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2014年10月24日 (金)

ミスの許されない強いプレッシャー

いよいよ、今日から
怒濤の日々へ突入だ。

先週末、つまり
前回の更新からいろんなことがあり、例えば
店が終わってフラフラしていたいかにも
幸薄そうな55嬢を部屋に連れ帰ったらやはり
幸薄かった。とか、
中華料理店で働く十代半ばの中国人小姐が
可愛かった。とか。

しかし、今最も気になっているのは
「どこの出口で降りるか」という件であり、
バンコクの高速道路は渋滞で低速道路だし、
乗り口降り口がヒジョーにややこしく
カオサンロードのホテルに送り届けるまでの道筋で
「ミス」るわけにはいかないのである。

そう。
今日午後に空港で出迎える先輩二名は
ファンキイさ加減で群を抜いていて、お一方は
元々その筋の仕事だった為か極端に気が短いし、
「中学生時代に女子教師と寝た」という逸話を持つ
もうおひとりも、穏やかながらスゴイ人物。そこに
Sバ君を加えた三人と共に行動する四日間。
「ドキドキワクワク」の珍道中となるのは間違いない。

おそらくしばらく更新できないだろうから、
今のうちに書いておこう。

もしこのまま死んだとしても、

楽しかった人生に悔いはなし。

と。

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2014年10月18日 (土)

T氏と共にした二度のダブルデートの記憶

「買ってきて良かったわ~。マヂで」


何かと言えばCDのことであり、中身は
「クラシックピアノ名曲集」的なモノ。
前回のニッポン帰国時に某
「BOOK OFF」にて購入した中古品だ。

ではいったいどーいう状況を想定して
それを買ったのか。

賢いアナタなら、もうお分かりだろう。

そう。
渋滞時の車内である。
「イライラ」する心を落ち着けるのに
相応しい音楽としてチョイスしたワケ。

今回のバンコクでも要所要所でハマる
「大渋滞」の中、確かに役に立ったのだった。

以前も書いたかと思うが、街中の大渋滞を
多少なりとも回避する方法はただ一つ。

「赤信号に変わる時間を最大で一分間にする」

ただそれだけのことだし、
おそらくそれしかないのだ。

交通ケーサツの偉い人達は
ヴィザが緩和された今でも
ニッポンに旅行したことがないのだろうか。
もしないのならオレが旅費を出してもいい。
ニッポンに行って自ら車を運転して欲しい。
四分も五分も変わらない信号など
どこにもないのに気付くだろうか。
道路交通がスムーズに流れるのは
「細切れ」にするからという件に。

気付かなければオレの出費は無駄になる。
リスクを考えると、やっぱりチケットは
「エアエイジア」でしか買えないな~。


というわけで、金曜日の午後、
用件が済み次第まるで逃げるようにして
バンコクからパタヤに戻って来た。

昔からとにかく渋滞が大嫌いだったオレ。
同じような理由で、やはり
「電話の話し中」も大嫌いであり、最近
そんなシチュエーションがない代わりに
「繋がりにくいWIFI」が大嫌いだ。

それにしても何故そんなに
「イライラ」するのだろう。

あらためて改めて考えてみて
「ふ」と気付いた。

時間がないからだ。

待ち合わせの時刻に間に合うよう
目的地まで到着せねばならないし、
急いでメールを送らねばならない。

ついこの前までは
時間なんていくらでもあったのに。

しばらくは、タイトな日々が続く。

明日のお昼はS氏の引っ越しのお手伝い。
午後にはTカちゃんがバンコクから遊びに来る。
火曜日は空港までSバ君を迎えに行って、
二十四日にはSドーさん達が遅れて到着。
二十七日は空港までO氏を迎えに行き、そのまま
来月二日までは毎日ピッタリマークの日々が続く。

何だかへこたれそうだ。


そんな中、ナゴヤから知人が
パタヤに遊びに来ていて、先程
一緒にお茶を飲んできた。

七つ年上のその人は、某
「JC」(青年会議所)の先輩だ。
十年近く会っていなくて、
懐かしい話に花が咲いた。

「ホンちゃんと会うとあのことを想い出す」。

そう言ってT氏が切り出したのは、
京都からナゴヤに泊まりで遊びにやって来た
「ホステス」二人とダブルデートした時の件。

フレンチを奢らされホテルを取らされ、
挙げ句の果てにコンビニで一万円以上買い物され、
当然のごとくヤる気満々のオレ達だったのに
一人が泥酔し一人は突然生理になって、結局
四人で雑魚寝して終了した、というしょっぱい話。
「ゲロゲロ」女子の背中を
朝までさすっていたのを今でもよ~く覚えている。

オレが二十台後半T氏が三十台半ばで、
互いにまだ若かりし頃の苦い想い出だ。

「あれはいったい何だったんでしょうねえ」。

しみじみと当時を振り返るオレが
T氏と会って想い出すのは、当然のごとく
Mリ嬢のことである。

それは今でも忘れられない、おそらく
生涯で最も愛した人の名前。

知り合ったきっかけはT氏であり、
「キレイなコがいる喫茶店に行こう」と
誘われて行ったのが彼女との出逢いだった。

一目でMリを気に入ってしまったオレは、
何とかダブルデートに持ち込んで、やはり
彼女を気に入っていたらしきT氏とオレを
「天秤」に掛けさせたのだった。
今となって振り返れば、若かりし頃の
愚かな行為だけれど、あの時はとにかく
必死だったのである。

T氏は独身でオレが既婚者だったにも関わらず、
結果的に二人は恋仲となり、後に
運命の別れと運命の再会を果たすこととなる。
そして、あの
「五ヶ月」の日々へと繋がっていくのだった。

Mリが女子大生だった時に知り合ったT氏は
卒業してから何度か会って
キスまではいったのだと言う。
そんな話は初めて聞いたが、雰囲気的には
彼の方が譲ってくれたような記憶があって、
それ以上の発展がなかったのは彼曰くある
「タイミング」を逃したかららしい。

「へえ。そんなことがあったんだ」。

二十四年も経ってからその件を聞き、
運命とは不思議なモノだな、と思う。

「あの時は惜しいことをしたなあ。彼女は本当に
キレイだった。元気なのかな。会ってみたいよ」
「そうですね。元気だといいけど......」

いい年のオッサンが二人
遠い目をするのであった。


T氏は二泊の滞在中で、オレも
バンコクに行ったりしていて時間がなかったけど、
タイミング良く会えて嬉しかった。

いろんなことが頭を巡り巡って、
とりあえず今夜は

寝られそうにない。

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2014年10月17日 (金)

コンドミニアムの内装レヴェルの低さに今更ながらビビる

「いくら位するのかなあ......」


久し振りに入るお湯を張ったバスタブの淵に足を乗せ、
くつろぎながら考え事をしてみる。

40平米(バルコニー含む)のスタジオタイプで、
十階建ての棟がたくさん並ぶ
「団地スタイル」の中の一室。
B.T.Sオンヌット駅から徒歩十五分ほどで
「足」がないと多少不便とは言え、立地は
さほど悪くない。バルコニーの向きは西南。
まだ完成していない新築物件であり、そーだなあ。
平米単価九万バーツ(家具付)として
三百六十万バーツといったところだろうか。ただ、
廻りを見ると午後十時の時点でほとんどの部屋の
明かりは点いておらず、ひょっとしたらまだまだ
売れ残っているのかも。そう考えてみると
平米単価十万バーツ超えなのかもしれない。

明日早速セールス担当に聞いてみようっと。


今日の午後ミンブリーの工場に用事があり、
明日朝十一時にはナコンパトムに行かねばならず、
パタヤからだと四時間近く掛かるので、仕方なく
バンコクで一泊することにした。最近の
「マイブーム」と言えば某
「agoda」で宿泊先を探すことで、数ある
ホテルなどの中から様々な条件を考慮して
「あーでもないこーでもない」と思いを巡らせるのは
なかなか楽しい作業なのであった。

「バンナー近辺」
「高速の入り口近く」
「できるだけ新しい」
「低価格」という優先順位で決めたこの部屋は
「コンドミニアム」の一日貸しスタイルであり、
「自ら購入した部屋と比べてみたい」といった
気持ちがあったので、オレにしては珍しく一泊
千百バーツも出して、ここをチョイスしてみた。
それでもこの辺りの新しいコンドミニアムでは
一番安かったからね。

まず気になるのは玄関及び風呂場のドア。

いずれも木の板にペンキを塗っただけのもので、
ドアノブは丸くフツーのアパートと変わらない。
ニッポンの分譲マンションではあり得ない
「チープ」さ加減だが、タイの場合わりとこの
「タイプ」が多く実はオレの買った部屋も同じ。
「ドアを変えてくれ」と頼んだら
「景観上の理由でできない」と断られ、せめて
「ドアノブだけでも」と、
L字型のレバーをつけることで妥協した。
玄関下に隙間が空いているのが気に入らぬが、まあ
しょーがないか。

そして、この部屋はバスタブ付きにも関わらず
風呂場のドアもやはり木製なのである。フツー
湿気を考えればプラスティック的な素材のはず。
ウチはガラス製なのでまだ良かったが。

次は床だ。これもやはりありがちな
「人造大理石」貼り。
住居も店舗も最も大事なのは
「床」と考えるオレとしては
「そこだけはゼッタイに譲れない!」と
「フローリング」(もどき)に変更した。
「もどき」の意味は、ニッポンと違って
木の板の厚みが極薄なのだけれど、それでも
冷たい感じのするツルツルの床よりはマシだ。

そして、壁。この部屋は珍しく
「腰高」の板が張られていて、ドアと同色の
白いペンキで塗られている。その上は薄めの
グレイで同じくただ塗っただけ。よく見れば
「ムラ」があるし、しかも、スウィッチボードに
ペンキが少し飛び散っていたりしてお粗末なもの。

これもやっぱりイヤだったので、オプションで
「クロス」を貼ることにしたが、これはかなり
高かった。でも、やっぱり塗っただけの壁を
こーして見てみると、仕方がないと思えるのだ。

あと、この部屋がいいのは天井の間接照明で、
ちょっと洒落た感じには見える。ただし、
天井自体の素材は凸凹していてイケてないが。

広めのバルコニー(洗濯機の水道付き)込みで
40平米だから、バルコニーが小さいとは言え
32平米のオレの部屋はここよりひと回り狭いワケで、
しかもワンベッドルーム、つまり
仕切りがあるのだから、見た目は更に
狭く感じるのだろうと想像がつく。

「もう少し広い部屋を買っておけば......」と
後悔するのかもしれないけれど、予算からして
「ギリギリ」のチョイスだったのでまあ我慢しよう。

ところでこの部屋、
バスタブが付いていてなかなか快適だ。
自分の部屋にあっても滅多に入らないかもだが、
何日か泊まるだけなら結構いいかもしれない。
キッチンも付いているし、千バーツ程度でこの
レヴェルなら下手なホテルよりよほど良いぞ。

ただ、街の中心地から少し遠いのが残念だなあ。

実は、今月の三十日からバンコクに三泊の予定。
ニッポンから仕事でお客様が来るのだけれど、
宿泊先はスクムヴィット24にある
サーヴィスアパートメントなので、
オレにはちょっと高級過ぎて別に
宿を取ることにした。
毎朝の集合時間が早いから渋滞を考慮すると
近くでないとマズい。ただ、その辺りだと
安くていいホテルなんてそんなにないのだ。

このままだと例のごとくアソークの某
「tune hotel」になりそうだが、あんな狭い
ビジネスホテルに一晩千バーツも出すのは、
なんとな〜く癪なんだよなあ。

よ〜し!また、某
「agoda」をじっくり見ていい所を探すとするか。


ところで、最近更新が少ないのは
「スマフォ」を購入してから某
「face book」をマメにやっている為。

二十名と少しの知り合いのうちだいたい
半分くらいしかチェックしていないので、
煩わしくなくて丁度良いし、
「写真を撮ってアップする」という作業の
繰り返しは暇つぶしにもってこいだからね。

そして
「あーでもないこーでもない」と
文句や愚痴など思ったことを書いていると、
「スッキリ」してなかなか気分がよろしい。

しばらくはそんな感じで推移するので、
何とか勘弁してもらいたい。

ブログの方は、もう少し経ったら
「オフィシャル」なモノを始めるつもりだ。

パタヤ及びその周辺での、あくまでも
ごくごく個人的な感想を随時述べていくことで、
誰かの役に立てるのかもしれない。とりあえず
収入になるかどうかなどあまり考えず、
できる範囲でやってみようと思っているところ。

「不動産」「グルメ」「ナイトライフ」。あと
「カワイコちゃんウォッチング」とかね。

何が求められているのかがよく分からないから、
いろいろ模索しつつ、進めていく予定だ。

家具の仕事に関わってみて感じたのは、とにかく
「タイ人をメインに何かをやらせてチェックする」
といったことはオレにはとてもムリ、という件。
「自分がメインで何かをやって、タイ人に
サポートもしくはフォローしてもらう」といった
「スタイル」でなければどうやら続きそうにない。

できることから
「コツコツ」と。

基本中の基本だ。

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2014年10月 7日 (火)

乾期の到来を待ち望みつつも

十月に入ってから毎日雨が降り、ようやく
パヤタも雨季らしくなってきたところだが、
ホテルやゴルフ場などは今月から
「ハイシーズン価格」になる場合も多いようだ。

ただ、実際に繁華街を歩いてみる限り
55バーやバービアなどはまだまだ客が少なくて、
本格的に忙しくなるのは来月以降であろうから
「買い手市場」、つまり
客の方が立場が強いのは今のうちなのかもしれない。
55嬢などの対応も徐々に変わってきて、
「暇だから稼げなくて困る」などと
「イライラ」したり愚痴をこぼすよりも
「レディースドリンク獲得の為に必死の接客」
といった様相の女子が増えたような気がする。
こーなるとケチケチのオレでも多少
いい思いができるワケで、ある意味
「費用対効果」抜群の時期と言える。

いよいよ乾期になり、年末に向けた
「ハイシーズン」に突入すれば一気に観光客が増え、
パタヤ在住の遊び慣れた金払いの悪い客など
見向きもされなくなるのは目に見えているのである。

55やバービアだけでなくディスコでもやはりそうで、
そこそこの集客はあるとしても当然のごとく
観光客に対し待機売春組の女子率が高く、某
「〇〇〇〇〇〇」でも最近はやや成績が良い。
とは言ってもかなりの頻度で通っているので
常連には既に面が割れていて、
相手にしてくれるのは、まだ
「パタヤに来たばかり」というコばかりだが。

昨晩も、特にそんな気もなかったのに
好みでもなく気に入ったわけでもないウドン出身の
二十五才A嬢からかなり積極的な攻撃を受け、
「千バーツでいいなら」と根負けしてしまった。
「(実の)妹と一緒に四日前にパタヤに来て
マッサージスクールに通っている」という彼女、
年齢なりにホスピタリティー及び性的技巧に優れ、
結果的に内容はなかなか良かったけど。

先々週もナコンパノム出身二十歳のバービア嬢
「〇〇〇〇〇〇に初めて来た」というE嬢と会い、
この場合は、好みのタイプでしかも若いという
「レアケース」であり、運もあったと思うが、
パタヤのディスコで見付けたコの中では一番だったな。

ま、そーいう出会いで長続きすることはないにせよ、
「風俗店」とはひと味違った楽しみがあるのも事実。

しばらくすればまた競争率が激しくなる件を思えば、
涼しく過ごし易い乾期の到来が待ち遠しいような、
そーでもないような複雑な心境なのであった。


長続きと言えば、
知り合ってからもう一年以上経つM嬢は、
今現在残っている唯一の女子友達。

数日前に田舎のブリラムから戻って来て
久し振りに会ったのだが、何と
バンコクで新たな肉体改造を施していた。
「鼻」の次にシリコンを挿入した場所は
「胸」であり左右各二百グラム、費用は
四万五千バーツとのことだった。

「やめておけと言ったのに......」と嘆きつつも、
知り会った当初から胸のなさを嘆いていたので、
既に黒い羽の生えた彼女がいずれそーなるのは
分かっていたし驚きもしなかった。
とりあえず現物を確認しないと分からないけど、
「あんまり変わらない」と本人は言っていたし、
元々本当に小さかったから二百グラムなら
それほど違和感はないのかもしれないが
果たしてどーだろう。

若くて子供の居ない彼女は、
ニッポン男子と同棲後の失恋のショックから
この世界に入り、以来持ち前の明るさで結構
稼いできたし派手に遣ってもきた。
母親の面倒はキッチリ見るがそれ以外は
自分への投資とカラオケ通いで全て散財。
「宵越しの銭は持たぬ」という典型的な
「江戸っ子タイガール」である。

観光シーズンに入れば、おそらくその
投資した分はすぐに回収できるだろうな。


もうすぐ二十歳のM嬢。

この先が楽しみである。

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2014年10月 1日 (水)

「出逢いは偶然ではなく必然」と、彼女は言った

最近、どうも元気がないというか、夜は
遊びに行く気があまり起こらなくて家で
「まったり」する日々が続く。

いくつか思い当たる理由があり、まずは
「円安」である。

手持ちのニッポン円を両替しつつ、日々
暮らしているワケだが、実感する為にわざと
一万円づつこまごまとバーツに替えていると、
レートが良かった頃との差をその都度思って
胸が痛くなる。実際、
一万円ごとに数百バーツ違うのだから、
「その分節約せねば」と考えるだけで
何だか気が重くなってしまうのだった。

もう一つは、タイガール全般に対する
気持ちが萎えたせいだろう。

長く暮らしていればこーいうことはたまにあるが、
キッカケはだいたい似通っていて、
「精神的にどーしても深い部分まで繋がれない」
という、言葉や文化や考え方の
「壁」に突き当たった時によくそうなる。

「スマフォ」を購入し
「Line」なるコミュニケーションツールを
頑張って使ってはみたものの、所詮
長くは続かない薄っぺらい会話でしかなく、
その昔、互いに興味を持ったニッポン女子と共に
「もっと分かり合おう」と努力した頃を思い出し、
決してそうはならないタイガールとの関係に
心底萎える今日此の頃なのだ。

知り合って一緒に時間を過ごし、一瞬は
「仲良くなれた」と錯覚するのだけれど、
相手が自分にさほど興味がないと分かり、
こちらも興味を失っていく、という繰り返し。
「Line」というツールを得てからはその
「ループ」に要する時間が少なくなっただけ。

所詮、やっていることは何ら変わりなく、
不毛な日々が過ぎて行くのに気付いた時、
「なんだかなあ」と寂しい気持ちになる。

では、果たしてあの頃オレは彼女らと本当に
心が通じ合っていたのだろうか。

まだ記憶が鮮明な直近のニッポン女子を
引き合いに検証してみよう。
久し振りの
「ホロ苦い想い出シリイズ」である。


寂しくなるとどーしても見てしまうのが、
ニッポンから持って来た
「想い出ヴィデオ」のDVDであり、
M嬢もやはりそこに登場する一人。

タイに移住する前の数年間に親しかった
ニッポン女子の中で最後に近い彼女とは
夏のビーチで知り合った。
Sバ君の移動販売車で出していた
ホットドッグ店の隣りにストッカーを置き、
冷凍パインを売りつつ毎日海で暮らしたあの夏だ。

目の前の浜辺でたまたま行われた
「ビーチバレー大会」のアシスタントで花を添える
「キャンギャル」は彼女の他にも何人かいたけれど、
一目で気に入ったオレは偶然にもそのイヴェントの
撮影スタッフが以前レギュラー出演していた
ラヂオ番組の制作会社の面々だったのをいいことに、
(所属する)事務所の偉い人の許可も一応得た上で
M嬢と連絡先を交換したのだった。

「カフェ好き♪」(実際あの頃、カフェ好きぢゃない
女子なんていなかったのではないか?)という彼女、
前職の店の存在を知っていたし
「将来飲食店をやりたい」などという野望もありつつ、
オレとそんな風に知り合ったことを
「出逢いは必然」と当たり前のように受け入れたのだ。
そして、そのなかなかにポジティヴなセリフを
「いいねえ!」と、とても気に入ったのを覚えている。
明るく前向きな性格もだけど、色白で目が大きく、
小柄でムッチリしたその外見もかなり
「ピンポイント」で好きなタイプだったにも関わらず、
残念ながら彼女には同棲中のカレシが居て、
初デートの時にその事実を知ったのである。

二度目のデートの帰りに、送った家の前で
「今のところカレと別れる気はないから、
<恋愛対象>としてではなく私と会える?」
と問われる。つまり、オレとはこの先
「恋に発展させるつもりがない」宣言だ。
意志の強いコだったし、彼女の言う通り
確かに、そこのところを
「ハッキリ」させておかなくてはなるまい。

「もう寝ている」というカレシの存在を感じつつ、
しばらく悩んだ末
「それならばもう会うのはよそう」と答えたのは、
「恋愛対象」として見ていたこちらとしては
「ただの女子友達」では物足りなかったから。

しかし、その時既に次回、つまり
三度目のデートの約束をしていたので、
「ぢゃあ次で最後ということにして」と請われ承諾。
「食」に興味が強いM嬢は、毎回
「今度は〇〇料理ね」と国を指定してきて、次は
「モロッコ料理が食べたい」と宣言していたのだ。

かくして、一週間後に
「クスクス」を食べたその夜、同棲中の
マンションの前で、オレ達はキスをした。
「なんと大胆な!」とビビったが、まあ、
最後だからねえ。と、妙に納得する。

そこで終わっていればスゴくキレイだったのに、
そうはいかなかった。数ヶ月後に
彼女から連絡があったのだ。但し、
「恋愛対象としてではなく」という条件が特に
変わるわけではなく、友達として会いたい、と。
その時にはもう
「タイ移住」を心に決めていた件もあり、
再び会い始めるオレ達。
カレシは部屋を出て実家に戻り、
仲違いも多くなっているようだったけど、既に
M嬢よりも興味はすっかりタイに移っていた。

以来何度も会って食事をしたが、完全に
「ゴハン友達」としてであり、
飲食店を出店する夢などについて語り合ったり、
それはそれでとても楽しかったのを覚えている。

色がスゴく白くキレイな肌のコで、太腿に
結構大きな〇〇のタトゥーが彫られていた
(イヴェントガールの仕事中は包帯を巻く)。
ファンキイだったけど、とにかく
「ケラケラ」とよく笑ういいコだったなあ。


そんな彼女から、
タイに来てからしばらくして連絡があった。

前のカレシと別れた後新しいカレとの間に
子供ができ、結婚したと言う。メールには
子供の写真も貼付されていた。

「授かっちゃったの。
人生なんて分からないものね」

そう言って
「ケラケラ」笑う彼女の声が

今にも聞こえて来そうだった。

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