。

そのまま持ち帰ることはせず、いい時間になったので
店を終えたバービアの知り合いをディスコに誘ってみる。
電話口では来ると言った二十六才Cー嬢だが、結局
一時間経っても来ず、店内にターゲットを絞る。某
「〇〇〇〇」はいつも通りそこそこ賑わっており、
やっと見付けたカワイコちゃんと視線が絡むものの、
生憎彼女には西洋人のお相手が居て、
女子四人連れで景気よくやっていた。

同じテーブルの連れの同年代女子に
「友達のことタイプでしょ?」と声を掛けられ、
よく見れば彼女もけっこう可愛くて
そのままそこで一緒に飲むことに。
テーブルの権利がハッキリしていないディスコでは
「相席」などよくあることなのだ。

若いけどメイクやファッションなどちょっと
オトナっぽい感じで、そーいうタイプに年齢を尋ねる時は
予想をわざと少しだけ上にハズして
「オトナっぽく見えるね」と言った方が喜ぶ。だから、
「二十二才?」と聞くと、案の定
「いやねえ。まだ二十一よ」と嬉しそうに答える。
ま、これはあくまでも持論だが。
そのB嬢はニッポン男子に囲われていて、友達の方は
隣りのファランがギック(愛人)とのこと。いずれも
仕事はせずブラブラしているらしい。

キレイな女子はいいですなあ。

彼女らと別れ、上階の某
「××××××」に移動。
顔見知りのM嬢と会い、一緒に飲む。
田舎のブリラムに帰ってしまったPン嬢の
実のおねーさんが働くバービアの同僚であり、
仕事終わり(二時に閉まる)でほぼ毎日
「〇〇〇〇」→「××××××」に、やはり
「出勤(?)」するのだ。

「この間田舎に帰ったらPンがホンダに会いたがってたよ」
「ふ~ん。で、アイツはこっちに来ないのかな」
「子供と離れ離れはムリみたいね」
「なるほど。まあそーだろうなあ」

そんな世間話をしつつ、そろそろ例の某
「〇〇〇〇」へ移動しようと、帰る旨を伝えると
「私も今日は帰る」と言う。
連れがイタリア男子に捕まって酔っ払ってしまい
「疲れちゃった」とのことだった。
時間は深夜四時過ぎ。彼女は家が近いので
「送ろうか」と聞くと、某
「〇〇〇〇」に行きたいらしい。

実はまだここで紹介していなかったが、
最近ついに発見した、懐かしきあの某
「ラーンドン」並に素敵なローカルディスコである。
客はほぼタイ人のみであり、今までに一度も
ニッポン人はもちろんファランも見たことはない。
「アウェイ感」はハンパぢゃないが、それでも
「十代フリイ」でありワイルン満載のその眺めは
他のどこにもない価値が確実にあるのだ。ただし、
朝十時までやっているそのディスコ。
二時や三時に行ってもまだ人がいないというのが
難点と言えば難点なのだが。

年齢を尋ねたことはないがおそらく三十代間近の
二人の子持ちのM嬢。すっかり気に入った様子で
「ホンダー。ココいいね!また来たい」とのこと。
「Blend285」(タイ産ウィスキイ)ですっかり酔っ払い、
六時頃には彼女を送ってオレも退散した。


とまあ、やっていることは結局
普段と何ら代わり映えしないのだけど、
気分だけはちょっぴり違った。

「このままでいいのか」なんて考えた所で仕方がないし、
人生、なるよーにしかならないのだから。

いつ死ぬか分からないし、ひょっとしたら
いつまでも死なないのかもしれない。
どちらにしろ
「今を楽しく」生きるのが

一番なのである。

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