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2017年4月 9日 (日)

いきなりの身内の訃報に驚く

実は今タイに居る。

用件を詳しく説明はしないが、まあ
いろいろな準備の一環ということだ。

で、用事を済ませバンコクからパタヤにやって来たワケだが、
いくつか気になることがあったので、一応まだ続けている某
ウェブサイトの更新をしなくてはならないな、と考えていた。

「パヤタ総合研究所」という大袈裟なタイトルにも関わらず、
ハノイに移住してからは、物理的にパタヤの情報はほとんど
発信できなかったし、そのことで多少胸を痛めてもいたのだ。

しかし、いつものカフェでWIFIを利用すると、
ケータイに母親から叔母の訃報が届く。

つい五分程前であり、もちろん
少なからずショックを受けたけれども、
「通夜は明日葬儀は明後日」らしくて、
あまりにも急過ぎるので参列は断念し、
とりあえずこのブログに追悼の意を表したいと思う。

一般公開はしているものの、主な目的はあくまでも
自らの精神バランスを保つ為であり、所詮は
個人的な日記でしかあり得ないので、タイトルとは
かけ離れた内容でもどうかお許しいただきたい。


今年で80才になる叔母は母の姉。
リンパ系の癌を煩って数年前に手術しており、まあ
「いつかはこーいうこともあるだろう」と、
覚悟はしていたけれど、術後の経過は良好な様子で、
こんなに早く亡くなるとは予想外だった。

出身地の秋田からナゴヤに出てきたオレの母親と前後して、
同じ街で長い間暮らしてきたのだが、今更だけれど、
何故その地が選ばれたのかという理由を実はよく知らない。
知っているのは、幼稚園のセンセーだった母が
スクールバスの運転手だった亡き父と恋に堕ちたという話。

一方、叔母はほとんど浮いた話もないまま
喫茶店→炉端焼店→スナックという道を辿って、長い間
飲食業界で生きてきた。

天涯孤独は大袈裟だけれど、イメージ的には
独りでいることを良しとしている感じだった。
飲食店経営者の大先輩として尊敬していたし、
独りが好きな所にシンパシイを感じると共に
DNAを受け継いでいるような気もしていた。

「アンタは頼み事がある時しか連絡して来ない」
というのが口癖だったけれど、実際そーだったと思う。
幼い頃からとても可愛がってくれたし、
オトナになってからも変わらなかった。
無理なお願いをしたし、心配もかけた。
いろいろな面で本当にお世話になったのである。

明るい性格でファンキイな人だったが、
楽しい人生だったのは間違いあるまい。
苦労もたくさんしたはずだけど、
我々にそーいう部分は見せず、
独りで生きるオンナのプライドみたいなモノを
常に漂わせていたなあ。

想い出がいっぱいあるから、できることならば
お通夜で親戚達と語り合いたいのだけれど、
適わないのがとても残念である。

あとは、仲が良過ぎて仲が悪いというか、
微妙な姉妹関係だった母が気落ちしているだろう件が少し心配だ。

四姉妹の上から二番目と三番目だった叔母と母。しかし、
ファンキイな姉に対し妹は比較的しっかりしていたから、
どちらかと言うと母の方が姉のような存在だったのかもしれない。
とにかく、ハタから見るととても不思議な関係に見えた。
長い間近くに住んでいた件もあって、もちろん
お互いに頼り合っていたはず。ただ、正直に言うと
叔母の方が母親を必要以上に意識しているようにも見えたが、
今となってはもうどーでも良いことだ。


二十五年程前に父を亡くした時、
最初はまるで実感がなかったのに、しばらくしてから突然
「もっといろいろ話をしておけば良かった」と
激しい悲しみが襲って来たものだ。

近い身内の死とは、そーいうものなのかもしれない。

叔母は一人暮らしをしていたので、最近流行りの
「孤独死」というヤツである。

病気が発覚してからは永年携わった飲食業も引退し、
何人も友達を作って旅行に出掛けたり、一緒に
おいしいモノを食べに行ったりしていた。
孤独を愛していたワケでもないのか、と
少し意外だったものの気持ちはよく理解できた。

近所の人が心配してケーサツに連絡してくれて、
今朝方遺体で発見されたらしい。

いつ亡くなったのかは不明だが、
オレの夢枕には立ってくれなかった。

父親も癌、母方も癌家系。

ほぼ間違いなくオレも癌で死ぬのだろうなあ。
そして、当然のごとく孤独死することになる。

年を取ると、知り合いの死に
自分を重ねてしまうものなのだ。


Kさん。

こんなことになるなら、前回部屋に居候した時に
(実家近くの2LDKのマンションに引っ越してからは
日本に一時帰国する度居候させてもらっていた)
もっといろいろ話せば良かったですね。

いつまで経っても落ち着くことのない私のことは、
最後まで心配掛けさせたままでした。
まあ、これでも幸せに暮らしているので、
もう心配しなくてもだいじょーぶですよ。

どうか安らかに

眠って下さいね。

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