« それでも刻々と時間は過ぎて行くのであった | トップページ | 某「BEAMS」の出店に感じる驚きと不安 »

2015年4月24日 (金)

凹んだ時には物事の意味を冷静に分析してみる

「やられた!」


なんとな〜くイヤな感じはしたのだ。

車道に停めてあったバイクは二台のみで、しかも
「整然」とではなくいかにも違法な感じだったし、
「駐車禁止」の標識はキッチリと目視済みである。

一応付近に停められそうな場所を探したのだが、向かい側の某
「YAMAHA」のサーヴィスセンター前は既に隙間なく
大量のバイクで埋まっていたし、それ以上遠くに行くのは少し
「面倒だな」と思い、結果店の目の前に置いたのだから、
「自業自得」なのは紛れもない事実。

そう。
「駐禁」の憂き目に遭ったのだった。

場所はチェンマイの中心街某
「WAAWEE COFFEE」前。当然警察署の場所は知らないし、
違反切符の紙もタイ語表記だから内容は
「サッパリ」分からない。
トゥクトゥクのおじさんと交渉するも
「渋滞してるから」の一点張りで往復
200THBの言い値から一切値引きなし。
しかも
「六時半までに行かないとケーサツ閉まるよ」と、
ウソかホントか分からぬ脅しをかけられ、仕方なく了解。

400THBの罰金に対し、ケーサツ署でも一応念の為
「ロッ(トゥ)ダイマイ(333212)?」と交渉するも、
まけてもらえるはずもなく合計600THBもの出費となる。

旅行で遊びに来ている気持ちのユルさが招いた罠であり、
自分が悪いのは百も承知の上で、こーいう時どーしても
「心の拠り所」を求めてしまう打たれ弱いオレのこと。
すっかり堕ちたテンションを再びアゲる為に何らかの
「意味」や「意義」を見いだして次への希望に繋げねば。

「コレはいったい何を暗示しているのか?」
「どのように捉えれば納得できるだろう?」

こーいう時こそ役に立つのがこの
「ブログ」である。

落ち着いて気持ちを整理するのに
効果抜群のアイテムなのであった。


さて、遡って考えてみよう。

ニッポン在住時には、車にせよバイクにせよ
「駐車禁止違反」の罰金を払った覚えはない。

いや、待てよ。そー言えば昔一度だけ繁華街で
「レッカー移動」されて駐車場まで取りに行った覚えがあるぞ。
その時は仕方なく罰金を払わされたけどそれ以外は
「違反切符」を切られても払いに行った試しはない。

運良くケーサツから連絡はなかったが、悪質だと
「タイホ」されるなんて話もよく聞く。まあさすがに
今となっては時効だろう。

では、タイに来てからはどうか。

「ハッキリ」と覚えているが、車とバイクで各一度
「チェーン」なり「ブロック」的なモノを付けられて
有無を言えず罰金を取られた。
場所はシーロムの歩道上とカオサン付近の大通りだ。

いずれもいかにも危なげなところで、
「ちょっとならいいかな?」と三十分から一時間停めて
「キッチリやられた」と反省しきりだったし、それ以来
「二度とするか」と場所をわきまえて路上駐車している。
「ブログ」を遡ればひょっとして分かるかもしれないが、
少なくとも三年以上前の話(だと思う)。

当時ももちろん今と同じように
「拠り所」を求めたはずであり、フツーに考えれば
「授業料」という捉え方をしたであろう。

「こーいったいかにも危険な場所で違法駐車をすれば、
すぐにケーサツに鎖で繋がれるのだぞ」

「車で一回」「バイクで一回」。

細かい条件が多少違うとしても、それぞれ一回づつでもう充分
「学習」はしたはずである。

それなのに。あー
それなのに、それなのに。

今回バイクにてタイで三度目の
「駐車禁止違反」切符を切られ罰金を払わされる。

これはちょっと重く考える必要があるかもしれぬ。
同じミスを二度繰り返すヤツはアホだからね。

もう少し真理に迫ればこーいうことも言える。

君君。そもそもルールを守る気があるのかね?

そう。
自分でもよ〜く分かっているけれど、オレは
「バレなければ良い」派なのである。

「浮気」だって「交通違反」だって、結局は
「見付からなければ」問題ない、と考えて常々行動している。

もちろん限度はあるワケで、実際問題
交差点付近や明らかに邪魔な場所に駐車などしないし、
幅十メートルほどの一方通行路で時速100kmでは走らないし、
妻の職場の直属の部下と休憩室で熱く絡んだりはしない。ただ、
「これならさほど迷惑にはならない」程度の違反なら確信犯だ。

「その考え方を根本から考え直せ!」ということなのだろうか。

イヤ無理だな。確かに
「倫理」的にはどうかとも思うが、今更
「聖人」になんてなれるはずない。

では、いったいどう考えれば今回の件に意義を見いだせるのか。

唯一逃げられるとするなら
「近頃ちょっと弛んではいないかい?」という発想か。つまり、
「旅行中だからと言って気を抜くんぢゃありません」という
「戒め」を含め「喝」を入れられたのではあるまいか。

実は今回、パタヤからバンコクまで車で来てから某
「LION AIR」にてチェンマイ入りしたのだが、
高速道路の料金所で目ざといケーサツ官に見付かり、
「税金未納」を咎められて賄賂を200THB取られた。

車の修理中に自動車税の納付期限を過ぎてしまい、
修理が完了してから料金だけは支払ったのだけれど、
ある事情の為車に貼る領収証をしばらく取りに行けなかった。
そのことに気付いたのが一昨日で、時既に遅かったのである。

ここ二日間でまったく無駄なお金を800THBも支払ったのは、
「おいおい君君。タイのことをナメてもらっては困るよ」という
「暗示」なのだ、と解釈する他ないよーな気がする。

どうやら、今一度気合いを入れ直して日々過ごすしかないようだ。

こーして文章にしつつじっくり考えてみたものの、他に
「落としどころ」を思い付かない。

唯一救いがあるとするならば、
トゥクトゥクのおじさんの言葉を信じ
「ああ。六時半を過ぎなくて良かった」と前向きに捉えられる件。

だから、せめて今日はバイク(ほぼ新品のYAMAHA Fino)を
「フル」に使ってカワイコちゃんを連れて帰って来るしかない。


もしダメだったら。

それはその時の話。

10403064_1596761547203085_866103186


|

« それでも刻々と時間は過ぎて行くのであった | トップページ | 某「BEAMS」の出店に感じる驚きと不安 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事