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2014年9月29日 (月)

頭の中をループする歌には理由があるのか

「ラリーカールトン?誰やそれ??」


昔聞いたことのある歌やメロディーが頭の中で何度も
「ループ」する、という現象がたまにある。

この年になると、やはり
「懐メロ」であるケースが多いワケで、今回は
「私はピアノ」というサザンオールスターズの曲。
もう随分昔の歌であり、たしかオレが
中学生の頃に発売された
「アルバム」の中に収録されていたのではないか。

理由はまったく分からない。

桑田氏ではなくキーボード担当の
原由子嬢が歌うこの楽曲に、特に
「想い出」などないのに一体何故
こんなことが起こるのだろう。

そして、更に不思議なのは今から
三十四、五年前のその歌の歌詞を未だに
「ハッキリ」と覚えている件。

人もうらやむような仲が いつも自慢の二人だった
あなたとならどこまでも 行けるつもりでいたのに
突然の嵐みたいに 音を立てて崩れてく
涙が出ないのは何故教えて欲しいだけさ
アナタから目が離せない 二人して
聞くわラリーカールトン......ん?

そう。ここまで来て
冒頭の独り言となる。

その、おそらくは
ミュージシャンであろう人物の名前を
オレは知らなかった。
オレが知っているのは
サザンオールスターズというバンドと、
今想い出しても
「いい曲だなあ」と思えるメロディー。


二日程前。某
「55バー」でビールを飲んでいたら
デヴィッドボウイの
「モダンラヴ」のヴィデオが流れて、
「この曲懐かしいなあ~」と思わず
隣りに座るS氏に振ってみたが、
何年か先輩である彼はどうやら
ご存じない様子だった。
世代が多少違うのかな?

アメリカンロックが流行するのと平行して、
ヨーロッパで新しい音楽が台頭して来て
「ニューロマンティック」と呼ばれた頃の
「ハシリ」の名曲だ。裸に近い格好で踊っている
ダンサーなどには目もくれず思わず
画面に見入ってしまう。某
「LKメトロ」にある55バーだからこそ、そんなに
古いヴィデオが流れるのだろうが、
なかなか悪くない。
高校生の頃、アマチュアバンドを組んで
デュランデュランなんかをコピイしていたっけ。
今となってはしょっぱい想い出だ。

昔のことが懐かしい、なんてオレも
すっかり年を取ったものだなあ。しかも
遡る時代が古過ぎて、否応無しに自分の
年齢を思い知らされる。


ところで、話を戻すと
原由子嬢の歌うあの名曲が、頭の中で
「ループ」している理由を思い付いた。

しばらく前に、たまたま
平井堅氏がカヴァーしていた映像を
「You Tube」で観て(聴いて)、おそらく
触発されたのだろう。その昔、確か
カセットテープで何度も何度も聴いていたその
メロディーと曲が、突然、どこかの
引き出しから飛び出て来たに違いない。

あなたがいなければ 一から十まで独り
言葉もないままに生きてた

なんと悲しい失恋の歌だろう。
原由子氏が学生時代から付き合っていた桑田氏と
別れた時にその心情を歌っている、と想像すると
なかなかリアルでよろしい。作詞は桑田氏だから、
相手の心情を想像して綴ったワケであり、
とてもよい歌詞だ。

言葉は大事である。

タイに来て六年間。
言葉の壁があってやはりどーしても
女子達とそこまで深く付き合えない。
タイ文字を使って
「LINE」のやり取りをしたところで
所詮分かり合えるはずなどないのだ。

ニッポン女子達とは、少なくとも
言葉で伝え合ったし、想いが
通い合ったことも。
よく手紙を書いたし、
「メール」で恋したこともあった。

それがないのが少し寂しいのかな。
あの頃を懐かしく思う。
さほど昔の話ではなくて、ほんの
十年くらい前のことだ。

「独り言葉もないままに生きる」なんて
悲し過ぎるではないか。

少しでもいいから恋愛感情のあるニッポン女子と
「LINE」のやり取りをしてみたい。
一人だけ候補がいなくもないが、彼女は
現役バリバリの人妻だからなあ。

ちょっとだけロマンティックなメッセージを
タイ語や英語で送ってみたところで、
タイガールの反応は極めて薄く、
それが悲しいだけ

なのかもしれない。

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2014年9月22日 (月)

小手先の技などさほど役立たぬとは知りつつも

「所詮は一緒なんだなあ」


サウナルームを出た直後に入った水風呂にて、
リラックスした頭でそんなことを考えてみる。

ジムとプールとマッサージルームを併設した
韓国人経営のそのサウナはいわゆる
「スパ」風での造りで、よーするに
「男女混浴」スタイルなのであって、
パタヤにはそんな感じの施設が多い。

基本水着をつけての入浴だけれども、
店によっては(特に女子の)
「レンタル着衣」が用意していないところも。
そんな場合特に若いタイガール達は、
フツーに下着を履いた上に
Tシャツ&ショートパンツという普段着のまま
サウナに入ったり泳いだりするのが
「デフォルト」であって、そもそも
海水浴も同じような状況なのは、恥ずかしくて
肌の露出を控える為と推測されるが、しかし、
現実問題としては、その方がよほど
「エロい」ということに彼女らはおそらく
露ほども気付いていないだろう。

そんな中、サウナルームで一緒になって
男子が女子に声を掛けるシーンをよく見掛けるが、
オレが理解できる範囲で聞いている限り
話している内容はほぼ変わることがない。

「よく来るの?」
「いえ。そんなことないです」
「仕事は何しているの?」
「服屋の店員です」
「へえ。どこで?」
「田舎の方です」
「パタヤには遊びに来たの?」
「そうですよ」
「知り合いがいるのかな」
「はい。姉がバーで働いています」
「へー、そうなんだ。一緒に働いたりしないの?」
「いえ。明日家に戻ります」
「そうか。残念だな~。こっちで働くなら
飲みに行こうと思ったのに」
「うふふふ」
「エヘへへ」

大体そんな会話であり、さほど
難しい単語を使うワケでもないから分かるのだ。
何度か通う度、今後の参考にしてやろう、と
しっかり聞き耳を立てていたけど、どうやら
タイならではの話術やテクニック的なものなど
なさそうだと分かってきた。

噂でよく耳にするのは、
「タイガールはとにかく押しに弱い」とか
「情に訴える方法が効果的」というものだが、実際
別れ際だったりヨリを戻したい時にタイ男子は
やたらと泣くらしいのだ。いやこれは
ニッポンでも一緒なのかな。
「男子たる者涙を見せるなどもってのほか」と、
古い人間のオレなどは思うがイマドキの男子は
そんなことお構いなしなんだろうか。

思えば二十年程前、サラリーマン当時のオレは
サボることばかり考える怠け者であり、昼間は
街の中心部にある会員制ジムに通い、やはり同じように
プールサイドの男女混浴サウナで水着女子の会話に
耳を傾ける日々だった。
平日の午後は水商売の女子が多く、内容はほぼ
ママやチーママの悪口ばかりだったが、彼女らに
「よく来るの?」などと気軽に声を掛ける神経を
持ち合わせてはいなかった。
まだまだ初心だったのだのだなあ(しみじみ)。

かく言うオレも在タイ歴六年となり、
女子に声を掛けるタイミングとかセリフなども
なんとな~く自分なりに掴みつつあるし、
最近は特に成功率も若干上がって来た気もする。
まあ、特にパタヤでは
「まったく相手にされない」ことも多かったのに、
そこまでヒドくはなくなったという程度だけどね。

ただ、いかんせん長続きはしない。

こちらは割と気に入っても相手の反応が悪い
「ケース」がほとんどで、昨日も書いたけど
「金銭的理由」であることはほぼ間違いあるまい。
若いイケメンでもない限り、まあ常識的に考えて
当たり前の話であすにせよ、どうやら本人はまだ
その辺りの自覚に欠けているようなフシがあるな。

そして、さほど気に入っていない相手からは
「猛アタック」を受けることもしばしば。
比較的冷め気味と自覚するオレとしては
彼女らのパワーやアツさには感心してしまう。

本当に昔からよくあるが、やはり
追えば逃げるし逃げれば追われる、というのは
いつの時代でも一緒なのだろうか。

ただ、若干飽きて来たのでそろそろ
「新たな境地」を開拓したいな、とも思う
今日此の頃

なのである。

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2014年9月19日 (金)

「NO MONEY NO HONEY!」は決してジョークなどではない

「オレら知り合いだったっけ?」


この国において女子に見つめられることなど
「日常茶飯時」であるにせよ、その場所が
サウナであり互いに裸に近い格好であるが故
「ドキドキ」してしまったのかもしれないが。

しかも相手は菊池桃子似の若いコ。ついつい
反応してしまうのも当然であろう。

聞くと彼女、某ディスコ
「〇〇〇〇〇」勤務当時に何回かオレを
見掛けたとのことであり、明日、
二才の娘が待つ田舎のルーイに帰る直前に
「それ風」のニッポン人を発見し
「藁にも縋る」思いだったのは想像に難くない。

二十三才O嬢と話すうち、ある種の
「結論」めいたモノが見えてきたので、今回は
その件について検証してみたい。


パタヤにやって来る理由は何か。
という話である。

外国人のオレ達からすれば当然
「観光」が主な目的であるのは明白であり、それは
曲がりなりにも都市部から近い
「リゾート」としての価値+アルファな部分も含め。

では、タイガール達は何故パタヤに集まる?それは
「観光」にやって来る外国人のオレ達が
「ターゲット」ということになるのは自明の理。

近頃、ニッポンにおいて若い女子達の人気就職先は
「主婦」であると聞く。
「主婦」が就職先かどうかの議論は別にして
「女子が男子に養ってもらう」という図式はその昔
ニッポンではスタンダードなカタチだったし、
昭和の古き良きニッポンのイメージを彷彿とさせる
タイにおいて女子がそう考えるのも不思議ではない。
もちろん、出稼ぎ先として日々の暮らしの
生計を立てる為に裸に近い格好で踊る女子もいる中、
「一本釣り」で大物を虎視眈々と狙う女子もやはり
パタヤにはたくさん居るのだろうな、と、実感した。

おそらく某
「〇〇〇〇〇」で知り合ったのであろう
ニッポン男子との間に子供をもうけた末、
「家と車を買ってもらった」というO嬢はそれなりに
「成功を納めた」と言える。しかし、
相手が居なくなってしまった(?)現状
「日々の生活費を稼ぐ」ことよりも
「二匹目のどじょう」を狙い、再び
パタヤを訪れたに違いない。

十日間滞在中、主に某
「〇〇〇〇〇」で網を張っていたが、結局
獲物を捕らえることなく、今回は家に帰る。
そんな彼女の話を聞いていると
(オレは規定外だと諦めた様子)、普段から
「ディスコ」に毎日のように出勤している
タイガール達の大半はこのパターンで
「一発大逆転」を狙っているのではないか。

そんなことを今更ながら確信したのだった。

ニッポンでなら、女子が男子に対する場合
「逆ナン」と表現するが、タイにおいてはむしろ
「順ナン」であり、目的はもちろん
「その日の糧」としての報酬も含め生涯の
「スポンサー」探しにある、と理解した時、
パタヤのディスコにおいて今までに受けて来た
「辛い仕打ち」の理由がハッキリ分かった。
何年もタイに住んで仕事もせずに
「フラフラ」しているオレのような輩に用事など
1ナノもないのは当たり前の話なのである。

そんな状況で、プロのタイガール相手に
「お金の付き合いではない友達を作ろう」なんて
所詮無理な話。結局のところ
「NO MONEY NO HONEY」はジョークではなく
「正論」ということだね。

そーだそーだ
そーに決まった。


男女混浴サウナにてまあまあ可愛い女子に
ナンパされるという非日常的状況で束の間の
「妄想」を巡らせた上、直後に
「現実」を知る。

そんな
「甘く切ない」経験を経て少しづつ
オトナになっていくのだなあ。って

どないやねん!

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早速捕まってしまった重い相手

「<クローズデイ>もダメっぽいけどなあ......」


しばらく仕事が続いた後の休みの日は、とりあえず
「映画観賞」というのがもっぱらのパターンであり、
昨日から今日にかけて三本観たのだが、実は
「タイトル」が結構重要なワケで、二作品は
「タイトル」画面をチェックした段階で
「つまらなそうだな」と、観るのを見送った。

「クローズデイ」というその
「パニック」映画もやはり
「いかにも」な感じだったし、そもそも
「パニック」映画そのものがあまり好きではない。
では何故購入したかというと、
書かれている説明文を読んだ段階ではどーしても
興味を惹かれてしまうのだろうと想像する。

英語等の原題をそのまま使わずに、変な
邦題に替えたり添えたりするのも好きぢゃないな。
センスがいい例など見たことがない。
「そのままでいいぢゃん」といつも思うのである。

逆に、好きなのは
「INSPIRED BY TRUE EVENTS」とか
「この物語は実話に基づいています」的なヤツ。
「リアルに勝るモノはない」と、常々思っている。

昔は分かりにくいところでいちいち止めて
画面を巻き戻したりしつつ観たものだが、
元元々カノジョに
「映画というのは<流れ>が重要なのであり、
監督や制作者の意図を考えれば途中で
<巻き戻し>など易々とできるものではない」と
キレ気味に意見されて以来
「なるほど。それもそうだな」と、
「流れ」を損なわずにに観るようにしている。
だから途中で電話が掛かったりすると萎えるし、
「ピコン」という某
「LINE」のメッセージ着信音も鬱陶しいのだ。


スマフォを購入してまだ一ヶ月も立たぬが、早速
「捕まってしまった」という、やや
「重い」話をしよう。

昔からそうだったが、元々いわゆる
「プロ」の女子が苦手、というか
「恋愛対象」になり得なかったのに、
タイに来てからは百八十度変わり
「素人」女子の方が苦手になった。

知り合う機会が圧倒的に少ないからまだ
慣れていない面もあるにせよ、とにかく
「昭和時代」のウェットな感じにどうも馴染めない。
「プロ」のコ達は皆ドライであり、
目的が分かり易いし移り気が早くて良い。

ま、あくまでも個人的印象だけど。

A嬢はニッポンを代表する
「ゆとり世代」の知人J君が某
「〇〇〇〇〇〇」で捕まえたマッサージ店勤務
(エロなし)のおとなしいコ。
コラート出身の二十四才で小柄な彼女。正直
お世辞にも可愛いとは言えないルックスだが、
真面目で一途なところが気に入ったのだろう。
J君はパタヤ滞在中何日も一緒に連れ歩いていた。

何度か三人で食事をした流れで連絡先を教えたし、
彼女のマッサージを受けたことはあるが腕は並。
その後たまに連絡があるくらいだった。ところが、
スマフォユーザーになった途端状況は一変。
田舎から出て来て数ヶ月。どうやらまだ
友達が少ないのだろう。頻繁にメッセージが来る。

そして段々内容は過激に。

「あくまでも兄弟関係」と釘を刺してあるにも関わらず
「ヴィデオ通話に出ないのは部屋に
オンナがいるからでしょう」などと
ワケの分からないことを言われても困る。

「何してるの?」の問いに対して
「映画を観ている」と返事すれば、数十分後には
「いつ終わるの?」とくる。
「ピコン」「ピコン」「ピコン」と
うるさくてしょーがないのであった。

鬱陶しいので、それなりの(気分を害した的な)
「スタンプ」を送信するもあまり効き目がない。
仕方なく、そろそろ
「重い」と一言打ってやろうかとも思うが、
果たしてどーしたものだろうか。

ちょっと仕事の話をすれば
「会社をやるなら私を秘書にして」と猛アピイル。
「秘書の秘所はビショビショ」という事実を
知っているのか。いや、知るはずもなかろう。
とにかく、こっちにはまったくその気がない
真面目なコへの有効な対処法がよく分からぬ。
無視するのもなんとなく悪い気がするしなあ。

そう思うと、やはり
「何でもお金で解決」という
「プロ」のコ達の方がラクだ。ま、
たまに寂しく感じることもあるが。

騙すより騙される方がラクなのは、
「悪魔道」の修行が足りないからに違いない。

「まだまだだなあ」と、

つくづく思うのだった。

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2014年9月18日 (木)

残念ながらそんな時間の余裕などない

http://www.dailymotion.com/video/x264mei_2014-09-17

朝日新聞が
「反日」だってことくらい誰でも知ってる(有名?)し、
「今更なに?」って感じだけどね。実際、
去年半年近くニッポンに戻った時合宿先の事務所が
朝日新聞とってたので毎日読んでたけど、やっぱり
「イライラ」してしょーがなかったもんな~。
朝日一紙だけ読んでる人が仮にけっこうな人数いる
と考えたらちょっとコワイかも。

ま、そーいう新聞があってもいいとは
もちろん思うんだけどね。

そして、青山繁晴大先生のこの
「ニュースアンカー」は毎週必ずチェックしているし、最近
青山氏にかなり傾倒していることも確か。

ニッポンの未来についての考え方に関しては
全面的に信頼してます。


消費税が10%に上がろうが個人的には一切構わないが
(ニッポンに戻る気はない為)、どう考えたってしばらく
「消費が落ち込む」件は間違いないだろう。何故なら
「計算し易い」から。

千円の10%は百円だし、百万円の10%は十万円。
モノを買った瞬間にそんなに税金取られて、しかも
使い途が怪し過ぎるのだから、特に
「高額商品」が売れなくなるに決まってる。
そんなの◯ホでも分かるではないか。

そして、一番重要なのは
「税率を上げれば税収が確実に増える」とは限らない件。
消費額全体が
「ガクッ」と下がれば、例え税率が上がっても
税収だってやはり落ち込むのだ。

官僚に騙されてばかりいる政治家は
◯ホばかりなのか!?


という文章を、
「たまにはカタい話を......」と某
「Facebook」に投稿したのだが、それは
「55バー」でビールを飲んでいる記事の後
「メリハリ」をつける為だ。

最近調子に乗って某
「Facebook」の投稿をかなり頻繁にしているけれど、
どーしても単調になってしまいがちなのだ。
ほとんど誰も読んでいないからこそ、
そーいう部分にこだわる必要があり、それはあくまで
「自己満足」の世界だからでもある。

ちなみに今朝方の四時だが、やはり
この時間帯はヒジョーに調子が良い。
もうすっかりこの生活に慣れた為であり、
頭が冴えるのはやはりこの時間なのだった。

五日間家具工場に通って、
とても良い勉強になった。

あと十年若ければこのままあの会社に
自らを売り込み就職活動をして、当初
月収五万バーツ程度からスタートし、
売上げを稼いで実績を出した末せめて
十万バーツくらいまで上げた後、
五年後に独立。な~んて
ストーリイも考えられたけど、何しろ
オレにはそんな時間などないのである。

ただ、改善点があまりにも多過ぎ、逆に考えれば
「改善の余地がある」→
「将来の見込みあり」とも捉えられるワケだから、
「ここに毎日詰めて各企業のニッポン人担当者と
細かい話をした上でちゃんとした製品を作れれば
更に注文を増やすことも可能だろうな」とは思う。
現実問題相当苦労するだろうし、少なくとも
半年や一年は結果が数字にならない時期もあるはずで、
その間(基本)気の短いタイ人経営陣を
説得し続けられるかどうか謎の部分もあるが、
仕事なんてどんな種類のものだって当然
大変に決まってるし、登る山は
高ければ高い程挑戦し甲斐があるワケで。

などとキレイごとを言っても仕方がない。
しつこいようだが、残念ながらオレには
そんな時間の余裕がないのだから。ていうか、
「工場管理責任者」なんて向いてないわ。
もーちっと
「華」がある仕事の方がいいかな。と、
贅沢を言ってみる。


ま、どちらにせよ
「新しいこと」ってのは興味深くてよいね。
いろんな意味で新鮮味がある。

それにしても、やはり
一生懸命働く可愛らしい
ミヤンマー女子に目が行ってしまうのは
どーしたものか。

困ったものだなあ。まったく。

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2014年9月14日 (日)

生活のリズムを変えることよりも

「では、明日朝九時にホテルまでお迎えに参ります」


家具職人歴四十年という師匠M氏にそう伝えつつ、
若干不安になる。

バンセンビーチ沿いのリゾートホテルまでは
家から車で五十分程の距離であるから起床は
七時半となり、実際、
その時間帯が最も苦手かもしれない。

生活には
「リズム」というモノがあって、もう随分長い間
「朝方(四時~六時)寝て昼間(十二時前後)起きる」
規則的な暮らしを続けているオレは
朝早く起きるのに慣れていないから、
「そろそろ寝なければ」と、深夜
十二時頃にベッドに横になったところで
ちっとも寝られやしないし、結局ビビって
安定剤や眠剤を飲む羽目になるのだ。

仕事(の準備)を始めるようになってから
朝早起きするケースが増えて来た。
それはもちろん当然なのだけれど、合間に
遊びに行ったりして元のスタイルに戻ると
精神的に随分ラクなのでやはりどーしても
夜更かししてしまう。いきなり
「月金」で朝から晩まで働くワケではないにせよ、
いずれそうなると想定してそろそろ生活リズムを
「夜型」→「朝型」に改善した方が良いのだろうか。

こーいう時に限ってタイガールから
「ディスコに遊びに連れてって」などと連絡がある。
悩んだ末、仕方なく
「明日仕事で朝早いから今日はムリ」と返事をする。
「こんなこと滅多にないのに......」となり寝られず、
結局また薬を飲むことになるのだった。


家具関連の仕事の先輩S氏からの要請を受け、
金曜日からバンセンビーチ近くの工場に行き、
少なくとも水曜日までは毎日通うこととなる。

ニッポンで生産していた商品を今後
タイ工場に移管することとなりその
「サンプル」製作の為ヴェテラン職人が来タイ中で、
「家具造りの行程を覚えられる」という話だ。
現地担当者に引き継ぐ業務をサポートしつつ、今後
家具関連のビジネスをしていく勉強をさせてもらう。
何しろほとんど経験がないオレにとっては有り難い。

二日間通った段階で、
「どうやらこの人は自らの引退に向けて
タイ在住のオレを当てにしているのかも」と悟ったが、
それはそれで、まあ、悪い話ではないような気もする。

タイ在住二十余年のS氏は五十九才。
職人歴四十年のM氏は六十五才でもう既に
「年金」をもらっていると言う。もちろん
「家具職人」になるつもりなど毛頭ないが、
ニッポンの伝統の技が消えていくのは悲しいものだ。
話を伺う限り、実際
後任の職人はほとんど育っていないらしい。だから、
未だにこうしてわざわざ自らタイまで
来る必要があるわけで、M師匠はそう嘆いていた。

さてさて、問題はその件ではなく、増してや
早起きの件で決してもないワケで。

「担当者がタイ人である」という事実なのだ。

工場長は優秀だ。
物分かりが早いし実行力もありそう。そして、
サブのX君もまずまずしっかりしている。
その下の管理マネージャーY君が直接の
担当者であり彼が一番の不安要素なのである。
やたら調子が良く、頼りないことこの上ない。
しかもおそらくは......頭が悪い。

例えば、こーいうことがあった。

現在取り組んでいる会議用椅子の背中部分を巻く
生地のパターンを起こしたボール紙があり
(師匠が仮で作ったもの)、実際張ってみたところ
横幅を20mm増やそうということになった。
で、Y君に
「じゃあこれを作り直してね。五分以内に」と依頼。
「お安い御用ですよセンセイ」とばかりに始める彼。

型紙はほぼ長方形の、一部少し
幅が広がっているだけの単純なもので、両ふちには
他の布と縫い合わせる為の印が何箇所かついている。
しきりに頭を捻っていろいろ考えた挙げ句、
線が引かれているセンターの両側に印を打って、
そこを基準に幅を増やすべき左右に型紙に沿って各
10mmづつ足して定規で線を引き始める。
幅が広がっている部分についてはいろいろ悩みつつ
(斜めのラインがあってやや難解)、
消しゴムで消したりしてそれでも何とか
現状の型紙の廻りに線を引き、最後に
両ふちの印部分に全て丸くチェックを入れる。

時間は十分を有に過ぎていた。

彼の動きをじっと見つめていたオレは、
最初の数分で頭痛がしてきた。
「コイツは本物の◯ホだ」と。

「センセイ!どうですか!?」

得意気な顔のY君を無視し、師匠は
「寸法が狂っていると困るから」と言って、
すぐ横に新たな型紙を描き始める。まず
型紙に沿って廻りに線を引き、印部分をチェック。
サイドのラインを残した上そのまま横に
20mmずらして同じことをして完成。
全部で一分半も掛からなかった。
職人歴四十年の技ではないし、そんなの
小学生だってできるだろうに。

それを見たY君は
「あーでもないこーでもない」と言い訳していたが、
もう何年も工場の管理マネージャーを勤める彼が
そのレヴェルなのに唖然としてしまったのだった。

もちろん材料は替わるにせよ、
彼に管理を任せて作った商品がニッポンの
厳しい審査を通るのだろうか。
引き継ぐ立場として、そこはかとない
不安を覚えたのは言うまでもない。

あとは、切れないハサミやすぐに
どこかへいってしまう道具類、
生地保管室の鍵の行方、作業員の知人等が
次々と訪れる現場などなど。
改善点がたくさんあり過ぎて、とてもではないが
オレの手に負えるレヴェルではないぞ。
しかし、まあこれでも今まで
十何年もやって来たのだから、案外
だいじょーぶなのかな。

とりあえず、師匠と相談しつつ
やれるところまではやってみるつもりだが。


「タイ人と仕事をするのは大変だ」と、
今までいろんな人達が口を酸っぱくして
言っていた意味がようやく分かってきた。

ただ、このままタイで暮らしていく以上
避けては通れない道であることも確かであり、
いよいよその時が近づきつつあることを
肌で感じる今日此の頃なのだ。

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2014年9月11日 (木)

恐ろしいことが現実となった今

恐ろしいことがいよいよ現実となった。

「バーツ」が尽きてしまったのである。

ここ最近の円安の流れの中で
レートの良い時期に換えた現金がついになくなり、
残されたのはニッポン円のみ。
ちなみに今日両替した一万円はたったの
三千十五バーツにしかならず、二年前の年末
四千バーツだった頃に比べると四分の三に減った。
まあ、過去の話をしてもどーしようもないけれど、
現実問題、今後しばらくはこの新たな
「価値観」で暮らしていくより他ない。

1ドルが106円を超えてしまい、今後
105円付近を推移すると想定した場合
バーツの価値に大きな変化がない限り
「1THB≒3.3円」が相場となり、一昔前の
「1THB≒3円」という常識はもう通じない。

この違いは結構大きいぞ!


どちらにしても、複雑な要素が絡み合う
「為替」というモノは上がり下がりの予想が
ヒジョーに難解であり、正直、いちいち
「一喜一憂」などしていられない。

では、どーすれば良いか。
答えは簡単だ。

タイで暮らしていく以上
「バーツ」を稼ぐしかないのである。

では、
「バーツ」を稼ぐには??

それを考え始めると、

夜も寝られないのだ。

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2014年9月 2日 (火)

「S.N.E.P」から「LINE」へ

確かに便利だし、それはそれで
いいとも思う。でも、やっぱり
「良し悪し」ってところもあるよね。

もちろん
「スマフォ」のことだ。

今まで敢えて持たなかったのには当然のごとく
理由があるワケで。
簡単に言えばまあ
「人付き合い」ってことになるのかな。

仕事を始めるならばやはりどーしても
それなりのお付き合いが必要となるし、
「アイテム」としてハズせないくらい
「使い勝手」が良いこのマシンを持てば、
用事が簡単に済み物事はより
「スムーズ」にはかどるのだ。

でも、オマケでついてくる
「干渉」だの「束縛」だの「気遣い」だの
「しがらみ」とか、そんなモノも。
分かってはいたし、だいたい
「許容範囲」ではあるかな、今のところは。
そのうちどーなるかはまだ分からないけど。

何しろこの何年かでなんとな~く
「距離感」が掴めてきた気がする。
ニッポンに居た頃に比べれば
格段に進歩したという自負もある。
一時期は相当病んでいたからねえ。
タイのお陰であるのは間違いない。

最近は特に
「これでもか!」っていうくらい
「絶って」いたからね。いわゆる
「S.N.E.P」ってヤツ?
「こんなにラクなことはないな」
と感じていたけれど、同時に
「いつまでもこのままでいられない」
のも分かっていた。人間、どーしたって
「独りきり」では生きていけないのである。


さて、例の某
「LINE」という代物だ。

「距離感」「温度差」を測るにはもってこい。
タイガールの反応は分かり易いからなあ。
ニッポンだったらこうはいかないかもね。

金曜日朝バンコクに行って
土曜日夜帰って来た。

久し振りに某
「〇〇〇〇〇〇」に行ったら、珍しく
そこそこイケる女子と遭遇。
ノンカーイ出身の二十五才で、
「△△△△△」勤務らしい。

すでにテキーラを四杯飲んだらしく、
なかなかいい感じ。がしかし、相当
酒が強い様子で酔っ払ってはいない。
「奢っ」たり「奢られ」たりで結局
ビール三本とテキーラ四杯でオレも
「いい感じ」になったところで店は終了。
六時半か。軍事政権下でもパタヤはまだ健在だ。
良かった良かった。

J嬢はいつも独りで遊びに来るらしく、曰く
「他のコにペースを合わせたくない」とのこと。
「カレシいない歴」四年だけど〇〇人の
「ギック(愛人)」から月々四万バーツの
「仕送り」があるらしくオレより金持ちだ。
メイクは薄めで服のセンスも悪くない。そして
ワンピースの上から触れると分かる
「Tバック」がそそるではないか。
かなり酔っ払ったみたいで、帰りに某
「マック」でハンバーガーを買わされるも、結局
口をつけなかった。

朝起きたら隣りで下着姿だったので
「モゾモゾ」してたら、
「私とヤりたいなら五千バーツね!」と言われ
思わず飛び上がる。
おいおい。いくらなんでも高過ぎるやろ。
でもまあ、オモロいコなので、
友達の方がいいかもしれない。と思って
昼過ぎに家まで送った。その後
「LINE」でのやり取りもわるくない。

仲良くなれればいいんだけどな。


それにくらべてアイツはヒドい。

そう。
美容室勤務のP嬢である。

「バンコクに来たよ」と送っても、
カーネルサンダースがフライドチキンを
「マラカス」代わりに振ってるスタンプと
「カー(語尾に付ける丁寧語)」ひとこと。
「カー」のみはちょっとなあ......。
その後のやり取りでも明らかに
「あ、コイツもうオレに気がないな」と分かる。

「バンコクに来た時は遊ぼうよ」と
連絡して来たのはそっちではないか!

まったくもうアタマニクル。

とりあえず、分かったのは
「既読」がついてからのタイムラグで
ある程度判断ができるという件。
噂では聞いていたが、実際やってみると
なるほどよ~く分かる。

とにかく、暇つぶしにはもってこいだな。

いつまで続くかわからないが、
しばらくは楽しめそうである。


明日から三泊で
「チェンマイツアー」に出掛けてくる。

仕事の視察も兼ねてだが、
久し振りなので楽しみだ。

では、行って来ます。

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