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2014年8月 3日 (日)

加齢による肉体的衰えを感じて凹むある場面

「いよいよもうダメなのかなあ......」


加齢による肉体的衰えを感じて凹む場面というものが
どんな人にも必ずあるのだろうが、オレの場合
「精力」絡みの案件が多く、よーするに
「性的機能」の低下が顕著であるのを認識して
「ガックリ」きてしまうことがしばしばなのだ。

そこそこの年齢の男性ならば分かると思うけど、
これはもう精神的ダメージが相当大きい。
「オトコノコ」として長い間生きて来て、
常に異性である女子を意識しする中、ある意味
「最大の目的」とも言える彼女らとの
「肉体的接触」に支障が生じるのは、
「人生の楽しみの核を失うのでは」という
底知れない恐怖を伴ってオレの心を襲う。

例えば、頭髪が少ないのは若い頃からだし、
白いものが増えてこようが別にどーってことない。
階段の上り下りがキツかろうが徹夜がしんどかろうが
睡眠が途切れがちになろうが大勢に影響はないし、
少なくとも誰かに迷惑を掛けることはない。しかし、
「生殖機能減退」は相手に申し訳ないではないか。
そう考えると余計ダメになり、
負の連鎖に苦しむ羽目になる。

しまいには
「だいじょーぶ。気にしないで」などと、
若いコに慰められて心の底から悲しくなるのであった。

そんなあなたにいいモノがあります。

そう。
「ED治療薬」だ。

ただ、昨日はうまく機能しなかった。


Tカちゃんがパタヤに遊びに来たので、
月末が近くなりお金の節約の為しばらく封印していた
ディスコに久し振りに訪れた。

「ヘタレ」のオレ達は、例のごとく
「ガツガツ」ナンパするわけでもなく、
場の雰囲気を楽しんだ後、朝になる前に家路についた。
すると帰りの運転中、
店で会ったディスコ友達から電話があって、
すっかり酔っ払った彼女をピックアップしてから
部屋に戻ることに。
トルコ人のカレシにフラレて失意のMー嬢、
客もつかず人肌恋しかったのかもしれない。

二十二才の彼女と出会ったのは、やはり某
「〇〇〇〇〇〇」であり、当時はまだ(フツーの)
マッサージ嬢であったMー嬢も、今ではすっかり
「ナンパディスコ待機型売春婦」に変貌し、
日夜稼いでいる。

何度か寝たこともあって慣れた間柄の彼女と、
ドーピング後一時間程経ってからコトに及ぶ。
しかし、恐ろしいことに
まったく反応を見せないオレの体の一部。
ここでよく使う最小単位を用いた表現、まさに
「1ナノも」という感じで、まったく
「ピクリ」ともしないのである。
たしかに、オレも多少酔っ払ってはいた
(ビール二杯ウィスキイ二、三杯程度)。ただ、
アルコール耐性が比較的マシとされる某
「〇〇〇〇」(ジェネリック)を服用したし、
その程度の酒量でそこまでダメになった経験が
今までなかったからちょっと驚いた。

「ま、とりあえず寝るか」となり、数時間寝た後、
昼前に起きて再トライ。

「...........」。

まったくダメではないか。

酔いも醒めたはずだし、そろそろ
薬が効いてきそうな頃合いにも関わらず。

そこで
「ふ」と思う。
「コーフン度が足りないのでは」と。

某「〇〇〇〇」の場合「△△△△△」に比べて
「じわじわ」とくる傾向があるのは間違いなく、
視覚的及び触覚的刺激を与える必要があるのだ。
もちろんいろんなことを試した末
「それでもダメなのなら」と、目を瞑って
「妄想」の世界に入ってみる。

おかしいなあ......。

「H系DVD」を観ながら。という手もあったが、
Mー嬢とは経験がなく、今このタイミングで
それをするのはマズい気がする。
そうこうしてるうちに、結局
「だいじょーぶ。気にしないで」と言われて
思わず泣きそうになったワケだ。

失意の中、
「イヤなことは忘れたい」と、
救いを求めてきた彼女に対しての体たらくである。
ドーピングしたにも関わらず、
なんという役立(勃)たずなのだ!
ちなみにMー嬢は子供も居ないし、
容姿はごくフツーの女のコであり
悪いのは間違いなくオレの方。

受けたショックは大きかった。

再度ゆっくり寝て、
午後も遅い時間になってからようやく
「完遂」したものの、その中身が
「希薄」だったのは言うまでもない。


その前日、
「EDヴィザ」を取得する為に行った
イミグレーションの隣りの事務所で、
「来年からはリタイアメントヴィザが貰えるんだ」
という話をしたら二十代三十代のスタッフ達が一様に
「えー!?あんたもう五十才なの??」と驚いていた。

わざわざ他のスタッフを連れて来て
「この人いくつに見える?」「うそ!マヂで!?」
などというやり取りが続き、オフィスは
ひとしきり盛り上がっていたが、例え
若造りしたファッションで実年齢より多少
若く見られたところで、そんなのは何もならない。
調子に乗って、普段は
「三十七才だよ」と一回りも年齢詐称するのだって
いい加減やめなければ、と思ってもいる。

「どーしてそんなに若いの?」などと
真剣に聞かれても返答に困るし、
「パッ」と見が若く見えたとしても
「本当はもう爺で女のコすら満足させられない」
という苦い思いが心を渦巻くのである。

一方で、精神的には
「まだまだ若い」という自負があるし、
(養う)家族がいなく気ままに暮らせることもあって、
特にタイに来てからは、生活の内容も
爺さんのそれとはちょっと差があるかもしれない。
このまま行ったら百才くらいまでは
楽勝で生きられそうな気もするし、自分が
年老いた生活をするイメージがまったく沸かない。

ただ、人に迷惑を掛けてまで生きる気など
「サラサラ」ないし、介護を受けるくらいなら
「キッパリ」と人生を終えさせてもらう。

「惚ける前に死ぬ」という話だ。

そして、コワイのはやはり
「女のコと寝る」楽しみがなくなること。
もしそうなってしまったら、何もかもが
「根底から覆る」ような気がしてとても恐ろしい。
特別セックスが好きなわけではなく、むしろ
若い頃から淡白過ぎて悩んでいたくらいだけれど、
異性に興味があったりカワイコちゃんが好きなのは
「最終的に辿り着く目的があってこそ」
だと思うのである。

数年前からドーピングを始めてもう後戻りはできないし、
最近は亜鉛のサプリを飲み始めたりもしている。
それでもいつかは
「枯れて」しまうのだろうし、そうなったら
人生が一気につまらないものになりそうでコワイ。

だから、
「枯れたら死ぬ」ことについても
そろそろ考えておかなくてはな、と

密かに思っている今日此の頃なのだ。

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