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2014年5月22日 (木)

「ワクワク」することが、ここ最近しばしばだったりする

「あと数ページなのにぃ......」


ここ数日通い続けている某
「〇〇〇〇〇〇〇」のテラス席にて、
仕方なく本を閉じるオレ。

顔見知りのポッチャリとした女子店員が
「ホンダさん。申し訳ないけど」と、例によって
分かりにく~い英語混じりのタイ語で説明するのを聞く限り
軍が外出禁止令を出したらしく、そろそろ店を閉めたい様子
(*フレンドリイ接客ではあるが、ちゃんと「さん」付け)。

バンコクはともかくパタヤなんて関係ないやんけ!と
怪訝に思ったが、家に帰ってみるとTV放送は全て停止。
ネットのニュースでは、今日の話し合いの結果
「クーデター」によって軍が全権を掌握したとのこと。

タイではよくあるとはいえこの状況は初めてであり
「テンション」がちょっとアガる。それは
子供の頃、例えば大型の台風が通過する時
「ドキドキワクワク」した感覚と似ている。しかし、
現実に楽しみなのは、明日の為替相場で円に対して
「バーツがどれだけ下がるのか」という世知辛い話。

もちろん、近未来的には
「タイの政情が一刻も早く安定すること」を
願うとしてもである。


先週末、R君をディスコに案内して(結局、某
「〇〇〇〇〇〇」にハシゴして四時前に部屋に戻った)、翌日
昼前に起きてマーケットで仕入れた商品を整理しつつ
その日が最後の休日というR君を
「いったいどこに案内するべきか」と真剣に考えたが、
どーしても思い付かず、愚問と知りつつも
「行きたいところはないか?象にでも乗る?」などと
糸口を探していたところ、
「一緒にパタヤに行くことは可能でしょうか」という
思いもかけない提案をされた。

「今日の夜には帰る」と伝えてあったオレに
便乗するというワケか。なるほど!
バスに乗ってしまえば二時間ほどで戻って来られるし、
考えてみればそれほど遠い距離でもない。

すぐに車に乗り込み出発。

真面目な彼は、駐在ニッポン人が多いのに未だ
営業所もなく物件の情報もロクに持たない
「シラチャ」の街に興味を示し、
「そーいうことならば」と、市場調査をすることに。
休みの日にも関わらず、ビーチよりも
仕事を優先させるタイプのR君には好感が持てるし、
オレ自身も駐在員の住宅環境に興味があったのだ。

何度も訪れたことはあってもこれまでは一切
そーいう視点で見てはいなかったが、予想以上に
「コンドミニアム」や「高級賃貸」物件があって
ニッポン人駐在員の多さやそれらの需要に驚いた。

しかしそれよりも驚いたのは、某
「アップル」社のハイテクノロジーについてだった。

それらしい物件を発見する度、某i-phoneで
「パチリ」「パチリ」と写真を撮るR君。
「これ便利なんですよねえ」と教えてくれたのは、なんと
「写真を撮った瞬間にG.P.S機能を使って地図上に
マッピングする」という素晴らしいソフトの存在だ。
見せてもらうと、実際
地図上に小さく写真が表示されており、拡大すれば
どこから撮ったかが細かい路地までも一目瞭然。

「なんぢゃこりゃ!いやいや、いつの間にか
世の中はとんでもないことになっているな~」と、
ハイテクに滅法弱いオレは唸ってしまうのだった。

それにしても、コレって特に
不動産業界にとっては画期的なことではないか。だって、
「現(地)調(査)」して写真撮っただけで
地図上に表示され、しかも他の社員と
情報共有できるというのだからスゴイ。

というわけで、シラチャの街を車で
小一時間流していただけで
「海外駐在者向け物件一覧表」的なものができてしまった。
あとは間取り図と家賃等の条件があれば完成である。
う~む。それにしても
便利になったものだな。

その後、パタヤの街に到着。一応
「美しくないビーチ」を案内してから、
昔よく通っていた海の見える某
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」でお茶を飲むことに。

すると、本棚になんと
村上春樹氏の新作単行本が二冊並んでいた。
その店には、ひょっとして
旅行で訪れた人が(荷物になるからと)
寄贈するのだろうか、たまにそうやって
ニッポンの本が置かれているのだった。

早速翌日から通い始め、一冊目の
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
を、今日読み切る直前で
「軍」からお預けをくらってしまったのである。

ただ、そこまで残念でもないのは、例えば
昨日もしくは一昨日と比べると
「続き」がさほど気にならないから。というかむしろ、
ひとつ前の章で終わってしまっても良かったかな、と、
個人的には感じるくらいだ。いや、正確に伝えるなら
ひとつ前の章を読み終わる寸前に
「ああ、終わったな」と思ったら、実はまだ
次の章があったのだった。だから正直、この後はもう
どーなってもいい。

ま、明日になればまた行くけどね。


さて、その日R君と某
「〇〇〇」のテラス席で、穏やかな海と
沈みゆく夕陽を眺めつつ、昔の話をした。

亡き父親が五十年以上前にオカザキからナゴヤに出て来て、
幼稚園のスクールバスの運転手をしていた時
センセイだった母親と知り合ったこと。
二人でアパートの部屋で不動産業を始めてから、結果的に
その敷地を買って自社ビルを建てたこと。
父が亡くなり、事務所だった一階のテナントから撤収し
その後に作ったのが、某
「△△△△△△」だったこと。

最終的には不動産業を継ぐことはせず、
父親の願いは適わなかったわけだが、でも、例えば
不動産ディベロッパー勤務のR君と何日か話をしたり、
物件の資料を見せてもらったりたまたま置いてあった
「コンドミニアム」の間取り図を見たりしているうち
(元々「間取り図マニア」ではある)、なんとな~く
「沸々」としたものがこみ上げてくる。
正直、不動産業界にさほど興味もなかった中、
当時はそれなりに楽しく仕事をしていたのだ。

実際、R君やミャンマー担当のW君が、新興国で
これからやろうとしていることはなんだか楽しそうで
「ワクワク」してくるような話なのである。

もちろん考えにくいとは言え、もし仮にオレが
こちらで不動産関連の仕事をしたとして、
亡き父親はいったいどう思うのだろうか。

そんなことを妄想したら、ちょっとだけ胸が
「キュン」として

しまったのだった。

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