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2014年11月10日 (月)

「蛍の光」に感化されたホロ苦い想い出

季節柄なのだろうか、最近よく
「蛍の光」のタイヴァージョンを耳にする。

歌うのは子供の合唱隊であったりオトナだったり様々で、
ニッポン版とは少し違うけれどもあの
哀愁漂うメロディーラインに幾許かの
切なさを感じるのは我々独特の心情か。

先週の満月の木曜日には、タイ全土で
「ローイクラトーン」と呼ばれる灯籠流し祭りが行われ
「一年の厄を水に流す」儀式で厳かな雰囲気に包まれた。
もっとも、その手のイヴェントにほぼ興味のないオレは
テレビの画面でその事実を知っただけであり、
「後片付けが大変だこと」と情緒のない感想しかないが。
しかし、そんな雰囲気になんとな~く引っぱられて
「センチメンタル」になるのもいつものこと。
ニッポンに居た頃、やはり秋になると毎年なんだか
「ふわふわ」していたものだし、タイに来てからも
変わらない件を喜ぶべきなのか。


知り合ったばかりのPン嬢に
「明日も来る?」と聞かれ、
「分からないよ」と答えたものの、ついつい
訪ねてしまうオレ。しかし、
F1ブラジルGPの放送終了後で深夜一時近くになり
彼女は既に客に連れ帰られた後だった。

予想していたし、どの道翌日、つまり
今日は仕事で朝早かった為長くは居られないから
わざわざ行くまでもなかったのだけれど。
そんな風にこのまま情が移っていくのを
「良し」とする気持ちとそーでない気持ちが現状
半々くらいであろうか。

「どうせ続きっこない」ことは分かり切っている。
何故なら、彼女にはいくつもの条件が欠けるから。

そして同時に、自分に欠ける根本的感情も周知だ。


今思えば、よくあんなにも長く続いたものである。
しかし、終わらせたのはこちらの一方的事情だし、
どー考えてみてもオレの判断ミスだった。

何故あんなキレイゴトを口走ったのか。
何故悪魔になりきれなかったのか。
中途半端な善人を気取るオレのいつもの
悪いクセである。

というワケで、哀愁の季節に相応しい
「ホロ苦い想い出」を振り返ってみよう。


M嬢と知り合ったキッカケはクラブのイヴェントだった。

某「club 〇〇〇」で若い衆と一緒に始めた
「××××!」というタイトルのその
「テクノ系」パーティーはそもそもT君という
「天才DJ」(とオレは本気で思う)を世に出すことが
「目的」であり、隔月の第三木曜日の開催と共に
「裏××××!」というものも某
「△△△△△△」の定休日月曜日(ランダム)に
平行して行っていて、結局、二年近く続いただろうか。

当時二十一才のM嬢は
弾けるような若さと肉体を持つ元気なコで、
四十才を目前に、廻りのありとあらゆる
「若いエキス」を吸い尽くそうとしていた
「白雪姫」に出てくる魔女のごときオレに
「ターゲット」にされたにもかかわらず、
持ち前の包容力で柔軟に対応してくれた。

しかし、立場上の問題もあったし、
それよりも何よりも
「AB」という血液型の由来故なのか
「落ち込むと果てしない」という彼女の性格を
危惧して関係を深め切れなかったというのが本音。

ただ、オレ達は確実に癒し合っていた。
「ウマいもの」を食べ、
「好きな音」で踊って、
「寝る」ことによって。

よく食べよく踊りよく笑った。
いくつかの欲求の趣味が不思議なほど
「ピタリ」と合ったのである。

もちろん、あらゆる事象によって
「堕ちていく」彼女を引っぱり上げる役目も
時にはしたけれど、それだけが
「存在価値」では決してなかったはず。

こちらのフィニッシュと彼女の二度目を
「ピタリ」と合わせることもカンタンだったし、
クラブミュージックと共に愛して止まぬ
「美味しいモノ」を無性に食べたくなると
彼女から連絡があるそのタイミングも正に
「絶妙」だったのだ。

実はお互い心のどこかで恋人、つまり本当の意味での
「ステディー」を探していたけれど、反面
あの二年間は間違いなくある種の
「ステディー」であったという自負もある。

しかし、残念ながらその関係にも終わりがやって来る。
オレの方に好きなコができたのであった。

M嬢とは複雑な気持ちで会いつつも
そのコへの想いは募るばかり。
かくしてそれは恋へと発展し、結局
お付き合いすることとなる。

くしくもその相手Kリの血液型は
「AB」であり、その後結構深い
「うつ病」と闘うことになるのは皮肉なことだったが、
それはまた別の話。

さて、そこでオレは完全なるミスを犯す。

もうお分かりだろうか。
そう。
その件を素直にM嬢に打ち明けた上で
「お前とはこれ以上会えない」と、
彼女を突き放したのである。

いやいやいやいやいやいや。
今のオレだったらそんなことなどするはずがないのに。

それはそれ。
これはこれ。
に決まっているではないか!

ただ、当時のオレはうっかり純情だった。
今となっては悔やんでも悔やみきれぬが。

後になってどれだけ
M嬢のことを恋しく想ったか。

「こんなことならばMをカノジョにしておけば良かった」

そう考えることもあったが、但し、
それはちょっと違うと思う。あの
「関係」こそがオレ達にとって全てだったのだ。

そーだ、そーだ。
そーに決まった。


今想い出しても
心と体の一部が苦しくなる、

切なくもホロ苦い日々であった。

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