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2014年9月14日 (日)

生活のリズムを変えることよりも

「では、明日朝九時にホテルまでお迎えに参ります」


家具職人歴四十年という師匠M氏にそう伝えつつ、
若干不安になる。

バンセンビーチ沿いのリゾートホテルまでは
家から車で五十分程の距離であるから起床は
七時半となり、実際、
その時間帯が最も苦手かもしれない。

生活には
「リズム」というモノがあって、もう随分長い間
「朝方(四時~六時)寝て昼間(十二時前後)起きる」
規則的な暮らしを続けているオレは
朝早く起きるのに慣れていないから、
「そろそろ寝なければ」と、深夜
十二時頃にベッドに横になったところで
ちっとも寝られやしないし、結局ビビって
安定剤や眠剤を飲む羽目になるのだ。

仕事(の準備)を始めるようになってから
朝早起きするケースが増えて来た。
それはもちろん当然なのだけれど、合間に
遊びに行ったりして元のスタイルに戻ると
精神的に随分ラクなのでやはりどーしても
夜更かししてしまう。いきなり
「月金」で朝から晩まで働くワケではないにせよ、
いずれそうなると想定してそろそろ生活リズムを
「夜型」→「朝型」に改善した方が良いのだろうか。

こーいう時に限ってタイガールから
「ディスコに遊びに連れてって」などと連絡がある。
悩んだ末、仕方なく
「明日仕事で朝早いから今日はムリ」と返事をする。
「こんなこと滅多にないのに......」となり寝られず、
結局また薬を飲むことになるのだった。


家具関連の仕事の先輩S氏からの要請を受け、
金曜日からバンセンビーチ近くの工場に行き、
少なくとも水曜日までは毎日通うこととなる。

ニッポンで生産していた商品を今後
タイ工場に移管することとなりその
「サンプル」製作の為ヴェテラン職人が来タイ中で、
「家具造りの行程を覚えられる」という話だ。
現地担当者に引き継ぐ業務をサポートしつつ、今後
家具関連のビジネスをしていく勉強をさせてもらう。
何しろほとんど経験がないオレにとっては有り難い。

二日間通った段階で、
「どうやらこの人は自らの引退に向けて
タイ在住のオレを当てにしているのかも」と悟ったが、
それはそれで、まあ、悪い話ではないような気もする。

タイ在住二十余年のS氏は五十九才。
職人歴四十年のM氏は六十五才でもう既に
「年金」をもらっていると言う。もちろん
「家具職人」になるつもりなど毛頭ないが、
ニッポンの伝統の技が消えていくのは悲しいものだ。
話を伺う限り、実際
後任の職人はほとんど育っていないらしい。だから、
未だにこうしてわざわざ自らタイまで
来る必要があるわけで、M師匠はそう嘆いていた。

さてさて、問題はその件ではなく、増してや
早起きの件で決してもないワケで。

「担当者がタイ人である」という事実なのだ。

工場長は優秀だ。
物分かりが早いし実行力もありそう。そして、
サブのX君もまずまずしっかりしている。
その下の管理マネージャーY君が直接の
担当者であり彼が一番の不安要素なのである。
やたら調子が良く、頼りないことこの上ない。
しかもおそらくは......頭が悪い。

例えば、こーいうことがあった。

現在取り組んでいる会議用椅子の背中部分を巻く
生地のパターンを起こしたボール紙があり
(師匠が仮で作ったもの)、実際張ってみたところ
横幅を20mm増やそうということになった。
で、Y君に
「じゃあこれを作り直してね。五分以内に」と依頼。
「お安い御用ですよセンセイ」とばかりに始める彼。

型紙はほぼ長方形の、一部少し
幅が広がっているだけの単純なもので、両ふちには
他の布と縫い合わせる為の印が何箇所かついている。
しきりに頭を捻っていろいろ考えた挙げ句、
線が引かれているセンターの両側に印を打って、
そこを基準に幅を増やすべき左右に型紙に沿って各
10mmづつ足して定規で線を引き始める。
幅が広がっている部分についてはいろいろ悩みつつ
(斜めのラインがあってやや難解)、
消しゴムで消したりしてそれでも何とか
現状の型紙の廻りに線を引き、最後に
両ふちの印部分に全て丸くチェックを入れる。

時間は十分を有に過ぎていた。

彼の動きをじっと見つめていたオレは、
最初の数分で頭痛がしてきた。
「コイツは本物の◯ホだ」と。

「センセイ!どうですか!?」

得意気な顔のY君を無視し、師匠は
「寸法が狂っていると困るから」と言って、
すぐ横に新たな型紙を描き始める。まず
型紙に沿って廻りに線を引き、印部分をチェック。
サイドのラインを残した上そのまま横に
20mmずらして同じことをして完成。
全部で一分半も掛からなかった。
職人歴四十年の技ではないし、そんなの
小学生だってできるだろうに。

それを見たY君は
「あーでもないこーでもない」と言い訳していたが、
もう何年も工場の管理マネージャーを勤める彼が
そのレヴェルなのに唖然としてしまったのだった。

もちろん材料は替わるにせよ、
彼に管理を任せて作った商品がニッポンの
厳しい審査を通るのだろうか。
引き継ぐ立場として、そこはかとない
不安を覚えたのは言うまでもない。

あとは、切れないハサミやすぐに
どこかへいってしまう道具類、
生地保管室の鍵の行方、作業員の知人等が
次々と訪れる現場などなど。
改善点がたくさんあり過ぎて、とてもではないが
オレの手に負えるレヴェルではないぞ。
しかし、まあこれでも今まで
十何年もやって来たのだから、案外
だいじょーぶなのかな。

とりあえず、師匠と相談しつつ
やれるところまではやってみるつもりだが。


「タイ人と仕事をするのは大変だ」と、
今までいろんな人達が口を酸っぱくして
言っていた意味がようやく分かってきた。

ただ、このままタイで暮らしていく以上
避けては通れない道であることも確かであり、
いよいよその時が近づきつつあることを
肌で感じる今日此の頃なのだ。

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