« 2016年8月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年11月30日 (水)

日記というモノが人生に及ぼしてきた影響は小さくないのかもしれない

その昔はアナログな日記を書いていた。

いわゆる日記帳的なモノに完全自筆で
毎日のように出来事を綴っていたのである。
あまり日にちが開くとおっくうになるから、と
せっせと書き続けてはたまに読み返すのが楽しかったものだ。

内容はヒジョーにくだらない。

主に女子とデートした時の内容だったり心情だったり。
若い頃は仕事以外に考えていたのは女のコのことばかりだったし、
容姿に自信のないオレはせめてファッションで、いやそれよりも
口先三寸で勝負するしかないと勝手に思っていたから口説き方の
テクニックを磨く必要があったし、相手の反応のパターンその他
研究内容やら成果やらを何かに残しておこうと考えたのだろうか。

バブル時代などはデートの相手に困らなかったし、
二十歳の頃に一人の女子に思い切り裏切られてからは結構長い間
女のコに対して強い復讐心を持ち続けていたので、そんな風に
チャラチャラと遊ぶことで少しは救われる気分だったのかもしれない。

と言ってもモテたワケではないので、
可愛いコと寝るまでは随分苦労した。だからこそ
日記を読み返すのが楽しかったのではなかろうか。

その間に結婚して離婚も経験したけれど、
女のコに対する考え方はあまり変わらなかったし今でもそうだ。
自分に都合の良い時だけの何らかの欲の捌け口でしかない。

真剣にお付き合いした相手などほとんどいなくて、
仮にそうなったとしても
「デリカシイがない」と散々責められて最終的には
「一人でいる方が楽しいんでしょ!」と捨てられる。

ごくたまに努力してみようと一応試みるのだけれど、
結局は無駄骨に終わってしまうというワケだ。

いったい何が楽しかったのだろう。

「この人になら抱かれてもいい」だとか
「まあしょーがないから寝てやるか」などと
相手に思わせるまでのプロセスかもしれない。
そこに辿り着くまでに苦労すればするほどに
味わう達成感は格別なものがあった。んな

そこまでセックスが好きではなくむしろ淡白な方だ。
だから一度きりで終わるパターンがほとんどだった。

と、ここまで書いてみてあらためて自分でも
「なんとヒドいヤツだ!」と思う。
どれだけ薄っぺらい人生を送ってきたのかと。

ただ、今更そんなことを嘆いてみたところで
どーしようもない件も知っている。
精神的にはガキのままでも
実際は充分なオトナなのだ。


SNSの存在を知った時には飛びついたし、
見事なまで完全にハマった。

電子日記!何と素晴らしい。

本来秘密であるはずの日記を他人に読まれる、
読ませるというある意味非倫理的状況は
「覗き」と似ているのではなかろうか。
覗く方も覗かれる方もその内容が
エグければエグいほど快感なのだ。

自虐という手法が、オレにはピッタリだった。
自分がダメ人間であるが故その部分を曝け出すことによってまるで
禊のような気持ちになる。

面白おかしく滑稽に表現すれば少しは許されるのでは?
しばらくはそんな大いなる勘違いの世界で生きることとなった。

考えてみれば、恐ろしいほど莫大な数の文字の羅列である。

最初mixiでスタート。2005年9月のことだ。その後
このブログを平行して初めて実に10年間続いている。
記事数943件。スゴいな。

その時既に四十才だったにもかかわらず、
やっていることは昔とほとんど変わっていない気がする。

いろんな女のコ達ととにかく会話して、
できっこないことは分かっていても恋に恋して撃沈。

しかし、こーやって振り返ってみれば
けっこう楽しい時代もあったのである。

飲食店をやっていた時は本当に色んな人達と出会えたし、
オモロイ出来事がたくさんあった。
そー言えば今もやっているのだが、当時とは全然違うぞ。

ま、それはいいとして、
その時その時で目的は違えど長らく書き続けた日記。

何が起ころうときっとこれだけは続くんだろうなあ。

完全にボケた末に、日記という

存在を忘れてしまわない限りは。

|

2016年11月23日 (水)

センチメンタルジャーニーなんてさすがにまだ早過ぎるだろうに

マズい。ヒジョーにマズいぞこの傾向は。


加齢のせいなのか、知らず知らずのうちに過去を振り返って
「感傷に浸る」というような現象が度々起こるようになって久しい。

タイで暮らしていた頃は特に、有り余る時間を過ごす中ふと
「あの頃は良かったなあ」などと様々なシーンを想い出したものだ。

そんな時には、何らかの手掛かりを頼りに記憶の引き出しの奥深く、
行けるところまで想い出を辿ってみる。
記憶なんて曖昧なモノだから、多少違っていたり
脚色が入ったりしたところで罪はない。
意図してなのかどうか分からぬが、楽しかった記憶は
結構鮮明だったりするから不思議だ。

そして、ほぼ例外なくそこには女子が絡んでいるワケで。
一人きりのシーンなど面白くも何ともないし、
辿っていく価値もないと考える自分が恥ずかしいけれど。

そー言えば例の想い出ヴィデオはどこへ行ったのだろう。
タイに置いて来たと思うが、過去にお付き合いした
女子達の写真を全て処分してしまってからは
あれには随分お世話になった。

新天地ハノイにおいて、まさか
過去の想い出に浸るようなこともなかろうと考えていた。その
まさかが、移住八ヶ月にして既に起きているのだから恐ろしい。

フツーに考えて、過去を振り返って悲しくなるなんて
現状に満足していないのが理由であろうし、それはおそらく
一種の逃避ではなかろうか。
今を必死に生きているのならばそんな必要はない。

思い当たるフシはあるのか?

ある。だからヒジョーにマズいのだ。

ネガティヴな話はイヤなのでそこはさておき、
どーいった状況なのかを説明しよう。

想い出すのはなんとタイでの日々なのである。

おいおいおい。
すっかり嫌気がさしてあの国を出たはずだぞ。
なのに、何故?

ま、実際問題タイで不安を感じたりして想い出に逃げていた先は
当然のごとくニッポンであったし、そこにはニッポン女子がいた。
タイガールに心の底から失望した時など、
コミュニケーションに事欠かないニッポン女子や
彼女達との会話に恋焦がれたものだったし、一時期は
行ったり来たりする為に恋人でも作ろうかとまで考えた。

だから新天地ヴェトナムで同じような状況に陥ったなら、
直前居住地に救いを求めるのは自然なことかもしれない。

想い出すのは例えばM嬢だったり、
名も知らぬマッサージ嬢だったり様々だが、
きっかけはハッキリしている。

P嬢だ。

Instagramにたまに登場しては
オレの気持ちをタイへと引っぱる彼女。某
「insomnia」で出会った後、
何度か一緒に遊びに行っただけの関係なのに。
確かに可愛らしいけれど好みのタイプではなく、
某55バーで会った時だって連れて帰ろうなどとは
これっぽっちも思わなかった相手なのに......。


いずれにせよ、問題なのはその
「原因」でありそこを解決しない限り不毛な現象、すなわち
「過去の想い出を頼り哀愁に浸る」という脳の働きを防げまい。

未来に夢を描きつつ生きる今、
過去を振り返るなどもってのほかだ。

ではいったいどーすればよい?

仕事にやりがいを見出すのか、
ヴェトナムガールに恋するか。

例のマッサージ嬢とは、彼女が仕事を辞めてから疎遠になり、
また同じ店に戻った後もそのままだ。
何の関係もないままいきなり結婚を持ち出すような18才の女子と
まともにやっていけるはずなどなかろう。

他にアテは?
皆無である。

やはり、仕事しかないか。

苦しい日々が続きそうだ。

|

« 2016年8月 | トップページ | 2017年1月 »