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2014年5月31日 (土)

そこに海がある、というだけで

買い替えてからはほとんどなかったのだが、昨日
日記を書いていたら突然パソコンの画面がフリーズし、
保存などしてなかったので当然内容はぶっ飛んだ。

以前はこーいったことがままあって(操作ミス含め
年に数回)その度に激怒していたし、ほぼ書き終えた
短い小説が消えてしまった時は、あまりのショックに
部屋の中をやたらと歩き回ったりベッドの上に何度も
ジャンプしたりしつつ、おかしくなりそうな頭の中で
最終的には復讐まで考えたものの、結局その
対象(パソコン?自分?)や具体的方法が思い付かず、
うまく処理しきれなかったあの時の悔しい気持ちを
今でもよ~く覚えている。

「復讐」なんてロクデモナイということは知っているし、
昨夜たまたま観た映画(「コロンビアーナ」)の
テーマにもなっていたではないか。そしてそれは何故か
「ぶっ飛」んだ日記の話にも繋がっている。
さほど頭にはこなかったもののわりといい話だったし、
せっかくなので記憶を頼りに書き直してみようと思う。

どーせヒマだしね。


海の見える某
「〇〇〇」に置いてあった村上春樹氏の二冊の
ハードカヴァーを読み終えてしまった。

他の作家の方々には大変申し訳ないが、とにかく
筒井康隆大先生および村上春樹氏の小説とそれ以外では
圧倒的な差があり過ぎて困ってしまう。特に
村上氏の作品にはいつも
「徹底的に打ちのめされ」る、もしくは
「猛烈な創作意欲をかき立てられ」るほどの刺激があり、
「エンターテインメント」を純粋に心ゆくまで堪能できる
(読みながら大笑いすることもしばしば)
筒井作品の素晴らしさも含め、どちらにせよ
「何故こんなに読点を打つのだ!」とか
「いやいやいや。さすがにそれはないわ」などと
「イライラ」しつつ読むのとは大違いなのである。

ただ、シチュエーションだけは決して悪くない。

時間に追われることなど一切なく、
日常生活の煩雑時を気にするでもなく、
(たまに隣席のインド人連中が騒ぐのを除けば)
他人との干渉もなくひとり静かに、
陽が傾いてやや涼しくなった海辺のテラス席にて
爽やかな風を感じつつ、大きめのカップに
タップリと入る丁度いい具合に薄められた
エスプレッソのお湯割りを飲みながら小説を読む。

なかなか素敵ではないか。

だから内容に文句をつけては罰が当たるが、特に
村上氏の作品であった場合、それは
「至福の時」となる。というお話だ。

そして、
そこに海がある、というだけで気分は随分違う。
パタヤに住むことになった最大の理由でもある。
ビーチや水が汚かろうが別にどーでも良い。
特別好きなわけでもないし、不思議なのだけど
何故だか心穏やかになるのである。

そこに海がある、というだけで。


さて、今回も例によって
村上春樹氏の小説には相当に刺激を受けた。

もちろんオレもファンの一人であるがそれにしても
どーしてここまで一般大衆にウケがいいのだろうか。
理由のひとつは、主人公が
「等身大」(特に長編の場合)だからかもしれない。
「ああ。分かるな~その気持ち」としばしば思うし、
「感情移入」し易いのは異性にとっても同じなのでは。
しかも表現や描写がやたらとキレイだから
「グッ」とくるのだ。
真似できないなあ、と毎回打ちのめされる。

最新の短編集、
「女のいない男たち」なんて、もうほとんどが
「うわ~。これオレの話やんけ」と心打たれた。
実際、そう感じた男性諸氏は多かろう。
裏切られた経験は糧にもなるけれど、やはり
一度深く傷付くとなかなか立ち直れないものなのだ。
「復讐」だの「当てつけ」だの
ロクデモナイことを考えたりもする。

人間なんて弱いモノなのである。


大きく分けるとすれば、
「特定の異性(もちろん同性でも良い。つまり恋人)と
長期間に渡って上手くやっていける」人と
「そうでない」人がいると思うのだが、
間違いなくオレは後者なわけで、だいたいにおいて
何らかの大きな理由やきっかけがそこには存在する。

もちろんオレ自身にもあって、それは
今から三十年前のある出来事。

激しく深く傷付いた若き青年は
「復讐」を固く心に誓う。
そう。
「女」という生き物に対して......。

かくしてオレも文字通り
「女のいない男たち」のうちの一人となった。

オトナになって、じーさんになって、
海辺のテラスで恋愛小説を読みつつ
感慨に耽る。

それも
一つの

人生なのだ。

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2014年5月29日 (木)

軍よりも物欲よりも危険なのは得点の高過ぎる55嬢なのだった

友達が来タイがする機会が、
先月辺りからずっと続いていて何かと
出費が多かったこともあり、しばらく
「おとなしく」しているには、今回の
「戒厳令」→「クーデター」を経ての
「夜間外出禁止令」を、当初、個人的には
「まあ、丁度いいか」な~んて思っていた。

しかし、様子が気になるので夜の街を
「フラフラ」と徘徊してみると、やはり
車もバイクも極端に少なく静まり返っており
(路地の中に入ると多少はマシだが)、
普段とのあまりのギャップが寂しいと同時に
「商売あがったり」の状況が気の毒にもなる。
水商売にはこーいうことがあるからコワいし、
自分の店を持っていなくて本当に良かったが、実際
パタヤに住む以上他人事とも言っていられない。だって
観光と水商売でほぼ保っているような特殊な所だからね。

今日になってようやく時間が
「十二時から四時」までに短縮され多少
「マシ」にはなったものの、それでも
深夜十二時を過ぎれば一気に静かになる。
バンコクほど兵士の姿は目立たないけど、
要所要所ではチェックをしているらしい。

午後十時過ぎに覗きに行ってみた某
「ウォーキングストリート」は賑やかだったけれど、
店の中は静かだった。そりゃ、実際問題
観光客の数自体が激減しているから仕方がないよね。
「焼け石に水」と分かってはいても、一応
「売上げに協力しなくては」と、女子二名に
ドリンクを奢る。
普段ならオレになんて目もくれない、某
「〇〇〇」の女性マネージャーが珍しく
ニコニコ顔で接客してきたのが何だか痛々しかった。


いつ何が起こるか分からないから、なるべく
ニュースをチェックしているわけだが、当然
「情報統制」のムードは拭えるはずもなく、例えば
「5チャンネル」(国営放送局のひとつ)などは
いかにも軍の宣伝に使われている感じが強く、
「シュッ」としたイメージの官房長官的な人物が
画面にしばしば登場する。

言葉が丁寧で穏やかっぽい彼に対し、ついに、
臨時とは言え首相の座を手に入れた陸軍司令官は
「カップ」と語尾に付けない威圧的な口調であり、
「この手のタイプが権力を操る快感を味わったら......」と
心配になってしまうのだ。
どちらにせよ、構図としては
「軍v.sタクシン派」というカタチのようで、どうやら
しばらくは小競り合いが続きそうだ。

そして、こんな状況にも関わらずそこまで落ちない
「バーツ」価格。一応、対ドルでここ数年の安値を
更新しているとは言え、驚くほどではないし、おまけに
ニッポン円がちっとも上がらないからほとんど変わらず
「1円→0.320バーツ」の壁が厚いのである。
「0.330」くらいになったら少しはありがたいけれど
そこまでは難しそうだなあ。ま、だからといって
「ガンガン」散財する気もないのだけどね。

それにしても最近、どーも物欲が
「ふつふつ」と沸いてきて困る。某
「H&M」でさほど着るわけでもない
シャツを次々と買ってみたり、近くに続々と建つ
「コンドミニアム」のパンフレットを眺めてみたり。
そんなお金なんてないのに。

ま、決して悪い事ではなく、年齢を経るにつれて
減少傾向だったのだから、むしろ多少でも戻って
喜ぶべきなのかもしれない。

それよりもコワイのは今日
席に呼んだPン嬢である。

新人で子供のいない二十一才の彼女。
かなり可愛くてスタイルも良く、
ヒマな為か愛想もすこぶるいい。
「燃費が悪いから」という理由で、普段は敢えて
ルックスの数段落ちるコをターゲットにするオレにとって
「手を出しては行けない」領域。
「ハマっ」たらマズい事は確実なのである。

いつもなら呼ばないけれど、つい
魔が差した。

あ~あ。やっぱり
大人しくしてれば

良かったのになあ。

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2014年5月22日 (木)

「ワクワク」することが、ここ最近しばしばだったりする

「あと数ページなのにぃ......」


ここ数日通い続けている某
「〇〇〇〇〇〇〇」のテラス席にて、
仕方なく本を閉じるオレ。

顔見知りのポッチャリとした女子店員が
「ホンダさん。申し訳ないけど」と、例によって
分かりにく~い英語混じりのタイ語で説明するのを聞く限り
軍が外出禁止令を出したらしく、そろそろ店を閉めたい様子
(*フレンドリイ接客ではあるが、ちゃんと「さん」付け)。

バンコクはともかくパタヤなんて関係ないやんけ!と
怪訝に思ったが、家に帰ってみるとTV放送は全て停止。
ネットのニュースでは、今日の話し合いの結果
「クーデター」によって軍が全権を掌握したとのこと。

タイではよくあるとはいえこの状況は初めてであり
「テンション」がちょっとアガる。それは
子供の頃、例えば大型の台風が通過する時
「ドキドキワクワク」した感覚と似ている。しかし、
現実に楽しみなのは、明日の為替相場で円に対して
「バーツがどれだけ下がるのか」という世知辛い話。

もちろん、近未来的には
「タイの政情が一刻も早く安定すること」を
願うとしてもである。


先週末、R君をディスコに案内して(結局、某
「〇〇〇〇〇〇」にハシゴして四時前に部屋に戻った)、翌日
昼前に起きてマーケットで仕入れた商品を整理しつつ
その日が最後の休日というR君を
「いったいどこに案内するべきか」と真剣に考えたが、
どーしても思い付かず、愚問と知りつつも
「行きたいところはないか?象にでも乗る?」などと
糸口を探していたところ、
「一緒にパタヤに行くことは可能でしょうか」という
思いもかけない提案をされた。

「今日の夜には帰る」と伝えてあったオレに
便乗するというワケか。なるほど!
バスに乗ってしまえば二時間ほどで戻って来られるし、
考えてみればそれほど遠い距離でもない。

すぐに車に乗り込み出発。

真面目な彼は、駐在ニッポン人が多いのに未だ
営業所もなく物件の情報もロクに持たない
「シラチャ」の街に興味を示し、
「そーいうことならば」と、市場調査をすることに。
休みの日にも関わらず、ビーチよりも
仕事を優先させるタイプのR君には好感が持てるし、
オレ自身も駐在員の住宅環境に興味があったのだ。

何度も訪れたことはあってもこれまでは一切
そーいう視点で見てはいなかったが、予想以上に
「コンドミニアム」や「高級賃貸」物件があって
ニッポン人駐在員の多さやそれらの需要に驚いた。

しかしそれよりも驚いたのは、某
「アップル」社のハイテクノロジーについてだった。

それらしい物件を発見する度、某i-phoneで
「パチリ」「パチリ」と写真を撮るR君。
「これ便利なんですよねえ」と教えてくれたのは、なんと
「写真を撮った瞬間にG.P.S機能を使って地図上に
マッピングする」という素晴らしいソフトの存在だ。
見せてもらうと、実際
地図上に小さく写真が表示されており、拡大すれば
どこから撮ったかが細かい路地までも一目瞭然。

「なんぢゃこりゃ!いやいや、いつの間にか
世の中はとんでもないことになっているな~」と、
ハイテクに滅法弱いオレは唸ってしまうのだった。

それにしても、コレって特に
不動産業界にとっては画期的なことではないか。だって、
「現(地)調(査)」して写真撮っただけで
地図上に表示され、しかも他の社員と
情報共有できるというのだからスゴイ。

というわけで、シラチャの街を車で
小一時間流していただけで
「海外駐在者向け物件一覧表」的なものができてしまった。
あとは間取り図と家賃等の条件があれば完成である。
う~む。それにしても
便利になったものだな。

その後、パタヤの街に到着。一応
「美しくないビーチ」を案内してから、
昔よく通っていた海の見える某
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」でお茶を飲むことに。

すると、本棚になんと
村上春樹氏の新作単行本が二冊並んでいた。
その店には、ひょっとして
旅行で訪れた人が(荷物になるからと)
寄贈するのだろうか、たまにそうやって
ニッポンの本が置かれているのだった。

早速翌日から通い始め、一冊目の
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
を、今日読み切る直前で
「軍」からお預けをくらってしまったのである。

ただ、そこまで残念でもないのは、例えば
昨日もしくは一昨日と比べると
「続き」がさほど気にならないから。というかむしろ、
ひとつ前の章で終わってしまっても良かったかな、と、
個人的には感じるくらいだ。いや、正確に伝えるなら
ひとつ前の章を読み終わる寸前に
「ああ、終わったな」と思ったら、実はまだ
次の章があったのだった。だから正直、この後はもう
どーなってもいい。

ま、明日になればまた行くけどね。


さて、その日R君と某
「〇〇〇」のテラス席で、穏やかな海と
沈みゆく夕陽を眺めつつ、昔の話をした。

亡き父親が五十年以上前にオカザキからナゴヤに出て来て、
幼稚園のスクールバスの運転手をしていた時
センセイだった母親と知り合ったこと。
二人でアパートの部屋で不動産業を始めてから、結果的に
その敷地を買って自社ビルを建てたこと。
父が亡くなり、事務所だった一階のテナントから撤収し
その後に作ったのが、某
「△△△△△△」だったこと。

最終的には不動産業を継ぐことはせず、
父親の願いは適わなかったわけだが、でも、例えば
不動産ディベロッパー勤務のR君と何日か話をしたり、
物件の資料を見せてもらったりたまたま置いてあった
「コンドミニアム」の間取り図を見たりしているうち
(元々「間取り図マニア」ではある)、なんとな~く
「沸々」としたものがこみ上げてくる。
正直、不動産業界にさほど興味もなかった中、
当時はそれなりに楽しく仕事をしていたのだ。

実際、R君やミャンマー担当のW君が、新興国で
これからやろうとしていることはなんだか楽しそうで
「ワクワク」してくるような話なのである。

もちろん考えにくいとは言え、もし仮にオレが
こちらで不動産関連の仕事をしたとして、
亡き父親はいったいどう思うのだろうか。

そんなことを妄想したら、ちょっとだけ胸が
「キュン」として

しまったのだった。

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2014年5月21日 (水)

戒厳令ごときでビビっていてはダメなのである

「戒厳令」が布告されたらしい。


言葉面を見る限り物騒な話だが、実際は
陸軍が現在設置されているデモ会場及び
いくつかのTV局に兵士を送り込み、
政府側及び反政府側の流す衛星放送を規制しつつ
デモ隊が移動できぬよう監視している程度の様子。

今のところ中立を保っており、陸軍のトップは
「クーデターではない」と繰り返すが、現実問題
政府の要請でも裁判所の命令でもなく
「軍」が単独で動いている以上、やはりこれが
ある種のクーデターなのは間違いない。

ただ、昨年末のデモ開始以来
小競り合い等ですでに三十人近い死者が出ており、
首相の退任後も未だにこれといった解決案がなく
「このままではどーにもならない」的ムードの中
「満を持して」重い腰を上げた雰囲気。

「いったいどちら側につくのか」が焦点だけれど、
現陸軍司令官が数年前に当時の民主党に任命され、
その時のデモを主導していた今の政府側、つまり
「タクシン派」の「赤服」騒動を鎮圧した経緯からみて、
「反政府側につくのでは」というのが一般的見方なのか。
もしくは、あくまでも中立の観点で
下院選挙が行われるように誘導するのか。しかし、
選挙ならばタクシン派が有利とされており、そーなると
現政権側に味方すると取られかねないから難しいところ。

どちらにせよ、今後も
「特権階級派VS一般大衆派」という構図は、おそらく
ずっと続くであろうし、それこそが
「タイ式民主主義」の基本的カタチなのかもしれない。


ま、個人的にはどーでもよい気もするが、唯一
「メリット」があるとすれば争乱により
「バーツ安」が進行する件くらいか。

そう思って早速
「バーツ対円」の相場をチェックするも、実は
それほど変化がないのである。

「戒厳令が出たぞ!」となればフツーはもっと
為替相場に影響しそうなものだが、タイの場合
この手のことはしょっちゅうあるから、すでに
「折り込み済」なのだ。

ちぇっ!つまんないの。

などと不謹慎なことを考えてはいけない。
混乱が一刻も早く平和的に解決するのを

心から祈らなくてはね。

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2014年5月19日 (月)

「懐中電灯野郎」に怒り心頭の一方で

「は?百バーツ??マヂかよ!」


隣りにR君が居たこともあって、ついついニッポン語で
「叫んで」しまった。というか
「悲鳴」だな。あれは。

実際、マヂで
「ビビっ」た。だって、
パーキングエリアで懐中電灯を
「チカチカ」させて車を呼んで
「誘導」するだけの事なんだぜ!

確かに、その辺りは某
「R.C.A」の中でも優良二店舗に近い場所。
R君と一緒だったし、カッコつけて
(人を介せばチップが発生する件は承知であり、
普段ならそんなことはハナからしない)
「ま、二十バーツ程度のことだろう」と
「タカを括って」いたら、車を降りてすぐさま
「ヌンロォーイ(百)バーツ」とおっさんに言われ、
「怒り」に近い感情が一気にこみ上げる。

いやいやいやいやいやいや。実際かなり
「インフレ」傾向のタイだからと言って、たかだか
十数秒の仕事で三百円とはあまりにもヒド過ぎるぞ。
だってさ、入り口ですでに
二十バーツの駐車料金を払っているし、
「公道」ではないにしろ
(ロイヤルセンター様のアヴェニューだからね)、
他人の道路で勝手に商売して(おそらく
大家さんに上納金払っているわけでもあるまい)、
しかも手首コキコキしてるだけのクセに!

では、いったいどーしたか。

いつものクセで値引き交渉
「ロッダイマイ?イースィップオーケーナ!?
(まけてくれる?二十バーツでいいよな!?)」するも
「マイダーイ」と真顔で即答されると、西洋人のごとく
「両手を広げ肩をすくめ首を傾げる」という例のポース。
「フンッ」とばかりに車に乗り込みエンジンをかけると、
一分ほど引き返して誰も居ないスペースに停めたのは
言うまでもない。その距離約五十メートルだ。

プラスティックの椅子に座るおっさんの前を通る際に
「チラリ」と一瞥をくれるも当然素知らぬ顔。しかし、
よく見れば廻りは車数台分のスペースを除きほぼ満車。
てことは、だ。
「都会育ち」バンコクのお金持ちどもは
「百バーツね。はいよ」と、疑うこともなく
「シュッ」と気前良く払っているのだ。
店の前に横付けならともかく......。
いや、それも今となっては
二百バーツが相場なのだろうか。

う~む。
バンコクのインフレ率恐るべし。


ま、金額はともかく個人的には元々
「チップ」という制度に関して
「勘違い」している輩に納得がいかない。

冒頭の
「駐車場所誘導サーヴィス」に関しては、
「立派」ではないしろ一応仕事としては認めるし、
ホテル等の歴とした駐車場係とは多少
シチュエーションの違いはあるにせよ、まだマシ。

ただ、例えばディスコパブ等によく居るいわゆる
「トイレ屋」(肩を揉んだり水道の蛇口を捻ったり
おしぼりを渡したりしてチップで稼ぐ仕事?)など、
「押し売り」色の強いサーヴィスに対しては
どーしても拒絶反応を示してしまうし(だって
頼んでもいないのに勝手に人の体に触れるのだ)、
「55バー」等でフツーにドリンク運ぶだけで
「チップ」と口に出したり
「手招き」してくる輩には、その
厚かましさにマヂでビックリする。

トレイでお釣りを運んで来て、
「ケチケチ」のオレが小銭まで全部持って去ろうものなら
「チップなしかよ、おい!」みたいな態度。っていうかね、
二十バーツの場合でも札を使わず
「十バーツ硬貨二枚」という店はどーも好かないのである。

細かい?
理屈っぽい??

ま、たしかにそーだよね。自分でも
「小さいなあ」と思うこともあるし、現実問題
「バブル」当時を振り返ってみれば、たかだか
そんなことにいちいち目くじらを立てていたかどうか
ハッキリとは覚えてはいない。でも、
「理不尽だな」と思った時は相手にそう言うし、
「客」の立場で店員に大人気なく
「キレ」たりしたことだってしょっちゅうある。

タレントで言うならば、例えば
千原ジュニア氏的な
「理屈っぽさ」があるのかもしれないし、
そーいう人間を
「カッコ悪い」と感じる方々もおられるだろう。
ただ、申し訳ないがオレは昔から
そーいう人間だ。だから、
「トイレ屋」とわざわざ卑下して呼ぶし、今回
「懐中電灯野郎」と、彼らに対して名付けよう。

自動車数十台分に対して四、五人居たヤツらの日当が
「高いか」「安いか」に関してはまた別の話としてね。


ところで、某
「slim」を訪れたのは実に
数年振りのことだったけれど、週末ということで
四百バーツ(2ドリンク)の入場料を取られる
「システム」はまだ良いとして、中に入ると某
「flix」(ハードハウスエリア)が暗くなっていて
完全に閉鎖されているのにはちょっとした
「ショック」を受けた。

移住当時あれだけ通って、たまに行われる
「おしっこ検査」を避ける(いざという時の)為に
「裏口」(従業員出入り口)から路地に出る方法や、
「積極的にキスしてくる場合はオカマちゃん」など、
あんなことやこんなことを研究してきた想い出の店が
無くなってしまうのは、正直とても寂しい。実際には
「ONIX」という名前にて旧
「バンドエリア」を改装して場所が移動しただけにしろ、
「鉄板」の集客力を誇っていたハコがその一部でも
「閉め」た事実と意味は決して小さなものではない。

数年前から既に隣接の某
「Route66」に客を奪われていたのは明らかだったし、
時代の流れと共に移り変わるものもあるのは承知の上、
飲食店をやっていた者としてはやはり胸が痛む。
もちろんバンコク全体の
「パイ」が減ったわけではないかもしれないが、
「だとしても」である。

但し、DJの選曲が最近の世界的主流
「E.D.M」になっていた件、及び
十二時から交代して登場した彼の
「腕」が相当なモノだった件(盛り上げ方が巧い)、及び
営業時間が朝五時までに大幅に伸びた件、そして
それを教えてくれた昔から長く勤めている入り口の
「セキュリティー」係がオレの顔と名前をちゃんと
覚えてくれていた件で、すっかり
「相殺」したわけだが。

「E.D.M」というダンスミュージックの新しい
「ジャンル」の存在を恥ずかしながらつい最近まで
知らずにいたことも含め、それを事細かく教えてくれた
R君に感謝すると共に、バンコクでは数少ない
「ハードハウス」を流すハコが未だそこそこの集客
(ミーハーエリアに比べれば全然少ないにせよ)で、
朝五時まで営業している新事実を全体として
「ポジティヴ」に受け止めたい。

次回訪れる時には必ず
閉店するまでの様子を最後まで見届けることを、某
「Onix」のオープンを陰ながら祝うと共に、固く

心に誓ったのであった。

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2014年5月16日 (金)

噂に違わぬ高待遇を垣間みて思うこと

「いや~。快適だなあ」


現地採用組とは違い、やはり
「海外派遣駐在員」様の優遇具合は
噂通りなかなかのものである。

プロンポンの駅至近に位置する某
「サーヴィスアパートメント」は、いわゆる
キッチン家具家電など全て揃った
中長期滞在者向けの宿泊施設であり、毎日の
室内清掃&ベッドメイキングというホテル並みの
サーヴィス付き分譲賃貸マンションのようなもの。
内装もなかなか豪華で、家具のセンスも悪くない。

バンコクでの数週間の
「研修」(と言っても実質フツーに仕事)中に
これだけの待遇なのだから、当然
プノンペンの地でも変わらぬ待遇であろう。ま、
同じような賃貸物件があるとしての話だが。
そこで彼が今後行うのは
「不動産ディヴェロッパー」の業務であり、
本人の住環境が悪くてはもちろんお話にならず
とりわけ重要な部分であると言える。

そんなR君の状況に甘えて無理矢理ごやっかいになり、
たった数日でもこんな素敵な暮らしを味わってしまうと
「ムクムク」と欲が湧き上がってくるのだからコワイ。
勢いの良いシャワー。憧れの電化型キッチン。
天井までの鏡付きスライド式クローゼット。
ドラム型洗濯乾燥機。そして屋上には
インフィニティーのプール。

嗚呼。なんと素晴らしい都会での
ハイソサエティー生活♪

下世話な歓楽街の片隅のボロアパートで、某
「〇〇〇〇」の家具に囲まれて暮らしている場合ではないぞ!

いやいやいやいやいやいや。
そんなこと言うなら仕事しろ!って話だよね。まったく。

はあ。
困ったもんだ。


前回ニッポンに一時帰国した際、たまたま
家族で店に食事に寄ってくれたR君夫婦と
「バッタリ」再会。その時はまさか
「一年後にプノンペン駐在」なんてことになるとは
露ほども思っていなかった。

ただ、タイでのオレの暮らしに興味を示していたし、
海外勤務のごく少ない枠に本人自ら希望して
応募したらしいから、彼からしてみれば実はさほど
意外ではなかったのかもね。そして、
かなりの高倍率の中見事に枠を勝ち取っていよいよ
秋からは単身で海を渡る。

「何故カンボジア?」と、聞いた当初訝ったのは
ニッポン人がまだ千数百人しかいない国で
「一体何をするのか」という危惧だ。しかし、
よくよく考えてみればまだ手付かずの地であり
「独壇場」なのかもしれない。

ま、どちらにしても、是非頑張って新たな
マーケットを開拓していただきたいものだ。

一方オレはと言えば、もう
六年近くもタイに住みながら未だ
「コレ」といったビジネスチャンスを見付けてもいない。

「ま、そのうちきっとやりたいことでも出てくるだろう」

そんな風に気軽に考えことさら探してもいないわけだが、
「ラクチン」生活があまりにも心地良過ぎて
抜けられる気配がまったくない。自分がこんなに
「怠け者」だとはマヂで思っていなかった。

「なるようにしかならない」というのが本音だが、
たまにバンコクに出て来て少しでも買い物したり
ちゃんとしてる一般の人と触れたりすればやはり
「このままでいいのかなあ」と自問自答することも。


と、まあ、たまにはこうして
文章にしてみたくもなるのである。

何をしていたって、
同じように毎日は

過ぎていくものだ。

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2014年5月15日 (木)

騒音から逃れる先もまた喧騒の大都会也

毎日のように訪れるスイス発のコーヒーショップ某
「〇〇〇cafe」に珍しく朝訪れてみた(いつも夕方)。

いくつか用事があって急遽バンコクに行くことになり、
ドライヴ前(今回は車)にちょっと寄ったのは朝少し
早起きし過ぎた為だ。
普段はお昼前後に目覚めるので、
朝のカフェや朝に飲むコーヒーはなんだか新鮮で良い。

ただ、数時間後の大渋滞のことを考えると
やや気が重くもあるが。


まずは某
「△△△」でベッドカヴァーを購入。
バンコク郊外にあるショップで知人に頼まれた雑貨の
サンプルを仕入れた後、某
「□&□」でシャツを買う。
サンプルを小包にして郵送したら古本屋で本を買って、
今日の用事は終了。
夜はプノンペン単身赴任予定のR君と落ち合い、
彼の宿泊している高級サーヴィスアパートメントに
泊めてもらう。

翌日は某「××××」ディーラーに書類を取りに行き、
漫画喫茶で時間を潰したあと、夕方からは
チャトゥーチャックのウィークエンドマーケットへ。某
「〇〇〇〇」にて夏にイヴェントで
「タイランド・フェア」を開催するとのことで、
「インテリア雑貨を仕入れて送れ」と指令が出たのだ。
果たして、大したものがあるかどうか......。

ある程度下見した上で内容を相談。
土曜日には実際に仕入れて来なくてはならない。
そして、夜はR君を連れて久し振りに某
「△.△.△.」に行く予定だ。某
「〇.〇cafe*」でDJをしてくれていた彼に
タイのクラブ事情を説明するのである。
am2:00に終了後、ハシゴするとすれば某
「×××max」か「×××××dog」辺りか。

で、日曜の午後には戻って来る。
何かとストレスの溜まるバンコク滞在は
これくらいが限界かな。


さて、近況というほどの出来事も特にない中、実は
しばらく前から家の前の道路で大規模な工事
(おそらく下水管の埋設)が行われていて、昼間は
騒音がヒドくて悩まされている。
Mセ君がプーケットに旅立った後、
アパートを引き継いでしばらくは
そっち(サウスパタヤ)で生活していたほどだ。

だから、このタイミングでの外出は都合が良いとも言え、
バンコク行きがいつも程億劫でもない。

そして、一ヶ月近く続いていた工事もいよいよ
舗装という最終行程に入り、ようやく
完成の時が近づきつつある。
帰って来たらすっかり終わっているのを願うが、
果たしてどーだろう。


では、そろそろ出掛けるとするか。

渋滞と人混みと

狂騒のあの街へ。

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2014年5月 6日 (火)

性交直前の相手に子供の有無を尋ねるのはよくないこととあらためて知る

「息子が二人いるよ」


仕方なく、といった感じでそう答えると
遠い目をする彼女。きっと
田舎に置いてきている子供達の顔でも
思い浮かべたのだろう。

「おかーさんは今日もこうして、あなた達の為に
見ず知らずの男達に身を任せているのよ」

静かに目を閉じた二十二才シングルマザーを前に
ほんの一瞬、僅かな切なさがこみ上げるのだった。


性交直前の相手に子供の有無を尋ねるなんて
無粋なことだと分かっているしお腹廻りを見れば
判断がつきそうなものだけれど、どーしても
気になって聞いてしまうのが悪いクセなのだ。

実際問題、こっちにとってはヒジョーに重要だし、
名前年齢出身地身長体重バストサイズなどと共に
聞き出せるものならば是非知っておきたいのが
「人情」というものではなかろうか。

いや。しかしよくよく考えてみると
「性交後」でもいいのかもしれない。何故ならば
「二度目」がなければ必要のない情報かもしれず、
その判断がつくのは当然のごとく挿入の後なのだ。
よーするに、(大抵の場合)おざなりの
前戯を済ませてからの挿入後数分の段階で、
よほどのことでもない限り
「このコとは二度とないな」と思うわけで、ならば
彼女が子持ちだろうがなかろうが関係ないという話。

「相手を選ぶ前に聞けばよいではないか」と
疑問に思われる読者もいるだろう。もちろん
そうしていた時期もあった。でも、結局
いくら年齢が若かろうがこの国の売春婦達は
「子供を養う」という理由で体を売っている
「ケース」がほとんどであると知ってからは
そんな気もなくなってしまったのである。

寝てみたコを気に入って
「また今度」と思うのがかなり
「レア」であるのと同じくらい(あくまでも感覚だが)
ルックス等で選んだ相手が子持ちでないのも
「レア」だから、そーなるといちいち聞いていては
「寝るコ」を探すのがヒジョーに困難になるし、
「帝王切開」ということだって考えられる。

まあ、どちらにしても一緒に寝るコを決める時
「子持ちか否か」にそこまでこだわるのは
「得策でない」と踏んだのは随分前のこと。
ただ、一方でその案件が
精神的にも肉体的にもかなり
「重要」なのは紛れもない事実なのである。


そーいう意味では、某
「〇〇〇〇〇〇〇」で今回発見したE嬢は
なかなか貴重な存在だ。

四年前、コンケンの町から一緒に出て来た
二人の子持ちのPー嬢に対し、
スタイル含めルックスが良く、イメージ的には
元モデルの山田優嬢をひと回り小さくしたような感じ
(細部が似ているというよりは醸し出す雰囲気)であり、
性格も明るくよく喋りよく笑う彼女に子供はいない。
そして四年近くその仕事をしている割に
「挿入感」が良い(つまり狭い)し、
「自らも楽しむ」姿勢にも好感が持てる。
サーヴィスはほぼないがそれはまあ置屋の常識だし、
個人的好みのタイプではないにも関わらず
E嬢のことを気に入ったのはそういった理由からだ。

というわけで、
師匠の悪魔的教えに従い、翌日には敢えて
師匠と交代した上オレは友達のPー嬢を選び、
少しばかりの駆け引きを試みたのであった。

同じ店で働く二人の様々な違いを知った上、
師匠から支持されている次の行動を、
オレは果たして実行

できるのであろうか。

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2014年5月 5日 (月)

「困った時はお互い様」の精神がもたらすものとは

「ムーガタ奢るから!」


いつもお決まりのその一言で誤摩化されるが、いい加減
「オレは引っ越し屋ぢゃないぞ!」と言いたくもなる。
ていうか、ここ四ヶ月で三度目の引っ越しって
あまりにも多過ぎるやろ。

今朝、Pイ嬢から電話で引っ越しの手伝いを依頼され
そんな風に思っていたら、実は事情がちょっと複雑で、
明日また更にまさかの四回目の引っ越しを
手伝う羽目になってしまったのである。


M嬢と知り合ったのは昨年の十二月。

同居人の姉貴分Pイ嬢と付き合い始めたばかりの
トムボーイのJン君と三人で一緒に暮らしており、
当初は毎日のように部屋を訪ね、休みの日などに
外出する時は四人で行動を共にしていた。と言っても
映画を見たり市場に買い物に行くくらいだが、
間近で初めて見るレズカップルに興味津々だったし、
全てワリカンでお金も使わない割に結構楽しかった。

一回目の引っ越しは約一ヶ月後。Pイ嬢が
備品は何も付いていないが家賃が月々二千バーツと
激安の物件を見付けて来たので、オレの車で
二往復して荷物を運び込んだ。
かなり狭いその部屋に三人で住んでいたのだけれど、
しばらく経ってPイ嬢が
「子供(息子六才)と一緒に暮らす」と言い出し、
やはり備品が何もない三千五百バーツの広い部屋に
二度目の引っ越しをしたのが三月のこと。
ただし、その部屋は
「男子禁制」であり、田舎から子供を
引き取った件もあって彼女らとは少し疎遠になった。

二度目は若干荷物が増えたけれども、近所だったし
二往復&バイク一往復で何とか収まったが、
引っ越し先は四階(EVなし)。あまりの暑さで
汗だくになってしまった。そして二回とも深夜に
「ムーガタ」(ジンギスカン風鍋料理)のブッフェを
「ギャラ」替わりにご馳走してもらったというわけだ。

しかし、今日は様子が違った。
電話してきたのはM嬢ではなくPイ嬢であり、どうやら
独りで部屋を出て行くらしい。
ソンクラーンには実家に帰り息子を再び預けてきた彼女、
恋人のJン君に新しいカノジョができてフラれ、自分も
ウドンでやはりトムのカレシを作った、という
話は聞いていたけれど、M嬢とケンカして
三日も部屋に帰っていない件は一切知らなかった。

事情はともかくとして彼女とも一応友達だし、
知り合いで車を持つ暇人がオレくらいであろう件、
過去に二度引っ越しを手伝った経緯などから
無下に断ることもできず応じる。但し、前日
ディスコで朝七時過ぎまで遊んでいたので、
午後二時過ぎまでタップリ寝てからにする。
思ったより荷物は少なく
トランクと後部座席にピッタリと収まり
大した手間ではないなと安心するも束の間、
予定の引っ越し先の条件が前日の説明と違い、結局
予算オーヴァーでその部屋は断念。

ケンカした同居人には告げず、どうやら
「夜逃げ」に近いカタチで出て来ている手前
「今更戻れない」という状況では、そのまま
新居を探すしかあるまい。話を聞く限り
「戻った方が良い」という確証もなかったし、
揉めている最中の二人に挟まれるのもイヤだったオレは
仕方なくそう判断したのであった。
ただ、実際問題、月々四千五百バーツ以下で
ベッドエアコン冷蔵庫TV等家具家電類が揃う部屋なんて
そうそう見付からないだろうとイヤな予感はしていたが。
案の定、めぼしい場所を車でグルグル徘徊して
空き部屋の有無を尋ねたアパートは二十軒近く。
諦めかけた頃、ごはんを食べに寄った屋台の隣りに
エアコン以外の条件が揃う四千二百バーツの
そこそこキレイな部屋を発見したのは奇跡的だった。

二階の部屋にさほど労せず荷物を運び一件落着。
ガソリン代三百バーツを貰い、ギャラ替わりの
「ムーガタブッフェ」を約束して彼女と別れた。
不動産時代の頃を想い出したが、
約半日の拘束時間ならば、少なくとも
家賃の数ヶ月分は会社に入金しただろうに。
オレも随分落ちぶれたものである。


さて、部屋に戻りM嬢に連絡して事情を尋ねたところ、
二人の言い分はかなり異なるものの、まあ
女子同士のケンカなんてだいたいそんな感じだし
「予定調和」とも思えた。がしかし、ショックだったのは
「ぢゃあ明日は私の引っ越しもよろしくね♪」と、彼女に
軽~く言われた件。つまり、元々二人の間で
「広い部屋に引っ越そう」と話がまとまり、既に
新しい部屋を決めてお金まで払ってあったと言うのだ。

「おいおい。話が違うやんけ!」

よりによって二日連続で二人のタイガールの
引っ越しを手伝う羽目になるとは。

「オレの名前はサカイぢゃないんだけどなあ」などと
つい愚痴ってしまう気持ちも分かって欲しい。


ところがである。

「捨てる神あれば拾う神あり」。

その後師匠と出掛けた某所で
小栗(旧姓山田)優似の美人(二十二才)と
巡り会うことになるのだから、
「たまには良い行いもしてみるものだな」と、
しみじみ思う
「現金」なオレなのであった。

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2014年5月 3日 (土)

世界に誇るべきニッポンのプロダクト達〜食料品編〜

「委託料か。いいっすね~!」


今朝早くSゲちゃんの電話で起こされた。

十月及び十一月の予定を聞かれたわけだが、恒例の
〇〇県主催のタイフェアが行われるとのことで、
十月はどうやら忙しくて
「△△」販売スタッフが来られないらしく、
現地駐在の人間、つまりオレに
「業務委託」するカタチになりそうなれば
キッチリと費用が出る可能性が高いと言う。

今まではほぼノーギャラだったので、まあ
有り難い話ではあるけれど、相手が
「官」なだけにちょっとイヤな感じがする。

〇〇県としては東南アジアのターゲットを当面
タイとインドネシアに絞ったみたいで、今後も
積極的に動く予定の様子。インドネシアには某
「イオン」がショッピングモールを十月にオープンし、
数年後には二十店舗目標と鼻息が荒い。そして
現地法人の社長が〇〇県出身というのも
「アジア攻勢」の追い風になるのかもしれない。

〇〇県だけでなくニッポンの各地域がアジアに
農産物を相当マヂで売りに来ている件は
タイに居るとよ~く分かるし、もちろんそれは
国内需要の限界と
「TPP」を睨んでのことだろう。
「ウケる」ものとそうでもないものがあるのも
「フェア」に参加していればある程度分かるが、
ニッポンの商品は概ね人気があるから、もっと
自信を持って海外に売り込めば良いと思う。

「移住組」にとってそれはある意味
嬉しいことでもあり、できる限りは
協力したいと個人的には考えるのだ。


さてさて、最近どうも筆が鈍っているのは、
あまりにもいろんなことがあり過ぎて少々
「混乱」気味だからである。例えば
何らかの件について悩みがあるとか
解決が必要であれば、それについて
文章にすることで検証すれば良いが、
いくつも絡み合ってしまうと
「テーマ」を絞りにくいという話だ。

ニッポンから次々と人が訪ねて来て、
そのうち何人かは今後この国で暮らす上で
「何か」をもたらしてくれそうな気もするが、実は
そうでもないのかもしれないし。

インテリア関係と農業関係。どちらも興味はある中、
某ディべロッパーのカンボジア進出というちょっと
「謎」な件と前後して飛び込んで来た
「ソニーが不動産ビジネスに参入」というニュース。

いったい何をどーしたらよいのか。と
混乱してしまうのも仕方あるまい。

プノンペン赴任予定のR君は一旦ニッポンに帰国し、
七日から再び二週間程バンコクに滞在予定。

数日前に先輩が訪ねて来たMセ君は昨日一緒に
パタヤを発ち、バンコクを経由していよいよ待望の
プーケットで雨季限定のサーフィンを楽しむと言う。

五月に予定していたチェンマイ行きは一旦延期となり、
店の都合とTコちゃんの予定によって
六月になるか中止となるか微妙な状況。

永年勤めた会社を間もなく退職するO氏は、
六月頭にいよいよ最後のタイ出張。

そしてオレは六月半ばから一週間、
帰りたくもないニッポンに。

明日からは師匠が
四日ほど遊びにやって来る。

「修行が足りない!」と
怒られそうだなあ。


ところで、満を持して登場した某
サントリーのウーロン茶がウマい。

タイ人向けに甘いヴァージョンや
「レモン入り」とかおかしなことになっているが、当然
「ノンシュガー」もあってニッポン人にはたまらない味。

某「カゴメ」もトマトジュースや野菜ジュースを発売し、
飲料系での進出がアツいのは興味深い傾向だ。某
「アサヒ」や「サッポロ」がビールでどうも
苦戦(?)しているだけに見物である。某
「ローソン」のタイ進出も本格的に始まり、
「コンビニ戦争」にも注目しなくては。

某「明治」の
「ブルガリアヨーグルト」(無糖)には本当に
お世話になっているし、あとは
アイスクリイムとプリンが一刻も早く
発売になることを

祈るばかりである。

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